カーネイジ・レコード

あばらい蘭世

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第1章 全ての始まりの記録

abyss:42 ダサいネーミング

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フード男と激戦の末に倒すことができたハルキ。
いま彼は全身打撲・裂傷の満身創痍な状態で通路を歩いていた。
敵の侵入を阻むため通路に多少の分岐を作るだろう、普通はそういう構造にする。
しかし別れ道はない。来た時と同じように真っ直ぐな一本道。
巨大建造物の誰もいない空間というのは不気味さが際立つ。
長い通路の先に行き止まりが見えてきた。

<──ゞ─&──£─>

「またかよ」
頭の中にチクリと爪で引っ掻いた程度の小さな誰かの呼ぶ声?音?が聞こえた。
短くハッキリ聞きとれない声なのか音なのか例えにくい擬音。
どういう発音なのか、言語なのか、何と言っているのかすらわからない。
「前も同じことがあったけどさすがに気のせいじゃないな」
確信はないが、この声はこの先にいるような気がした。
「いてててて、早くティナと父さんを助けて家に帰りたい」

行き止まりが見えてきた。まさか行き止まりなわけあるか?
よくよく見ると突き当りの壁の真ん中に線が入っている。
この建造物の構造自体よくわかっていないが、人にとっての利便性や機能美は除外されているように感じた。
左右に分かれるドアになっているに違いない。ドアに近づくとあっさり開いた。
いまいる廊下は明るいが中はほぼ真っ暗だ。
キョロキョロと見渡し警戒しながら中に入る。

「─── なんて広さだ」
ドアから入って途中まで歩いて周りを見渡す。
全面真っ白。天井の高さ10m程、俺から見て左右の壁面まで100m以上ある薄暗く広い空間にたどり着いた。
長方形の空間の天井や壁面にある照明の光が届かなくてぼんやりしている。改めて自分のこの空間内での現在地を確認するとちょうど空間の真ん中に立っていて間違いなさそうだ。
「絶対ここが本拠地だって、だっていかにもな空間じゃん、間違いない」
無駄に広く真ん中に三角形の大きな岩の塊が置いてある。右壁面近くは天井に届くほどの大きな支柱があった。支柱の表面は無数の光の筋が縦横に走っていた。
(綺麗だな。まるで…………呼吸をしているようだ)

この意味不明な建造物は公共施設として作られたものではないことは確かだ。
(都市の地下深くにここまで大きな怪しい施設が存在してたのに今まで誰も気が付かないってどういうことだ)
「!!!」
急に全身に突き刺さるものすごく嫌な気配を感じて身構える。
(侵入者が来たんだもんな、すぐ迎撃してくるよな)
左奥の何もない薄暗い方から隠し切れないほど微かに溢れ出した殺気が背筋をヒリつかせる。殺気はとても静寂で冷徹で鋭利で凶暴なものだ。
人がこの境地に辿り着くにはどのくらいの鍛錬が必要になるのだろうか。
殺気だけで相手が遥かに自分より格上と理解した。
(―――強い。いままでの奴とは比べものにならないくらいヤバイ)
「おもしれぇ!ここまで来て負けてたまるか!」
ハルキの余力はほとんど残っていなかったが少しでも生き残る可能性に賭けて暗闇に銃を構え立ち上がる。
(お互い隠れる場所はない、さっさと姿を見せやがれ!)
殺気は感じるが相手の姿は視認できない。どこだ!?
(残りの弾は3発、確実にやれる5m以内で勝負)
暗闇の中にある闇がゆらりと動いた。
漆黒の闇が地を這うようにビュビュビュン!と駆け出した。
流水のような動きに形を形を捉えることができない。
それでも冷静にトリガーを引く。

ババン!バン! カチカチッ

漆黒の闇に向けてしっかり狙って撃ったにも関わらず呆気なくかわされてしまう。
即座に右手の銃を落としながらナイフに持ち替えるモーション中に漆黒の闇は俺の眼前まで距離を詰めていた。
凶暴な眼光と笑っている口元が一瞬だけ見える。
(── 恐ろしさで息が止まる)
俺のナイフを掴んだ右手は漆黒の闇に掴まれ、身動きが取れないよう両足で羽交い締めにされる。相手のナイフは俺の頸椎に回り込んだ。
死を覚悟した。
(ごめんティナ、俺はここまでだ…………)
あと1秒しないうちに頚椎をざっくり切られる。ギュッと目を瞑った。
「ハルキっ!!!」
聞きなれた声が耳元で聞こえ全身をぎゅっと抱きしめられる。
「ハルキ、生きててよかった! 私の愛しい息子・・・・ぐすん」
相手は母さんだったのか、なんだそうか、いやよかった。
死を覚悟した後に命が助かった安堵と母さんのストレートな表現に俺の気を張っていた緊張の糸が切れた。
俺はぎゅっとハグし返す。
「いまの絶対に殺されたと思った。全然叶わないな。母さんも無事で安心し――――――」
とてつもない血生臭ちなまぐささが鼻をつく。
俺の裂傷による出血の臭いじゃない。
もっと強烈な臭いだ。
母さんとハグした俺の両手を見ると血で真っ赤に染まっていた。
母さんの戦闘服は黒いから赤色が分かりにくいが、ベッタリ血がついていた。
「か、母さんーーー 血が、怪我してるの?!」
母さんは慌ててハグをやめた。
「ごめん、服についちゃったね。全部返り血だから怪我はしてないわ」
「こんな状態で怪我をしていないって───」

(全身に返り血を浴びるほど母さんが何をしたか、母さんは何者か)

まるで母さんの受け答えは俺が全部気がついている前提だった。
(違う、そうじゃない)
普通の感覚なら<何があったの? 何をしたの? 人を殺したの? 
という疑問になる。
この数日の出来事で俺の感覚もこれまで起きたことを普通に受け入れてしまう程度にバグっていた。俺の感覚はいつからバグっていたのか。バグっていたというより小さい頃から生死に関わる特殊な環境で生活してきたこと、起きたことの事実を受け入れられる視野や価値観、認識を持っていた。
(育てられ方が違ったら俺だってフード男になっていたかもしれない)

母さんは―――今日この日のために俺を子供の時から鍛えて準備をしてきたのだ。
父さんを取り戻すため、この返り血は母さんが覚悟を決めた上で決断し決行したのだ。

<お父さんを見つけてもう一度会わせて>

母に小さいころから聞かされていた言葉と俺がどうして必要なのかわからないが、結果として俺が大学生になって新世界都市に近づいたことでが動き出した。
俺は母さんは人の生き死に関わる仕事をしているんだろうなと薄々感じていたが、知らない振り、見ない振り、無知でいつづけた。
正義とは?善悪とは?法律とは?
国や組織、個人の立場によって価値観・定義・基準が違うこと。俺の判断で良し悪しを決めていいのだろうか、いくら考えても答えはでない。

とはいえ状況証拠は揃ってしまった。
明らかに敵意を持って俺や母さんに襲ってきた頭のおかしな奴らと、この返り血を浴びた服を着ていることでさすがにこの事実から目を背けられなくなった。
それと五番目の部屋ルームファイブにあった大量の武器。

いま母さんに「何者なの?」と聞きたら素直に答えてくれるだろう。
本当は何なのか真実を知りたい。真実がなんであれ俺は真っ直ぐ受け入れる覚悟はあった。
聞くべきか悩んで言葉をつぐんだ。いま知ってどうなる?
いま知る必要があるか?
それに長い話になりそうだ、途中で敵に遮られたら中途半端に気になるじゃないか。

(―――― 生きて無事に家に帰ってからゆっくり聞こう)

「ハルキ、きいてきいて! 将暉まさきが! あなたのお父さんが生きてる!この場所のどこかに監禁されているの!」
目をキラキラさせながらすっごい笑顔と全身を使って喜びを表現していた。
母さんの確信を持った言葉に俺の感情がたかぶった。
「おおお…………!!! 父さん生きてた!!! 間違いなくここにいるんだね!!!」
「うんうん! 何一つ手掛かりがなくてお父さんに辿り着くのに13年も掛かっちゃった。本当に生きててくれてよかった!」
誰だってとっくに死んでいると思うが、母さんはずっと生きていると信じていた。
母さんだけでなくローグもだ。生きている証拠も確証もないのに生きていると信じていた。

誰かをそこまで動かすだけの人物。父さんのことは何も覚えていないけど父さんに会えば父さんの記憶が戻るだろうか。
「母さんは今回の件はどこまでわかっていたの?」
「――― 母さんもわからないことだらけ。まだ敵がどこの誰かもわからない。
AXアクス>っていう組織名がわかったくらい」
「<AXアクス>? ダサいネーミングだね」
「ハルキもそう思う?」
「うん」
「13年前に起きた爆発が始まりで私たちがここにいることは途中過程でしかないの。これが全部終わったときにようやく全体がわかるはずよ」
「まだ過程………… 最後まで生き残らないと真実を知ることはできないか」
俺はティナがさらわれたことを思い出し母さんに伝えようとした
「母さん、ティナが───」

バツン

薄暗かった空間の照明が暗転し暗闇になった。
何も見えない。
俺と母さんはすぐに攻撃態勢を取り警戒した。

男の声が空間に響いた。

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