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【1】イリス・ラヴェンデル侯爵令嬢の家族
しおりを挟む私の父、ザフィア・ラヴェンデルは、ラヴェンデル侯爵にして、第二騎士団の団長を務めている、この国最高の水魔術の使い手だ。その血を受け継いだ兄のジェイド・ラヴェンデル伯爵も同じく水魔術の才能を持っていて、それは父をも凌ぐと言われている。二人共濃い海色の瞳をしていて、漆黒の髪が美しい。
母の、リリー・ラヴェンデル侯爵夫人は、元々はフェルゼン伯爵家の令嬢だ。しかし天性の岩魔術の才により、女性ながらに騎士団で働き、父と出会ったという。運命的な恋だ。その血を受け継いだのは、私の弟のテュルキース・フェルゼンである。二人は金糸の髪に、深い琥珀のような瞳をしている。母と弟は難易度の高い岩を巧みに操る。
兄はラヴェンデル侯爵家を継ぐため、領地の一部を既に任せられているので、ラヴェンデル伯爵である。弟はフェルゼン伯爵家を相続済みだ。
誰もが羨むラヴェンデル侯爵家、私はそこの長女に生まれた。
イリス・ラヴェンデル侯爵令嬢、それが私である。
なお、私は水魔術も岩魔術も使用できない。だが、それは多くの貴族と同じである。基本的に魔術とは、召喚獣が使用する特殊能力であり、人間で使える天才は、ごくひと握りなのだ。よって貴族の証は、魔術を使える事ではなく、召喚術を使える事となる。
召喚獣を喚び出して使役できる者――それが貴族である。
両親も兄弟も、召喚獣を喚び出す事も可能で、ラヴェンデル侯爵家の 王都本邸では、召喚獣達が使用人として働いている。だが魔術が使える分、私の家族はあまり召喚術に熱心ではない。だからというわけではないが、私は召喚術にこの家で一番長けている。いいえ、家においてだけではない。
貴族の多くは、王立召喚術学院に通うのだが、私は学院でも好成績――常に主席である。
母譲りの金糸の髪を長く伸ばしてゆるく巻き、父譲りの海色の瞳で歩く私は、完璧な侯爵令嬢と度々呼ばれる。皆、私に羨望の眼差しを向ける。余裕の笑みで、私はそれを受け止める日々だ。
「お嬢様、馬車の用意が整ってございます」
その時、扉を叩く音がして、ロビンの声がした。ロビンは、この館で働く、数少ない人間の使用人である。ロビンは昨年祖父から執事の座を譲り受けた。彼の家は、代々ラヴェンデル侯爵家に仕えてくれる家柄である。十八歳の私の、ぴったり十歳年上だ。腐葉土色の長めの前髪をしていて、切れ長の黒い瞳を銀のフレームの眼鏡の奥に隠している。
私は、ラヴェンデル侯爵家の象徴であるラベンダーの色を、薄く溶いたようなドレスを着ている。鏡で確認して、白いレースをあしらった大きなリボンの位置を少し直した。それから再度、姿見で確認し、完璧だろうと判断してから部屋の外へと出る。
そしてロビンに先導してもらい、 玄関へと向かった。
クマ型召喚獣の使用人達がズラリと並んで、「いってらっしゃいませ」と声をかけてくれた。召喚獣は人語を解するのである。
それから場車に乗り込み、私は王立学院へと向かった。
礼儀作法は家庭教師に習うのだが、召喚術のみ、学院で習うので、同年代が一堂に会する。
家庭教師以外に習っている場合でも、男女は別々に学ぶから、実を言えば私はこの学院に来るまでは、兄弟と許嫁以外の同世代の男の子を見た事が無かった。
私が校門の前に立つと、生徒達のほぼ全員が足を止めた。
少し間を置いてから私が微笑すると、多くが駆け寄ってきた。
――私は慕われている。彼ら彼女らの中の、優しく素敵な輝かしい侯爵令嬢のイメージ崩さないよう、私も努力している。ゆっくりと挨拶をし、今朝楽しんだ紅茶について語る。歩きながら、輝かしい家族と今朝はどのような会話をしたか口にし、しばし歩いた。
するとその時、背後でざわつく声がした。黄色い声が飛び交っている。
ゆっくり振り向けば、そこには私の一つ年上の先輩が立っていた。
ギョッとするほどの端正な顔をしている。
家族で見慣れている私ですら息を飲まずにはいられない。紺碧の夕空を彷彿とさせる髪に、形の良いブルートパーズのような色の瞳をした生徒――リヒト・ファルベ先輩だ。ファルベ侯爵家長子で、光魔術継承家の出自でもある。よって彼は光魔術も行使可能だ。なおリヒト先輩は天才的な召喚術の腕前の持ち主でもある。私は自分も非常にすごいと思っているが、リヒト先輩には追いつける気がしない。
リヒト先輩の場合、高貴すぎて綺麗すぎて凄すぎて、皆遠巻きにする。近寄ることが恐れ多いからだ。その点私には、親近感があるのだろう。また爵位の問題もある。下位の貴族は遠慮するのだ。だから、リヒト先輩は一人でぽつんとしていることが多い。なので、毎朝時間がかぶった場合は、私が振り返り、歩み寄ることにしている。
「おはようございます、リヒト先輩」
「おはよう……また僕、遠巻きにされてるんだけど、なにかしたかな?」
「何もしていないと思いますわ。心配のしすぎです」
「無視されてるように思うんだけど」
「先輩が素敵すぎて、皆近寄ることができないんですの。それだけですわ」
「慰めてくれてありがとう……」
するとそれまで無表情だった先輩が、ふっと穏やかに笑った。
背後で歓声が上がっているのが分かる。
……私は嫉妬の視線を感じた。
リヒト先輩はモテるのである。皆、黙って遠巻きにしているから、本人のネガティブな性格など知らないので、寡黙で滅多に笑わない真面目なイケメンと判断しているのだが、その先輩が私に対しては笑う。私からすれば、慰めでなく何度真実を告げても信じないか聞いていないこの人物は、ただのネクラなイケメンにしか思えない。しかしイケメンはイケメンだ。美男子は得である。
ちなみに嫉妬の視線を買ってまで声をかけたのは、道中が同じだからだ。学内のそれぞれの学年主席の私達は、ほかの学生よりもずば抜けて召喚術に長けているため、特別教室で一緒に講義を受けている。リヒト先輩を中央にした遠巻きの円が進行してくるのを考えると、道が混むので、ともに教室に入ったほうが楽だと考えた結果である。
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