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【11】魔方陣の間違い
しおりを挟むしかしクライは不在だったので、その日は眠る事にした。どこで別れたのか思い出せなかった。
――目が覚めると早朝で、まだ眠っていても良い時間だった。
体を起こすと、長椅子に腰掛けて本を眺めていたクライが振り返った。
「おはようございます、クライ」
「おう」
そういえば、昨日はいつの間にかいなくなっていた。どこに行っていたのだろうかと考えながら、夜着の裾を持って、寝台から降りる。そしてふと昨日のことを思い出して、私は思わず笑顔になった。
「聞いてくださる? 私昨日、初めてのキスをいたしましたの!」
私が言うと、パチンと指を鳴らして紅茶を出現させながら、クライがニコニコと瞳を細めた。幼子を褒めるような温かい眼差しだ。
「どうだった? 婚約者様の舌使いは?」
「舌? そ、そんな……まだそこまでいっておりませんわ」
「ぐはっ」
クライが吹き出した。俯いて真っ赤になってしまった私に、それから紅茶を差し出してくれた。おずおずと彼の隣に、私は腰を下ろす。温かいリリリア茶を飲みながら、私は気を取り直して、聞いてみることにした。
「クライはどこに行っていらしたの?」
「ああ、ちょっとな。昔馴染みが人間界に顔を出した気配がしたから、冷やかしに見に行ってきたんだ」
「昔馴染み?」
「おう。お前も直ぐに会える。気の良い奴だ。優しいかは不明だが、イケメンだ。良かったな」
「――……イケメン……イケメンはいっぱいいるのです。違うのです。私は、優しいイケメンが良いのですわ」
カップに両手を添えてそう告げると、クライが吹き出した。
そして思い出したように言った。
「確か召喚獣の言語を研究しているんだったな?」
「まぁそうなりますわね」
私は、必死で『イケメン』の召喚獣語での言い方を探したのだ。まだ記憶に新しい。
そして現れたクライ……確かに外見だけならば、私が見たこれまでの全存在の中で一番美しいだろう。優しくするとは言っていないと口にしていたが、現在に至るまで、私に意地悪なことはあまりしない。そう思っていた時だった。
「お前の魔法陣を改めてみたが、ひどい有様だった」
「え?」
「ドロドロのぐちゃぐちゃに体を溶かしてくれるイケメンな人型の召喚獣に貫かれて果てたい――これが上の行だ」
「げほっ」
「右、縦の行――私の周囲には優しくない人しかいないので、丁寧に愛撫してくれるイケメンが望ましい」
「ぶはっ」
「左、縦の行――世界で最高の性技の持ち主。何度も丹念に私を絶頂に導いてくれるイケメン」
「……」
「最後、下の横の行。具体的に言うならば、ミネロム先生よりも優しく私に絶頂を教えてくれるイケメンで、ロビンと異なり優しく私の全身を揉んでくれるイケメン、かつリヒト先輩よりも言葉責めが得意なイケメンで、ヴォルフ様よりも回数が多いイケメン――と、書いてある」
私は硬直した。頭の中に四角い魔方陣を思い浮かべる。
冷や汗が滝のように流れ出してきた。焦ってカップを持つ手が震える。
「ちょ、ちょっと待って頂けるかしら? 下の行から言うと、私は、ミネロム先生のようにわかりやすく召喚獣の言葉を教えてくれて、執事のロビンのように忠実に私に仕えてくれて――例えば肩を揉んでくれて、それでいてリヒト先輩の知識をも凌ぐ召喚獣の言葉への造形があって、さらには普段とは逆のイメージで口数の多いヴォルフ様を彷彿とさせるイケメンと書いたはずよ!? 近くて遠いわ!」
「お前さ、『イケメン』――鍵言葉と召喚獣の古代文字をごちゃごちゃに書いているぞ。混ざってるな、完全に。特にそこがひどい。あと、優しいという言葉の使い方が、人間の言語で言うところの性的なニュアンスになっているパターンが多い」
「どうしましょう……絶対に人には解説できないわ……」
「全くその通りだな。とんだ痴女だとしか思われないだろう」
涙が出そうだ。恥ずかしくて死んでしまいそうだ。
私は淑女だというのに……おしとやかを目指しているというのに……侯爵令嬢たるもの、こんなはしたなさではダメだと私は思う。
もっとも――そこまでこの国は、貞操観念が厳しくはない。
他の国に比べた場合の話であり、大陸共通の儀礼として、初夜には、男性がナイフで親指を切ってシーツに血をつけておくしきたりがあるとは聞く。処女性の証だ。
だが、恋人であれば――特に許嫁であれば婚前交渉は、貴族ではよくある話だ。私の友人も既に経験者は多い。むしろ、経験していない私が遅いと言われたこともある。
ちなみに貴族は、結婚前に、相手を選ぶための半性交渉も認められている。
指先のみでお互いの体の相性を確かめるのだという。
これは複数の求愛を受けた場合や、候補がいた場合に行うことが多いらしい。
体の不一致は、婚約解消理由にもなる。
建前としては、基本的には結婚するまで性的接触はダメだと教わるのだけれど、みんな体を重ねているのが実情である。しかしながら私は、最近まで冷たかったヴォルフ様とそういった行為をしたことは一度もない。
そんな私が――あんな卑猥なことを考えていたと知られたら、もう恥ずかしくて死んでしまう……私は痴女ではない……きっと違う。一人何度も私は頷いた。
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