僕らの距離

宇梶 純生

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固陋

踏襲

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階段隅に残る
木箱の救急箱

立ち止まる関の腰元で
鍵の束が虚しく響き

救急箱を手に取り
脚取り重く
階段を登る

ゴミ箱へ押し込まれた
血塗れのシャツと
使い古した血染めのタオル

物的証拠を隠さず
清人の姿だけ
抜け落ちた部屋

救急箱をテーブルへ置き
ソファーに座る関は
頭を抱え項垂れた

苛立ちと不安が折り重なり
複雑な心境の中
篠崎や小夜子と連絡を取る気力さえ
奪われてゆく


深夜1時を過ぎ
帰宅する清人の頬を
無言で叩く関は
清人を横切り部屋を出て行った

亀裂を帯びた溝へ嵌り
沈んでゆく清人は
床へ力無く座り込み
全神経が傷口の痛みに飲まれ
無痛の頬へ手を添える

呼吸が荒くなる清人は
胸元を握り過呼吸に耐え
痺れる手足と失せる意識の中
必死で声を発した

「…関さん」

部屋の外で 電話を掛けていた関は
清人の声を聞き付け
部屋へと戻り

激しい呼吸を繰り返す
清人の唇を掌で塞ぎ
倒れ掛けた清人の躰を
抱き起こす

「鼻で息をしろ」

冷静な指示を与える関は
篠崎との電話を切り
怪我を負った箇所を
手探りで探し始める

「…行か…ないで…」

途切れ途切れの言葉で
関の腕を握る清人

「……僕が…」

血の気が失せた蒼白い顔で
訴え掛ける眼差しに
関は眉を顰めた

「…僕が悪いんです
 だから…酒井さんの所へ
 行かないでください」

溜息を吐く関は
抱き寄せた清人の背中を
軽く叩きながら
問い掛ける

「何故 清人が悪くなる?」

眼を瞑る清人の頭が
力無く関の肩へ凭れ掛かり

「僕は頭がおかしいイカレてる
「何?」
「僕の選択肢は間違いばかり 」
「は?」
「僕が売春をしなければ
 誰も傷つけなかった」
「…清人」

「酒井さんの事で
 誰も傷つけたくない」
 
小刻みに震える清人の手を
暖かな掌で包み込む関は
冷え切った手を摩る

「痺れてるか?」
「……はい」
「自律神経だ 俺も経験がある
 大丈夫 心配するな
 落ち着けば 治まる」
「…はい」

肩に凭れた清人の頭を
優しく撫でる関は
冷静に返答を伝えた

「兎に角 酒井の事は
 篠崎さんに任せよう
 酒井が極悪人だろうと
 堅気で有る限り
 手を出す事は無い」

清人の傷口へ手を翳す関

「明日 病院へ行こう
 俺も いい加減 
 抜糸しないと腕が痒い

 それから
 俺も穂苅も 怪我はしたが
 傷ついてはいない

 清人が考えているより
 俺等の方が頭がおかしいイカレてる

過呼吸が治まり
疲れ果てた清人の躰が
関の胸元へ全体重を預け
寄り掛かっていた
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