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十三、論理くん、私のお母さんに信頼される

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合唱部の練習の帰りに、私は優衣を買い物に誘った。
「ねえ、今日このあと栄穂に寄っていかない?ちょっと服を探したくて」
「服?いいよ、行こうか」
優衣は、快くうなづいてくれた。

栄穂のデパートに着いた。その中に入っているいろんなお店を回り、服を見ていく。
「うーん、どうしようかなぁ」
「ぶんちゃん、この服かわいいよ!見て見て!」
優衣が手に取ったのは、ピンクのワンピースだった。私は、そのワンピースの後ろを見る。
「かわいいけど、これはだめだよ」
私は、他を探した。
「ねえ、ぶんちゃん。さっきから何を探してるの?」
優衣が、私に問いかけた。
「背ボタンや背中ファスナーの服」
さっきからそういう服は見かけるのだけれど、いまいちかわいくない。論理くんに、どんな服がいいのか聞いてくればよかった。…というか、優衣には悪いけど、論理くんと来たかったな。でも、おニューの背ボタンや背中ファスナーの服を着て、論理くんに見せて喜んでもらいたい。
「背ボタンや背中ファスナー?ぶんちゃん、そういうのが好きだったっけ?…いや、違うか」
優衣は、呆れたように苦笑いをした。
「また、論理の変な趣味だな?」
「…うん。論理くん、私がそういう服を着ているのを想像すると、心がとても熱くなるんだって」
私は、嬉しさに顔を綻ばせながら言った。
「私には理解不能だわ」
優衣は両手を横に広げて、いわゆる『わかりません』のポーズをとった。
「あ!これいいな!」
私は、一つのワンピースを見つけた。紺色に小花柄の模様が付いていて、とても清楚なワンピース。そして背中ファスナーだ。お値段もこれなら手が届く。
「優衣!これどう思う?」
私は、優衣にそのワンピースを見せる。
「いいんじゃない?まったく、恋する乙女になっちゃって、かわいい子」
「試着してみる!」
私は試着室に入り、試着をしてみた。うん、自分で言うのもなんだけれど、よく似合っていると思う。論理くん、喜んでくれるといいな…。一応、優衣にも見てもらおう。
「優衣、どうかな?」
私は試着室から出て、優衣にワンピース姿を見せた。
「うーん、そうね。私が論理だったら、襲っちゃうわね」
「襲っちゃう?」
「こうするのよ!」
優衣は、私の後ろに回り込み、後ろから抱きつく。そして、胸を揉まれた。
「きゃっ!何するの優衣~!」
「これこれ、よいではないかよいではないか」
胸を揉みしだかれる。そのうち優衣は手を離した。
「まったく、論理に夢中になっちゃって。私ちょっと嫉妬してるんだからね~」
「ねえ、優衣」
「何よ」
「私、論理くんに胸を触られたときはすごくドキドキしたのに、優衣に触られても全然ドキドキしない」
私は、自分の胸を揉みながらそう言った。自分で触ってもドキドキしないな。優衣は、顔を強張らせた。
「喧嘩売ってるのかお前は!いいわいいわ、恋をした女の子は誰でも、女友だちには冷たくなるものよね、うんうん」
「えー!そんなことないってば!優衣は大事な親友だよ!」
「わかったから、早く服を脱いで買ってきなさい。さっきから店員さんがこっちをちらちら見てるわ」
私は店員さんを見た。確かに、少し嫌そうな顔をしながらこちらをちらちらと見ていた。

背中ファスナーのワンピースを買ったあと、私は別のお店で、背ボタンのブラウスを見つけた。白地で、胸の辺りに薔薇の刺繍が透かされたブラウス。
「これ、いいんじゃないかな」
私は、そのブラウスを手に取り、優衣に見せた。
「えーなんだか、おばさんっぽくない?」
「『そのおばさんっぽさが、あえていいんだと思う』」
「はあ?そうなの?」
「って、論理くんが言ってた」
「ぶんちゃん、論理色に染まっちゃってるわね」
優衣は苦笑いしてそう言ったあと、ふいに表情を固くして小さな声で言った。
「私もさ…、…とさ…」
私は、優衣の言葉があまりよく聞こえなかった。
「え?なんて?」
とっさに優衣は、私に作ったような笑顔を見せる。
「ああ、なんでもない!レジ通しに行こ!」
優衣は、私の手をつかんでレジへと引っ張った。

八月七日。私は、鼻歌交じりに家で掃除機をかけていた。実は、これから論理くんが私の家に来る。お父さんとお母さんの出張が偶然重なってしまい、二人は、七日から九日まで家を空ける。正志は、お母さんが連れて行くので、この三日間家には私だけ。昨日の合唱部の練習のとき、また窓の下にいた論理くんにこのことを話すと、論理くんは思い切ったように、
「俺、池田さんの家に泊まりに行きたい」
と、言った。突然論理くんにそう言われた私は、私も、論理くんと一緒に過ごしたいと思った。そのとき、隣にいる優衣は、
「えっ、まじ⁉︎」
と、目を丸くした。私は了承を得るために、スマホでお母さんに電話をした。お母さんは困った様子で、
『お姉ちゃんのことも、論理くんのことも、信用してるけど、それでも中学生の男女が一晩を共にすることには、お母さん、賛成できない』
と言った。私は不思議に思った。
「どうして、男女が一晩を共にしちゃいけないの?」
至極普通に私はお母さんに聞いた。その隣で優衣が、手を叩いて笑っている。論理くんは、無表情だけれど、視線をどこか不自然に逸らしている。お母さんは、さらに困った様子だった。あれ、みんなどうしたんだろう。
『うーん…。お姉ちゃんには、もっといろいろ教えておくべきだったけれど、うーん…。とにかく、ね。一晩一緒は、よくないの。どうしてよくないのかは、今度じっくり話すからね』
「わかった」
『じゃあ、とりあえずこうしましょう。七日に論理くんが来て、その日夜になったら帰ってもらう。八日の朝になったらまた来てもらって、やっぱり夜に帰る。九日も一緒。論理くんには三往復もさせてしまうけれど、わかってもらえるかな』
私は、お母さんの言うことを論理くんに言った。論理くんは一瞬、口をへの字にしたけれど、そのあと微笑んで「いいよ、池田さん」と、言ってくれた。こうしてお母さんもわかってくれて、私は今こうして論理くんを待っている。
「よし、もういいかな」
家の片付けが大体終わる。今日も暑いなぁ。私は、額の汗を拭った。あのとき、ちょっと短くしたおかっぱも気づけばだいぶ伸びた。前髪が少し鬱陶しい。サイドも後ろも、リップラインを過ぎてもうエラのあたりまで来ている。二十日に合唱コンクールがあるから、その前に切っておこう。論理くんも来てくれるし、おかっぱ見せたいもんね。と、そのとき、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。論理くんかな!私は、胸を高鳴らせて玄関へ走った。今日は、この前買った小花柄のワンピースを着ている。論理くんの好みに合わせて背中ファスナーだし、論理くん、喜んでくれるかな!玄関に着き、はい、と返事をする。
「池田さん、俺だけど」
聞き慣れた、あの声が返ってきた。
「論理くん!待ってた!」
扉を開ける。論理くんが、額から汗を流して立っていた。手に持っている大きな鞄が随分膨らんでいた。
「暑かったでしょ、来てくれてありがとう!ささ、入って」
「お邪魔します。あっ」
「どうしたの?論理くん」
「そのワンピース、小花柄がかわいい。後ろファスナー開きだしね」
あっ、論理くん、さっそく気づいてくれた!
「うん、このワンピースこの前買ったんだよ。ちゃんと背中ファスナーの選んだし。…論理くん、喜んでくれるかなと思って」
「もちろん嬉しいよ」
論理くんは、瞳を煌めかせながら私を見つめて、さらに背中に回った。論理くんの視線と荒い息遣いが、熱く私の心を打った。
「論理くん、このワンピース、どうかな…」
「うん、すごく似合ってる」
論理くんがそう言うのと同時に、論理くんの両腕が背中から回ってきて、私は、後ろから抱きしめられた。
「池田さん」
「論理くん」
「愛してるよ」
「愛してるよ」
「大好きだよ」
「大好きだよ」
「ずっと一緒だよ」
「ずっと一緒だよ」
論理くんは、それから長いこと私を抱いていた。やがて、論理くんの体が離れてから、私は論理くんを居間に通した。暑い。そして熱い。エアコンを入れ、論理くんに麦茶を出す。
「外暑かったでしょ?」
「うん、三十六度だって」
「えー!私そんな気温体験したことない!尾風も暑くなったよね」
私はそう言い、改めて、論理くんの脇にある大きな鞄を見た。
「論理くん、大きい鞄だね。何持って来たの?」
「この中?お泊まり道具だよ」
論理くんは、さらっとそう言った。
「え?…あれ、お泊まり道具?え?」
私は不思議に思った。あれ、論理くん今日お泊まりしないよね?戸惑っている私に、論理くんは、爽やかに微笑みかける。
「どうしたの池田さん。二晩、一緒に過ごすんでしょ?」
「え…。だって、お母さん、夜は一緒に過ごしちゃいけないって言ってたよ?」
「わかってる…。わかってるけど…。それでも、俺、どうしても…池田さんをっ…!」
ぷるるるるるるるる!家の電話が鳴った。論理くんが、露骨に舌打ちをする。
「あ、ごめんね」
私は、電話に出た。
「はい、池田です」
『もしもし、池田さんですか、太田です』
ドッキーン!今いちばん聞きたくない声が電話から流れてきた。受話器から煙草の臭いが漂ってきそうだ。私は、論理くんを縋るような目で見つめた。論理くんは、うん。とうなずいて、近くのメモ用紙に何か書き始める。
『いつも、論理が大変お世話になっております。文香さん、いかがお過ごしですか』
えっ、池田ですって言っただけなのに…。私の声、わかっちゃうの?いかがお過ごしですかって、嫌味にしか聞こえない…。
「あ、あ、元気にしておりましゅ」
やだ!お母さんに気圧されて、思わず、「しゅ」なんて言ってしまった。怖い…。恥ずかしい…。
『そうですか、お元気にしておられましゅか』
お母さん酷い!そんなこと言わなくてもいいのに!完全に弄ばれている。受話器を持つ手が震えてきた。そのとき、私の背後から温かい腕が伸びてきて、私のお腹をしっかりと抱きしめてくれた。
「怯えるな、大丈夫だ」
微かな声が、私の左耳の前でそう囁く。
『さて、早速ですが、そちらに論理がお邪魔していませんか』
論理くんが、さっき書いていたメモをさっと見せる。『俺はいない。池田さんは何も知らない』と書かれていた。私は、呼吸を整え、平静を装って答える。
「いえ、論理くんはいません」
『そうですか!』
お母さんが急に爽やかな声を出す。まるで、私がそう言うであろうことを見通していたかのように。
『では文香さんは、論理が、今日、どこにいるのかご存じないのですね?』
「はい」
私は、口の中に溜まった大量の唾液を、ごくりと飲み込んだ。
「論理くんがどこにいるか、私は何も知りません」
嘘は苦手だ。心臓がドキドキしている。
『わかりました。それでは文香さん、少しお願いを聞いて頂きたいんですけど、論理にもし会ったら伝えてほしいんです。今日の午後七時までに、必ず帰宅するように。七時から一秒でも遅れたら、警察に通報します。よろしいですか』
えっ!警察⁉︎それはさすがにやばいんじゃ…。
「はいって言って!大丈夫!」
論理くんが、間髪入れずにそう囁く。お腹の腕に、さらに力がこもった。ああ、論理くん…。すごく頼りがいがあるよ…。
「はい、わかりました」
『そしてもう一つ』
お母さんは、自信満々にこう付け加えた。
『こんなこと想像したくはないんですけどね、文香さん。万が一警察の捜査で、論理がそちらにいるということがわかりました場合は、どうなるか、十分におわかりですね?』
私は、怖くて何も言えなくなった。
「池田さん」
論理くんが、早口に囁く。
「あいつが命より大事にしているのが、世間体だ。そんなあいつに警察など呼べるはずがない。ヤクザの脅しだ。怖がるな、大丈夫」
論理くんにそう言ってもらえて、私は少し安心した。
「はい、承知しております」
私は、やっとのことでそう言えた。お母さんは「よろしくお願いします」と言って電話を切った。私は、全身の力が抜けて、電話台の前にへたり込んでしまった。
「論理くん、大丈夫かなぁ…」
「警察に言うなら言うでいいよ。それで、俺がここにいることがはっきりしたとして、それが何か法律にでも違反してるのか。違反が無ければ、警察は俺たちをどうにもできない。警察がどうにもできないのに、あの腐れババアに何ができるんだろう」
「腐れババアなんて言ったらいけないよ、ただでさえ、お母さんって呼んでないのに」
論理くんは、微笑んだ。苦笑いのような、そうでないような。
「電話で弄ばれて、脅されて、それでも池田さんは、そう言ってくれるんだね。その優しさ、あいつにはもったいなさすぎる。虎山(とらやま)モンキーパークの猿どもにフォアグラをやるようなもんだ」
「そうかなぁ。論理くんとお母さん、もう少し話し合えば仲良くできそうなもんなのに」
「できない」
論理くんはすぱっと言ってのけた。また、怖い顔をしている。
「うーん…。というか、論理くん、そもそも今日なんて言って家を出てきたの?」
「図書館に行くって言って出てきた。でもあいつ勘が鋭いから、俺のこの鞄を見ておかしいと思ったんだろう」
「ほんとに大丈夫かなぁ」
「もし今夜何かあっても、池田さん家に迷惑はかけない。あの雌ゴキブリとは、俺一人で対決してやる」
「論理くん、どうしたの?さっきから、お母さんのこと酷いこと言って」
「池田さん!」
論理くんが、急に熱い眼差しで言う。私の問いとは繋がらない態度に、私は戸惑った。
「愛してるよ」
「え?…あ、愛してるよ」
「大好きだよ」
「大好きだよ」
「ずっと一緒だよ」
「ずっと一緒だよ」
論理くんは、満足げに小さな溜息をついた。
「池田さんが愛してくれるからこそ、俺は、あいつに従わずにいられるし、あいつを憎めるし、あいつと戦えるんだ。池田さんと出会わなかったら、俺は今でも、あいつの前でびびっていただろう」
「ありがとう、論理くん。なんだか複雑な気持ちだけど、よかったのかなぁ」
「うん、よかったんだよ」
論理くんは、爽やかに言い切った。さっきのお母さんの爽やかさには煙草の脂が付いていたけれど、論理くんの爽やかさには、煙のひとかけらも無い。
「さあ、池田さん。最初は何をする?」
私たちの、二人だけの時間が始まる。

エアコンを付けているので、部屋の中は涼しい。でも窓からは、尾風の真夏の太陽の日差しが爛々と入ってくる。論理くんと私は、机に向かい合って座り、無言のまま麦茶を飲んでいた。いつもは無言になっても気にならないのに、今日はやけに無言が気になる。なんでだろう。緊張している。
「ねえ、論理くん…」
論理くんに触れたい…。せっかく二人きりなのだから、触れ合って論理くんを感じたい。
「なに?池田さん」
油蝉がジージーと鳴いているのが聞こえる。一週間しか無い青春を、蝉たちは今満喫しているのだろう。一方、私たちの青春は、何年も続くだろう。論理くんと一緒なら、私はいつまでも青春を走っていられる。
「抱っこしたい…」
私は、論理くんに熱い眼差しを向けながら言った。論理くんは、麦茶を飲み干し、グラスを机に置いた。
「うん。しようか」
論理くんは立ち上がり、私のもとへ来てくれた。私も立ち上がる。口を大きく開き、息を吸い込む私。「すはあああっ」がいつも以上に目立つ。緊張しているせいだろう。論理くん、私の呼吸感じてくれてるかな。
「あ…あのね…立って抱っこするんじゃなくて、この前ドラマで見たんだけど、男の人と女の人がベッドに横になって抱っこしてたの。ドラマの中では裸どうしだったけど、さすがにそれは恥ずかしいから、服着たままでそれやりたい」
「……うん。わかった」
心なしか、論理くんの顔は赤くなっているように見えた。
「じゃあ、私の部屋に行こう」
私はエアコンを消し、麦茶を冷蔵庫の中に戻した。論理くんを連れて自分の部屋に向かう。
「じゃあ、抱っこしようか」
部屋の中に入った。なんだか心臓がドキドキしている。エアコンを付け、私はベッドに横になった。でも論理くんは、困った顔をして立ったまま動かない。
「どうしたの論理くん?」
論理くんは、目をキョロキョロさせた。
「…あの、池田さん…、パンツ見えてるよ」
「えっ!」
私は、即座に下半身を見た。ワンピースがめくれている!瞬時に裾を直した。恥ずかしい!
「わああ、ごめん論理くん!わああ、恥ずかしいぃ…」
「…池田さん、さっきから、誘ってるの?」
論理くんが、何かを我慢してるように苦しげに言った。
「え?誘ってるって、抱っこは誘ってるけど…」
どうしたんだろう論理くん。論理くんは、ふう、と息を吐いた。
「まあいいや」
論理くんは、ベッドに入ってきて、私に腕枕をしてくれた。そして、右手で私を強く抱きしめてくれた。私も、左手で論理くんを強く抱きしめた。論理くんの温もりが熱く伝わってくる。温かい…。それに、すごく安心できる。
「池田さん」
私は顔を上げる。論理くんの顔がすぐ近くだ。私は、身体と顔が熱くなった。
「論理くん」
「愛してるよ」
「愛してるよ」
「大好きだよ」
「大好きだよ」
「ずっと一緒だよ」
「ずっと一緒だよ」
私たちは唇を重ね、舌を絡ませ合う。体を抱き寄せ合い、足を絡めた。そのとき、私のお腹の辺りに、固い物が当たった。なんだこれ?唇を離し、私は、その固い物に手を触れた。
「…っ⁉︎」
論理くんは、驚いたように表情を変える。
「論理くん、何これ。固いけどなんか入ってるの?」
私は少しさすってみる。なんだか棒のような物だ。
「あっ…うわ…っ…池田っ…さん…」
何故か論理くんは苦しげに息をした。私は、どうしたのか心配になった。
「どうしたの⁉︎論理くん大丈夫⁉︎苦しいの⁉︎」
「あ…いや…だから…。ちょ…手を離して」
え?私は、固い棒から手を離す。
「はぁ…はぁ…」
論理くんは、顔を真っ赤にして息を弾ませた。
「一体どうしたの?大丈夫?」
「はぁ…はぁ…。いや、大丈夫って言うかさ」
論理くんはそう言ったあと、天井をしばらく見つめて何か考える様子だった。けれどそのうち、私のほうをしっかり見据えてこう言った。
「池田さん。何も知らないボケっぷりが、池田さんの魅力だと思うけれど、やっぱり、最低限知らなきゃいけないものは知らないとだめだと思うんだ」
「え?どういうこと?知らなきゃいけないもの?」
「理科や保健体育で習ったよね。生殖について」
私は、論理くんにいきなりそう言われて、ぽかんとした。
「うん。精子と卵子が一緒になって、子どもができていくんでしょ?」
「そうだよ。それは、人間でも同じ。男の精子が、女の卵子と一体になって子どもへと成長していく。じゃあどこで、精子は卵子と出会うんだろうね」
「え、女の人の子宮でしょ」
「じゃあ、どうやって男の精子が、女の子宮に入るんだろう」
私は、はっとした。え、じゃあ…。
「もしかして、この棒?」
私はもう一度、固い棒を触った。論理くんは、小さく、うっ、と呻いて、そして答える。
「そう、正解だよ。正解だから、まず手を離して」
私は手を離す。論理くんは、息を整えて話し始める。
「この棒、いろんな呼び方があるけど、ちんこと呼ばれている。このちんこを使って、俺の精子を池田さんの子宮に入れることになる」
「えっ…ちんこ…」
私は、顔が熱くなる。さすがにその言葉は聞いたことがある。でも、私が見てきた、お父さんや正志のちんこは、ここまで固くもなく、ここまで大きくもなかった。なんでだろう。
「ねえ、論理くん…。あのね…私の知ってる、ちんこって、固さや大きさが…」
「ああ、それはね、」
論理くんは、私のその質問を見通していたかのように話し始める。
「ちんこは、女の人に魅力を感じると、血液で一杯になって固く大きくなるんだよ」
「え…だったら…」
私は、論理くんのちんこをまた撫でた。長さはもう、二十センチくらい。太さは、五センチくらいあるだろうか。そうなんだ、こんなに大きくなるんだ。こんなに大きくなるくらい、論理くんは、私のこと…。
「そう。これくらい、俺は、池田さんを求めている。池田さんの中に、入れたい」
「中って?中ってどこ?」
「池田さんの、股間の丁度おしっこが出てくるところに近い場所にある。これも、いろいろ呼び方はあるが、おまんこと呼ばれている」
「おまんこ…」
私がそう言うと、論理くんは、苦笑いした。
「池田さん。ちんこという言葉は、まだみんな気軽めに口にする。でも、おまんこは、なぜかちんこよりも恥ずかしがられている。なので、安易に口にしないほうがいいよ」
「あ、そうなんだ」
そういえば、ちんこという言葉は聞いたことがあるけれど、おまんこという言葉は、優衣に教えてもらうまで聞いたことがなかった。
「で、俺のちんこがこうやって固くなり、池田さんのおまんこに入って精子を出す。その精子が、池田さんの卵子と出会って、赤ちゃんになる」
「どうやって精子を出すの?」
論理くんは、赤くなってうつむいた。精子を出すのは恥ずかしいのだろうか。
「固くなったちんこに…いろいろ、刺激を加えていると…なんか…がーっと気持ちよくなって…そうすると…出る」
「どんな刺激?それは、私の、その…おまんこでも、刺激してあげられるの?」
「うん」
「わかった!じゃあ今からやろ!」
「ちょっと待った」
論理くんは、頭を抱えた。
「ちょっと待った。俺さ、さっき赤ちゃんになるって言ったじゃん。俺たちが今ここで赤ちゃん作って、誰がどうやって育てるの?」
「あ…そっか」
「赤ちゃん作るって重大なことだから、そうそう気軽にはできないよ。でも、今この誰もいない家で、俺たち二人だけで何かやっても、みんなわからないじゃん。だから池田さんのお母さんは、俺を三往復させようとしたんだと思う」
「そういうことだったんだ」
私は納得した。でも、私はふと気づく。
「でも、それならどうして論理くん、お泊まり道具持って来たの?」
「うっ…」
と、また論理くんの口からうめき声が漏れる。母親に嘘を見抜かれた子どものように、論理くんはもじもじとしていたけれど、やがて言った。
「もちろん、赤ちゃんを作るつもりはないよ。でも、俺のちんこを池田さんのおまんこに入れても、赤ちゃんを避けられる方法はいくつかある。だから、俺、池田さんのお母さんには申し訳ないけれど、」
論理くんは、焦げ茶色の瞳で、真っ直ぐに私を見つめる。そして、
「俺、今、池田さんを、抱きたい」
と、言った。私は、おまんこが熱くなった。私も、論理くんを真っ直ぐに見つめた。
「いいよ。論理くんのちんこのように、私のおまんこも、論理くんを欲しがってる」
「池田さん!」
論理くんはそう囁く。私たちは、固く抱き合った。そのとき論理くんが、はっと何かに気付いたように、小さく叫んだ。
「あ!ごめん。俺今、どうしても鞄から取ってこなければいけない物がある」
「え?何?」
私は、論理くんに続いて体を起こし、ベッドから立ち上がった。するとそのとき、私は勉強机の上に、何か置いてあるのに初めて気づいた。
「あれ?これなんだろう」
私は、論理くんと二人で、机の上の何かをのぞき込む。花柄のかわいらしい封筒の上に、『文香、論理くんへ』と書かれている。私は、封筒を手に取った。中からは、手紙と、一万円札一枚と、そして、五センチ四方のパッケージが二つ。『うすうす』と印刷されている。触ってみると、こりこりした感じの輪が、指の下にある。
「あ!それ!」
論理くんがいきなり声を上げた。
「え?それって?」
「それだよ。その、『うすうす』。それを取りに行こうと思ってたんだ。でも、どうしてここに置いてあるんだろう?」
「え?この『うすうす』って何?」
論理くんは、ちょっと苦笑いをした。
「この『うすうす』は、コンドームっていうんだよ。これから池田さんを抱くのに必要な物なの。どうやって使うかは、あとで教える。今は、その手紙を見たい」
私は、手紙を開いた。お母さんの字でこう書かれている。
『論理くんに三往復してなんて頼んだけれど、やっぱりこれを置いていきます。お母さんは、論理くんと直接会ったことはないけれど、中二になってから今までの文香の様子を見れば、論理くんがどういう子なのかわかるような気がします。論理くん。文香を大事にして、幸せなお泊まりを過ごして下さい。少ないですが、このお金で食事をしてくれると嬉しいです。どうかよろしくお願いします』
「論理くんに三往復しろって言ったのはお母さんなのに、変なの。でも一万円もらった!ラッキー!」
「そんなこと言っちゃいけないよ」
と、論理くん。変に、声がしみじみしてるなぁと思って論理くんの顔を見ると、何かにすごく感動しているような表情をしている。
「俺、池田さんのお母さんに、ものすごく信頼された。まだ会ってもいないのに。そんなことをしてくれる人って、いるんだな…」
「え?信頼?」
「さっきもちょっと言っただろ。俺が、池田さんと一つになると赤ちゃんができちゃう可能性がある。もし俺が池田さんに赤ちゃんを作らせて、そのままどっかへ逃げたら、池田さんのこの先の一生は台無しだ。池田さんのお母さんは、そうなる危険性も承知した上で、なお、俺が池田さんに乱暴することはないと信頼してくれた。俺は今すごく嬉しい。今までそんなふうに、人から信頼されたことなんてなかったから」
論理くんの声は、微かに震えていた。涙目になっているようにも見える。
「じゃあ、男の人と一つになることって、そんな危険があるんだ」
「ああ、そうだよ。お腹の中の赤ちゃんを無理矢理掻き出して、死なせてしまわざるを得ない女の子だっていっぱいいる」
「え…そうなの…」
「だから、池田さんのお母さんがどんな気持ちで俺を信頼してくれたかと思うと、その信頼に答える意味でも、俺は、これから池田さんを大事にしたい。そのためのコンドームだよ」
「論理くん…」
私は、論理くんに抱きついた。天井からは、エアコンの静かな音。窓を隔てた外は、白熱の真夏。蝉時雨が、ガラス越しに響いてくる。そんな八月に、私は、私の新しい一ページが、論理くんの手で開かれていくのを感じていた。
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