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第5話 杏奈救出

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「それって、愛ってやつ?」
 杏奈はチュクチの言葉にぽかんと口を開けた。
「愛……ではないけど」
「そうなの?」
 突然、子どものようにあどけない顔をしたチュクチを、杏奈は見つめた。
「仲間を信頼してるのよ」
「そう……」
 その時、そこにいる全員が耳をピンと立てた。
「足音だ」
 ラロネーが洞窟の外に向かう方を警戒するように見つめる。
「もう見つかったみたいだね」
 チュクチは杏奈の前髪を掴み上げた。
「うぐ……」
「アキラ、だっけ? そいつを痛めつけられたら、吐く?」
 チュクチは杏奈を突き飛ばした。
 そして、チュクチとラロネーは腰にある短剣を引き抜く。
「ラノーマ」
 チュクチが笑顔でラノーマを見る。
「はい」
 ラノーマも、短剣を抜いた。
「四人いる。僕がアキラってやつを受け持つから、ラロネーとラノーマは残りをよろしくねえ」
 足音がどんどん近づいてくる。
 洞窟の先に人影が四つ見えた。
「杏奈!」
 アキラたちが現れた。
「アキラ!」
 杏奈が叫ぶ。
 アキラが杏奈を見て、目を見開いた。
 縄で縛られ、顔には殴られた跡があり、口の端からは血が垂れている。
 それを見た瞬間に、アキラの顔に怒りが浮かんだ。
 皐月はそれに気づかず、杏奈を目にとらえて、顔を歪ませた。
「姉さん……」
「杏奈。助けに来たよ」
 レゾがチュクチたちを睨みつけて、言った。
「アキラは誰かな?」
 チュクチは、品定めするように四人を見た。
「俺だよ」
 アキラは剣を取り、チュクチに向ける。
 皐月は手のひら大の杖、レゾは短剣、唯は右手に短剣を、左手に杖を握りしめた。
「アキラ!」
 唯がそう叫んだ時には、アキラは飛び出して、チュクチに切り掛かっていた。
「はあ……。アキラの援護は私がするから、皐月とレゾは他の二人をお願い」
 唯はそう言って、アキラの方へと向かった。
 皐月とレゾは頷き、ラロネーとラノーマの元へを向かう。
「魔族か! 魔族とやりてえ!」
 ラロネーは皐月の前に飛び出した。
 皐月はラロネーと距離を取りながら、杖を構えた。
「私はあなたってことね……」
 ラノーマはレゾの方へと行き、相対した。
「俺は女でも容赦しないよ」
「そうしてくれると助かるわ」
 レゾとラノーマはいつでも相手に飛びかかれるように、距離を縮める。
 杏奈はそれを見て、苦しそうに表情を歪めた。
 いつもなら、争わないでと声をかけるところだが、今回はそういうことにはならないと、わかっているからだ。
「みんな、怪我しないで……」
 そう祈ることしかできないのを歯痒く感じた。

 ラノーマはレゾの動きをよく見た。
 戦い慣れていると、感じた。動きに無駄がない。
 それがわかるラノーマも、手練れではある。
「あの子を痛めつけたのは、私よ」
 ラノーマがそう言うと、レゾの耳がぴくりと動き、表情が歪む。
 地面を蹴り上げて、ラノーマの懐へ飛び込む。
 レゾは、わかってはいたが、あえて挑発に乗った。
 あの発言をしたラノーマが辛そうにしていたのがわかったからだ。
 レゾが短剣を振ると、ラノーマはそれを短剣で受け止める。
 金属が触れる高い音が洞窟に響く。
 ラノーマの方が力が弱いため、後ろに引きつつ攻撃を受け止める。
「好きでやったわけではないんだろ」
「……そんなことない」
 ラノーマの目が揺れる。
「そうは見えないけど」
 レゾがそう言うと、ラノーマの目が鋭く光った。
「そんなことない!」
 ラノーマの剣がレゾの剣を弾き飛ばした。
 ラノーマはレゾの一瞬の隙を見逃さずに、足払いをした。レゾはそれを避けるために跳躍したが、それが裏目に出た。ラノーマは剣を持っていない方の手で、レゾの顔面を殴る。
「ぐ……」
 レゾは後ろに吹っ飛ばされるが、地面に手をつき、倒れるのは阻止した。
「私はチュクチ様を愛してるの。チュクチ様のためなら、なんでもする。それだけ……」
 ラノーマはゆっくりとレゾに近づく。
「俺だって、杏奈が好きだ。杏奈を傷つけた奴を許すわけには」
 レゾは膝をついた体勢のため、すぐに動くことができないと判断した。
「いかない!」
 短剣をラノーマ目掛けて思い切り投げた。
 ラノーマはそれを避けるために、レゾから注意を逸らしてしまった。
 短剣を避けることに集中した隙をついて、レゾはラノーマの腹に一発拳を入れた。
「がはっ」
 ラノーマはよだれを垂らしながら、膝をつき、腹を押さえた。
 レゾは落ちたラノーマの短剣を取り上げる。
「悪いけど」
 そう言って、レゾは短剣を振り上げた。

 皐月はラロネーから、目を逸らさずに、距離を取る。
「魔族と戦えるなんて、ラッキー」
 ラロネーは興奮したかのように、笑顔になる。
「なんで、そんなに嬉しそうなんだよ」
「なんでって……。俺、魔族が嫌いなんだよね。殺せるなら、たくさん殺したい」
 ラロネーが笑顔から、真顔になる。
「だから、戦争が起きて、嬉しいんだよ!」
 ラロネーは皐月に一瞬で近づく。
 皐月は杖で短剣を去なす。
「丈夫な杖だな」
 皐月の杖は鉄でできている。少し重くて、振りにくく、扱いが難しいが、接近戦に持ち込まれた時の防御に使える。
「氷結、開け! アイス・フラワー!」
 皐月が呪文を唱えると、ラロネーの足元から氷の花が咲き始める。
「なんだ、これ」
「続きだ! アイシクル!」
 花の中心から氷柱が飛び出してくる。
 ラロネーの足が氷柱によって、切り裂かれる。
「いてぇ!」
 ラロネーはよろけて、氷の花を踏みつける。
「くそ! いてぇ! 魔族、嫌いだ!」
 皐月は再び、ラロネーと距離をとる。
 皐月は、どうやってラロネーを戦意喪失させるか考えていた。足が動けなくなれば、良いだろうと考えたため、以前氷龍が使っていた魔法の初級版を使ってみたのだ。氷龍が使っていた拘束する氷の魔法のロータス・アイシクルは高度な魔法のため、まだ皐月には使えない。
 それに、まだ、威力がつけれないのか、足に刺さるまでには至らなかったようだ。
 ラロネーの足から、血が少し流れる。
 皐月は少し罪悪感にさいなまれた。人を傷つけるのは初めてだった。今まで、モンスターにしか使わなかった魔法を人に向けて使ったのだ。
「ごめん……」
「なんで、謝るんだ?」
 ラロネーは皐月の発言を聞き、警戒を一度解いた。
「なんでって、人間を傷つけたのは初めてなんだよ」
「俺は犬耳族だぜ?」
「それが、なんだよ」
「違う種族! いくら傷つけたって良いじゃん。お前、変な奴」
 ラロネーの尻尾がゆらゆらと動き、皐月を興味ありげに見る。
「同じ人間だろ」
「同じじゃない」
 皐月は、ラロネーの様子が少しおかしいことに気づいた。
 さっきのような殺意を感じず、戸惑いが見えた。
 もしかして、対話で戦意を削げるか、と考えた。
「俺の姉さんはお前たちが捕らえた猫耳族だ」
「はあ? 魔族と猫耳族が姉弟?」
「生まれは違うけど、姉弟だよ」
 ラロネーは困惑して、うーんと唸る。
「変だ! お前、変だよ!」
 ラロネーは叫び、皐月を指差す。
「変だ。変だ変だ変だ。おかしい。そんなのおかしい!」
 頭を抱えて、しゃがみ込んだ。
「おかしい。おかしい」
「お、おい……」
 皐月が心配そうに見ても、ラロネーはしゃがみ込んだままだ。
「俺は、俺は俺は。だって、あの時……」
「大丈夫か?」
「うああああああ!」
 ラロネーは後ろに仰け反って、叫んでから、倒れ込んだ。
「おい!」
 皐月はラロネーに駆け寄る。しかし、ラロネーは気絶しているようだった。

 アキラと何度か剣をまじ合わせていたチュクチの耳が揺れた。
「ラロネー。あのバカめ……」
「仲間にバカはないんじゃないの?」
 アキラの後ろで援護していた唯が言った。
「バカにバカって言って、何が悪い……と」
 話してる途中のチュクチにアキラが剣を振る。
 アキラはずっとチュクチを睨んでいる。
「そんなに怒らなくても良くない?」
「俺は俺に怒ってる」
「じゃあ」
「さらったお前にも怒りがある」
 チュクチはため息をつき、アキラの相手をした。
 アキラは怒りで、我を忘れているのか、いつもの余裕のある剣さばきではない。感情に身を任せた剣だ。
「アキラ! 冷静になって! これじゃあ、援護もできない」
 規則性もなく動くアキラがいては、近づけないし、魔法も放てないと、唯が言った。
「あはは。傷つけたのは僕じゃないよ」
 チュクチはラノーマを指差した。
「あいつ」
 アキラはその言葉にラノーマを見てしまった。
 その隙をついて、チュクチは短剣をアキラに向かって刺そうとした。
「アキラ!」
 唯と杏奈が同時に叫ぶ。
「はあ?」
 チュクチがそう言うと、唯の左腕に短剣が刺さっていた。
 アキラを庇うために、前に出てきたのだ。
「唯! なんで……」
 アキラは目の前にいる唯を見た。
 唯は、チュクチに短剣を引き抜かれる前に、腕を下に持っていく。
「もう獲物はないわよ」
 唯の顔は青ざめていた。
「暴走してる奴を庇うなんてね」
「唯!」
 唯はふらつき、アキラに倒れ込んだ。
「はあ。……冷めた」
 チュクチはそう言って、今にも殺されそうになっているラノーマのところへ瞬時に移動して、レゾの短剣を止めた。
「いつの間に!」
「ラノーマは殺させないよ」
 チュクチは興味なさげに、レゾを見てから、ラノーマの方を向く。
「僕たちは去るよ。杏奈は解放する」
 チュクチは膝をついているラノーマの腕を引き、立たせた。
 その後、地面に倒れているラロネーを担ぎ上げた。
「僕たちはフォマーに雇われてる。それだけ教えてあげるよ」
 チュクチは洞窟の入り口へと向かった。ラノーマもそれに続く。
「追わないくて良いのか?」
 皐月がアキラに聞いた。
 唯を支えているアキラは、必要ないと答えた。
「唯。大丈夫か?」
 アキラは唯の肩を掴み、座らせた。
「私は良いから、杏奈を」
 皐月とレゾは杏奈のところに行き、杏奈を縛る縄を切っていた。
「唯!」
 杏奈は解放されたと同時に、アキラと唯の所へ駆け寄る。
「大丈夫。あまり深くはないわ」
 唯はレゾに言って、傷を手当てしてもらうことにした。
「なんで、俺を庇った!」
 手当てが終わった唯をアキラが問い詰めた。
「……あなたがアダムだから」
「は?」
「この時代にもアダムの生まれ変わりはいる。そういうことよ」
 唯はそう言って、立ち上がった。
「意味わからないんだけど」
 皐月がそう言うと、唯は眉を下げながらも笑った。
「さあ、パークス・ミールへ戻りましょう。杏奈の怪我も見てもらわないとね」
「うん……」
 杏奈は心配そうに唯に駆け寄った。唯を支えるように隣を歩く。
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