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【39】面接
しおりを挟む六人と聞いていたのに、七人いた。私は切なくなった。
そしてなにかいろいろ聞かれた。私は、この三日間で丸暗記した就活用敬語で対応した。
もちろん、回答は自分で考えた。
そうしたら、不意に、何か変わったことを質問されたのだ。なんだったかは忘れたが、それまでの大学生活やらの話とは全く関係のない話だった。私はそれを聞いて、答えたあとでつぶやいた。
「今のってハイデッカーのやつですよね?」
するとその場に、奇妙な空気が流れた。聞かれてないのにいっちゃったことが悪かったのか、間違っていたのか、敬語を間違ったのか、ぐるぐる瞬時に考えた。
「大正解だよ。好きなの?」
「いえ、別に好きじゃないです。心理学の本の近くの棚にあったんです。それで何冊か読んだだけで、好きな人と比べたら、ちょこっと好き程度ではないでしょうか!」
そこからハイデッカーの話になった。実際には、あんまり好きでもないのだが、嫌いって言ってはいけないのだと学んでいた私は、笑顔で好きな部分を必死で探して応対した気がする。雑談できる程度には、読んでいたのだ。今は内容を思い出せないが。
「だけど困ったなぁ。今の、ひっそりとしたテストだったんだけど、先に正答知ってる学生だったとはなぁ。このパターンは三例目だ。やられちゃったなぁ」
「テスト?」
「ハイデッカーの理論を援用して、面接で必ずそれとなく質問して、採用基準の一つにしてるんだよ」
「そうなんですか」
面接とは哲学的なのだろうと判断した。今後は哲学書を沢山読んだほうがいいのかな?
そう悩んでいると、また雑談的な面接に戻った。「最近読んだ本は?」と聞かれて、面接における敬語に関する本だと言ったら、全員に笑われたことは覚えている。真実の答えだったし、個人的には必死に就活面接に臨んでいるアピールのつもりだったのだが、全員が、そうは取らなかったらしい。ひどい話である。その後、別の話題になった。
「SQLの本は読まなかったの?」
「ああ、あれは初日に読み終わって、データベース入れてやってみました!」
結城さんからの質問だったので、敬語が甘くなった自信がある。
「読み終わって? 読みながらやったんでしょ?」
「いえ? 読んで覚えてから、やりましたよ! 英語の勉強は、いつも参考書を暗記してから、問題を解いてます!」
「――暗記?」
「はい!」
「初日に、暗記? 数日かけて、繰り返して、暗記じゃなくて? 何度も実際にやりながら、暗記じゃなくて? 本を、暗記したの?」
「はい! 初日に暗記しました!」
「それ、真面目に言ってる? 嘘? 試すよ?」
「嘘じゃないです! Linuxってやつも入れました! それからデータベースを入れました! 敬語の本を読んでないときは、ずっとそれで遊んでました!」
「Linuxは、何入れたの?」
入れたOSを答えた。また、その後は、質問者が変わった。後にはっきり確定したが、その人が、システムの人だった。SQLや、それ以外のOSやDBについて沢山質問された。私は答えには別に困らなかったが、敬語に気を使った。敬語はとても難しかった。
「少なくとも勉強して覚えてきたのは間違いなさそうですんで、試してみますか」
そう言われ、なんと全員で別室に大移動した。
私は面接で、場所が変わるということがあるとは知らなかった。
そこで、私はまず、もらった本の最初から最後まで順番に、途中は省いたこともあった気がするが、全部やってみせた。みんなじーっと見ていて、何も言わなかった。その後、本には書いていない問題が出てきた。ただの応用だったのですぐにできた。すると、全く本に関係がないのが出てきた。
「これ、やったから、やり方知ってます! 面白いですよね!」
適正検査の時と一緒で、先に言ってしまった。すると苦笑された。
一応それでも、それもやった。
それが終わると、また新しい問題が出された。それは本当に初めて見た。
ちょっと考えた。結構ながく英語を書いたりしないとならないと思ったのだ。
私は小説を打つのが好きなので、タイピングには自信がある。
そしてこの英語は、簡単だ。計算系も簡単だ。
だが、なんとなく、この問題はそれまでとは違い、英語と計算の組み合わせで、長くSQLを書かないとダメな感じがしたのだ。ちなみに内容は忘れた。ただ、質問したのは覚えている。
「これは、SQLを書くのに、ちょっと時間がかかります。お時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」
「それは、何を書けばいいかわからないから考える時間が欲しいということ?」
「いいえ! SQLの文字数が長くなるので!」
「――そういうことなら、いくらでも。さすがに定時になったら終わるけど」
「定時は何時でしょうか?」
「数時間後」
「きっと終わると思います!」
このようにして、私は長々とSQLを書き始めた。
集中していたので、ほかの人が何をしていたのか記憶にない。
終わったとき、試して成功したので、気分が良くなった。
英語に似ていると思っていたが、当たると楽しい点は数学に似ている。
「できました!」
「ちょっと待って、時間欲しいんじゃなかったの?」
「頂戴しました!」
「早ぇよ!」
この日初めて、システムの人にも突っ込みを入れられた。
システムの人、しかもツッコミ口調が、これまでとは変わっていた。
素が出ていたのだ。
結果は、見事正解だった。正確に言うならば、もっと簡単に書く事は可能だが、現在の知識で、同一結果を出せる上、新人であればこの書き方ができれば十分即戦力だと褒めてもらえた。きっとお世辞もあるのだろう。システムの人は、私が早かったから、テンションが上がっていた気がするのだ。だって、こんなことまで言っていたのだ。
「マーケティングじゃなくて、システムのほうがいいですよね、これ。この会社、IT企業ですから」
「いやいやいや、マーケティングを伸ばしていくところだし、システムをただ作ればいいってものじゃないから」
システムの人と結城さんが、笑顔でそんな事を言っていた。
これを聞いて、もしかしたら採用されるかもしれないと思い、嬉しくなった!
「でも哲学書、いや直球でハイデッカーとか知ってるし、学科的にも人事配属もありだよね。面接時の検査も任せられるし」
なんの部署か知らない人に言われた。後に知ったが人事の人だった。
「いやまって。人事は、採用と転属を考える部署であり、面接に来た子を勧誘する部署じゃぁない」
「配属担当も人事なんだから、人事に配属したっていいじゃないですか」
「人事に新人配属は、あんまり聞いたことがない」
「けど前例は何度もありますよ。あとSQLの本結構分厚いのに初日で読み終わって丸暗記って、事実っぽいじゃないですか。速読できて暗記能力優れてるって、かなり採用する時に使いやすいですよね。腐るほど届く履歴書を即座に読んで覚えてくれるんですから」
このあたりから、誰が何を言っているのかは忘れたが、三人の口論が始まった。
その後、もうひとり加わり、結城さんに加勢した。この人は、結城さんの部下だった。
残りの三人がそれを見守っていた。
私も見ているしかない。だがもしや、これも何らかの意図で、わざとやっていて、私の反応を確認しているのかもしれないとも悩んだ。だから何か言った方が良いのか考えていると、黙っていたうちの一人が私に笑いかけた。
「大丈夫。あいつらは我が強くて、空気読まずに君の前で口論しちゃってるけど、他の社員は、まともだから。この会社は、非常にいい会社だよ。だから、あれを見ても、入社をやめようとは、思わないでね!」
「は、はい……! もしも御社に入社させていただいた際は、誠心誠意勤務に励みたい所存です!」
「敬語の本にそれ、書いてあったのかい?」
「はい! ……あ」
思わず本当の事を言ってしまった私を見て、その人は笑っていた。
「ねぇねぇ、やっぱりもう、電話行ってきて」
するとその人が、黙っていた中の一人を見た。
目が合った相手の人は笑顔で頷き、いなくなった。
そして黙っていた最後の一人が歩み寄ってきた。
――そうして、その人と、笑っていた人の二人が、この会社がいかにいい会社であるか語り始めた。他の三人は相変わらず口論している。こちら二人は必死に自社の長所を挙げている。なんだこれは。
意味がよく分からなくなってきた。だって、面接って普通、私がしゃべるのだ。聞かれた事に答えるのだ。なのに、ほかの人ばっかり喋って、私は頷いているだけだ。面接中は積極的に喋れって書いてあったのに、喋る暇がないくらい、みんなが喋っているのだ。とても私は困った。
困りながら、作り笑いで頷いていると、電話に行っていた人が戻ってきた。
「明日です。十時に」
「了解。雛辻さん、明日の十時にまた来て。それと、面接の本に、三十分前に到着するようにって書いてあったから今日早く来たんだと思うけど、本当に十時に来て良いから。むしろ十時半到着くらいの気分で良いよ。一応、十時には来て欲しいけど」
「承知致しました! 明日十時に伺わせていただきます!」
「あと、ハンコ持ってきて」
この日はそのまま帰っていいことになった。口論中の四人は、私の帰宅に気づいていなかったと思う。帰っていいと言ってくれた人も、あちらに挨拶は不要だと言っていた。
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