僕らの距離

宇梶 純生

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最終章

雲霧

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凍える真冬の空を
斬り裂き
天高く打ち上がる
ロケット花火

遠吠えが木霊する
螺旋階段

靴裏に嵌る小石が
鉄階段をギジリと捻り
立ち上がる久我は

吹き曝す強風に煽られ
肌蹴る上着を靡かせる

隆行から受けた
不運な報告を断ち切る久我は
数時間 佇んだ螺旋階段の檻から
脱獄を抱き

一段一段
螺旋階段を踏み鳴らしてゆく

地上に降り立つ戦士は
武器を持たぬ拳を握り
囚われし者を奪い去る覚悟を
心に刻みつけていた

当てもなく彷徨い歩く大通り

散り散りと擦れ違う
初詣へ出向く人影

路肩で寝入る泥酔者を
揺り起こす警官達

煌々と光を灯し
路上を照らす
コンビニエンスストア

光に誘われ
覗き込む店内のレジに
見覚えのある人物が
はち切れんばかりに膨らむ
レジ袋を受け取り

両肩を重々しく落とし
よろける脚取りで
店内から出て来た

「手を貸しますよ」

不意に声を掛けられた幸介は
怪訝な顔で頭を上げ
見覚えのある青年に
顔を緩める

「頼むよ」

両手のレジ袋を路上に置く幸介は
堅の良い久我の肩を叩き
大通りを歩き出す

離れゆく幸介の背中を眺め
レジ袋を拾い上げる久我は
不満を漏らさず 後を追い

看板が消えた古びたスナックの
裏口ではなく
光が溢れる店のドアを開け
手招きする幸介に呼ばれるまま

久我は 和風スナック小夜子へと
脚を踏み入れていた

数名の客を相手に
背筋を伸ばす和服姿の女性が
野太い声で豪快に笑い声を発す店内

大奥の艶やかなさを醸す
真っ赤な絨毯に
漆塗りに似せた黒いカウンター

唖然とする異空間を見渡す久我は
居心地のよい雰囲気に
不思議と心が和み
纏う鎧が 霞と化す

知らぬ間に
カウンター入口まで
レジ袋を運び込む久我を
小夜子ママへと
幸介が紹介していた

「前に話した
   配達人を連れて来た」

初訪問の来客を
快く受入れる小夜子は
靱やか手付きでカウンターを拭き
久我へ席を勧め

「御礼させてね」と
着物の袂を抑え
手際良く小鉢に盛られた突き出しを
カウンターへ並べ始め

断り切れず席に座る久我は
丁寧な会釈を返し
添えられた割り箸を手に持ち
息が止まる

小鉢に盛られた
“金平牛蒡 ”

箸を置き小鉢を手にする久我は
金平牛蒡の匂いを嗅ぎ
マジマジと眺め
静かにカウンターへ戻すと

震える指先で割り箸を割り
金平牛蒡を口へ含む久我は
幾度も味を噛み締め

無意識の涙が
ボロボロと溢れ堕ちる

涙を拭いもせず
口に金平牛蒡を運ぶ久我は
安らかな笑を浮かべ

「美味いな」と

言葉を洩らした

泣きながら食す久我を
カウンター越しに見詰める小夜子は
締め付ける胸に貰い泣き

胸元に刺した携帯電話を取り出し
篠崎の携帯を鳴らしていた

久我に背を向け
篠崎と会話する小夜子は
表情を固め振り返り

「あんた 名前は?」

凛とする口調で尋ね
久我が名を告げると
電話口へ一言 返し
電話を切り

頭を逸らし
鼻で大量の空気を
吸い込む小夜子は
重苦し鼻息を吹き捨て

携帯電話を持つ腕が
力無く小夜子の着物を掠め
ゆるりと振り落されていた
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