『兄』

宇梶 純生

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エピローグ

高梨

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会館で開催される
成人式

式典前の新成人達が
晴れ着姿で
各々の同級生と
談笑する中

薄緑色の着物を着た
ひとりのクラスメイトが
友達との再会に喜びながら

キョロキョロと
会場を見回している


俺は仲間から離れ
薄緑色のクラスメイトに
声を掛けた

「櫻井」

一瞬 驚いた櫻井は
直ぐに 笑顔を作る

「竹下君 久しぶり」

「誰か 探してる?」


櫻井は もう一度
辺りを見回し

少しだけ
寂しそうに笑い


「高梨君
    来ないとは思ってたけど

   やっぱり 来なそうだね」


俺は 櫻井の腕を掴み
会場の隅へと移動する


櫻井の女友達や
俺の仲間達から
冷やかしの声が 上がるが

どうでも良かった


まるで 六年越しの告白の様に
櫻井と向き合い

「話がある
    式典の後 時間あるだろ?」

頬を少し赤らめた櫻井は
こくりと頷き

「櫻井君も 二次会 出るでしょ?」と

晴れ着を着替えに
自宅へ向う間
一緒に帰る事になった


大胆な行動は
冷やかされながらも
反感を買う事なく

俺は 不自然ではなく
櫻井と ふたりきりの時間を
確保する事に成功した


式典が終わり
御祝いの記念樹を配られる出口付近で
櫻井と合流する


緊張からか
女友達の話題を
口早に話す櫻井


黙って聞いていた俺は
後にした会場を
振り返り見た

広い会館から
溢れ出て来る
大勢の同級生の中


高梨の存在を覚えているのは
俺と櫻井 ふたりだけ

誰の口からも
欠席者数名の中
高梨の名を聞く事はなく
存在すらも
忘れ去られた気がした


俺に つられ
振り返った櫻井は
笑顔を消し

「話って 何?」

若干 不安な表情になり
心の奥に 蟠る
疑問を呟く

「高梨君の事?」

そして 思い出した様に

「確か竹下君家に 就職したんだよね
     まだ 働いてるの?」

疑問が 少し解消したのか
櫻井の表情が 柔らかくなる


「死んだ」


単刀直入の言葉に
表情が 負い継がず
口角を上げたまま


数秒後に漏れた言葉は
素直な感情だった


「…え?」


「誰にも言ってない
     三年前 自殺した」


櫻井は 空を見上げ
衝撃的な告白に
静かな息を飲み


「そうなんだ 知らなかった」


平常心を取り繕った


俺は ピンク色の封筒を
櫻井に手渡し
最後まで 高梨が 持っていた事を
話した

「悪いけど 中身 読んだ
    高梨の返事が 書いてあると思ったけど
    何も書いてない」

櫻井は 封筒を握りしめ
笑いながら涙を零し

「高梨君らしい
    けど それだけでも 嬉しいよ」

そして 櫻井は
高梨の想い出を
語り出した

「小さい頃ね
    親が家を買って
    引越して来たの

    転園した幼稚園でも馴染めなくて
    凄く寂しくて哀しかった

    引越すまで 県営住宅に住んでたから
    余計かな

    小さい頃から 公園行けば
     友達も沢山いたし
     公園も広かったしね

     家の近所の公園は
     狭くて 砂場とかもなくて


    でも その公園行くとね
     高梨君が居て

    拾った小石を磨いててね
    私に見せてくれるの

    ニコニコ笑って」


櫻井は鼻の頭を赤く染め
流れる涙を隠しもせず
ピンク色の封筒を空へ向け


「そんな事も
     高梨君は 覚えてないだろうな」


少し照れ臭そうに
涙を拭いた櫻井が
笑った

「俺もだ

   俺も 仲間とふざけてる時
   背中見せる高梨が
   俺の ふざけた会話に
   口元だけ 笑うんだよ

   ニヤっとじゃなく
   ふっ て感じで

  それが 何だか嬉しくて
  コイツ笑かしたい思って

  わざわざ 高梨の席付近で
   ふざけてたし

  それも 高梨は 気づいてないだろうな」


そして
俺等は 封筒を眺め


「高梨君らしいね」と
笑った


櫻井が封筒を渡した時
高梨の耳裏まで
真っ赤だった事を話し


成人式の翌日
俺は櫻井と一緒に


小さな公園へ
壊れた方位磁針を埋め
記念樹を植えた


俺等は きっと
高梨を 忘れない

記念樹が ある限り
何度でも 思い出すだろう


END
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