僕らの距離

宇梶 純生

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凄絶

慙愧

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現役大学生になり
縁と同棲を始めた隆行は
幾度目かの溜息を吐く

「そんなに 嫌?」

飽きれた縁は 苦笑し
淹れたての珈琲を
隆行へ 手渡した


中学校の入学式以来
屋敷を避け続け
早一年半が過ぎ

家政婦が不在になり
二ヶ月以上経つ

小学生の頃の清人は
物静かな少年のイメージが強く

〝夏祭りへ行きたい〟と
清人の意志を伝えた時は
反対する隆行の間へ
思わず割り入ってしまった縁

その日以外の清人は
口数の少ない少年だった

「清人君 挨拶してくれるけど
 あとは 返事しかしないね」

清人の話になると
不機嫌になる隆行

縁は飲みかけの珈琲カップを
両手で掴み語り出す

「私の名前 えんと書いて
 本当はゆかりと読むの

 けどダンサーとしては
 えにしの方が響きがいいでしょ?」

黙って縁の話を聞く隆行に
縁は僅かばかり微笑み
語り続けた

「名付けた父親は 蒸発したけど
 ゆかりって名前 嫌いにならなかった

 母が再婚した時に
 私も好きな事をするから
 ママも幸せになってねって

 一人暮らしする事
 許して貰ったの

 離れていても
 家族の縁は 
 私の名前が繋いてる気がする」

隆行の肩へ
頭を寄せる縁は
珈琲カップを下ろし

「まだ
 話しては 貰えない?
 清人君の事」

深い溜息を吐く隆行は
縁の顔を見る事なく
遠く一点を眺め
口を開いた

「フランス人形に似た
 気味の悪い色白の肌で
 誰も 傍に寄せ付けない
 奇妙な子供だった

 唯一 出来た友達は
 学年の中では
 少し成長の遅い子で

 その子は 
 友達のいない清人を
 守っていると
 認識していた

 だが 子供達は残酷で
 その子を からかい始め
 
 その矛先が 清人に向った」 

縁が 隆行の手を握ると
数秒 押し黙り 
口へ手を当て
静かに目を閉じる

「事件が起きたのは
 小さな虐めが 原因だった

 半日 女子トイレへ
 閉じ込められていた清人を
 発見した女子達が
 騒ぎ立て

 授業を潰し 
 急遽学級集会が始まり
 トイレを使用した女子の中には
 泣き出す子も いた

 担任教諭も被害者の肩を持つのは
 当然の判断だったかも知れない

 清人の悪ふざけならば

 だが ひとりの女子が
 清人に命令した子を指差した事で

 学級集会は 
 学級裁判になり

 一斉に攻めたてられた
 その子は

 清人の顔を見て
『お前のせいだ』と喚き
 教室の窓から飛び降り
 命を落とした

学校側も問題にならぬよう
多額の賠償金を支払い
事故として扱われたが

その子の葬儀は
清人 ただひとり
参列を拒否された

それでも
毎日 学校へ行く

門扉の前で
服の胸元を握り
必死に全身の震えを止め

真っ直ぐ顔を上げ
学校へ歩いてゆく


僕は 全て知っていて
何もせず
清人から目を逸らした」


静まり返る部屋の中
天井へ吐き出した
隆行の溜息だけが

掠れ消えた

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