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【14】ポイントが低い……?
しおりを挟む先生は少し湖に残るというので、私はそこで先生と別れ、場車に乗り込んだ。そして寝そべっているクライを見た。クライは私を見ると、本をパタンと閉じて上半身を起こす。その時、馬車が走り出した。
「聞いて! 今日はミネロム先生が優しかったのですわ!」
「良かったな」
クライはニコニコとしながら、私の話を聞いてくれた。私はひとしきり風景の美しさについて話した後、ふと先生の言葉を思い出した。
「クライがいた世界は、昼と夜が交わっているような風景をしているんですの?」
「――そういう場所も、確かにある」
「他にはどんな場所があるんですか?」
私が尋ねると、クライが目を閉じて、思案するように小さく首を傾げた。
「俺の場合は、気に入らなくなったら破壊して、気に入る風景を創るからな」
「そうでした、土木工事が得意なのでしたね」
「――まぁな。簡単に言えばそうだな。その理解で良いだろう」
クライは何か子供見守るような眼差しで、私を見ている。若干、残念なものを見る目つきにも思えた。私の中で破壊と再生といえば、お母様のツルハシとお父様の傘だ。岩魔術と水魔術の杖である。
「イリスは、どんな景色を見たい?」
「そうですわね――……今こうして眺めている馬車の外も好きですし、特に嫌いな風景が無いです」
「そうか。で? そろそろ、どのイケメンと恋愛をするか決めたのか?」
それを聞いて、私は窓の外から視線を戻した。クライはニヤリと笑っている。イケメンだ。
「私は、ヴォルフ様の妻となるので、恋愛はヴォルフ様としかしません」
「――ほう」
すると私の回答に、クライが目を細めながら笑った。意地の悪い顔をしている。
「俺としては、あいつポイントかなり低いけど、選んだ基準は?」
「え? どうしてですの? 最高値です。基準は、初恋の人で、今も好きだからです」
「明確だな。なるほど、お前の気持ちか。だが、初恋は実らないとも言うぞ」
「実らせます! そ、それよりも、ポイントが低いって、どう言う意味ですの?」
私が不安に思いながら尋ねると、クライが吹き出した。
「だって、俺とお前は召喚獣とその主人であるから、今後基本的には人間の短い一生を――俺の場合は、俺が飽きるまでの間は、一緒に過ごすっていうのに、ちょっと肩を抱いたくらいでカップを熔かされたら面倒だろう」
「肩を抱かなければ良いのです」
「それに、俺――と、リヒト先輩? っていうライバルが出てくるまで何もしなかった臆病者だろう? 冷たかったんだろう?」
「そ、それは……」
「今更、贈り物だの甘い言葉だの、遅いんだよなぁ」
「遅くありません!」
必死で私は、ヴォルフ様の良い点を挙げようとした。しかし蘇ってくるのは、子供時代と最近の記憶を除くと、「ふぅん」「へぇ」「そう」といった気の抜けるような相槌ばかりなのである。
「で、では、クライから見ると、誰のポイントが高いのですか?」
「ん?」
「私は誰と恋をしたら一番幸せになると思いますか?」
「俺」
「っ」
「――を、除いて、考えてみるとだなぁ。そうだなぁ。リヒト先輩も俺の中ではポイントが低いな。ネガティブすぎて、鬱陶しい」
私は率直な言葉に咳き込んだ。
「優しいお方なんです! 少々考えすぎてしまいがちなだけです」
「俺はあいつの思慮深かさには興味がないな。あとなぁ、執事。俺はあいつ、好きじゃない――が、一途で行動力もあるという意味では悪くはないと思うぞ。侯爵家の執事を代々務める家柄なら、あいつも貴族なんだろう? 人間同士の貴族制度としても無しではないだろう。俺には興味のない事だが」
「……一途」
一途までしか、聞いていなかった。ロビンは、一途らしいと、心の中にしっかりとメモをした。
「人間の中でなら、現時点まででの俺の最推しは、ミネロムだな。教師」
「? ミネロム先生は、恋愛の枠組みに入っておりません。相手が私を好きでないと」
「いや、おい、たった今、お前らデートしてきただろうが」
「え!?」
湖を眺めるというのが、デートだっただなんて……。それとも、召喚獣の世界にも似た風景があるというし、召喚獣限定のデートスタイルなのかもしれない。
「断言して、あの教師はお前を好きだが、立場と身分で自制しているだけだろう」
「本当ですか!?」
「うん。よって、枠組みとしては、許婚・先輩・執事・教師――と、俺だな。もう一度、じっくり考えてみろ。誰が一番、優しい?」
「最近みんな優しいんです」
「俺が来てからだろう?」
「ええ。クライのおかげかもしれません」
「――最初から一貫して優しい俺。そんな俺といると、周囲までお前に優しくなる」
「優しいイケメンだらけなんて、最高です」
大きく何度も私が頷くと、吹き出すようにクライが笑った。
「誰か一人選べと言われたら、誰が良いんだ? もう一回、よく考えてみろ。誰が、一番好きだ?」
「ヴォルフ様です」
「即答か――そこは、少し考える素振りを見せた方が、色っぽいぞ」
「そうなのですか?」
私の言葉にクライが小さく頷くと、片目を細めて笑う。
「ポイントの話に戻ると、あの教師なら、実力が確かだから召喚獣としてオススメだ」
「ヴォルフ様は、魔術が使えるんです」
「召喚獣が使えるんだから、人間は別段魔術を使う必要がないだろう、本来は」
「それは、そうですが……」
「あの教師ならば、ヴォルフと同レベル以上の魔術を使える召喚獣をいくらでも喚べるだろうな」
「……別に、力や知識でヴォルフ様を好きになったわけではないんです」
「どこが好きになったんだ?」
「そ、それは」
イケメンだったからである……。十三歳のあの日――それまで家族以外に、あんなにもイケメンがいるとは思わなかったお見合いの日……今でも鮮明に覚えている。
「なんとなく、何を考えているのか伝わってきたから言わなくていい。当ててやる。顔か。イケメンだったんだな、お前の中で」
「その通りです……」
力なく私が頷くと、お腹をかかえてクライが笑い始めた。
「極端な話、俺とヴォルフのどちらがイケメンだと思う?」
「顔のつくりは、クライです」
「『は』、というのは?」
「仕草や眼差し、瞳の動き、気配、ヴォルフ様は全部好きです」
「俺は?」
「まだそこまでじっくり見た事がないので」
「じゃあもっと俺を見ろ」
その言葉に素直に視線を向けると、今度はクライが優しい顔をした。
「ヴォルフは、立ち位置が有利すぎる。許婚だからな――ま、だからこそ楽しめそうだな。そういう意味では一番面白そうだ。他はなぁ、それこそ物理であれば、教師は楽しそうだが、自分からは出てこなさそうだしな。先輩……先輩は、どこまで根性があるかだな。エリオットが力を貸したら面白そうだが。執事は一番身近だったポジションを俺に盗られて悔しそうなのを見ていれば、まぁまぁ面白いか」
そしてつらつらと小声で何か言ったのだが、私にはあまり意味が理解できなかった。
「『楽しめる』や『面白い』というのは、どういう事ですの?」
「ん? お前をめぐる恋愛ゲームに、俺もそろそろ参加したいと思ってな」
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