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手を繋いで見上げた空
目覚めの朝
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この日は、とても暑い夏空で朝から気温が30℃を超えていた。
汗ばんだ顔や身体に、窓から入る生暖かい風がやけに心地よく感じた。
部屋の窓は、虫が入って来ないようにアミ戸をしていたが太陽の日差しは防げない、そんな下らない事を思いながらエアコンの無い部屋でゆっくりと身体を起こした。
壁に掛かった時計の針は、朝の7時7分を指していた。「ラッキー7だな!」と思わず呟いてしまった。
いつまでも布団の上にいても仕方がないので、部屋から出て洗面所で顔を洗い歯を磨いた。
タオルで顔を拭き振り向くと同時に、僕は後ろに一歩下がってしまった。
「えへへ、驚いた。」
振り向いた先には、悪戯っ子みたいに口を押さえて笑う幼なじみの花野美月が立っていた。
「驚いた!じゃないよ。」
高鳴る胸の鼓動を抑えながら一呼吸をおいた。
「あのなぁ美月、いくら幼なじみでも勝手に家にあがるのは駄目だろ。」
「えぇ、ちゃんとインターホンは押したよ。おばさんに鍵を開けてもらって話してたんだ。璃空がまだ寝てたから起きるのを待ってたんだよ。そしたら、階段から足音がしたから驚かそうと思って隠れてたんだ。」
そう言ってクスクス笑いながら僕を見ていた。
ー本当に美月は、自分中心で生きているなぁ。そこが疎ましくもあり、羨ましくもあり、好きな所でもある。ー
そう思っている間に、美月は僕の手を引いて僕の部屋に入っていた。
「急いでよ。はやく準備してよ。いつまで寝巻きのままでいるの。」
何をそんなに急いでいるんだろ。今日は特に予定もなかったはずだけど。
「何を急ぐんだよ。別に予定もないだろ。何処に行くんだよ?」
僕は本当に思い当たる約束などが無いので、頭の中がはてなでいっぱいだった。
「本当に忘れてるの?なんか哀しいなぁ。」
少し寂しそうに俯いた美月は、顔を上げたと同時に笑っていた。
「実は、約束なんかしてませーん。約束がないと璃空に逢いに来たら駄目なの?私が逢いたいと思ったから逢いに来たんだよ。ねぇ、今から海に行こうよ。だから早く準備してよ。」
恥ずかしい事を平気で口にする美月を見て、僕は諦める事にした。どうせ嫌だと言っても僕が頷くまでは諦めないとわかっているからだ。
「わかったから、服を着替えるからリビングで待ってて。」
美月は嬉しそうに部屋を出てリビングへと向かっていった。その足取りは軽快な足音を立てていた。
本当に自分勝手だなぁと思いながら服を着替えた。
ー花野美月とは、幼稚園の頃からの付き合いでいつも僕の隣に居た。住んでいる家は、道を挟んだお向かいだから親同士も仲が良く、物心ついた頃から当たり前のように一緒に行動していた。おとなしい性格の僕とは正反対で、活発で明るい性格の彼女は僕と居て楽しいのかな?と、何時も思っていた。ー
服を着替えて、彼女が待つリビングへと向かった。
リビングの扉の向こうで、美月と母の話し声が聞こえてきたので、僕は足を止めた。
「美月ちゃん、いつも璃空を気にかけてくれてありがとうね。あの子は人付き合いが苦手で友達が居ないから中々外に出てくれないのよ。美月ちゃんが幼なじみで本当に良かったわ。」
「おばさん、気にしなくても大丈夫ですよ。私は嫌なんて思った事は一度もないから。私は璃空といるだけで楽しいし、璃空が隣に居るのが当たり前になってるから。何処に行くにも一緒が良いんですよ。」
ー僕に聞かれていないと思って恥ずかしい事を2人で話しているから、リビングに入り辛いじゃないか。ー
僕はリビングに入らず、玄関へと歩き靴を履きながら美月を呼んだ。
「美月。はやく来ないと出掛けないからなぁ。5秒以内ね。」
僕は意地悪な事を言って少し困らせようとした。そして、カウントダウンを始めた。
「いーち、にー」
リビングの方から慌てている様子で色んな音が聞こえてきた。僕の意地悪に反応してか、美月は大きな声で「待ってよ。」、そのすぐ後から母の声が続けて聞こえてきた。「璃空!意地の悪いことを言わないの。」と、怒っていた。
それでも構わずにカウントをする。
「さーん」
「しー」
そして、リビングの扉が開き美月は走って玄関まで来た。
「ごー」
僕が数え終わると、息を切らして靴を履く美月は満面の笑みで僕を見ていた。
「間にあったかな?まっ、間にあっていなくても引きずってでも連れて出てたけどね。」
本当に、自分勝手な奴だなぁ!と思うと同時に美月は僕の手を引き玄関の扉を開けた。
「おばさん、行ってきます。」
「美月ちゃん、行ってらっしゃい。」
母は本当の家族のような受け答えを行い、手を振って送り出した。
玄関から出た瞬間に、暑い日差しとアスファルトから照り返す熱で、夏という季節を改めて感じた。
この後の予定は、美月が決めた海に行くというだけの面倒な目的を遂行する。目覚めてから35分位しか経っていない、日曜日の朝だった。
僕は、軽く背伸びをし大きく息を吸って歩き始めた。その後から、嬉しそうに軽いスキップをしながら着いて来る美月は、昔と変わらず無邪気な子供のようで鼻歌を歌いながらニコニコしていた。
「何がそんなに楽しいんだよ?」
「えへへ、だって今から海に行くんだよ!テンション上がるでしょ。」
ーテンションなんか上がらないよ。別に僕と行かなくても友達と海に遊びに行けばいいのに!ー
僕は少しでも太陽の日差しを避ける為に、日陰を探しては入り、木陰があれば入りと歩いていた。
見上げた空は、雲ひとつない晴天で僕の身体をジリジリと少しずつ焦がして行くようだ。
後ろを着いて来ている美月は大丈夫なのかと心配になり振り返ると、日傘をさして太陽の日差しを防いでいた。
ー日傘があるなら、僕も入れてくれたらいいのに!自分だけ日差しを避けてずるい。ー
美月は、それを感づいたのか僕の隣に駆け寄り日傘を高く上げた。同時に太陽の日差しが、僕に当たらなくなった。
隣りに来た美月は、恥ずかしそうに
「ねぇ、これって相合傘だよね!」
「えっ」
突然の思いがけない言葉に思わず声が出てしまった。雨の降っていない晴天の青空の下で、2人で日傘に入り通り慣れた駅まで続く道を歩いている。周りの人達からは、どのように思われているのかと考えるだけで恥ずかしくなった。それでも、美月のせっかくの行為を無下にはできない。だから、平然を装い美月にお礼を言った。
「そうかもしれないね。だけど、これで日差しを浴びずにすむよ。ありがとう!」
美月が待つ日傘を、少し背の高い僕が受け取り2人の間に持ち替えた。
それからは、特に話すこともなく駅までの道のりを2人で歩いていた。すると、後ろの方から声が聞こえた。
「おやおや、美月を発見!」
声がした方に僕と美月は振り向いた。そこには、長い髪を風で揺らしながら少し大人びた容姿の女性が僕達を見て微笑んでいた。
「あ、綾香。なんでここにいるの?家は2つ先の駅なのに。」
「別に特に意味はないよ。ただなんとなく歩いていたらここまで来ていただけだよ。それよりも、隣りに居る彼はだれなのかな?もしかして、彼氏さんかな?」
それを聞いた美月は、顔を横に振りながら答えた。
「ち、違うよ。友達だよ。」
ーまぁ、確かに友達ではあるがそんなに否定されると少し哀しくなるなー
「まっいっか。私は、並木綾香だよ。美月とは高校が一緒でクラスも一緒なの。次は君の自己紹介ね。」
この子も、美月と同じ種類の人間だな!答えないといつまでたっても動かないだろうと諦めた。
「天谷璃空です。美月とは幼稚園の頃からの幼なじみで、今朝海に行きたいと言われて仕方なくって感じで行く途中です。」
特に差し支えのない自己紹介を終え、美月の方に振り向くと彼女は恥ずかしそうに下を向いていた。
「へぇー、君が璃空君。美月が何時も話してる幼なじみ君なんだね!意外とかっこいいじゃん。」
ーえっ?学校で僕の話しをしてるのかー
「綾香。もういいじゃない。」
美月は、顔を赤らめて綾香の肩を軽く叩いた。
顔を赤らめているのは、夏の日差しで暑くなったせいなのか、僕に知られたくない事を綾香が言ったせいなのかは、僕にはわらかない。
とにかく、はやくこの場所から移動したくて、僕は軽く綾香にお辞儀をして駅の方に歩いた。
その後から、歩き出した僕を追いかける美月は、「綾香。また学校でね。」と言い、日傘の中に入って一緒に駅へと向かう。
「またね!美月、璃空君。」
綾香は、手を振りながら僕達とは反対の方へ歩いて行った。
小さな台風が通り過ぎて行った感じがして、ほっとしている自分がいた。社交性のない僕には誰かと会うだけでもそんな気持ちになってしまう。
それからは、特に会話もなく美月と駅まで歩いた。
僕と美月は、駅に入り目的地までの切符を買い、改札を抜けホームまで行き、電車を待った。
ホームにある椅子に二人で座り、しばらく静かな時間が流れた。
ー家を出る前はあんなに元気だったのにどうしたんだろう?綾香と会ってから急に大人しくなったな。ー
僕がそう思っていた時に、美月は下を向いたまま口を開いた。
「ねぇ、璃空!私がもし居なくなったら……。」
美月が伝えようとした言葉は、通り過ぎた電車の音でうまく聞き取れなかった。
「ごめん。最後が聞き取れなかったからもう一回いい。」
「ううん。やっぱり気にしないで。」
言いかけた言葉が気になるが、それ以上は聞かなかった。
やがて、目的地まで行く電車がホームに着いた。
「それじゃ、乗ろっか!」
電車の扉が開いたと同時に、僕と美月は電車に乗り込んだ。
休日の早い時間帯だった為、電車の中は人も少なく冷房も効いていたので、汗ばんだ身体にはとても気持ち良く感じる。それは、美月も同じ気持ちだったのだろう。
「あぁ、涼しい。」
そう言いながら、着ている服をパタパタとする美月を見て思わず笑ってしまった。
「何で笑うの?」
「別に何でもないよ。」
「ふーん、まぁ良いけど。とりあえず座ろうよ。海までは七つ先の駅だから、立っているのは辛いよ。」
とりあえず、僕は椅子に座った。
美月は向かいの椅子に座った。
「久しぶりの海だね。小さい頃は璃空のお母さんと三人でよく行ったよね。私の親はいつも忙しくて行けなかったから。」
ー急にどうしたんだろう。ー
移りゆく景色を見ながら寂しそうに話す美月を見ると、瞳には少し涙が浮かんでいた。
僕は、同じように窓の外を見て美月に答えた。
「また行きたい時は一緒に着いて行ってやるよ。」
その言葉を聞いた美月は、少し照れながら小さく頷いた。
そしてまた、お互い口を閉ざし電車に揺られながら外を眺めた。
目的の海がある駅まで残り二駅になり、窓の外には遠くに海が見えてきた。電車の中は、小さい子を連れた家族や若いカップル達が、僕達と同じ目的地である海へ行く事を話しながら楽しそうにしていた。
残り一駅となり、同じ目的の乗客が増えてきた。
子供を抱える家族も居たので、僕は美月と目を合わせ電車の扉の方に歩いた。
二人で並んで窓の一面に見える海を見ていると、アナウンスが流れ始めた。
「次は…駅、お忘れ物が無いようにご注意してお降り下さい。」と、アナウンスの声に合わせて美月も僕に向けてアナウンスをしていた。
「わかったから。」
そして、開いた扉から同じ目的地に着いた人達は次々と降りて行く。僕達もその流れの中にのまれながら駅の改札口まで歩いた。
駅を出ると、まっすぐに続く道から吹く風は潮の香りと夏の匂いを運んできた。
「行こう。」
美月は、僕に手を差し伸べた。
太陽は、家を出た時よりも少し高く上がっていた。時間にしたら1時間位だろう。目覚めてから慌ただしくしてここまで来たんだと思いながら、差し伸べられた手を取り歩き始めた。
海まで続く道は、電車から降りた人達が楽しそうに列を組んだようにして歩いている。
ー意外と遠いな!みんなはこの暑い中平気なのかな?ー
相変わらず下を向きながら歩く僕の肩を美月は軽く叩いた。
「歩いている人達は、私と同じように海に行きたかったんだよ。だって、みんな笑顔だよ。璃空だけだるそうに歩いているよ。ほら、スマイルスマイル!」
満面の笑顔で僕を見ている美月は、汗を拭いながら僕の頬を指で突っついていた。
僕は仕方なく作り笑いをした。
そんなやりとりをしている間に、目の前には青く広がる海と白い砂浜。そこには、たくさんの人達が夏を思いっきり堪能していた。海で泳いだり、砂浜で遊んだり、波打ち際で寄せては帰る波から逃げたり等、おもいおもいの海を満喫している。
「あぁ、テンション上がる。やっぱり海に来ると夏って感じがするよね。」
「そうだな。僕もようやく上がってきたよ。」
ー実際のところ、海を間近で見るまでは全然気持ちはうわの空だったけど、これが夏の魔法と言うのだろう、来て良かったと心からそう素直に思える。ー
「美月、連れて来てくれてありがとう。」
「えっ、どうしたの急に?」
「いや別に。そう思ったから。」
「そっか。じゃあ、どういたしまして。」
優しく笑った彼女は、僕の手を引きながら海辺まで歩いた。
ーこうやって海辺を一緒に歩くのは3年ぶりかな。幼い頃から中学校を卒業するまでは毎年一緒に来てたのに、どうして来なくなったのかを思い出せない。ー
ここから見える景色は、いつまで経っても変わらないのに、僕達は過ぎて行く時間の中でそれぞれ成長していく。そんな事を思っていると…
「この関係もいつかは変わってしまうのかな?」
ふと思った事が声に出てしまった。
前を歩いていた美月は、聞こえていたのか振り向かないままで答えた。
「何も変わらないよ。」
そう答えた美月は、立ち止まり目を閉じていた。その瞳には少し涙が浮かんでいたように見えた。
朝から少しおかしな所があるが、僕は気づかないふりをしていた。
しばらく砂浜を歩いた後、美月は振り返り歩み寄って来た。
「ねぇ、写真を一緒に撮ろうよ。今日という日の思い出としてさ!お願い。」
汗ばんだ顔や身体に、窓から入る生暖かい風がやけに心地よく感じた。
部屋の窓は、虫が入って来ないようにアミ戸をしていたが太陽の日差しは防げない、そんな下らない事を思いながらエアコンの無い部屋でゆっくりと身体を起こした。
壁に掛かった時計の針は、朝の7時7分を指していた。「ラッキー7だな!」と思わず呟いてしまった。
いつまでも布団の上にいても仕方がないので、部屋から出て洗面所で顔を洗い歯を磨いた。
タオルで顔を拭き振り向くと同時に、僕は後ろに一歩下がってしまった。
「えへへ、驚いた。」
振り向いた先には、悪戯っ子みたいに口を押さえて笑う幼なじみの花野美月が立っていた。
「驚いた!じゃないよ。」
高鳴る胸の鼓動を抑えながら一呼吸をおいた。
「あのなぁ美月、いくら幼なじみでも勝手に家にあがるのは駄目だろ。」
「えぇ、ちゃんとインターホンは押したよ。おばさんに鍵を開けてもらって話してたんだ。璃空がまだ寝てたから起きるのを待ってたんだよ。そしたら、階段から足音がしたから驚かそうと思って隠れてたんだ。」
そう言ってクスクス笑いながら僕を見ていた。
ー本当に美月は、自分中心で生きているなぁ。そこが疎ましくもあり、羨ましくもあり、好きな所でもある。ー
そう思っている間に、美月は僕の手を引いて僕の部屋に入っていた。
「急いでよ。はやく準備してよ。いつまで寝巻きのままでいるの。」
何をそんなに急いでいるんだろ。今日は特に予定もなかったはずだけど。
「何を急ぐんだよ。別に予定もないだろ。何処に行くんだよ?」
僕は本当に思い当たる約束などが無いので、頭の中がはてなでいっぱいだった。
「本当に忘れてるの?なんか哀しいなぁ。」
少し寂しそうに俯いた美月は、顔を上げたと同時に笑っていた。
「実は、約束なんかしてませーん。約束がないと璃空に逢いに来たら駄目なの?私が逢いたいと思ったから逢いに来たんだよ。ねぇ、今から海に行こうよ。だから早く準備してよ。」
恥ずかしい事を平気で口にする美月を見て、僕は諦める事にした。どうせ嫌だと言っても僕が頷くまでは諦めないとわかっているからだ。
「わかったから、服を着替えるからリビングで待ってて。」
美月は嬉しそうに部屋を出てリビングへと向かっていった。その足取りは軽快な足音を立てていた。
本当に自分勝手だなぁと思いながら服を着替えた。
ー花野美月とは、幼稚園の頃からの付き合いでいつも僕の隣に居た。住んでいる家は、道を挟んだお向かいだから親同士も仲が良く、物心ついた頃から当たり前のように一緒に行動していた。おとなしい性格の僕とは正反対で、活発で明るい性格の彼女は僕と居て楽しいのかな?と、何時も思っていた。ー
服を着替えて、彼女が待つリビングへと向かった。
リビングの扉の向こうで、美月と母の話し声が聞こえてきたので、僕は足を止めた。
「美月ちゃん、いつも璃空を気にかけてくれてありがとうね。あの子は人付き合いが苦手で友達が居ないから中々外に出てくれないのよ。美月ちゃんが幼なじみで本当に良かったわ。」
「おばさん、気にしなくても大丈夫ですよ。私は嫌なんて思った事は一度もないから。私は璃空といるだけで楽しいし、璃空が隣に居るのが当たり前になってるから。何処に行くにも一緒が良いんですよ。」
ー僕に聞かれていないと思って恥ずかしい事を2人で話しているから、リビングに入り辛いじゃないか。ー
僕はリビングに入らず、玄関へと歩き靴を履きながら美月を呼んだ。
「美月。はやく来ないと出掛けないからなぁ。5秒以内ね。」
僕は意地悪な事を言って少し困らせようとした。そして、カウントダウンを始めた。
「いーち、にー」
リビングの方から慌てている様子で色んな音が聞こえてきた。僕の意地悪に反応してか、美月は大きな声で「待ってよ。」、そのすぐ後から母の声が続けて聞こえてきた。「璃空!意地の悪いことを言わないの。」と、怒っていた。
それでも構わずにカウントをする。
「さーん」
「しー」
そして、リビングの扉が開き美月は走って玄関まで来た。
「ごー」
僕が数え終わると、息を切らして靴を履く美月は満面の笑みで僕を見ていた。
「間にあったかな?まっ、間にあっていなくても引きずってでも連れて出てたけどね。」
本当に、自分勝手な奴だなぁ!と思うと同時に美月は僕の手を引き玄関の扉を開けた。
「おばさん、行ってきます。」
「美月ちゃん、行ってらっしゃい。」
母は本当の家族のような受け答えを行い、手を振って送り出した。
玄関から出た瞬間に、暑い日差しとアスファルトから照り返す熱で、夏という季節を改めて感じた。
この後の予定は、美月が決めた海に行くというだけの面倒な目的を遂行する。目覚めてから35分位しか経っていない、日曜日の朝だった。
僕は、軽く背伸びをし大きく息を吸って歩き始めた。その後から、嬉しそうに軽いスキップをしながら着いて来る美月は、昔と変わらず無邪気な子供のようで鼻歌を歌いながらニコニコしていた。
「何がそんなに楽しいんだよ?」
「えへへ、だって今から海に行くんだよ!テンション上がるでしょ。」
ーテンションなんか上がらないよ。別に僕と行かなくても友達と海に遊びに行けばいいのに!ー
僕は少しでも太陽の日差しを避ける為に、日陰を探しては入り、木陰があれば入りと歩いていた。
見上げた空は、雲ひとつない晴天で僕の身体をジリジリと少しずつ焦がして行くようだ。
後ろを着いて来ている美月は大丈夫なのかと心配になり振り返ると、日傘をさして太陽の日差しを防いでいた。
ー日傘があるなら、僕も入れてくれたらいいのに!自分だけ日差しを避けてずるい。ー
美月は、それを感づいたのか僕の隣に駆け寄り日傘を高く上げた。同時に太陽の日差しが、僕に当たらなくなった。
隣りに来た美月は、恥ずかしそうに
「ねぇ、これって相合傘だよね!」
「えっ」
突然の思いがけない言葉に思わず声が出てしまった。雨の降っていない晴天の青空の下で、2人で日傘に入り通り慣れた駅まで続く道を歩いている。周りの人達からは、どのように思われているのかと考えるだけで恥ずかしくなった。それでも、美月のせっかくの行為を無下にはできない。だから、平然を装い美月にお礼を言った。
「そうかもしれないね。だけど、これで日差しを浴びずにすむよ。ありがとう!」
美月が待つ日傘を、少し背の高い僕が受け取り2人の間に持ち替えた。
それからは、特に話すこともなく駅までの道のりを2人で歩いていた。すると、後ろの方から声が聞こえた。
「おやおや、美月を発見!」
声がした方に僕と美月は振り向いた。そこには、長い髪を風で揺らしながら少し大人びた容姿の女性が僕達を見て微笑んでいた。
「あ、綾香。なんでここにいるの?家は2つ先の駅なのに。」
「別に特に意味はないよ。ただなんとなく歩いていたらここまで来ていただけだよ。それよりも、隣りに居る彼はだれなのかな?もしかして、彼氏さんかな?」
それを聞いた美月は、顔を横に振りながら答えた。
「ち、違うよ。友達だよ。」
ーまぁ、確かに友達ではあるがそんなに否定されると少し哀しくなるなー
「まっいっか。私は、並木綾香だよ。美月とは高校が一緒でクラスも一緒なの。次は君の自己紹介ね。」
この子も、美月と同じ種類の人間だな!答えないといつまでたっても動かないだろうと諦めた。
「天谷璃空です。美月とは幼稚園の頃からの幼なじみで、今朝海に行きたいと言われて仕方なくって感じで行く途中です。」
特に差し支えのない自己紹介を終え、美月の方に振り向くと彼女は恥ずかしそうに下を向いていた。
「へぇー、君が璃空君。美月が何時も話してる幼なじみ君なんだね!意外とかっこいいじゃん。」
ーえっ?学校で僕の話しをしてるのかー
「綾香。もういいじゃない。」
美月は、顔を赤らめて綾香の肩を軽く叩いた。
顔を赤らめているのは、夏の日差しで暑くなったせいなのか、僕に知られたくない事を綾香が言ったせいなのかは、僕にはわらかない。
とにかく、はやくこの場所から移動したくて、僕は軽く綾香にお辞儀をして駅の方に歩いた。
その後から、歩き出した僕を追いかける美月は、「綾香。また学校でね。」と言い、日傘の中に入って一緒に駅へと向かう。
「またね!美月、璃空君。」
綾香は、手を振りながら僕達とは反対の方へ歩いて行った。
小さな台風が通り過ぎて行った感じがして、ほっとしている自分がいた。社交性のない僕には誰かと会うだけでもそんな気持ちになってしまう。
それからは、特に会話もなく美月と駅まで歩いた。
僕と美月は、駅に入り目的地までの切符を買い、改札を抜けホームまで行き、電車を待った。
ホームにある椅子に二人で座り、しばらく静かな時間が流れた。
ー家を出る前はあんなに元気だったのにどうしたんだろう?綾香と会ってから急に大人しくなったな。ー
僕がそう思っていた時に、美月は下を向いたまま口を開いた。
「ねぇ、璃空!私がもし居なくなったら……。」
美月が伝えようとした言葉は、通り過ぎた電車の音でうまく聞き取れなかった。
「ごめん。最後が聞き取れなかったからもう一回いい。」
「ううん。やっぱり気にしないで。」
言いかけた言葉が気になるが、それ以上は聞かなかった。
やがて、目的地まで行く電車がホームに着いた。
「それじゃ、乗ろっか!」
電車の扉が開いたと同時に、僕と美月は電車に乗り込んだ。
休日の早い時間帯だった為、電車の中は人も少なく冷房も効いていたので、汗ばんだ身体にはとても気持ち良く感じる。それは、美月も同じ気持ちだったのだろう。
「あぁ、涼しい。」
そう言いながら、着ている服をパタパタとする美月を見て思わず笑ってしまった。
「何で笑うの?」
「別に何でもないよ。」
「ふーん、まぁ良いけど。とりあえず座ろうよ。海までは七つ先の駅だから、立っているのは辛いよ。」
とりあえず、僕は椅子に座った。
美月は向かいの椅子に座った。
「久しぶりの海だね。小さい頃は璃空のお母さんと三人でよく行ったよね。私の親はいつも忙しくて行けなかったから。」
ー急にどうしたんだろう。ー
移りゆく景色を見ながら寂しそうに話す美月を見ると、瞳には少し涙が浮かんでいた。
僕は、同じように窓の外を見て美月に答えた。
「また行きたい時は一緒に着いて行ってやるよ。」
その言葉を聞いた美月は、少し照れながら小さく頷いた。
そしてまた、お互い口を閉ざし電車に揺られながら外を眺めた。
目的の海がある駅まで残り二駅になり、窓の外には遠くに海が見えてきた。電車の中は、小さい子を連れた家族や若いカップル達が、僕達と同じ目的地である海へ行く事を話しながら楽しそうにしていた。
残り一駅となり、同じ目的の乗客が増えてきた。
子供を抱える家族も居たので、僕は美月と目を合わせ電車の扉の方に歩いた。
二人で並んで窓の一面に見える海を見ていると、アナウンスが流れ始めた。
「次は…駅、お忘れ物が無いようにご注意してお降り下さい。」と、アナウンスの声に合わせて美月も僕に向けてアナウンスをしていた。
「わかったから。」
そして、開いた扉から同じ目的地に着いた人達は次々と降りて行く。僕達もその流れの中にのまれながら駅の改札口まで歩いた。
駅を出ると、まっすぐに続く道から吹く風は潮の香りと夏の匂いを運んできた。
「行こう。」
美月は、僕に手を差し伸べた。
太陽は、家を出た時よりも少し高く上がっていた。時間にしたら1時間位だろう。目覚めてから慌ただしくしてここまで来たんだと思いながら、差し伸べられた手を取り歩き始めた。
海まで続く道は、電車から降りた人達が楽しそうに列を組んだようにして歩いている。
ー意外と遠いな!みんなはこの暑い中平気なのかな?ー
相変わらず下を向きながら歩く僕の肩を美月は軽く叩いた。
「歩いている人達は、私と同じように海に行きたかったんだよ。だって、みんな笑顔だよ。璃空だけだるそうに歩いているよ。ほら、スマイルスマイル!」
満面の笑顔で僕を見ている美月は、汗を拭いながら僕の頬を指で突っついていた。
僕は仕方なく作り笑いをした。
そんなやりとりをしている間に、目の前には青く広がる海と白い砂浜。そこには、たくさんの人達が夏を思いっきり堪能していた。海で泳いだり、砂浜で遊んだり、波打ち際で寄せては帰る波から逃げたり等、おもいおもいの海を満喫している。
「あぁ、テンション上がる。やっぱり海に来ると夏って感じがするよね。」
「そうだな。僕もようやく上がってきたよ。」
ー実際のところ、海を間近で見るまでは全然気持ちはうわの空だったけど、これが夏の魔法と言うのだろう、来て良かったと心からそう素直に思える。ー
「美月、連れて来てくれてありがとう。」
「えっ、どうしたの急に?」
「いや別に。そう思ったから。」
「そっか。じゃあ、どういたしまして。」
優しく笑った彼女は、僕の手を引きながら海辺まで歩いた。
ーこうやって海辺を一緒に歩くのは3年ぶりかな。幼い頃から中学校を卒業するまでは毎年一緒に来てたのに、どうして来なくなったのかを思い出せない。ー
ここから見える景色は、いつまで経っても変わらないのに、僕達は過ぎて行く時間の中でそれぞれ成長していく。そんな事を思っていると…
「この関係もいつかは変わってしまうのかな?」
ふと思った事が声に出てしまった。
前を歩いていた美月は、聞こえていたのか振り向かないままで答えた。
「何も変わらないよ。」
そう答えた美月は、立ち止まり目を閉じていた。その瞳には少し涙が浮かんでいたように見えた。
朝から少しおかしな所があるが、僕は気づかないふりをしていた。
しばらく砂浜を歩いた後、美月は振り返り歩み寄って来た。
「ねぇ、写真を一緒に撮ろうよ。今日という日の思い出としてさ!お願い。」
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