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38話 侵入

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揺らめくほのおの影に照らされる形で、犬顔の二足歩行のモンスターが立っていた。
そのモンスターの全身は毛に覆われ、部分部分をカバーするように革の鎧を身に着けている。
手は人のように指は長いが、爪は牙のように太く、鋭い様だったが、その手には飾り気のない剣が握られていた。
侵入してきた僕たちを見る目は鋭く、まるで誰何しているかのようだった。

だが、誰何されたとしても伝える言葉は無…

「そうさね、多分言葉は通じるさね。」
「あ、そうなの?まぁ、ゴブリンキングとも話してたけど。」

頷いたスワリナは、大きな声で門番に声を掛けた。
顔を見合わせた二匹のコボルトは門の内側に声を掛け、門の中から少し体が大きめの一匹が槍を担いでスワリナの元へとやってきた。

「主、彼らに何を要求するさね? 話は聞いてくれそうな感じさね。」
「…そうだなぁ、そういえばまだ敵対行動を一切してないから、いきなり襲われるほど評判が低くないのか。」
「そうさね。」
「生産に使うアイテムと布、手錠を一つ欲しいんだけど、何かと交換出来ないか聞いてみて、スワリナ。」
「了解さね。」

スワリナが身振り手振りも交えてゲギャゲギャ話すと、コボルトも肩に槍を立て掛けて身振り手振りでワンワン喋ってくれる。
ふと、気になって視界の片隅のクエストジャーナルを覗くと、”手錠の術式”の段階が自動で進み、コボルトとの交渉、に切り替わっている。
スワリナからつつかれて、アイテムボックスから魚料理や調味料、木材、適当に作っていた布製品や木工品なんかを取り出してはコボルトに見せる。

残念ながら酒の類は無いから、彼らが欲しがってもあげられないのだけれど。

「魚は地底湖で釣れるからいらないらしいけど、木材と調味料、あとは服と食器が欲しいらしいさね。」
「それでこっちが欲しいものは貰えそう?」
「そうさね、構わないそうさね。あまり加工がうまい者が居ないらしくて加工品の価値が高いさね。」
「それは重畳。」

内部を掃討してアイテムをガッツリゲット、という感じでは無くなってしまったけれど、物が手に入るなら経験値自体はなんとでもなるだろうし。
ただ、いくらでも殺しても構わない、というと語弊があるけれど、狩場が減るのはちょっと困る気がする。
うーん、と思っていると、ラザロがポツリと。

「……敵対してる一族って攻めて来てないかしら。こっちと仲良くなるならそっちを叩きたいわね。」
「拡張パックであったよねっ。バレム一族だったっけっ……?」
「そうそう、確かバレムだったと思うわ。拡張パックのタイトルになってたくらいだし。」

desire of burlem。

ゴードンズ・ポウのリヴァンプ(再調整)と、その関連でレード平原の修正が入っただけの小さな拡張パックだった。
最初期からあって十レベルもあれば駆け込めたダンジョンだったものが四十レベル必須に置き換えられ、ほんの気持ちだけしかステータスアップがないドロップアイテムだったものが、ステータスこそほんの少し上昇したもののしばらく置き換えの効かない固有の効果を持つようになったりした。
評判の上げ具合によってはとある職業の魔法のスクロールや、かっこいい見た目のアイテムを売ってもらえるようになったのだ。

スワリナと話をしているコボルトもレベル三十七の僕からしたら格上扱いなのだから、リヴァンプ後の状態であると考えてもおかしくない。
そもそも四十くらいだったはず、と僕らもリヴァンプがあったことを忘れてTAでの最後の状態を想定していたくらいだからね。

「スワリナ、敵対している一族が攻めてきているか聞ける?」
「あいさ。」

スワリナがまた身振り手振りで話しかけると、コボルトが大きく頷いた。
肩を竦めたり首を振ったりした様子も見て取れるので、おそらく困ってるってことなんだろうね。

「…別に入り口を作られて、そこから攻められてるそうさね。相手の数を減らしたりしたら、その証明とともに報酬は弾むって言ってるさね。」
「証明?」
「右手でいいそうさね。」

クエストジャーナルに、繰り返しクエストとしてバレム一族の掃討、が加わったのが見えた。おそらくクエストアイテムとして右手がドロップするようになるってことかな。
クエストリワードの欄には幾つかのアイテムが並んでいて、選択可能になっていた。まぁ、今せっかく交渉したんだから、その分は向こうも欲しいわけだから交換するにして、数が必要なものはこっちの繰り返しでもらうことにしたらいいかもしれない。

スワリナに仲介してもらい、僕らはまずアイテムの交換を行うことにして、少し体の大きいコボルトの後についてダンジョンの中を進んでいく。
生活空間にはやはり罠は無い、という感じなのだろうか。すいすいと進んでいくコボルトに、僕らは遅れないようにしてついていく。
昔と特にマップは変わってなさそうだな、と思いながら暫くの間ついていくと、資材の集積所だろうか、色々なものが山と置かれた部屋に案内された。
その部屋の前にもコボルトが二匹立っていたのだけれど、何事か少し大きなコボルトが小さく吠えると一匹がどこかへ走っていった。


ブリューマスター・メーカ。
僕らの前にやってきた、白っぽくて大きなコボルトの名前はそう表示されていた。

少し大きなコボルトが入ってきた彼女に説明している間、僕らはそうきたか、と思いながら待っていた。

彼女。
これまで、コボルトの性別みたいなものは外見からさっぱりわからなかったのだけれど、明らかに彼女、といった感じだったのだ。
鎧についても胸の部分がゲームで女性用としてよくあるような、胸の形に膨らんで居たということもあるし、まるで某有名アメリカアニメのように体つきがしなやかだったり、目元がこう、セクシーな感じだったのだ。

「ココット、わかってると思うけどっ?」
「僕ケモナーじゃないし…。」
「そうね、しかも猫派だったわよね。」
「うん。」

そんな失礼なことを話していると、説明が終わったのか少し大きなコボルトは役目が終わったとばかりに部屋を出ていった。
交渉開始、とばかりに僕はアイテムボックスからアイテムを取り出しては並べていく。
それに対して、これが交換できる量だよ、と言わんばかりにこちらが求めるアイテムが並べられていく。

調味料の類が一番欲しいものだった様子で、胡椒や砂糖を積んだときにはかなり沢山の物を引き出してくれた。
塩については岩塩でも出るのか、そこまでではないようだったけれどね。
料理済のものについても出せる限りの種類を並べてみたりしたのだけれど、メーカの目がキラキラしてるから、喜んでいるのは間違い無いだろうとは思う。
試しに料理を引っ込めてみたら露骨にがっかりして慌てて量をかさ増ししてくれたので、こちらもいたずらをせずにちゃんと出してあげることにした。

「ココット、意地悪さね。」
「いやいや、ついからかいたくなるじゃない。それに最初が大事だからね。…よし、こんなんでいいかな。」

欲しかったコアと手錠もしっかり確保し、料理の他に更に木工品や布製品を出すことで、ある程度生産で使えるくらいの数の布も確保した。これ以上は繰り返しのクエストか、バレム族を狩ることで手に入れることにして、僕はメーカと商談成立とばかりにしっかりと握手をした。一応、笑顔も向けたけど、動物相手に歯を剥き出すと威嚇になるかもしれないな、と口は開けずに口角をあげてみた。

わふわふ、とよくわからない返しをされているけれど、きっとありがとうだろうということで僕もありがとう、と返した。
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