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二十八、一目惚れの一着

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それからまた数日が過ぎた。七月の前期試験も近づいてくる。試験代わりのレポートも数科目課され、俺も図書館にこもるときが増えた。文芸部のみんなに、特に変化はない。はーちゃんには、あの雨の夜に見たこと聞いたこと電話したことは、一切秘密にしてくれと言われたので、ふーちゃんにもひーちゃんにも話していない。そのはーちゃん、先輩でつらい分、養成所に一心に打ち込み、めきめき頭角を現しているという。端役ながら、近くアフレコの現場に立てるかもしれないらしい。
そんな六月も末の日、俺はレポートの手を休め、一人、四条大路(しじょうおうじ)に遊びに出た。ここは玉都の中でもいちばんの繁華街で、様々な店が軒を連ねている。ウィンドウショッピングには最適な場所だ。
「ん…?」
数多くの店頭を見てまわるうち、あるショーウィンドウに出された一着の服が、俺の目を打つ。
「これは…」
俺は思わず店内に入る。「いらっしゃいませ」という店員の挨拶を耳にするのもそこそこに、俺はその服を見た。
服は、セーラーの上下セットだった。上のセーラー服は、前も後ろも四角い襟。井桁の二本ラインで縁取られ、左肩の前後には四分休符のエンブレムがある。ふーちゃんの得意技みたいに、背中ファスナーで、背中襟が左右二つに分かれている。そのファスナーも変わっていて、普通に服についているコンシールファスナーではなく、太くて存在感のある金属のジッパーだった。このファスナーなら、いつでも背中に「ファスナーをしているっ」と実感できる。いやそれよりなにより襟の色。はっと目を見張らせるほど鮮やかな紫色だ。こんな色の服、そうそうないよな。ちなみに下のスラックスも、サイドと裾に二本ラインを施されながら、この紫一色になっている。胴と袖の生地は白。この白が、襟とスラックスの紫を一層際立たせていた。
「これは…いい…」
俺はしばし、服に見惚れた。秋に髪が伸びて、ひーちゃんみたいなおかっぱにした俺がこの服を着ているのを想像したら、胸が熱くなった。よし!秋になったらこれ着るぞ。さっそく試着させてもらい、サイズを確認した俺は、嬉々としてこの紫セーラーを買った。仕送りの半分近くが一気に飛ぶ。しばらく生活が苦しくなりそうだ。だけど得がたい服を手にできたから喜ばしい。四条大路を行く俺の足取りは軽かった。
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