メリーボイス 

manato

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scene14 2人きりの時間

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「イテテ 首痛い」

 椅子の上で迎える とある朝。ゲームをしている最中に寝落ちすると高確率でこうなる。
 まあ、今日は月曜だから……月曜?

「今日、アフレコじゃん! ヤバイ、今何時だ」

 時計の針は8時をさしている。確実に遅刻だ。

とりあえず着替えて……その前に連絡入れないと。いや、ワンチャン現場に間に合ったりしないだろうか

 部屋を走り回り、適当に準備をする。最悪、台本と金とスマホと鍵があればなんとかなる。

 朝霧、行っきまーすっ 

 部屋を飛び出し、丁度やってきたエレベーターに飛び乗る。

「あさ、朝霧!? この時間に出るのか」

ゴミを出しに行く高峯と一緒になってしまった。

「今、急いでいるんで話しかけないでもらえますか」

「急いでいるなら階段使えよ。そうだ、車で送ってやろうか」

「結構です」

高峯のゴミ袋を持つ手が微かに力んだ。

「仕事よりも俺と距離を取ることの方が重要なのか」

 先輩にそんなことを言われたくない、と突き放したいところだが、今の湧は、遅刻という負い目がある。俯く湧。狭い空間のしじま。


「下のコンビニで朝飯 買って待ってろ」


 高峯は駐車場に走っていった。
 タクシーが来るのを待つ時間もない。鉄道を使ったら確実に遅れる。今回ばかりは先輩に従うべきか。




「助手席に乗れ。現場どこだ」

 重厚な黒のセダンが湧の前に停止する。
 窓から高峯が顔を出した。


 シートベルトをすると、自動車は滑らかに走り出した。ゆったりとハンドルを切ると、裏道へ入っていく。


「今日はお休みだったんですか」

「いや。午後に撮影がある。でもそれまで時間があるから」


 促されて、コンビニで購入したサンドウィッチの包みを開く。隣の高峯がカップのコーヒーをすすった。芳ばしい香りがフロントに広がる。

「車だったら余裕で間に合うぞ。着くまでの間、台本チェックでもしたらいい」

 信号が青になり、高峯がアクセルを踏む。彼は丸眼鏡を掛けている。

 話すことも見つからず、今日の台本に目を通す湧。それを見守る高峯。先程つけたFMラジオだけが車内に響いている。

 何度目かの赤信号に捕まっていたその時、高峯のスマホが鳴った。

「もしもし。今運転中だから。後でかけ直す。13日にそっちに行くな」

 親しげな口調。友人だろうか。
追及することでもないと考え、湧は開きかけた口を閉ざす。



 再び台本に目を落とし、暫くすると、エンジン音が止まった。
 見慣れた街並みに囲まれている。すぐ横にはアフレコスタジオのビルが建っていた。

「本当にありがとうございました」

 深々と頭を下げる。乗用車を降りると、歩いてきた先輩声優がこちらに気が付いた。



「おはよう、朝霧。マネに送ってもらうといい御身分だな」

「いや、マネージャーじゃなくて……」

「あ? 何で高峯がいるんだ」


 口籠る湧。顔色一つ変えない高峯。

 
 先輩に小突かれながらビルに入っていく湧を見送ると、高峯はスマホを取り出した。

「もしもし、あー、俺です。さっきの話ですけど。……分かってますよ。殺すのだけはやめて下さいね」


高峯の声は都会の喧騒に吸い込まれ消えていった。
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