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【5】女子のグループ

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 その翌日、私は既に昨日の出来事を半ば忘れたまま、学校へ行った。そのくらいの神経じゃないと、無視される生活って、辛いのだ。今日も、大ちゃんと舞莉ちゃんとしか朝の挨拶をしないのだろうと考えながら教室に入った。

「おはよう」

 私は、思わず硬直した。なぜならば、私が発言したからではないからだ。上にあげた二人さえ、近づいた時に私から言わなければ、朝の挨拶はなかったのだ。しかも今、私に挨拶してくれたのは、これまで給食の時を含め、先生の前でしか話をしてくれない子だったからである。

 まず、私は周囲を見回した。私以外に言ったのかもしれない。しかし、その様子はない。入ってきたのは私だけだし――なんというか、見回した結果、周囲のみんなも「おはよう」と私に言ったのだ。

 何が起きているのかわからなかったが、挨拶を返してみた。
 すると他にも雑談的に話しかけられ、私は尋常ではなく狼狽えた。

 しかし、無視されているから黙っていただけで、私はもともと、口から先に生まれてきたタイプなのかというくらい、話すのが好きだ。大人になってからは聞き役に回ることが増えたが、少なくとも当時は大好きだったのだ。なので、狼狽えた状態であっても、普通に雑談にのった。

 なんだか今日は幸せな一日である。休み時間は、いつもと同じく、舞莉ちゃんとお話をしていた。昨日の話題が出ることもなかったので、とっくに私は忘れていた。そして昼休みが訪れたので、図書館に行こうとしたら、舞莉ちゃんに言われた。

「音楽室行こう」
「……え?」

 今までには無かった誘いである。
 ――音楽室は、昼休みに、舞莉ちゃんと仲の良い人々が集まっている場所だ。
 舞莉ちゃんが来る前からそうで、美奈ちゃんなどがよく行っていた。

 自由に使って良かったのである。
 他にもそういう場所が、いくつかある学校だった。

「毎日図書館行ってるんだから、別に良くない? 音楽室来ても。本読まないと死ぬの?」
「いやでも、あそこ、みんないるし……邪魔でしょ?」
「……もういいから。あんたはウチらのグループ」
「……?」

 何の話かわからないまま、私は音楽室に連れて行かれた。
 以後、私は昼休み、毎日音楽室に行くことになった。
 そして、色々なことを教えてもらった。

 そもそもである。私は、グループの意味を知らなかったのだ。班分けなどで使うという意味では知っていたが、友人集団にグループという名のものがあるのを、全く知らなかったのである。しかもそれが、保育所時代から存在していたとは、最初信じられなかった。

 それは、私が保育所を移動する前から存在していたため、というのもあるだろう。
 あと、やっぱり私の頭が悪かったのと、空気が読めないというのもある気がする。

 まず保育所時代、里美ちゃんは、私と仲が良い事を自慢しまくっていたという。多分、私の家が目立つ場所にあって、変な形をしているから、みんな私の家の位置を知っていたので、それが理由ではないかと思う。この時点で、私は里美ちゃんグループの一員と認識されたそうだ。

 里美ちゃんは性格が良いと思っていた私も、彼女の気の強さはよく知っていた。そのため、里美ちゃんグループは、保育所時代から舞莉ちゃんが転校してくるまでの間、最大勢力だったのだという。

 また、男子最大勢力のグループは、雄太くんの所であるそうだ。なんと、男女問わずグループは存在していたのである。里美ちゃんが彼を好きになってしまうくらい、元々二人は比較的仲がよく、男女最大同士のグループがまとまっているため、誰も手出しできないほどの、絶大的な力を持っていたそうだ。

 他のグループも存在した。それが秋葉ちゃんグループという女子の第二勢力である。こちらは、里美ちゃんグループに比べると、自由度が高かったそうだ。なぜならば、美奈ちゃんもまた、リーダー的存在で、秋葉ちゃんと美奈ちゃんという二人のリーダーがいたかであるという。何故二人リーダーがいると自由度が増すのかは、現在もわからない。

 また、男子にも、もう一つグループがあった。これが、夏生くんグループだ。大ちゃんは、ここに所属しているらしかった。彼らはゲーム好きで、休日に雄太くん達と遊ばない人々の集まりなのだという。だから根本的に男子は、全員仲が良いらしかった。

 ちなみに、保育所時代は休日に遊びに誘われたことがあるが、小学校に入ってからこの頃まで、私は一度も誘われたことがなかった。最初は小学生は遊ばないのだと思っていたが、無視に気づく前から、私にだけ里美ちゃんは声をかけないことが頻繁にあったらしい。

 そして結果的に、小学校に入り、私は成績が良いと判明した。里美ちゃんは悪かった。それが続いたのが致命的な原因で、なんと最初から嫌われていたらしい。私は鈍かったのである。そのため、服やら玩具やらの話も、全部金持ちアピールに聞こえて、ウザかったようである。繰り返すが、別に我が家はお金持ちではない。

 無視開始後は、喧嘩でもしたのだろうかと、クラス全員が思っていたそうだ。

 それで、どうやら違うようだと分かった時、男子達は、「女子って面倒くさいよな」と言っていたそうだ。なお秋葉ちゃんはグループが違うから、余計な口出しをしないほうがいいと考えていたらしい。さらにほぼ同時期に、男子の間で、雄太くんの好きな人が私だとバレたらしいのだ。だから雄太くんに配慮して、男子は私にあんまり話しかけないようにしたらしい。その結果、最悪なこと無視状態が発生したのだ。

 だが、あんまりにも私が喋る機会がなくなったことに全員が気づき、これってちょっとやばいんじゃないのかとみんなで話していたらしい。みんなというのが誰かは知らないけど。

 それにより、秋葉ちゃんグループは、給食時などの話す機会がある時に、私と話をしてくれるようになったようだ。それが、雑談だったのだ。

 そして先生がいなくなると喋らなかったのは、違うグループなのに話しかけるなと、気の強い里美ちゃんに言われ続けていたからだという。男子の給食時の雑談は、特に意味はなかったようだ。

 なお、朝の挨拶も、里美ちゃんから、「するな。こっちで今制裁中なんだから」と、言われていたので、しなかったらしい。男女共にでもあるが、特別仲の良い男子も大ちゃんくらいだったので、男子の朝の挨拶は、別に無視でもなんでもなかったのかもしれない。わからない。里美ちゃんは、彼らに対しても影響力を持っていたとは聞いたけれど。

 後に大ちゃんと話した時は、「俺達は普通に関わるの面倒だった」と言われた。彼はとても正直で、私を憐れむことも特になかったと笑っていたが、そうなのだろうか。ただ挨拶してくれたことには、今も感謝している。

 そんな勢力図が塗変わったのが、舞莉ちゃんが転校してきた頃のことだ。

 舞莉ちゃんは当初、最初の挨拶時に、私の挨拶が適当だったため、おとなしい子なのだろうと判断したという。だから機会があれば話そうと思っていたそうだ。その内に、里美ちゃんから、私に対する罵詈雑言を聞き、なるほど性格が悪くて無視されてるから一人なのかと判断したそうだ。

 だが、里美ちゃんが嫌味を言うタイミングなどを見ている内に疑問を持ったらしい。そして元秋葉ちゃんグループだった美奈ちゃんと仲が良くなり、「ただのイジメじゃん」と理解したそうだ。それまで「制裁中」という言葉で行動を迷っていた秋葉ちゃん達も、ようやく「イジメ」である事をその時確信したという。

 秋葉ちゃんと美奈ちゃんは別に仲が悪くなりグループが別れたわけではない。グループ内で、さらに親しい集団がそれぞれ出来て、そのうちの片方に舞莉ちゃんが加わったため、現在は分裂したが、とても仲が良い様子だ。

 そして分裂してグループを維持できるほどの能力を持つ舞莉ちゃんは、運動だけでなく勉強もでき、たいそう頭も良かった。

 テストの点だけ私の方が良かったのだが、理由は今でもよく分からない。授業中にさされた時など、私は分からないことばかりだったが、舞莉ちゃんは全部正解していた。私は一夜漬けタイプだから、それが関係しているのかもしれない。

 運動神経は、言うまでもなく彼女の圧勝だ。小さい頃って、こういうことで、グループが出来上がるのだ。対人関係構築能力にも、舞莉ちゃんはきっと長けていたのだろう。

 舞莉ちゃんは、同じように運動ができる雄太くんと、すぐに仲良くなった。これが原因で、舞莉ちゃんは里美ちゃんグループには誘われなかったのである。私は気付かなかったが、どんどん二人は仲良くなり、クラスの最大勢力は、女子が舞莉ちゃんの所、男子は変わらず雄太くんの所、これが合流し、勢力図が塗り変わったようなのである。

 なんでもある日、雄太くんは、親情報で私について何か知らないかと、舞莉ちゃんに聞いたようだ。以来、二人は恋愛相談をする仲になったという。これが、雄太くんと舞莉ちゃんが仲良しになったきっかけだったのだ。

 さらに言うならば、前々から舞莉ちゃんは私に対するイジメを気にしていたものの、話しかけるきっかけもなかったため迷っている時だったそうで、舞莉ちゃんは雄太くんの件も兼ねて、私に話しかけたのだという。本当に、良い人だ。そして私の運も最高に良かったのかもしれない。

 そしてあの激動の日、グループの衝突が起き、さらには男子達も加勢し、それは私が帰った後も続いたのだという。その結果、男子グループも含めて、里美ちゃんグループを糾弾し、彼女達のグループがクラスで孤立することになったそうである。

 グループ全員で孤立しているので、誰かが孤独になることはなかったが、今度は彼女達が無視される感じになってしまったのだ。今度は明確に、男子も無視を決定していた。

 なお、私はその状況に気づかず、彼女達もきっと私と雑談してくれるようになったんだと喜び、普通に話していた。話してくれるのが嬉しくて嬉しくて私は喜んでいた。

 だが、その後、大人になってから言われた。「あの時、話しかけてくれてなかったら、心折れてた」と。里美ちゃんに言われたわけじゃないが、そのグループの子の何人かに言われたのだ。同級会の時である。里美ちゃんは、一回も来ていない。

 その時来ていたみんなに「優しいよなぁ」とか、無視していた子には「同情してくれるとは思わなかった。イジメてたのこっちなのに」とか言われたのだが、残念ながら私は気づいていなかっただけである。



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