僕らの距離

宇梶 純生

文字の大きさ
上 下
65 / 184
凄絶

失墜

しおりを挟む
午前五時
清人はキッチンに立ち
朝食を作り始め

僅か 数分後に
微かな着信音が聞こえ
清人は 調理の手を止めた

電話相手との話声が途切れ
部屋から出て来る隆一は
そのまま浴室へ向い

慌しく身支度を整え
キッチンへ顔を出す

「社に 戻る」

味噌汁の香りが漂う
キッチンの中

何も言わず 頷く清人は
ミネラルウォーターを
隆一へ差し出し

ビジネスバックから
白い封筒を取り出す隆一は
調理台の上へ置き
ミネラルウォーターを
受取った


明け方の空は
まだ 薄暗く

砂利を鳴らし
何度か切返す高級車が
車体を方向転換し

狭い私道へ
吸い込まれてゆく

玄関先で見送る清人は
肌寒い空気に両腕を抱え
屋敷の中へ戻り

貴賓室のベッドに残る
隆一の温もりへ
頬を寄せた

過ちを犯したシーツを握り
一気に剥がす清人は
床へ投げ捨て

リネン上がりのシーツを
敷き直しベッドメイキングを済ませ
棚上のローションを片付け

ティッシュが入ったゴミ箱と
丸めたシーツを抱え
貴賓室の鍵を掛けた

何も考えられぬ様に
行動し続ける清人は
二階へ上がり
隆行の部屋へ入る

床に敷かれた掛布団の上へ
跪く清人は頭を抱え 
前屈みに躰を折り

隆行に見られた
あるまじき行為が
兄弟の失墜を意味する事を
悟っていた

もう二度と
この部屋へ
隆行が帰る事はない

母親が去り
小林が去り
そして 隆行が去った

ひとりづつ
欠けてゆく屋敷の中

炊飯器の炊ける音が
鳴り響く

清人は掛布団を
ベッドへ敷き直し
隆行の部屋を出て

炊飯器が呼ぶ
キッチンへ戻る

白い湯気を立ち登らせ
保温に切り替わる炊飯器が
炊き上がる米を ほぐせと
催促し

しゃもじで ほぐす清人は
余計な水分を逃がしながら
ふっくらとした白米が
優しく笑った気がした

調理台に置かれた封筒を手に
束になる1万円札を覗き
苦笑する清人は
炊飯器へ話し掛ける

「何ヶ月分だと思う?
 きっと年が明けるよ」

フライパンを熱し
作り掛けた だし巻き玉子を
もう一度 菜箸でとき

「盆暮れ正月だから
 仕方ないか」

フライパンへ流し入れた卵を
菜箸で巻き始め
火を止める清人は
まな板の上へだし巻き玉子を移し

「同時に 同じ日に来るとか
 ...笑える

 そう思わない?」

炊飯器に向かい
笑いかける清人は
菜箸を握り
ゆっくりキッチンの床へ
しゃがみこみ

ボロボロと溢れる涙を隠し
蹲っていた

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

表情筋が死んでいる

白鳩 唯斗
BL
無表情な主人公

気の遣い方が斜め上

りこ
BL
俺には同棲している彼氏がいる。だけど、彼氏には俺以外に体の関係をもっている相手がいる。 あいつは優しいから俺に別れるとは言えない。……いや、優しさの使い方間違ってねえ? 気の遣い方が斜め上すぎんだよ!って思っている受けの話。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

貧乏貴族の末っ子は、取り巻きのひとりをやめようと思う

まと
BL
色々と煩わしい為、そろそろ公爵家跡取りエルの取り巻きをこっそりやめようかなと一人立ちを決心するファヌ。 新たな出逢いやモテ道に期待を胸に膨らませ、ファヌは輝く学園生活をおくれるのか??!! ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。

貴方の事を心から愛していました。ありがとう。

天海みつき
BL
 穏やかな晴天のある日の事。僕は最愛の番の後宮で、ぼんやりと紅茶を手に己の生きざまを振り返っていた。ゆったり流れるその時を楽しんだ僕は、そのままカップを傾け、紅茶を喉へと流し込んだ。  ――混じり込んだ××と共に。  オメガバースの世界観です。運命の番でありながら、仮想敵国の王子同士に生まれた二人が辿る数奇な運命。勢いで書いたら真っ暗に。ピリリと主張する苦さをアクセントにどうぞ。  追記。本編完結済み。後程「彼」視点を追加投稿する……かも?

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

処理中です...