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五十七、論理くん、私たちと年を越す

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二十二時になった。さっきの王様ゲームの雰囲気の悪さを残していながらも、テレビを見たり、しゃべったりして過ごしていた。
「そろそろ風呂に入らないか?」
秀馬くんが、みんなに呼びかけた。秀馬くんの隣には遥がいて、さっきからずっと身を寄せている。
「そうだな。じゃあ誰から入る?」
論理が秀馬くんに問う。
「俺ん家の風呂、結構広いんだ。よかったら、論理、沢田、一緒に入らないか?男どうしで裸の付きあいしようぜ」
秀馬くんが、ニヤリと笑う。裸の付きあい…。私は、三人がお風呂の中で裸で語らっているところを想像して、顔が熱くなった。
「いいな!坂口、そうしようぜ!論理もいいだろ?」
乗り気の沢田くん。
「少し照れるが、そういうのもいいだろうな」
「よし、じゃあ湯を沸かしてくる」
そう言って立ち上がろうとする秀馬くんの腕を、遥がつかんだ。
「ダメ!秀馬はあたしと一緒にお風呂に入るの!ね、いいでしょ、秀馬ぁ…」
そういう遥、また声が過度に甘ったるい…。秀馬くんはそんな遥の手を振り払い、遥の言葉を無視して、お風呂場に湯を沸かしに行ってしまった。しょんぼりとうつむく遥。
「佐伯、お前、空気読むってことができねえのかよ。いつまで坂口を自分だけのもんだと思ってんだ?」
そんな沢田くんの言葉が、遥にはまるで耳に入ってないかのようだった。
「無視されちゃった…やっぱりまだ怒ってるのかな…秀馬に無視されたら、あたし生きていけないよぉ…」
「気持ち悪っ。あんた重すぎ。だから振られたんじゃないの?まあ、あんたの勉強しかできない頭に、そんなことわかるはずがないかなー?」
優衣の煽りも聞こえないみたいで、遥は小刻みに震えている。だ、大丈夫かな。と、そのとき、秀馬くんが部屋に戻ってきた。咄嗟に、遥は秀馬くんに抱きつく。
「秀馬ぁっ‼︎無視しないで!ね、無視しないで!謝るから!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「ああ、わかった。わかったからこれ以上騒ぐな。わかったか」
秀馬くんはそう言って、抱きついてきた遥を疎ましそうに退けた。
「じゃあ、論理、沢田、着替えを持って風呂場に行こう」
男子三人は部屋から出て行った。残された私たち女子三人。優衣は遥のことを、ゴミにたかったコバエを見るような目で睨みつけていて、遥は、夕立の空みたいな真っ黒い顔をしている。私は、どうにか三人で仲良くできないかを考えた。
「ねえ!男子がみんなでお風呂に入ったんだからさ、私たち女子もみんなで一緒に入ろうよ!」
私がわざと明るい口調でそう提案すると、優衣が口を開いた。
「ぶんちゃんと一緒に入るのは大賛成だけど、あいつと入るのは大反対。湯船が一瞬でヘドロに変身しそう」
それを聞いた遥も、黙ってはいなかった。
「黙れ‼︎あたしだっててめぇみたいな汚らしい女と入りたくなんかねぇっ!さっき見たよ、てめぇのおまんこ。あんなに汚かったとはね!彼氏の沢田がかわいそうだ!」
「なんだとっ‼︎てめぇのケツだってあんなに臭かったくせに!毎日ちゃんと洗ってんのかよ⁉︎」
「ケツは時間が経てば臭くなるに決まってんだろ!てめぇのケツの臭いも嗅がせろこらあ‼︎」
二人は立ち上がって、お互いの体に突進しようとした。もう殴り合いの喧嘩が始まる寸前だった。
「こらーっ‼︎」
私は、間一髪二人の間に入って、それを止めた。
「ぶんちゃん!どいて!そいつ殺したい!」
「殺せるもんなら殺してみやがれ!でもその前にケツの臭いを嗅がせろ!」
「二人とも‼︎落ち着きなさーーーい‼︎!」
私は、二人が喧嘩をやめてくれるように願いを込めて叫んだ。その願いが届いたのかなんなのか、やっと二人は落ち着いてくれた。
「もう!二人とも仲良くしようよ!優衣と私は友だち。遥と私は友だち。だからその友だちの友だちも、みーんな友だち!オッケー?」
そう!これこそが私の中の友だちの定理!
「ぶんちゃん…そんなこと言われたって、こいつと友だちになんてなれないよ。ぶんちゃんがこいつのこと友だちって言った意味もわからないし…」
「大丈夫だよ優衣!私たち三人で裸の付き合いをすれば、きっと分かり合えるって!」
あれ…こんなようなこと、前にもあったような?
「悪いけどあたしは一緒にお風呂には入らねぇ。てめぇそこのゴミ虫と一緒に入れ。あたしは一人で入る」
遥が、なんだか暗い顔をしてそう言った。
「え?どうして?一緒に入ろうよ」
「いや、いい。あたしのせいでみんなを振り回してるな。ちょっと風にでも当たってくる」
遥はそう言って、部屋から出て行ってしまった。
「まったく!いい迷惑よあいつ!ぶんちゃんも、あんなやつと友だちだなんておかしいわ!」
「まあまあ。とりあえず座ろっか。テレビでも見て男子たちがお風呂から上がってくるの待ってよう」
それから優衣と私はいろいろとおしゃべりをしていた。五分くらい経って、遥が戻ってきたので、優衣は嫌がったけれど、遥も話の輪に入れてあげた。でも、もっぱらしゃべるのは優衣と私で、遥はテレビの方を見ながらぼーっとしていた。そして、三十分くらい経って、男子たちがお風呂から戻ってきた。
「待たせたな。いいお湯だったぞ、中も広かったし、いろいろ語ったぜ。さて、優衣たちはどうする?」
沢田くんにそう聞かれて、優衣と私は顔を見合わせた。
「優衣、遥、一緒に入ろうか」
私はそう声をかけたけれど、遥はそっぽを向いていた。
「あたしはいい。あとで一人で入る」
「おーおー、それはそれは好都合。ヘドロの湯に入らなくて済むというもんだね」
相変わらずの優衣の挑発に、相変わらず遥も乗る。
「なにがヘドロだ!汚れおまんこが!池田、梅毒移されねぇようにせいぜい気ぃつけろよ!」
「なんですって‼︎言っていいことと悪いことの区別もつかないの⁉︎」
「なんかに言って悪いことがあるはずねえじゃねえか!」
また険悪になってきた。
「もういい加減にしろ‼︎」
秀馬くんが、間に割って入る。
「遥、人と気持ちよく過ごすことをお前は知らないのか」
「はい、知りません。あたしは愚かな雌豚ですから。そんなあたしをどうぞぶってください」
遥は、いつか見せた犬のちんちんポーズで、秀馬くんに縋り寄る。
「お願い、秀馬、秀馬」
「相変わらずイかれていやがる」
秀馬くんはそう言って、生ゴミを出すかのように、遥を床に押し倒した。
「はぁああああん!」
遥の恍惚とした表情。それを見た優衣は、呆れた顔をして立ち上がった。
「はあ、この女どうにもならない。話のネタにもならないわ。ぶんちゃん、お風呂行こ」
「う、うん…」
私は、優衣にお風呂に引っ張られていった。

お風呂場は、温泉宿にある家族風呂より少し大きめの広さだった。秀馬くん家、やっぱりすごいなあ。脱衣所で服を脱ぐ。私は、恥ずかしさから服を脱ぐ手が止まる。優衣に裸を見せるの、初めてだよね…いくら優衣だといっても、少し恥ずかしい…。しかし、目の前の優衣は、そんなことは思っていない様子でさっさと服を脱ぎ終わっていた。わわ、優衣の裸初めて見る…。やっぱり私より細くていいなあ。胸はあまりないけど、前に沢田くんが言ってたみたいに形がいい。
「……ぶんちゃん、なにジロジロ見てるのよ」
「あ、あわわ、ごめん!優衣、スタイルいいな~と思って!」
「…早くぶんちゃんも脱ぎなさいよ」
「はい!」
私は、慌てて服を脱ぎ、全裸になった。うう、恥ずかしい。
「じゃ、じゃあ、入ろっか」
なるべく優衣に正面を見せないようにしながら、私はお風呂場の扉を開けた。
「ちょっと待ってぶんちゃん」
「え?なに?」
優衣は、後ろから私の肩をつかむと、そのまま回転させて正面を向かせた。
「うーむ。やっぱりぶんちゃん胸大きいわね…それに、ここの毛剃ってんの?これも論理の趣味なわけ?」
優衣は、私のおまんこの辺りを見ながらしみじみと言う。
「うううう…あんまり見ないでよぉ…。これは、論理に剃ってほしいって言われてから、伸びたら剃るようにしてる…」
ちなみに優衣のおまんこの毛は、そのままだった。
「ふーん…ぶんちゃんって、なんでも論理の言う通りにするのね…ああ、なんて健気な子!」
優衣は、私に抱きついた。あわわ…裸のまま女どうしで抱きしめ合うなんて、なんか変な感じ…。と、優衣は私から離れた。
「ささ、お風呂に入ろっかね!」
優衣は、そう言ってお風呂場に入っていった。私もあとに続く。シャワーで体をざっと流し、広い湯船に二人で入った。
「そりゃっ!くらえ!優衣特製水鉄砲~!」
優衣は、湯船の中で手を握り、水鉄砲を作って私の顔に攻撃してきた。
「わぁっ!もう~!優衣ったら~!私の水鉄砲も受けろー!」
私も同じく水鉄砲を作って、優衣に向けて発射する。
「きゃははは!やったわね!おりゃ~!」
「きゃああっ!あははっ!あははははっ!」
しばらく私たちは湯船の中でじゃれ合っていたけれど、ふと、私は思った。この湯船って、さっき論理と沢田くんと秀馬くんが入った湯船なんだよね…ってことは、その三人のエキスが滲み出てるってことだよね…なんだか、縮れた毛が浮いてるし…あわわ…お、おまんこが熱くなってきた…のぼせそう…。
「ん?どしたのぶんちゃん?」
「こ、この湯船ってさ…論理たちが入ったあとだから…その…いろいろ考えちゃって…」
優衣の目と口が、三日月のように笑った。
「ふ~ん、それで、えろっちい気分になっちゃったわけだ?」
「ま、まさか!違うって!」
「ふふふ、まあいいわ。さあ、問題です。これは誰のでしょう?」
そう言う優衣の手には、縮れた毛が一本あった。
「ゆ、優衣ったら!バカじゃないの⁉︎」
「私の予想では、これは坂口くんかなぁ?」
しゅ、秀馬くん⁉︎顔が熱くなる。体も熱い。これは、お風呂に入って熱くなったからだよ!うん、きっとそう!
「ほれほれ、この毛ぶんちゃんにあげるよ。あ、こっちにも毛が浮いてる」
優衣は、湯船に浮いた毛を無邪気に探していた。でも、その顔は結構赤くなっている。
「もーやめようよー!私、もう上がる!」
「えー、ちょっと待ちなさいってー」
私は上がって、湯船の縁に腰をかけた。
「でも、楽しいね、こういうの。優衣とお風呂入ったの初めてだったし。みんなで大晦日過ごせるのも楽しい。楽しいことだらけ」
ずっとみんなでこんな楽しい時間が過ごせることを切に願う。
「そうね。でもさっきの王様ゲームはあのクソビッチのせいで散々だったけど」
「まあいいじゃん、私に免じて許してあげて」
「ぶんちゃんのその優しさ、たまにイラっとするわ」
優衣はそう言って苦笑した。そして、しんみりと口を開く。
「あーあ、もうすぐ一年も終わっちゃうわね。ぶんちゃん、今年はどんな年だった?」
「うーん、いろいろあった年だったけど、なによりも、論理と付き合えたから嬉しい年になったかな。二〇一二年は、忘れられない年になりそう」
「そうね。私も義久と付き合えてよかったわ。でもぶんちゃん、論理と付き合ってぶっちゃけどう?幸せ?」
優衣は、湯船の縁に手を乗せて、怪しく口角を上げて言う。
「もちろん幸せだよ。でもどうしてそんなこと聞くの?優衣は沢田くんと付き合えて幸せじゃないの?」
「私は幸せよ~。いやあね、論理も人を、しかもぶんちゃんを幸せにする力があるんだな~と思ったわけよ。だって論理って、自分の世界を生きてる!って感じの人じゃない?正直言って、私、論理と仲良くできるとは思ってなかった。でも、一緒に付き合ってみたら案外いいやつだった。思い込みって怖いわね」
そう語る優衣は、どこか嬉しそうだった。優衣…。春の頃は論理のこと、あんなに嫌ってたのに、今そんなことを言ってくれるんだね。嬉しいよ。私は口をいっぱいに開いて「すはああっ」と息を吸い込むと、大きな声で優衣に応えた。
「うん、確かに論理には自分の世界があるよ。でも、その世界が私にはすごく魅力的に見えたの。私も一年生の頃は、論理ってちょっと近寄りがたいなって思ってたけど、二年生になって、席が隣どうしになって、論理の魅力に触れることができた。私のおかっぱや歌声を褒めてくれたときも嬉しかったな。ああ、神様、私は論理と出会うために生まれてきたのですね!って感じ!」
私は両手を握る。論理と巡り会わせてくれた神様に感謝の気持ちを込めて。
「はあ~、罪深き論理!これからも、ぶんちゃんを幸せにしないと許さないんだからね!」
「論理は私を幸せにしてくれるって信じてる。それに、それ以上に私も論理のことを幸せにしたい。一緒に幸せになるの」
私の裸がお風呂場の鏡に写っている。それは、思った以上にふっくらとしていた。
「あれぇ…私、ちょっと太ったかな…」
自分の頬を触る。少し肉が付いたような…。
「うん。私も内心、ぶんちゃんちょっと太ったなって思ってた。でも、どうせ幸せ太りでしょ?もっと太って論理に嫌われろ!」
「ひどーい!でも、ほんとに論理に嫌われたらどうしよう…ダイエットしなくちゃ…」
今度はお腹のお肉を触る。うっ…。一体何キロ太ったんだろう…今度体重量らなくちゃ。
「冗談よ。論理はきっと、ぶんちゃんが何キロになったって好きでいるわよ」
「なんでそんなことが言えるのぉ!」
優衣は、マジックが大成功したときのマジシャンのように笑った。
「そんなの、ぶんちゃんがいちばんよく知ってるんじゃないのぉ?」

それから私たちは、髪の毛を洗ったり、体を洗って背中を洗いっこしたりした。優衣の体はほんとに細くて、肋骨が少し浮き出ている。優衣ってなんでこんなに細いんだろ、いいなあ。でもその分胸は私の方が勝ってるよね!うんうん。
「ねえ、優衣は、沢田くんのどんなところを好きになったの?」
私は、優衣の華奢な背中を洗いながら尋ねた。
「そうね…前から気になってはいたの。かっこいいし、明るいし。でも、決定的だったのは、私がぶんちゃんをいじめたときかな」
「いじめたとき?」
「あのとき、論理が怒鳴ってみんなを鎮めたあとに、義久が私のところに来たの。それでこう言った。『お前たちはもっと温かい関係じゃなかったのかよ、俺は、そんな二人を見ていつも微笑ましかったのにな』って」
沢田くん、そんなことを優衣に言ったんだ…。
「それで私気付いたの。本当に大切なものを見失ってたことに。それに、こう言ったら怒るかもだけど、ただぶんちゃんの論理への態度が気に食わなかっただけで、どうしてあんなにいじめたのかわからないし。親友なのにね。バカみたい、私」
お風呂場の鏡ごしに優衣を見ると、つらそうに笑っている。私は、優衣の背中を洗う手を止めた。
「私はもう何も気にしてないよ。だからもし自分を責めてるんだったら、やめてほしいな」
私と優衣の目が、鏡ごしに合う。
「ありがと。そしてごめん。…まあ、そう義久に言われてぶんちゃんに謝りに行ったわけ。そのあと義久のところにも行って、義久にも謝った。そしたら、義久、なんて言ったと思う?『向坂は、気が強くて口も悪いが、わかってくれるやつだってこと、俺は知ってた』って言ったの。私、初めて男子にそんなこと言われたもんだから、ドキドキしちゃって…それから、好きになった」
優衣は、手をもじもじさせながら、そう話してくれた。その姿はかわいかった。
「へえ、そんなこと言われたんだ。沢田くんもかっこいいなあ。なら、好きになっちゃうかも」
「うん…。…ささ、話はこれくらいにして、流して上がりましょ!」
優衣は照れくさいのか、私を促す。私も論理と幸せになるけれど、優衣も沢田くんとずっと幸せでいてほしいな。私は、口元を緩ませた。それから、私たちはお風呂から出て、体を拭いた後髪を乾かし、みんながいるリビングへ戻った。
「みんな~おっまたせ~」
「おう、優衣、遅かったな。どうだった、裸の付き合いは?できることなら俺も一緒に入りたかったぜ!」
沢田くんが興味津々に聞いてきた。心なしか鼻息が荒い。
「もう、沢田くんったらスケベなんだから…」
「おう!男はスケベなのがステータスだ!スケベならスケベなほどプレシャス!エクセレントなスケベ!スケベ、イコール、ディスティニー‼︎」
「義久、ちょっと黙りなさい」
優衣の一言で、沢田くんはピタッと静かになる。ああ、沢田くん、将来は優衣に尻に敷かれそうかも。
「遥、お待たせ。じゃあ、最後は遥がお風呂に入ってきたら?」
私は、秀馬くんにくっついている遥に向かって言った。
「じゃあ、行ってくる」
遥は、着替えを持ってリビングを出て行った。それから私たちは、テレビを見たり、おしゃべりをしたり、トランプをしたりして過ごした。そのうちに、遥がお風呂から帰ってくる。二十三時半になったので、私たちは、秀馬くんが茹でてくれた年越しそばを食べた。

二十三時五十分。もうすぐ一月一日だ。テレビも、カウントダウンに向けて流れている。
「なあ、一月一日になる瞬間にさ、みんなでジャンプしないか?そしたら、年越しの瞬間は俺たち、地球にいないことになるんだぜ!」
沢田くんが面白いことを言い出した。
「あ、私昨年の年越しの瞬間それやったわ。じゃあ、今年はみんなでやろ!みんなで手を繋いで、いっせーのーせっ!ってね!」
優衣が沢田くんの提案に乗る。うん、なんだか面白そうだし楽しそう。
「ダメっ‼︎」
私が賛成しようと声を出そうとしたとき、遥が声を張り上げた。みんな盛り上がっていたのに静まり返ってしまう。
「それをやるのはてめぇらの勝手だけど、秀馬とあたしはやらない」
遥は、秀馬くんの腕を取りながら言った。秀馬くんは、今にもため息を吐きそうな顔で遥を見ている。
「はあ?まああんたはやらなくてもいいけど、坂口くんは貸してもらうわ」
「向坂!誰がてめぇらになんか秀馬を貸すもんか!…秀馬は、あたしとこれからセックスすんだ!」
遥のその狂おしい言葉に、私たちは声を無くした。
「おい、馬鹿なこと言うな。俺はそんなことしないぞ」
「秀馬…だって、昨年も一昨年も、セックスしながら年越ししたじゃん。だから今年もセックスしたいよぉ…。ね、秀馬、いいでしょ?お願いします」
遥はそう言いながら秀馬くんに迫る。そうだったんだ…びっくり。あ、でも、私も来年は論理とそんなことして年越ししたいかも…。
「嫌だ。俺はお前となんかしたくない。第一、俺はもうお前に魅力をまったく感じない。だから俺のペニスだってまったく勃たない」
しゅ、秀馬くん…そこまで言うなんて酷い…。案の定遥は、悲しさから呼吸が重くなっていく。
「秀馬!そんなこと言わないで!立たないなら、あたしが舐めて立たせるから!舐めさせてください!ね!ね!お願いします!秀馬のおちんこをあたしのおまんこに入れてください!」
あーもー、見てられない‼︎
「ごっほん‼︎」
私は、大きく咳払いをした。
「あ、文香、すまない。見苦しいところを見せた」
「いいよ秀馬くん」
私は、今にも泣きそうな遥を見つめた。
「遥、時計見て。もう五十五分だよ。これからセックスして年越しするにしても、時間がないんじゃないの?」
「な、なんとかあるさ…そんな時間…」
「それにさ、今年は、こうやってみんなで集まったんだから、みんなで年越ししよ?友だちと一緒に年越しするのも楽しいと思うけどなあ」
私は遥に微笑みかける。そうだよ、もう私は遥と友だちなんだから。
「遥、文香の言う通りにしろ」
「…うぅ………わかった」
遥は、秀馬くんとセックスしたそうな顔をしていたけれど、なんとかわかってくれてよかった。
「よし!もう五十八分だ。みんな立ち上がって手を繋ごうぜ!」
沢田くんの号令でみんなは立ち上がり、テレビを消して、炬燵から離れて、みんなで丸く輪になって手を繋いだ。秀馬くんが電話を取り上げて、一一七をダイヤルする。「ただいまより、十一時五十八分、五〇秒をお知らせします。ピッピッ、ポーン、ただいまより、十一時五十九分、ちょうどをお知らせします。ピッピッピッ、ポーン」
「よーし!カウントダウン行くぞ!」
沢田くんがノリノリで叫ぶ。そして、一一七に合わせて私たちはカウントダウンを始めた。
「五十、四十九、四十八、四十七…」
数が小さくなるほど、みんなの声が大きくなる。残り二十秒を切ると、もうみんなはしゃぎながらジャンプし始めた。
「十、九、八、七…」
ああ、二〇一二年も終わる。この思い出深い年、論理と過ごしたあんなことやこんなことが、この数秒の間に、私の頭の中に浮かんでは消えていった。これから始まる二〇一三年も、今年以上に論理と幸せになれますように!
「三、二、一…」
私は、論理と見つめ合いながら、固く手を握り合い、一緒に思い切り床を蹴った。
「あけましておめでとーーーっ‼︎!」
空中で私たちは、みんなで新しい年を迎えた。着地したあと、みんなそれぞれに抱き合って新年を祝った。
「あけましておめでとう、文香!」
論理が私と抱き合いながら、微笑みかけてくれる。
「あけましておめでとう、論理!今年もよろしくね!」
私も微笑み返した。と、優衣が私に抱きついてくる。
「ぶんちゃん!あけましておめでとう!今年も良い年にしようね!」
「うん!あけましておめでとう!」
優衣と私は固く抱き合った。男子たち三人も、互いに抱き合ったり握手しあったりして、新年の訪れを楽しんでいる。私はふと気付いて、遥のところに駆け寄った。
「遥、あけましておめでとう。今年は、いい友だちどうしでいようね」
私はにっこり笑って、遥に抱きついた。遥は、ぎこちなく手を私の腰に回してくれた。
「ああ」
低い声でボソリと答える遥。今年、この子ともいい友だちになれるといいな。
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