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29話 ミラルディ・ハイドアウトへの帰路

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 僕らは三人して釣りを数時間、楽しんだ。釣りをする事による経験値でレベルアップしてしまう懸念も気にしなくても良くなったというのも大きく、いつもなら釣りに来ても釣り糸も垂れずにだらだらとしている時間が長かったのだけれど、近況報告も兼ねた無駄話を楽しみながらかなりの数を釣り上げることが出来た。


「でさ、あたしもミラルディ・ハイドアウトに住んでも良いの?」
「個人的には全く問題が無いんだけど。ベッドも木工で作れるし。一応バーニィに良いか聞いてみたいところなんだけどね。」
「そうだ、不倫ごっこしよう。あたしも流石にギルマスバーニィの手前、ココットと懇ろになるのはちゃんとギルマスバーニィをからかって宣言してからって思ってるんだけど、ログインして来たら目の前にあたしとココットがベッドに入ってる、ってやつ。」


 僕は大きな溜息を吐いた。悪ノリが過ぎるよ。…それに、寝取りも寝取られも嫌いなんだよね。正直洒落にならないと思うし。一度ラザロも僕と、という話をしてから、最初にやるまでの間にそういうのをするなら兎も角、何も知らずにいきなりそれを見せられたらショックが大きいと思うんだけどなぁ。いくらゲームったってね。


「それはやめとこう。そんな事をしたら、一緒に住むのを断られる事になる様な気がするしね。」
「…しゃーない、ちょっとギルマスバーニィには刺激が強すぎよね。」
「そうそう。ラザロが部屋にいるくらいなら問題無いだろうけどさ。」
「嫁いじめるの、あまり良くないさね。」
「うん、ゴメン。やらないわ。」


 スワリナが真面目な顔でいった言葉にラザロは素直に謝ると、釣竿を仕舞った。…もう既にスキルは三十を超えたらしい。
 それを見てミニマップについている時計を確認すると、もうそろそろ夕刻に差し掛かろうという時間になってしまっていた。釣り上げた魚は翌日にタングル・ライバーの店に卸す事にし、僕らは歩いてミラルディ・ハイドアウトへと戻る。何せ、僕(とスワリナ)だけならアイテムで即帰還出来るけれど、ラザロは場所も知らないしポツンと残ってしまうからね。


ギルマスバーニィが戻って来たらさ、二人が行ったっていうゴブリンキングをやりに行かない? スクロールやアイテム美味しそうだし。」
「冒険者ギルドでのクエストがトリガーになってたけど、直接行ってもポップしてるかなぁ。してれば良いんだけどね。」
「…あたいらはすぐ増えるから、いると思うさね。」
「まぁ、どっちにしてもバーニィが帰って来たらね。それまでは今までちょっとセーブしてた生産とかしたいな。初級生産箱のチャージもかなり溜まってるから、一度それで使える素材で上げれる限界まであげちゃいたい気分。」
「あたしもこれを期に生産に手を出そうかしら。SPも貯めて斥候系のは取ってしまいたいし。」
「じゃあそういう事で。」


 釣りをしていた雑多な感のある港から荷揚げ用のリフトを横目に階段を上り、綺麗でゴミひとつ落ちていない石畳の街へと戻る。消費アイテムの類には包装があったり、飲料は瓶に入っていたりするんだけれど、基本的には食べ終わったり飲み終わったり、使い終わったりした時点で瓶や包装などの余計なものは消滅する。だから街中はゴミが落ちているなんて事は少ない。プレイヤーが多くなってくればゴミアイテムが適当に売却出来ない事からもう少し端材やら用途のわからないアイテムとか何やらがその辺に落ちていてもおかしくはなくなりそうなんだけどね。


「大体覚えてる通りね。あたしはドラゴニュートのキャラは作った事は無かったけれど、みんなと一緒にこっちをホームにしてたし。」
「まあねえ、ベース種族の首都なんて、チュートリアル終わって周辺の適正レベル過ぎたら寄り付かなかったもんね。何度か場所は変わったけど、みんな便利でポータルの充実してる所に集まってた。」
「結局はそうなっちゃうのよね。テラコレイムエルフの首都も相変わらず樹上都市だから立体的で使いづらいし、高所恐怖症ならまず住めないわよ。…TAの頃よりは操作を間違って落下死、なんてのは少なそうだけど。」
「自分で歩くなら落ちはしないよね。その代わり、デッキとデッキを結ぶあの細い吊り橋とか、木の周りについてるあの細い螺旋階段とか物凄く怖そうだけど…。」
「怖かったわよ。」
「やっぱり。」


 あーいやだ、とラザロは腕を搔き抱いた。僕は苦笑するしか無い。まぁ、樹上都市テラコレイムもそうだけれどそれこそ雲の上を移動して歩く神たちの次元とかは想像するのも怖い、というか。レイドで攻略するようなことがあれば、戦闘のストラテジーとかよりも、その他の恐怖を如何に克服するかとか、今まではディスプレイの先でキャラクターが恐怖に呑まれて遁走してたりしたのをそっち行っちゃダメーとか、その効果が切れたらあっちに移動、とかやっていたのが自分が遁走するとなれば訳分からなくなるんだろうな、とか考えてしまった。そういう意味ではVRになったのは良かったのか悪かったのか…。


「やっぱりこういう建物が密集してる所なんかはVRになってすごくリアルっぽく感じるって思うわね。ディスプレイを眺めている時は建物があって確かに立体感はあったけど、カメラを切り替えて見上げてもポリゴンモデルになった初期はともかくあまり見上げる感じが無かったものね。情報量の多さもあるのかもしれないけれど、やっぱり広さや奥行きも感じ方が違うわ。」
樹上都市テラコレイムでも木とかすごかったんじゃないの?」
「それはそれ、これはこれよ。こういう石造りの建物なんて無いもの。あっちは基本全部木造。ガラスはあるけど屋根は茅葺だったり杉皮だったりだし。美しさはあるけど、それよりも高さで怖さを覚える方が先だったわ。」


 僕らは運河カナルに掛かる石橋を渡り、旧市街へと入って行く。まだ完全に日が暮れるには早いけれど、いつも通りに灯替わりの光の玉を浮かべ、ラザロには腰の物をローブの上から吊ってもらう。スワリナもアイシクル・エッジを腰に下げていて、鋭い視線を周囲に向けている。一応、各種族の首都では戦闘行為は基本禁止されているのだけれど、スラムに該当するエリアではレベルが低いとはいえNPCが襲ってくる可能性もあるし、特定の派閥の評判が低ければその派閥の根城等に行けば当然周り全部が敵、という状態にもなったりはする。実際、油断してホイホイ歩いているとチンピラNPCがカツアゲに来たりするので注意だったりする。一度僕も襲われた事があって、倒したのだけれど…一応町の衛兵の評判が微妙に上がっただけでマイナスが無かったのだけが救いだった。三日後には似た様なNPCがチンピラらしく肩で風を切りながら歩いてたから、NPCは死んだら終わりとか言う話もあったけれど、ボスクラスと同じく雑魚過ぎても一応別人とはいえ同じ役割で復活するんだろうな、と思った次第だった。

 いつもの狭い小路を縫う様に抜けて行き、僕らは我が家であるミラルディ・ハイドアウトへと到着した。
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