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【15】言質とベッド

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「っ、え、私をめぐる? そんな」

 頬が熱い。思わず両手で頬に触れた。嬉しい。するとクライが再び吹き出した。

「照れている場合なのか? ん? 子供だなぁ。しかし……俺は面倒な事は嫌いだから、丁度敵は四人だし、潰し合わせて残った一人を――と、通常なら思うんだけどな……――優しく、か」

 クライはそう言うと、指先で唇をなぞった。

「まずは、どうやって俺を好きにさせるか、からだな」
「嫌いじゃないです。大切な召喚獣だと思っております」
「召喚獣じゃなく男として見てもらう所が開始地点、か」

 再びしっかりと腕を組んだクライは、それから足も組んだ。そしてじっと私を見る。

「約束されている安定した結婚よりも、召喚獣との禁断の愛の方が、刺激的かもしれないぞ?」
「私の夢は、幸せな家庭を築く事ですの」
「――具体的には?」
「ええと、まず腕枕の中で目を覚まします。おはようのキスで起きます。それから髪を撫でてもらいながら――」
「具体的かつ細かすぎる。やっぱりいい、聞かなくて良い」

 クライが吹き出した。私は折角朝から寝るまでの間の空想を語ろうとしていたのにと、残念な気分になってしまった。

「まずは、ヴォルフを潰しておくか」
「え?」

 その時、実に何気ない調子でクライが言った。驚いて私は目を見開く。どういう意味だろう……潰す……?

「あ、あの? どういう事ですの?」
「ん? 邪魔者は消さないと」
「ヴォルフ様が消えてしまったら、私はどうすれば良いのですか?」
「俺と恋をする」
「!?」
「俺だけを見ればいいだろう」

 それを聞いて、私は慌てて首を振った。

「困ります! ヴォルフ様がいなければ、私は不幸なの。クライがいてもそれは変わらないです。ヴォルフ様を潰すなんて、優しさからかけ離れています。クライは私に優しくしてくれるんでしょう? ならば、絶対に、そんなのはダメです!」

 するとクライが唇の端を持ち上げた。

「だから、優しくするとは言ってないだろう?」
「!」
「婚約破棄されるヴォルフとか見ものだろうな」

 非常に楽しそうにクライが笑っている。その凶悪な笑みを見て、私は震えながら拳を握った。馬車の中で立ち上がり、ポコポコとクライの胸を叩く。

「絶対ダメです! 最近やっと仲良くなれたのに!」
「やめろ、それは可愛いだけだ」

 するとクライが私の手首を掴んで、抱き寄せた。驚いて目を見開くと、そのまま額を胸に押し付けられる。ふわりと良い匂いがした。

「自分が婚約破棄されるのと、ヴォルフに対して婚約破棄するのは、どちらがいい?」
「どっちも嫌!」
「折角選択肢を与えてやったのに」
「お願いだから、ヴォルフ様に何もしないで」
「そんなにヴォルフが大切か?」
「ええ」
「――俺も、今のお前の気持ちと同じくらい、イリスを大切に思っているんだぞ?」
「え?」
「イリスがヴォルフを想うように、俺もイリスを想っていると理解してくれないか?」
「っ!?」
「俺もヴォルフも同じ男だ。男として、ヴォルフに嫉妬もする」
「!!」
「辛くて胸が張り裂けそうだ」

 額を押し付けられているのでクライの表情は見えないが、とても悲しげな声だった。私の胸が痛くなってくるほどだった。

「ごめんなさい、クライ……あ、あの、私……」
「せめて、俺がヴォルフと同じ男だと、それだけでも理解してくれないか?」
「わ、わかりましたわ」
「――比較的簡単に言質は取れたな」
「え」

 その時腕の力が緩んだので顔を上げると、悲しそうだった声など嘘だったかのように、朗らかに笑っているクライの顔があった。

「クライ?」
「ん? いやぁ、男として嬉しい限りだ」
「……」

 なんだか腑に落ちない。してやられた気分だ。しかし、私もヴォルフ様の反応が薄い期間が長く、淑女として見られていないと思う日々が長かったので、クライを傷つけるような言動は慎むべきだろう。だが、召喚獣だから、一線は超えてはならない。

 その時、馬車が家に到着した。


 夕食後、ロビンに送られて、私とクライは、私の部屋に戻った。私は寝台に座りながら、長椅子に寝そべったクライを見る。道中では、ロビンが一途なのか観察してみたが、見慣れた仕事風景しか広がっていなかった。

「イリス」
「なんです?」
「ベッドに行っても良いか?」
「?」

 既にこの部屋には、クライのベッドが存在する。ソファからの移動は、自由だ。

「どうぞ?」
「――お許しが出たな」
「え?」

 するとクライは、自分のベッドではなく、私のベッドに近づいてきた。そして首を傾げた私を覗きこんだ。

「朝、腕枕をしながら目覚めのキスをするためには、一緒に寝ないとならないからな」
「え」

 先ほど言いかけた私の空想を、クライが口に出した。他者から聞くと無性に恥ずかしくなって、私は赤面しそうになった。クライが私の隣に座る。距離が近い。

「本来、一緒に寝るものだし、そもそも寝台を二つ用意する必要が無かったんだ」
「ま、待って下さい、クライ。男の人と同じ寝台で寝るのはダメです」
「お。ちゃんと俺を男だと認識してるじゃないか。偉いぞ」
「……っ」
「何がどうダメなんだ? ん?」

 私の顎の下に指を添え、クライが悪戯っぽい目をした。イケメンすぎて目が離せないというよりも、その温度に緊張しすぎて体が硬直した。クライの顔が近づいてくる。私の頭の中は大混乱状態だった。

「ほら」

 そんな私を抱きしめて、クライがそのまま寝台に横になった。すると少し位置が代わり、私は完全に腕枕をされていた。

「どうだ? 腕枕の感想は?」
「想像以上に寝心地が悪そうです。だって、硬いんだもの、腕が」
「現実なんてそんなものだ」
「けど、お父様とお母様は、腕枕で眠っております。子供の頃に見ました。今もうっかり朝早くに伺うと、二人は腕枕中です」
「イリス、それはだな、腕枕が良いのではなくて、くっついていたいだけなんじゃないか?」
「え?」
「そういう部分を、一つずつ、俺は優しくお前に教えてやる。だからとりあえず、今夜は一度、俺の腕枕で寝てみると良い」
「それはダメです。クライは自分のベッドに行ってください」
「どうして?」
「それは……」

 チラチラとヴォルフ様の顔が浮かんで、罪悪感が押し寄せてくるからだ。

「――召喚獣だから寝ても良いと思わせておいて、後で男と認識させたほうが、効率が良かったな」
「え?」
「あ、いいや、なんでもない。そうだな、いきなり悪かった。俺は自分のベッドに行く」

 そう言うと、クライが私から離れて、ベッドから降りた。



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