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三章

王墓

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 ゴダール王家の王墓は、山の中にある。
 神龍が生まれたと言われている最古の鉱山であり、そこに深く穿たれた古い坑道の最深部が王家の墓なのだ。
 黒鋼クロガネ城と言われる堅牢で広大な王宮は、この山を背中に背負うように建立されている。
 現在はすでに採掘は行われていないが、王墓より低い位置にある坑道跡は、一般民の墓として解放されている。
 つまり、この鉱山全体が王都に住う者たちの大きな墓所になっていた。
 中腹よりやや上にある王墓へ行くには、凝った装飾の施されたトロッコが据えられており、先頭のトロッコには手漕ぎの運転席、次に人の乗る車両が続く。そこにラウルとトーマ、コレットの三人がまず乗り込んだ。ラウルはジルベールの遺骨が入った骨壺を抱えている。ゴダールは火葬なのだ。
 ジルベールの死は急だったので、今はごく身内のものだけで弔うが、この後は一般にも公表され、続々と様々な者が続くだろう。なにしろジルベールはゴダールの王子だったのだから。
 ラウルが乗り込んだ車両にララがやってきて言った。

「ラウル、他の者が聞かぬので、私があえて聞く」
「……ああ」
「そなたが胸に抱くその者は、人を殺め、そなたの命を狙い、神龍を封じ込め、王家の転覆を謀った裏切り者だ。それでも、この王墓に葬るのか?」

 ララの言葉にラウルが小さく笑った。

「ララ、裏切りは王家のお家芸だ。王に真っ当な善人などひとりもいない」
「……そうだな」
「ジルベールは、王家の闇を産まれた時から一身に背負わされた犠牲者だ。この子に罪はない。本当の罪人はその闇を紡いできた我らだ。それに、この子は俺の息子だ。最期までそれだけを望んでいた。ここに葬ることでそれが守られるなら、俺はジルベールの父として、なんとしてもそれを守る」

 ララがニッコリ微笑んだ。

「……わかった。では、私はそなたたちの帰りをおとなしくゴダール城で待っていることとする」

 そう言って、クレーネと共にさっさとそこを去っていってしまった。

「父上、母上は……」

 トーマに最後まで言わせずにラウルが苦笑した。

「わかっている。でもまぁ、相変わらず憎まれ役の下手なやつだな」
「ふふ、そうですね」
「……陛下、僭越ながら、今の言葉を聞いて、ジルベール様はお喜びになっていると思います」
「コレット、カーニバルで俺たちと別れてから、どんなことがあったか聞かせてくれ」
「はい……」

 深い山の奥に向かって、トロッコがゴトゴトとゆっくり進み始めた。
 コレットの話によると、子供たちと辻馬車に乗り込んですぐ、ガーナの一味に拉致されたのだと言う。そのままあの廃工場に連れ込まれたが、ジルベールは決してコレットのそばから離れようとしなかった。あの柄の悪い連中から、ずっと守ってくれたのだそうだ。

「だから最初は、連中と仲間だとちっともわからなくて……。でも、いろいろと話しているうちに、やっとことと次第が見えてきました」

 ショックでしたとコレットは言った。

「ガーナ達は、おっとりと穏やかで品のいいジルベール様を、自分たちのいいなりにできると思ってたようですが、私には、ジルベール様はあの連中とも違う、何か全然別のものを見ているように見えました。連中が口にする卑怯な野望から、最も遠いところにいる人だと……」

 何度もコレットに謝りながら、子供達だけでも無事に返すと約束してくれた。ガーナがラウルの頼みでアッサリ子供達を手放したのも、ジルベールが幼い子供を手にかけ、無闇に敵の怒りを煽るのは愚かだと説得していたからだ。
 子供達は手下たちに連れて行かれたあと、城のすぐ近くの宿屋で無事保護された。
 コレットは、その時見ていたジルベールの横顔を思い出しながらポツンと言った。

「私は、あんなに昏い目をした人を見たことがありません。死期の近い重病人だってもっとマシだったわ……」

 そしてコレットはハッと何かを思い出したように続けた。

「私が縄を解いてとっさにジルベール様に体当たりした時、私の手に神剣を押し付けたのはあの方なんです。だからやっぱり………」
「……わかってるよ、コレット。ジルベールは今際の際に、玉座が欲しいのではなく、俺の息子でいたかったと言ってくれた……」
「そう、でしたか……」

 コレットが不意にトーマを見つめながら言った。

「そうだ、それと、ジルベール様は、初めてトーマ様を見たとき、ああ、これで自分の役目は終わったと思ったと言ったんです」
「え……? じゃあ彼は、僕の正体を知っていた……?」
「いいえ、多分知らなかったと思う。『なぜそう思ったのかはわからないけど、なんとなくふとそう思ったんだ』って笑ってました。彼は最後の最後まで、知らなかったと思います」

 ──そうか、君が……。

 ジルベールの目から、命の灯火が消える寸前、彼はトーマを見ながらそう言った。
 黒い瞳のままのトーマを見て、正体に気づいたからかも知れないが、今となってはもう永遠にわからない。
 コレットの目からポロポロと涙がこぼれた。

「……穏やかで誰にでも優しくて親切で、うちの子たちも後宮の子供たちも、みんなあの方を頼りにして慕っていました。それが、あんな酷い亡くなり方をするなんて、どうして……! ジルベール様は、何かのボタンを掛け違っただけなんだわ……!」
「そうだな……。ありがとう、コレット」

 苦しそうに胸を押さえながら泣くコレットの肩を、ラウルが慰めるように抱いた。

 トロッコが目的地についた。
 そこは、深く大きな洞窟だった。その洞窟の奥には渦を巻く大穴が穿たれ、その穴に沿って、夥しい水晶の結晶柱が乱立していた。人の想像を超えたその幻想的で美しい光景を見れば、神龍は本当にここから生まれてきたのかもしれないと思わせられた。
 ゴダールの最初の王の骨壺が、この穴の最深部の水晶の柱の根本に置かれているはずだ。そこから徐々に手前に来るに従って、新しい王族の骨壺ということになる。
 よく見ると、巨大な水晶柱の影に、いくつもの骨壺が置かれている。二つ並んで置かれているものもある。夫婦か親子か、あるいはきょうだいだったのかもしれない。
 その穴の入り口手前の祭壇に、ジルベールの青い美しい骨壺が置かれた。
 これから100日の間、ここには明々と蝋燭の火が灯され、人々が次々に献花に訪れられるようになっている。
 神官が、弔いのうたを詠唱している。
 人は皆、神龍から生まれ神龍へと還ってゆく。だから安らかに──というような内容だ。
 この水晶の穴を通って、再び神龍に還ってゆけということなのだろう。
 トロッコから降りてきた宮廷の人々が、涙を拭いながら順番に献花してゆく。
 100日が過ぎれば、ジルベールもどこかの水晶柱の根元で永遠に眠るのだ。
 自分もいずれ、神龍の中に還ってゆくのだろうかとトーマは思った──。



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