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最終章
凜然
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降りた階段に蹲る
華奢な清人の背中
清人のコートを抱え
車の鍵を握り
階段を下る久我は
清人にコートを羽織らせ
工場のドアを開ける
寒々しい空気の中で
ふたりの吐く息が白く
舞い上がった
冷え切った車内
凍りつく助手席
俯く清人の呼吸音
「家の鍵は あるか」
久我の問い掛けに
清人が小さく頷く
錆びれたギアを鳴らし
踏み込むアクセル
国道の陸橋を隔て
建ち並ぶ工業地帯から
反対側の住宅地まで
迂回路を移動する
不便な交通ルート
歩行者専用トンネルが 無ければ
別世界の境界線のようだ
国道と交わる通りで
陸橋を潜り抜け
更に神城邸へ向かう路地は
Uターンを強いられる
古びた住宅地に
道路整備されぬまま
国道陸橋が建設されたのだろう
そして 愛人を囲う為の
取り残された隠れ家へ
移り住んだ神城家
重厚な鉄門扉
細長い砂利道
木々に埋れた屋敷が
住宅地からさえも
切り離された異世界に映る
車から降りた清人は
砂利を踏む音を立て
屋敷横へと姿を消し
数分足らずで
室内から玄関を開けた
招かれた玄関口を跨ぎ
未だ慣れぬ平坦な床で
靴を脱ぐ久我は
清人に疑問を投げ掛ける
「裏口が あるのか?」
コクりと頷く清人は
台所の方を指差し
「お勝手口が あるです
コバさんが ゴミ出しに
よく使ってました
流し台の扉裏から
鍵を見つけたので
…それから 出入りするように
なので お勝手口の鍵を
ゴミ置場へ隠していました」
丁寧な説明を話す清人は
久我から視線を逸らし
淡々と嘯く
「玄関の鍵を持ってなかったから
隠しておいて 良かったです」
清人の浮かべる作り笑みが
久我との距離を遠ざけ
つらつらと並べ立てる言葉が
跡形もなく散らばり消える
だが 縮まらぬ距離は
清人だけではなく
視線を逸らす清人へ
手を伸ばせぬ久我もまた
打破出来る解決方法に
辿り着けずにいた
暖色系の電燈が灯る室内に
遮光カーテンで閉め切られた
薄暗い部屋
清人が 蛍光灯のスイッチを付け
見慣れた風景が甦る
「先日 神城が 此処に来た」
久我の言葉に
一瞬 振り返った清人は
すぐさま視線を戻し
「そう…なんですね」
曖昧に言葉を流す
設定温度に暖められた
空調システム
着ていた上着を脱ぐ久我は
ソファーに腰を降ろし
清人に背を向けたまま
頭を抱え込む
しばらくして
両手で顔を擦る久我は
重苦しい溜息を吐き
「誕生日のケーキを 届けたが
清人は 食えたのか」
壁際のスイッチ前で
動けずにいた清人は
息を飲み込む
「空調設備が 8月には停止したそうだ
そんなに前から
此処に居なかったと
俺は 気づけなかった」
ソファーから立ち上がる久我は
真っ直ぐ清人へと歩み寄り
壁際に立ち尽くす清人の両手首を
しっかりと握り締め
俯く清人の顔を
屈みこみ見上げた
「全てを話せと言ってる訳じゃない
家を出た経緯を知りたい」
清人の頑なに閉じる唇が震え
直視する久我の視線に
清人の眼が揺れる
清人の動揺する仕草に
胸が詰まる久我は
耐え切れず瞼を閉じ
清人の頭を胸にあてがい
力強く抱き寄せ
苦虫を噛み潰したように
言葉を捻り出す
「俺が 怖いか」
久我の腕の中で
小さく左右に揺れた清人の頭が
次第に激しく首を振り始め
微かに漏れる泣き声が
溢れ出る泣き声に変わり
途切れ途切れの言葉が
訴えと混ざり合う
「僕は…僕は……
久我さんに 逢いに行ったんだ
だけど 会社にもいないし
花火階段にも来ないから
ずっとずっと 待ってた」
悲痛な叫びが
久我の胸を貫き
食い縛る奥歯を軋ませ
久我は己自身を怨みながら
清人を最大限の力で
抱き締めていた
華奢な清人の背中
清人のコートを抱え
車の鍵を握り
階段を下る久我は
清人にコートを羽織らせ
工場のドアを開ける
寒々しい空気の中で
ふたりの吐く息が白く
舞い上がった
冷え切った車内
凍りつく助手席
俯く清人の呼吸音
「家の鍵は あるか」
久我の問い掛けに
清人が小さく頷く
錆びれたギアを鳴らし
踏み込むアクセル
国道の陸橋を隔て
建ち並ぶ工業地帯から
反対側の住宅地まで
迂回路を移動する
不便な交通ルート
歩行者専用トンネルが 無ければ
別世界の境界線のようだ
国道と交わる通りで
陸橋を潜り抜け
更に神城邸へ向かう路地は
Uターンを強いられる
古びた住宅地に
道路整備されぬまま
国道陸橋が建設されたのだろう
そして 愛人を囲う為の
取り残された隠れ家へ
移り住んだ神城家
重厚な鉄門扉
細長い砂利道
木々に埋れた屋敷が
住宅地からさえも
切り離された異世界に映る
車から降りた清人は
砂利を踏む音を立て
屋敷横へと姿を消し
数分足らずで
室内から玄関を開けた
招かれた玄関口を跨ぎ
未だ慣れぬ平坦な床で
靴を脱ぐ久我は
清人に疑問を投げ掛ける
「裏口が あるのか?」
コクりと頷く清人は
台所の方を指差し
「お勝手口が あるです
コバさんが ゴミ出しに
よく使ってました
流し台の扉裏から
鍵を見つけたので
…それから 出入りするように
なので お勝手口の鍵を
ゴミ置場へ隠していました」
丁寧な説明を話す清人は
久我から視線を逸らし
淡々と嘯く
「玄関の鍵を持ってなかったから
隠しておいて 良かったです」
清人の浮かべる作り笑みが
久我との距離を遠ざけ
つらつらと並べ立てる言葉が
跡形もなく散らばり消える
だが 縮まらぬ距離は
清人だけではなく
視線を逸らす清人へ
手を伸ばせぬ久我もまた
打破出来る解決方法に
辿り着けずにいた
暖色系の電燈が灯る室内に
遮光カーテンで閉め切られた
薄暗い部屋
清人が 蛍光灯のスイッチを付け
見慣れた風景が甦る
「先日 神城が 此処に来た」
久我の言葉に
一瞬 振り返った清人は
すぐさま視線を戻し
「そう…なんですね」
曖昧に言葉を流す
設定温度に暖められた
空調システム
着ていた上着を脱ぐ久我は
ソファーに腰を降ろし
清人に背を向けたまま
頭を抱え込む
しばらくして
両手で顔を擦る久我は
重苦しい溜息を吐き
「誕生日のケーキを 届けたが
清人は 食えたのか」
壁際のスイッチ前で
動けずにいた清人は
息を飲み込む
「空調設備が 8月には停止したそうだ
そんなに前から
此処に居なかったと
俺は 気づけなかった」
ソファーから立ち上がる久我は
真っ直ぐ清人へと歩み寄り
壁際に立ち尽くす清人の両手首を
しっかりと握り締め
俯く清人の顔を
屈みこみ見上げた
「全てを話せと言ってる訳じゃない
家を出た経緯を知りたい」
清人の頑なに閉じる唇が震え
直視する久我の視線に
清人の眼が揺れる
清人の動揺する仕草に
胸が詰まる久我は
耐え切れず瞼を閉じ
清人の頭を胸にあてがい
力強く抱き寄せ
苦虫を噛み潰したように
言葉を捻り出す
「俺が 怖いか」
久我の腕の中で
小さく左右に揺れた清人の頭が
次第に激しく首を振り始め
微かに漏れる泣き声が
溢れ出る泣き声に変わり
途切れ途切れの言葉が
訴えと混ざり合う
「僕は…僕は……
久我さんに 逢いに行ったんだ
だけど 会社にもいないし
花火階段にも来ないから
ずっとずっと 待ってた」
悲痛な叫びが
久我の胸を貫き
食い縛る奥歯を軋ませ
久我は己自身を怨みながら
清人を最大限の力で
抱き締めていた
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