12 / 17
scene11 CDの方のBL
しおりを挟む
「本当に高峯さんなんですか!?」
湧の声はセレクトショップに響き渡った。
今日はレオと一緒に買い物に来ている。
「……はい、分かりました。 失礼します」
「どうしたー? 」
買い物かごを手にしたレオが心配そうに問いかけた。
「今度やるBLのドラマCD、相手が高峯さんになったんだって」
「なんだ、そんなことか」
そんなことか、とはけしからん。湧にとっては重大な情報だ。
「高峯先輩と仲悪いんだっけ? 」
「悪くはないけど」
高峯に遊ばれているのだ。この前は煽られた挙げ句に本番までやってしまった。
「詳しいことは聞かないけど、オレらの現場に私情持ち込むなよ? 」
「わかった」
どうせ、レオにこの気持ちが分かるはずがない、と思いながらも素直に答えた。
……というようなことがあってから1週間。
「おはようございます。よろしくお願いします」
スタジオにぽつんと置かれた席から立ち上がる。遅れて入ってきた高峯に頭を下げた。
「よろしくな」
高峯はいつもと変わらぬ様子だ。
今日はとうとう、BLCD『牢獄の燕』の収録日。
誰にも高峯との関係をばれてはいけない。ただの先輩と後輩であってそれ以上でも以下でもない。必死で言い聞かせるが、背中にはじっとりと汗をかいていた。
「では、C47から行きまーす。生々しい感じでお願いしまーす」
ミキサー室の窓のカーテンが閉まった。
ドラマCDには映像がつかない。時間の制約もないので出演者にある程度のテンポ感を委ねられる。
『俺は殺していない。信じてくれ』
『囚人の戯言など聞く気はない。大人しくしろ』
『やめ……っ、はぁっ』
時は中世。自らの恋人を殺した容疑で投獄された少年を湧、眉目秀麗な牢番を高峯が演じる。
静かなブースに2人の声だけが響く。2人のリップ音がマイクに拾われる。
実際にキスをしている訳ではない。自らの手の甲をなめたり、口づけることで音を出しているのである。
今まで色んな声優と色々な作品でこのような演技をしてきた。だが、今回の相手は高峯だ。演技に集中しようとしても、頭の片隅からこの前のキスの味が離れない。
実際に彼とキスしている時は、こんなに音を立てないのに、と脳の冷めた部分が言っている。
『舌をもっと出せ』
『あぁっ、頭が… めちゃめちゃになる… やめって』
実際のセックスと違う部分はもう1つある。攻め(タチ)が高峯、受け(ネコ)が湧だということだ。タチというのは、歌舞伎の「立ち役」から、ネコは工事現場の一輪車である「ねこ」が由来らしい。ボーイズラブにおける挿入する側と挿入される側のことだ。
この前は高峯に突っ込んだ。しかし、芝居では高くて可愛らしい声の方が受けになりやすい。
『股を軽く開いて、私のを挟め』
『やだ、ハァっ あっ んん』
隣から視線を感じる。ちらりと横目で見ると高峯がガン見していた。勘弁してくれ。
行為本番の演技をする時、湧を含め多くの声優は相手の息遣いだけを頼りに演技をする。目は台本を向いていて、耳で聴いて吐息のリズムを合わせるのだ。
しかし、高峯など一部の役者は相手と視線を合わせようとする。確かに、目を合わせれば相手に感情や息を合わせやすいかもしれない。
でも喘いでいる顔を見られるのは恥ずかしい。
『そこはダメっ やぁ』
「こっち向け。顔見せろ」
「……ん!? んっ」
こっちを向け、という突然のアドリブに驚いて僅かに高峯の方へ顔を向ける。その時、その唇は物理的に閉ざされた。
1本のマイク前でキスをする声優2人。ちゅくり、ちゅぅ、という演技よりも生々しい音。
一瞬何が起こったのか分からなかった。今は仕事中。演技をしている真っ最中だ。なのになぜ、唇を重ねられているのか
『朝日が昇れば、お前は処刑台の上だ。最期に私の子を孕むがいい! 』
高峯は、唇を離すと平然と台詞を読んでいく。
思うに、リアルな音を立てたいなら、実際にヤれば良い、という理屈らしい。無論、普通はBLの現場でそのような行為はあり得ない。
カーテンの向こう側のスタッフ達はこちら側の異変に気付く様子はない。
…そんなこと普通あるかっ
これまでご都合主義な展開を幾度もスルーしてきたが、流石にこれは黙殺できない。
なぜ、誰も気づかないんだ。BL補正か?
『お前は私の代わりに殺人の罪を背負い、処刑されるのだ。哀れな男だ』
「やっ にゃ 助けて……、 とめて!」
感じるところを的確にいじられ、耐えても声が漏れ出てしまう。せめてもの、音声に心からののSOSの気持ちをこめる。
「お願いだからやめてっ」
収録中にも関わらず身体をまさぐられる。湧が本気で助けを求めていることに気付く者はいない。
この悲痛な叫びが、いつもの演技と さほど変わらないのだろう。誰一人この状況を疑う者はいない。
今回ばかりは、己の普段の高い演技力を恨むしかなかった。
高峯の瞳は熱を帯びていた。隣の部屋の音響監督達からすれば迫真の演技をしているようにしか聞こえないのかもしれない。でもこの目は違う。
湧に抱かれている時の表情だ。
『抵抗をやめろ。 諦めて大人しく犯されろ』
高峯は、適度にマイクから離れた位置で湧を羽交い締めにし、台本を持っていない方の手で股間をさすった。湧の目がとろんとしてくる。
「はうっ 今は、本当にだめッ」
『発情期か。それは辛かったな。死ぬ前に楽にしてやる』
湧の言葉は、今の状況を表しているようだが台詞のままである。それに対し、高峯の台詞も、台本通りだ。
演技ではない本当の喘ぎ声がマイクにのってしまう。それが、ミキサー室に流れ込む。このままでは、いずれその音声が世に出てしまう。
そこまで考えて、心拍数が跳ね上がった。だが、不快ではない大波のような感情も同時に押し寄せている。
『気持ちがいいか。この状況でよがるとは、まるで娼婦だな』
高峯の大きな手がボクサーパンツの中に忍び込む。
「やだっ こんなところで、イかされたくない」
『鉄格子に囲まれて、冷たい床の上で喘ぐ。なんとも惨めな光景だ』
高峯は湧の浅黒い鉄砲を激しく しごいた。台本を持つ手が震える。
弄ぶように下の毛を摘み上げられる。状況も相まって精液が暴発寸前だった。
『そのまま果てろ』
『イくっ 出るっ でる! 』
湧のパンツに白が滲む。
カットがかかった。隣の部屋との境のカーテンが開く。
「今日のお芝居気合い入ってますねー」
慌てて台本で股間を隠した。
高峯は何食わぬ顔をしてペットボトルの水を喉に流し込んでいる。
『すみません… 5分だけ、休憩させて下さい』
目に涙を浮かべて、湧はスタジオを出て行った。
湧の声はセレクトショップに響き渡った。
今日はレオと一緒に買い物に来ている。
「……はい、分かりました。 失礼します」
「どうしたー? 」
買い物かごを手にしたレオが心配そうに問いかけた。
「今度やるBLのドラマCD、相手が高峯さんになったんだって」
「なんだ、そんなことか」
そんなことか、とはけしからん。湧にとっては重大な情報だ。
「高峯先輩と仲悪いんだっけ? 」
「悪くはないけど」
高峯に遊ばれているのだ。この前は煽られた挙げ句に本番までやってしまった。
「詳しいことは聞かないけど、オレらの現場に私情持ち込むなよ? 」
「わかった」
どうせ、レオにこの気持ちが分かるはずがない、と思いながらも素直に答えた。
……というようなことがあってから1週間。
「おはようございます。よろしくお願いします」
スタジオにぽつんと置かれた席から立ち上がる。遅れて入ってきた高峯に頭を下げた。
「よろしくな」
高峯はいつもと変わらぬ様子だ。
今日はとうとう、BLCD『牢獄の燕』の収録日。
誰にも高峯との関係をばれてはいけない。ただの先輩と後輩であってそれ以上でも以下でもない。必死で言い聞かせるが、背中にはじっとりと汗をかいていた。
「では、C47から行きまーす。生々しい感じでお願いしまーす」
ミキサー室の窓のカーテンが閉まった。
ドラマCDには映像がつかない。時間の制約もないので出演者にある程度のテンポ感を委ねられる。
『俺は殺していない。信じてくれ』
『囚人の戯言など聞く気はない。大人しくしろ』
『やめ……っ、はぁっ』
時は中世。自らの恋人を殺した容疑で投獄された少年を湧、眉目秀麗な牢番を高峯が演じる。
静かなブースに2人の声だけが響く。2人のリップ音がマイクに拾われる。
実際にキスをしている訳ではない。自らの手の甲をなめたり、口づけることで音を出しているのである。
今まで色んな声優と色々な作品でこのような演技をしてきた。だが、今回の相手は高峯だ。演技に集中しようとしても、頭の片隅からこの前のキスの味が離れない。
実際に彼とキスしている時は、こんなに音を立てないのに、と脳の冷めた部分が言っている。
『舌をもっと出せ』
『あぁっ、頭が… めちゃめちゃになる… やめって』
実際のセックスと違う部分はもう1つある。攻め(タチ)が高峯、受け(ネコ)が湧だということだ。タチというのは、歌舞伎の「立ち役」から、ネコは工事現場の一輪車である「ねこ」が由来らしい。ボーイズラブにおける挿入する側と挿入される側のことだ。
この前は高峯に突っ込んだ。しかし、芝居では高くて可愛らしい声の方が受けになりやすい。
『股を軽く開いて、私のを挟め』
『やだ、ハァっ あっ んん』
隣から視線を感じる。ちらりと横目で見ると高峯がガン見していた。勘弁してくれ。
行為本番の演技をする時、湧を含め多くの声優は相手の息遣いだけを頼りに演技をする。目は台本を向いていて、耳で聴いて吐息のリズムを合わせるのだ。
しかし、高峯など一部の役者は相手と視線を合わせようとする。確かに、目を合わせれば相手に感情や息を合わせやすいかもしれない。
でも喘いでいる顔を見られるのは恥ずかしい。
『そこはダメっ やぁ』
「こっち向け。顔見せろ」
「……ん!? んっ」
こっちを向け、という突然のアドリブに驚いて僅かに高峯の方へ顔を向ける。その時、その唇は物理的に閉ざされた。
1本のマイク前でキスをする声優2人。ちゅくり、ちゅぅ、という演技よりも生々しい音。
一瞬何が起こったのか分からなかった。今は仕事中。演技をしている真っ最中だ。なのになぜ、唇を重ねられているのか
『朝日が昇れば、お前は処刑台の上だ。最期に私の子を孕むがいい! 』
高峯は、唇を離すと平然と台詞を読んでいく。
思うに、リアルな音を立てたいなら、実際にヤれば良い、という理屈らしい。無論、普通はBLの現場でそのような行為はあり得ない。
カーテンの向こう側のスタッフ達はこちら側の異変に気付く様子はない。
…そんなこと普通あるかっ
これまでご都合主義な展開を幾度もスルーしてきたが、流石にこれは黙殺できない。
なぜ、誰も気づかないんだ。BL補正か?
『お前は私の代わりに殺人の罪を背負い、処刑されるのだ。哀れな男だ』
「やっ にゃ 助けて……、 とめて!」
感じるところを的確にいじられ、耐えても声が漏れ出てしまう。せめてもの、音声に心からののSOSの気持ちをこめる。
「お願いだからやめてっ」
収録中にも関わらず身体をまさぐられる。湧が本気で助けを求めていることに気付く者はいない。
この悲痛な叫びが、いつもの演技と さほど変わらないのだろう。誰一人この状況を疑う者はいない。
今回ばかりは、己の普段の高い演技力を恨むしかなかった。
高峯の瞳は熱を帯びていた。隣の部屋の音響監督達からすれば迫真の演技をしているようにしか聞こえないのかもしれない。でもこの目は違う。
湧に抱かれている時の表情だ。
『抵抗をやめろ。 諦めて大人しく犯されろ』
高峯は、適度にマイクから離れた位置で湧を羽交い締めにし、台本を持っていない方の手で股間をさすった。湧の目がとろんとしてくる。
「はうっ 今は、本当にだめッ」
『発情期か。それは辛かったな。死ぬ前に楽にしてやる』
湧の言葉は、今の状況を表しているようだが台詞のままである。それに対し、高峯の台詞も、台本通りだ。
演技ではない本当の喘ぎ声がマイクにのってしまう。それが、ミキサー室に流れ込む。このままでは、いずれその音声が世に出てしまう。
そこまで考えて、心拍数が跳ね上がった。だが、不快ではない大波のような感情も同時に押し寄せている。
『気持ちがいいか。この状況でよがるとは、まるで娼婦だな』
高峯の大きな手がボクサーパンツの中に忍び込む。
「やだっ こんなところで、イかされたくない」
『鉄格子に囲まれて、冷たい床の上で喘ぐ。なんとも惨めな光景だ』
高峯は湧の浅黒い鉄砲を激しく しごいた。台本を持つ手が震える。
弄ぶように下の毛を摘み上げられる。状況も相まって精液が暴発寸前だった。
『そのまま果てろ』
『イくっ 出るっ でる! 』
湧のパンツに白が滲む。
カットがかかった。隣の部屋との境のカーテンが開く。
「今日のお芝居気合い入ってますねー」
慌てて台本で股間を隠した。
高峯は何食わぬ顔をしてペットボトルの水を喉に流し込んでいる。
『すみません… 5分だけ、休憩させて下さい』
目に涙を浮かべて、湧はスタジオを出て行った。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説





ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる