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第4話 チュクチ現る
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ガンコウは真っ直ぐ杏奈たちを見る。
「今後、ヴァンパイアに会うことがあれば、注意することだね。そんなに多くはないけど」
ガンコウは、はあと息を吐きながら、指で唇をなぞった。薄い赤の唇が、さらに赤く見えた。
その時、血のような鉄の匂いがした。
「体の血を一滴も残さず吸う奴もいるから」
皐月とアキラは背筋がぞくりとした。
杏奈は、何かを考えるように黙り込んでしまった。
「じゃあ、言いたい事は言ったから、俺はテントに戻るね。これからも、よろしく」
ガンコウはフードを被り直し、食事場所から去っていった。
「色んな種族がいるんだな」
皐月は顔を青くさせて、そう言った。
「ヴァンパイアのことは授業で習ったことはあるが、出会うのは初めてだよ」
「アキラでも会ったことない種族がいるんだな」
「不可族や惑星守護神なんて、聞いたこともなかったし、二年間も旅をしていたのに何も知らないんだなって思ったよ」
二人は種族について話だしたが、杏奈はその間もずっと黙っていた。
アキラはそれに気づいていた。しかし、考える時間も必要だと感じて、触れないでいた。
夜になった。先ほど、唯から聞いたが、今いる時代は夏らしく、夜でも蒸し暑かった。
杏奈は唯と会ってきたが、あまり会話が続かずに終わってしまったのを、残念に感じた。
アキラたちのいるテントに戻ると、寝袋が三つ敷かれていた。
「姉さんと一緒は無理!」
「思春期だな。皐月」
皐月とアキラは、言い合いをしながら、荷物を隅に避けていた。
「戻ったわよ」
「皐月が、杏奈と寝るのは嫌だと」
「聞こえてた。なんでよ、皐月」
「いや、普通に男女で一緒には寝れないだろ」
「そうかな? アキラはともかく、皐月は弟だし」
「俺は杏奈となら、一緒でもいいよ!」
「あんたは、そうだよね」
皐月は不貞腐れていたが、テントを移動するわけにもいかないので、黙って寝ることにした。
「ねえ、アキラ」
杏奈は寝れる気がしなくて、どうせ寝ていないであろうアキラに声をかけた。
実は、皐月も起きているが、声は発しなかった。
「なんだい?」
「なんで、種族が違うだけで、こんなに仲が悪くなるのかな」
「杏奈はなんでだと思う?」
「色んな人から話を聞いて思ったのは、自分と違うところがあるから、だと思う。でも、同じ種族でも違うところはあるでしょう?」
「そうだね。杏奈、こんな話を知っているかい?」
杏奈は黙って、アキラの話を聞いた。
「とある動物族は、自分と同じ種類の動物族としか交わらないのさ。言い方は悪いけど、同種主義みたいなものかな」
アキラは、くるりと体を回転させて、うつ伏せになり、顔を上げた。
杏奈の頭が見えた。
「例えば、杏奈のような黒猫は黒猫の猫耳族としか結婚しない」
「私の両親は違う毛色の猫耳族同士だったわよ」
「そうだよね。気にならない動物族もいる。レゾが話していたのは覚えているだろう。ヒュー族と魔族は姿に違いはないけれど、魔力がないというだけで、違う種族だと決めれられて、お互いが交わろうとしない」
「種族が違うだけなのに」
「種族の違いは、杏奈が思うより、ずっと隔たりが大きいんだ」
アキラは仰向けに寝転がり、テントの布を見た。乳白色で少し汚れている。
「俺は気にしない……ようにしている」
「アキラも種族の違いが気になるの?」
「旅をしていると、種族の違いで争う人たちをたくさん見れるからな。俺が旅をしていたエスト王国のように種族差別が少ない国でも」
杏奈は黙りこくってしまった。また、考えているのだろう。
「ウエスト帝国は俺たちの時代でも種族差別が多い。それに」
アキラは何かを言いかけて、言うのをやめた。それは、杏奈たちには言う必要がないと感じたからだ。
「それに?」
「いや、なんでもないよ。そろそろ寝ようか」
「……うん」
二人は眠りにつくことにした。
杏奈は考え事をしていたが、疲れに負けて寝てしまった。
「おはよう!」
杏奈は元気よくテントから出た。
「いい天気ね」
「なんでそんなに元気なんだよ」
杏奈に続いて出てきた皐月は、寝不足なのか目の下にクマができていた。
「皐月、寝れなかったのか?」
「寝れるわけないだろ」
「思春期か!」
アキラは皐月を小馬鹿にした。
「うるせえ!」
「ふーん。元気な子どももいるんだねえ」
突然、高い少年の声が聞こえた。
「何?」
杏奈は声のする方を向くと、テントの後ろから、黒髪で三角の耳を持つ少年が出てきた。
「僕はチュクチ。君、弱そうだねえ」
チュクチと名乗った少年はにやつきながら、杏奈を見た。
「誰? ここの人?」
「杏奈。気をつけろ。昨日、紹介された人の中にはいなかっただろ」
「色々聞かせてもらおうかねえ!」
チュクチは跳躍し、杏奈とアキラの間に入った。
「早い!」
アキラが杏奈の方を振り向いた時には、杏奈はチュクチに抱えられていた。
「軽いねえ。小さなお嬢さん」
「杏奈!」
「姉さん!」
「じゃあ、もらっていくから」
チュクチはそう言って、再び跳躍して、テントと柵を越えて、軽やかに走っていった。
「追うぞ!」
「ああ」
「アキラ! 皐月!」
アキラと皐月が杏奈を追おうとした時に、背後からレゾに話しかけられた。
「何があった?」
「杏奈が攫われた!」
「おい、もうどこに行ったかわからないぞ」
皐月はチュクチが消えた方向を見た。木々が生い茂っているだけで、人影は見えない。
「杏奈が……。ゾーコさんに相談しよう」
「ああ」
アキラは自分がいながら、不甲斐ないと感じた。
「ちょっと! 離しなさいよ!」
杏奈はチュクチに抱えられている。暴れるが、ガッチリと捕えられている。
「小さなお嬢さん」
「その呼び方やめて! 私は杏奈よ」
「杏奈は自分の立場がわかっていないようだ」
チュクチが走るのをやめて、立ち止まると、目の前に洞窟があった。
森の近くに山があったので、その山にある洞窟だろう。
チュクチは洞窟に入る。薄暗いが、チュクチの目には洞窟の細部が見えていた。
明るい光が見えたと思ったら、少し開けた場所に出た。
二人の男女の動物族が岩に座っていた。二人は同じ髪色をしている。
「チュクチ様」
女の方が、チュクチに声をかける。
「メロンを探していたら、変な組織を見かけた」
「この女に聞くんですか?」
「その予定。とりあえず、縄で縛っておいてえ」
杏奈は動物族の男女に縄で縛られ、奥に座らせられた。
「メロンさんを探してるってどういうこと?」
「それ、言う必要あるか?」
杏奈がそう聞くと、動物族の男が話した。
「お前は捕まってんの。大人しくしてたら?」
杏奈はそれ以上何も言えずに、黙ることにした。
その頃、パークス・ミールではゾーコたちが中央のテントに集まっていた。
ゾーコの他にはアキラ、皐月、レゾ、唯がいる。
「チュクチという男か」
ゾーコは思い出すように考えた。
「聞いたことがないな。メロンにも聞いたが、知らないそうだ」
「何が目的なんだろう」
レゾが呟いた。
「俺たちが何をしているか探りにきたのかもしれない」
「ということは、ウエスト軍か、フォマーの差金の可能性があるってことですね」
唯がゾーコに聞いた。
「その可能性が高いな。レゾ、杏奈の匂いを追えるか?」
「残り香があれば、なんとか」
「アキラ、皐月、レゾ、唯で、探しに行ってもらう」
「わかりました」
四人はパークス・ミールの敷地外へ出て、レゾの鼻で杏奈を探すことになった。
「人を一人抱えては、そう遠くへは行けないだろう」
皐月がそう言うと、レゾが頷いた。
「そうだね。捕らわれたってことは、何か聞き出そうとするかもしれないから、殺されはしないと思うけど」
「殺されなきゃいいってわけではないだろ」
アキラが怒りを含んだ声で言った。
杏奈がさらわれたことが、自分で許せないのだ。
「そうね。急ぎましょう」
唯は横目でアキラを見て、すぐに正面を見た。
森は深い。どこかに捕えられているだろう。
その頃、杏奈は暇だなと考えていた。
捕らわれた後は、放置されている。
チュクチたちは地図を見て、話をしていた。
「ここから攻めるのがいいかねえ」
チュクチは地図を指差した。
「私は賛成です」
女は言った。
「ラノーマは賛成」
「俺はこっちの方がいいと思いますけど」
男は言った。
「ラロネーはそこか。そこは攻めやすいけど、守りも堅いと思うよ」
「ラロネー。チュクチ様の言うことに従うべき」
「はいはい」
ラロネーと呼ばれた男は嫌そうに返事をした。
「チュクチさん。そろそろ、こいつを尋問しますか?」
「そうだねえ。早くしないと助けが来ちゃうかもだし」
「追っては来れないのでは?」
「あそこで獣の匂いがした。動物族がいる可能性が高いよ」
チュクチは杏奈に近づいて、座っている杏奈に視線を合わせた。
「あそこはどういう組織なのかな?」
「教えるわけないでしょ」
「まあ、そう言うだろうね」
チュクチは立ち上がり、ラノーマを見た。
「ラノーマ。できる?」
「え? 何をですか?」
ラノーマは不思議そうにチュクチを見た。少し不安げだ。
「拷問……まではいかないけど、痛めつけてほしいんだよね」
ラノーマはギクリとした。拷問ではないが、同じ動物族を、自分より年下の少女を傷つける。それが自分にできるか、心配になった。
「ど、どうすれば」
「殴ったりすれば? 腹を蹴るのもいいねえ。できるよね。ラノーマ」
「俺がやろうか?」
「ラロネーは加減を知らなそうだから、ダメ」
ラロネーはつまらなさそうに舌打ちをした。
「私がやります」
ラノーマは杏奈に近づく。
「ごめんなさい。チュクチ様の命令なの」
ラノーマはそう言って、杏奈の腹を蹴った。
「うぐっ」
杏奈は呻き声をあげる。
「こ、こんな事されても、言わないから」
「ラノーマ。続きやって」
チュクチはつまらなさそうに、岩に腰掛けて、杏奈に対して興味なさそうにした。
「はい……」
「殴って、蹴っても話さないなら、二、三本折るかなあ」
チュクチはあくびをしながら、言った。
「そう言うなら、自分で……うぐ」
杏奈は再び蹴られて、倒れる。
「自分でやりなさいよ! 女の子にやらせるな!」
チュクチは杏奈を目だけ動かして見たが、すぐに目を逸らした。
「ラノーマにやらせるのに、意味があるんでしょ。わかってないなあ。……サボってないで、やれよ。あと、殴るのもやってねえ」
「は、はい」
ラノーマは杏奈の胸ぐらを掴み、顔面を殴った。
歯が口内を傷つけたのか、杏奈の口から血が垂れる。
「ラノーマもやる時はやるじゃん」
ラロネーはラノーマと杏奈を近くで見て、ニヤニヤと笑っている。
「ごめんなさい……」
ラノーマは唇を強く噛んだ。そのため、ラノーマの口からも血が出る。
その言葉に杏奈はチュクチを睨んだ。
「お前がやれ!」
杏奈は今まで出したことがないほどの大きな声を出した。
チュクチは、杏奈の方を向いた。
「最低よ! 他の人にやらせて!」
「杏奈が怒るのは、ラノーマにじゃない?」
チュクチは杏奈の方へ歩いた。
「あんたが指示したんでしょ。この人はやりたくないのよ」
「ふーん。そうなの? ラノーマ」
ラノーマはびくりと震えた。
「わ、私は」
「言わなくていい」
杏奈は先ほどとは違って、優しい声で言った。
「え?」
「あなたがどう思ってるのか。こいつになんか言わなくていい」
杏奈はそう言ってから、チュクチを睨みつけた。
「杏奈。捕まっておいて、よくそんなことが言えるよねえ」
「助けに来てくれる人がいるから」
杏奈の目には光が宿ったままだ。
「アキラが、絶対に来てくれるから」
チュクチはその言葉に興味ありげに、杏奈を見た。
「アキラ?」
「アキラのこと、信じてるの」
「ふーん……。面白い!」
チュクチは口角を上げて笑った。
「それって、愛ってやつ?」
「今後、ヴァンパイアに会うことがあれば、注意することだね。そんなに多くはないけど」
ガンコウは、はあと息を吐きながら、指で唇をなぞった。薄い赤の唇が、さらに赤く見えた。
その時、血のような鉄の匂いがした。
「体の血を一滴も残さず吸う奴もいるから」
皐月とアキラは背筋がぞくりとした。
杏奈は、何かを考えるように黙り込んでしまった。
「じゃあ、言いたい事は言ったから、俺はテントに戻るね。これからも、よろしく」
ガンコウはフードを被り直し、食事場所から去っていった。
「色んな種族がいるんだな」
皐月は顔を青くさせて、そう言った。
「ヴァンパイアのことは授業で習ったことはあるが、出会うのは初めてだよ」
「アキラでも会ったことない種族がいるんだな」
「不可族や惑星守護神なんて、聞いたこともなかったし、二年間も旅をしていたのに何も知らないんだなって思ったよ」
二人は種族について話だしたが、杏奈はその間もずっと黙っていた。
アキラはそれに気づいていた。しかし、考える時間も必要だと感じて、触れないでいた。
夜になった。先ほど、唯から聞いたが、今いる時代は夏らしく、夜でも蒸し暑かった。
杏奈は唯と会ってきたが、あまり会話が続かずに終わってしまったのを、残念に感じた。
アキラたちのいるテントに戻ると、寝袋が三つ敷かれていた。
「姉さんと一緒は無理!」
「思春期だな。皐月」
皐月とアキラは、言い合いをしながら、荷物を隅に避けていた。
「戻ったわよ」
「皐月が、杏奈と寝るのは嫌だと」
「聞こえてた。なんでよ、皐月」
「いや、普通に男女で一緒には寝れないだろ」
「そうかな? アキラはともかく、皐月は弟だし」
「俺は杏奈となら、一緒でもいいよ!」
「あんたは、そうだよね」
皐月は不貞腐れていたが、テントを移動するわけにもいかないので、黙って寝ることにした。
「ねえ、アキラ」
杏奈は寝れる気がしなくて、どうせ寝ていないであろうアキラに声をかけた。
実は、皐月も起きているが、声は発しなかった。
「なんだい?」
「なんで、種族が違うだけで、こんなに仲が悪くなるのかな」
「杏奈はなんでだと思う?」
「色んな人から話を聞いて思ったのは、自分と違うところがあるから、だと思う。でも、同じ種族でも違うところはあるでしょう?」
「そうだね。杏奈、こんな話を知っているかい?」
杏奈は黙って、アキラの話を聞いた。
「とある動物族は、自分と同じ種類の動物族としか交わらないのさ。言い方は悪いけど、同種主義みたいなものかな」
アキラは、くるりと体を回転させて、うつ伏せになり、顔を上げた。
杏奈の頭が見えた。
「例えば、杏奈のような黒猫は黒猫の猫耳族としか結婚しない」
「私の両親は違う毛色の猫耳族同士だったわよ」
「そうだよね。気にならない動物族もいる。レゾが話していたのは覚えているだろう。ヒュー族と魔族は姿に違いはないけれど、魔力がないというだけで、違う種族だと決めれられて、お互いが交わろうとしない」
「種族が違うだけなのに」
「種族の違いは、杏奈が思うより、ずっと隔たりが大きいんだ」
アキラは仰向けに寝転がり、テントの布を見た。乳白色で少し汚れている。
「俺は気にしない……ようにしている」
「アキラも種族の違いが気になるの?」
「旅をしていると、種族の違いで争う人たちをたくさん見れるからな。俺が旅をしていたエスト王国のように種族差別が少ない国でも」
杏奈は黙りこくってしまった。また、考えているのだろう。
「ウエスト帝国は俺たちの時代でも種族差別が多い。それに」
アキラは何かを言いかけて、言うのをやめた。それは、杏奈たちには言う必要がないと感じたからだ。
「それに?」
「いや、なんでもないよ。そろそろ寝ようか」
「……うん」
二人は眠りにつくことにした。
杏奈は考え事をしていたが、疲れに負けて寝てしまった。
「おはよう!」
杏奈は元気よくテントから出た。
「いい天気ね」
「なんでそんなに元気なんだよ」
杏奈に続いて出てきた皐月は、寝不足なのか目の下にクマができていた。
「皐月、寝れなかったのか?」
「寝れるわけないだろ」
「思春期か!」
アキラは皐月を小馬鹿にした。
「うるせえ!」
「ふーん。元気な子どももいるんだねえ」
突然、高い少年の声が聞こえた。
「何?」
杏奈は声のする方を向くと、テントの後ろから、黒髪で三角の耳を持つ少年が出てきた。
「僕はチュクチ。君、弱そうだねえ」
チュクチと名乗った少年はにやつきながら、杏奈を見た。
「誰? ここの人?」
「杏奈。気をつけろ。昨日、紹介された人の中にはいなかっただろ」
「色々聞かせてもらおうかねえ!」
チュクチは跳躍し、杏奈とアキラの間に入った。
「早い!」
アキラが杏奈の方を振り向いた時には、杏奈はチュクチに抱えられていた。
「軽いねえ。小さなお嬢さん」
「杏奈!」
「姉さん!」
「じゃあ、もらっていくから」
チュクチはそう言って、再び跳躍して、テントと柵を越えて、軽やかに走っていった。
「追うぞ!」
「ああ」
「アキラ! 皐月!」
アキラと皐月が杏奈を追おうとした時に、背後からレゾに話しかけられた。
「何があった?」
「杏奈が攫われた!」
「おい、もうどこに行ったかわからないぞ」
皐月はチュクチが消えた方向を見た。木々が生い茂っているだけで、人影は見えない。
「杏奈が……。ゾーコさんに相談しよう」
「ああ」
アキラは自分がいながら、不甲斐ないと感じた。
「ちょっと! 離しなさいよ!」
杏奈はチュクチに抱えられている。暴れるが、ガッチリと捕えられている。
「小さなお嬢さん」
「その呼び方やめて! 私は杏奈よ」
「杏奈は自分の立場がわかっていないようだ」
チュクチが走るのをやめて、立ち止まると、目の前に洞窟があった。
森の近くに山があったので、その山にある洞窟だろう。
チュクチは洞窟に入る。薄暗いが、チュクチの目には洞窟の細部が見えていた。
明るい光が見えたと思ったら、少し開けた場所に出た。
二人の男女の動物族が岩に座っていた。二人は同じ髪色をしている。
「チュクチ様」
女の方が、チュクチに声をかける。
「メロンを探していたら、変な組織を見かけた」
「この女に聞くんですか?」
「その予定。とりあえず、縄で縛っておいてえ」
杏奈は動物族の男女に縄で縛られ、奥に座らせられた。
「メロンさんを探してるってどういうこと?」
「それ、言う必要あるか?」
杏奈がそう聞くと、動物族の男が話した。
「お前は捕まってんの。大人しくしてたら?」
杏奈はそれ以上何も言えずに、黙ることにした。
その頃、パークス・ミールではゾーコたちが中央のテントに集まっていた。
ゾーコの他にはアキラ、皐月、レゾ、唯がいる。
「チュクチという男か」
ゾーコは思い出すように考えた。
「聞いたことがないな。メロンにも聞いたが、知らないそうだ」
「何が目的なんだろう」
レゾが呟いた。
「俺たちが何をしているか探りにきたのかもしれない」
「ということは、ウエスト軍か、フォマーの差金の可能性があるってことですね」
唯がゾーコに聞いた。
「その可能性が高いな。レゾ、杏奈の匂いを追えるか?」
「残り香があれば、なんとか」
「アキラ、皐月、レゾ、唯で、探しに行ってもらう」
「わかりました」
四人はパークス・ミールの敷地外へ出て、レゾの鼻で杏奈を探すことになった。
「人を一人抱えては、そう遠くへは行けないだろう」
皐月がそう言うと、レゾが頷いた。
「そうだね。捕らわれたってことは、何か聞き出そうとするかもしれないから、殺されはしないと思うけど」
「殺されなきゃいいってわけではないだろ」
アキラが怒りを含んだ声で言った。
杏奈がさらわれたことが、自分で許せないのだ。
「そうね。急ぎましょう」
唯は横目でアキラを見て、すぐに正面を見た。
森は深い。どこかに捕えられているだろう。
その頃、杏奈は暇だなと考えていた。
捕らわれた後は、放置されている。
チュクチたちは地図を見て、話をしていた。
「ここから攻めるのがいいかねえ」
チュクチは地図を指差した。
「私は賛成です」
女は言った。
「ラノーマは賛成」
「俺はこっちの方がいいと思いますけど」
男は言った。
「ラロネーはそこか。そこは攻めやすいけど、守りも堅いと思うよ」
「ラロネー。チュクチ様の言うことに従うべき」
「はいはい」
ラロネーと呼ばれた男は嫌そうに返事をした。
「チュクチさん。そろそろ、こいつを尋問しますか?」
「そうだねえ。早くしないと助けが来ちゃうかもだし」
「追っては来れないのでは?」
「あそこで獣の匂いがした。動物族がいる可能性が高いよ」
チュクチは杏奈に近づいて、座っている杏奈に視線を合わせた。
「あそこはどういう組織なのかな?」
「教えるわけないでしょ」
「まあ、そう言うだろうね」
チュクチは立ち上がり、ラノーマを見た。
「ラノーマ。できる?」
「え? 何をですか?」
ラノーマは不思議そうにチュクチを見た。少し不安げだ。
「拷問……まではいかないけど、痛めつけてほしいんだよね」
ラノーマはギクリとした。拷問ではないが、同じ動物族を、自分より年下の少女を傷つける。それが自分にできるか、心配になった。
「ど、どうすれば」
「殴ったりすれば? 腹を蹴るのもいいねえ。できるよね。ラノーマ」
「俺がやろうか?」
「ラロネーは加減を知らなそうだから、ダメ」
ラロネーはつまらなさそうに舌打ちをした。
「私がやります」
ラノーマは杏奈に近づく。
「ごめんなさい。チュクチ様の命令なの」
ラノーマはそう言って、杏奈の腹を蹴った。
「うぐっ」
杏奈は呻き声をあげる。
「こ、こんな事されても、言わないから」
「ラノーマ。続きやって」
チュクチはつまらなさそうに、岩に腰掛けて、杏奈に対して興味なさそうにした。
「はい……」
「殴って、蹴っても話さないなら、二、三本折るかなあ」
チュクチはあくびをしながら、言った。
「そう言うなら、自分で……うぐ」
杏奈は再び蹴られて、倒れる。
「自分でやりなさいよ! 女の子にやらせるな!」
チュクチは杏奈を目だけ動かして見たが、すぐに目を逸らした。
「ラノーマにやらせるのに、意味があるんでしょ。わかってないなあ。……サボってないで、やれよ。あと、殴るのもやってねえ」
「は、はい」
ラノーマは杏奈の胸ぐらを掴み、顔面を殴った。
歯が口内を傷つけたのか、杏奈の口から血が垂れる。
「ラノーマもやる時はやるじゃん」
ラロネーはラノーマと杏奈を近くで見て、ニヤニヤと笑っている。
「ごめんなさい……」
ラノーマは唇を強く噛んだ。そのため、ラノーマの口からも血が出る。
その言葉に杏奈はチュクチを睨んだ。
「お前がやれ!」
杏奈は今まで出したことがないほどの大きな声を出した。
チュクチは、杏奈の方を向いた。
「最低よ! 他の人にやらせて!」
「杏奈が怒るのは、ラノーマにじゃない?」
チュクチは杏奈の方へ歩いた。
「あんたが指示したんでしょ。この人はやりたくないのよ」
「ふーん。そうなの? ラノーマ」
ラノーマはびくりと震えた。
「わ、私は」
「言わなくていい」
杏奈は先ほどとは違って、優しい声で言った。
「え?」
「あなたがどう思ってるのか。こいつになんか言わなくていい」
杏奈はそう言ってから、チュクチを睨みつけた。
「杏奈。捕まっておいて、よくそんなことが言えるよねえ」
「助けに来てくれる人がいるから」
杏奈の目には光が宿ったままだ。
「アキラが、絶対に来てくれるから」
チュクチはその言葉に興味ありげに、杏奈を見た。
「アキラ?」
「アキラのこと、信じてるの」
「ふーん……。面白い!」
チュクチは口角を上げて笑った。
「それって、愛ってやつ?」
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※毎週土曜日の18時+気ままに投稿中
※プロットなしで書いているので辻褄合わせの為に後から修正することがあります。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
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輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
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はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

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筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
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