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【40】採用

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 そのようにして、二回目の面接を迎えた。

 この日は鏡花院先生との面談の日だったので、面接終了時間が不明だったため、先生には用事があるから行けないことを連絡した。二回目は確か、偉い人三人との面接だったはずだ。それとも、間にほかのを挟まれるのだろうか。考えながら、私は九時半に会社に行った。

 すると十時半気分で良いと口にしていた、電話に行くようにと指示した人が、クスクス笑っていた。

「やっぱりなぁ。絶対九時半に来ると思ってたんだよね、私。本当に十時で良かったんだけどねぇ」
「申し訳ございません!」
「いやいや、良いよ。遅刻癖よりは、だいぶ良い」

 そう言って、この人は、珈琲を出してくれた。白髪頭である。
 お礼を告げ、適度に飲みながら、十時を待った。
 結果、面接場所へと移動することになったのは、十一時半過ぎであった。

「いやねぇ、面接官の一人が遅くてねぇ。ごめんねぇ。だから十時って言ったんだ。こうなると思ってたんだよねぇ、私」
「いえ! お時間を頂戴できたことだけで、光栄です!」
「敬語本、今も読んでるの?」
「最近は、PHPというやつの本を読んでます!」
「PHPって確かプログラムだよね? どうしてまた?」
「SQLで遊ぶ時に、ほかの部分を作るときに使うんです! HTMLは前から知ってたから、PHPで、ちょっと改造すると、とても楽しいんです!」
「楽しいのはいいことだねぇ。システム行きたい?」
「う、うーん、それはちょっと分からないです」
「マーケティングは、どうなの?」
「――正直、対象によりますよね」

 私は思わずぼそっと本音を言ってしまった。多分真顔だったと思う。
 その後慌てて首を振った。

「あ、いいえ、大変素敵な試みであると存じます。今後の御社の発展のために、非常に優れた部署であり、システムを構築するうえでも、顧客のニーズに応える上でも――」
「よし、敬語本について忘れよう。対象って、どういう意味だい?」
「……」
「顧客? 品物? どっち?」
「……両方です。そもそも、私が調べた範囲のマーケティングの本には、何一つ信ぴょう性がなかったです。きっと専門的に見たら、ちゃんとしたことが書いてあるとは思うんですけど。少なくとも、私の大学の図書館にあったマーケティングの本は、いくつか読んだんですが、言いたいことは理解できるけど納得する根拠がないものばっかり載っていました。こう、例を擧げると、フロイトの提唱した三段階の意識改装をそのまんまパクって、次元上昇の三段階とかって書いてるオカルト本と同じくらい、ほかの学問を援用してるだけで独自理論が全然ない上、援用どころかちょっとかじって使ってるだけだから、的外れなことばっかり書いてあるっていう雰囲気で、これで人の行動の流れを本当に分析できると思ってるんなら頭おかしいと思いました。笑っちゃったよ! って感じです。冗談なのかと思って十冊くらい読んでみたのに、似たようなことしか書いてなかったり、別の学問使ってるだけでやってること同じだったりで、なんだこのオカルトは! って思いました。ユング派の提唱してる西洋占星術――ああ、星占いのほうがまだ当たると思いますよ!」
「ふぅん。じゃあ我が社の取り組みってどう思う?」
「そこなんですよね。相性によるっていうのは、ここの会社は――」

 そこから私は、一時間近く力説した。そして我に返った。

「……あ、いや、そ、その……ようするに、御社のマーケティング部門の方々の取り組もうとされている事柄は、非常に素晴らしいと感じているということです!」

 気づくと半分敬語を忘れ持論を大披露していた私は、焦って最後に付け足した。
 ――だめだこれ、もう落ちたわ。
  この時点で確信し、引きつった笑みを浮かべてしまった。

 その時、後ろから声がした。

「マーケティング決定でいいんじゃない?」

 振り返ると、禿げ頭の人が立っていた。
 他の人々とは、スーツの色が少し違うのが印象的だった。

「PHPで遊ぶっていうのは、確かに面白いけど、利益考えるとねぇ」
「いつから聞いていらしたんですか? 声をかけてくださいよ」
「大遅刻してたから十一時半に間に合わせる為に必死で歩いていたら、あなた方を見つけたんだ。過ぎてるのは分かっていたけど!」
「確かにPGは、そっち専門の学生いくらでもいますしね」
「すぐ辞めるけどね」
「それはともかく、面接に行きますか」

 このようにして、私の二回目の面接が始まった。
 三人のはずが、白髪の人と禿げている人の二人が面接官だった。
 だが、きっと偉いはずだ!

 かつ、すでにため語混じりに、おかしな持論を語ってしまった私はきっと落ちる。
 なんだか悲しい気分で、ソファに座った。
 だって熱弁を聞いていた二人が面接官だ。もう終わりだ。

 そして、面接が始まった。ハゲの人に聞かれた。

「ねぇねぇ、カラオケ好き?」
「え?」
「嫌い?」
「好きですけど、音痴です! よく行って、よく歌うんですけど、最近やっと、なんとか特定の歌だけ、人並みになりました! けどカラオケに行くのは好きです! サークルでよく行ってました! 週四回くらい! 友達とは、月三回くらい!」

 意図が不明な質問だったことと、もう落ちるからいいやと思っていたのもあって、真実を答えた。

「気に入った! 気に入ったよ! 採用だ!」
「え?」
「じゃ、社長、個別面接は無しで?」
「どうしようねぇ、話してみたい感じもする、この子、変」
「ええ、変わっていて面白いですよ」
「腹黒代表の副社長に面白いって言わせる人間か、貴重だな」

 私はこの時初めて、禿げ頭の人が社長であり、白髪の人が副社長であることを知った。
 正確には、そういう立場だという意味だが、まぁこう書いておく。

 ちなみになんと、最初の面接時に、結城さんが声をかけるのは珍しいからということで、副社長も来てみたらしい。それで七人だったのだ。そこでTOEICの成績と、ハイデッカーの成績(?)と、この時には出ていたSPIの成績と、SQLの習得度から、ほぼ内定が出ていたらしい。

 面接での質疑応答自体は、本当に就活敬語本を丸暗記してきたことを、みんなで確認し、記憶能力に長けていると考えていた程度だったみたいだ。その上、事前に結城さんが、人として頭が悪いようだと話していたそうで、面の皮が分厚いという評価が下っていたらしい。なんということだ! 私の行動は、無意味だったのだ!

 内定がほぼ確定だが、性格は微妙でもある。検査は、診断方法を知っているから当てにならない。SPIからも判断がつかなかったそうで(あれでも判断できたらしい)、微妙でも仕事ができれば問題ないが、一応社長が気に入るかをチェックすることになったらしい。

 ただ、社長と気づかせて態度が変わったり、前回と違いぼろが出るかも知れないということで、副社長も同席し、採用だったら、その後改めて社長面接をして内定を伝える予定だったそうだ。合間にあるはずだった偉い人面接は、すっとばされたのである。だから二人だったのだ。面接は増えたのではなく、減ったのだ。そして結果的に私はぼろを出した。

 しかし、あのぶちかました大熱弁、おかしな持論というボロは、大変高評価だったのだ!

 なので、もう、内定でいいじゃんという事になったらしい。
 カラオケに何の関係があったのかは、いまだに分からない。

 だが、このようにして、無事に私は、大きな会社に内定が決まった。かなり幸運だった! その日のうちに、同意書を書いたり、内定書(?)をもらったりし、色々とハンコを押した。ハンコは、このために持って来いと言われていたようだ。

 副社長的に、多分社長も気にいるだろうと思っていたと言ってくれた。腹黒いって言われていたから、嘘かも知れない。そして社保の事やお給料の事など、色々教えてもらった。

 これまで、そういう方面を面接で一度も質問しなかった私のことを、ああ確かに人として馬鹿だなぁと思ったと副社長は言っていた。何時に来て、何時に帰るのかも教えてもらった。三十分前に来なくて良いんだからねと教えられた。だが、一時間前には来ていると良いよねと言われた時には、泣くかと思った。

 なお、内定者親睦会が、既に始まっているから、次から出るように言われた。

 これはなんと、全部おごりで、屋形船に乗ったり、ビジネスマナー研修もちょこっとだけやり、そのたびに食事に行ったり、登山に行ったり、卒業するまで、二ヶ月に一回くらい、遊んで歩いた気がする。

 部署は、まだ誰ひとりとして知らされていなかった。知らされたのは、二月くらいだった気がする。最初からマーケティングだと分かっていたのは私だけだった。

 メンバーの中では、私は後ろから二番目の遅さの決定で、私の後に決まった人は、一人だけ。留学帰りの人だった。スイス帰りの某有名外語大学の子で、他にも様々な国に留学していた。

 高校生の頃から留学経験があり、ホームステイ経験もいっぱいあるようだった。三ヶ国語くらいペラペラで、喋れなくても読めるものがいっぱいあるようだった。彼女は、実継ちゃんという。塔寺実継ちゃんだ。香港に彼氏がいると聞いた。

 もうひとり仲良くなったのは、SQLやらその他やら、色々とじっくり勉強したらしい、大学は忘れたが、非常に理系の男の子だった。

 この男の子――香坂葵くんは、「俺最近、小説投稿サイトの異世界系ばっかり見てて本読んでなかった」と言った。私はそれを聞いた瞬間に、「転生っていいよね!」と口走っていた。そこで意気投合して以来、私達は仲良くなった。なお、周囲は誰一人、何の話か分かっていないようだった。

 ちなみにこの一連の流れの中で、私は小説で賞をもらった。だが、内定も決まりみんなと仲良くなったので、就職を決めた。作家は諦めたのである。




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