上 下
47 / 51
三章

再会

しおりを挟む
 廃工場の広間には、白銀に輝く白龍シンの巨体と、黒曜石のように青光りする少し小振りな黒龍ゴダールが並んでいる。
 どうやらゴダールは火傷もないようだ。
 黒龍の言葉が聞けるラウル王に言わせると、あの程度の灼熱した鉄で私が閉じ込められるものかと豪語しているという。
 ガーナの一味は王の護衛隊にあらかた取り押さえられ、手の空いている隊員たちは二体の神龍を畏怖と敬愛を込めて遠巻きに取り囲み、魅入られたように見上げている。

「トーマ、おまえはシンの者だったのか……。しかもシンが来たということは王宮育ちか?」
「え、ええ、まぁ……」
「だから神龍を見慣れていたのか……。では、師匠筋というのはララか? だからララの手技に似ていた? どこにもくすしとしての記録が残っていないのは、王家の者だからか?」
「そうです。外科治療は母上の十八番オハコですから。くすしの記録が残っていないのは、シン王家から情報をほとんど外に出さないからです。陛下がその昔、母上を見つけられなかったのもそのせいです」
「そうだ、散々苦労した挙句、俺は結局ララを見つけられなかっ………いや、待て、母上だと……? おまえはララの子か? 養子か?」
「双子の姉が母上に生き写しだと、陛下が仰ったじゃないですか。私もなんとなく似ていると言われた気がしますが……」
「ララが結婚して子供を……?」

 ラウルがショックのあまり絶句した。
 すると、コレットがトーマを見ながら不思議そうに言った。

「トーマ、あなた、髪も目も黒いままだわ……」

 蒸気混じりのぬるい雨で洗われた王の髪や目は黒く、コレットの髪や目は茶色に戻っている。

「……まぁ、瞳も髪も黒が地なもんで」
「…………え?」
「え………?」
「そういえばおまえ、さっきとっさに神剣を抜いたな?」
「ええ……」
「おかげで助かったわ」
「俺の神剣だな?」
「ゴダールが出てきたの見たでしょう?」
「……………もしかして、初めて戦場で会ったとき、突然ゴダールが行き先を変えておまえを救ったのは……」
「ああ、そういうこともありましたね。まさか、ゴダールが守ってくれると思いませんでしたが」
「………え、え、ちょっと待って?? だって、トーマはシンの女王様の息子なんでしょう? なのに、なんで黒い髪と瞳なの? オマケにゴダールの神剣まで抜いたとあっちゃあ、それはもう、ゴダールの王族ってことで、ゴダールの王といえばラウル王だけ……………え、え??」
「王脈なら神剣を抜けるとあれだけ確信を持っていたのは……」
「陛下があまりにも神剣を無造作に扱うので、誰も見ていないときにこっそり触っていたら抜けたもので……」
「…………」
「…………」

 王とコレットが、その先を言うのが怖いかのように言葉を失っている。

「何よ、まだるっこしい会話してるわねえ」

 その時、クスクスと言う笑い声がして、シンの背中からクレーネがスルリと降りてきた。面白がって様子を伺っていたらしい。

「だからぁ、私たちはゴダールのラウル王と、シンのララ女王を両親に持つってことよ」

 広間中の人々から衝撃とざわめきが広がった。

「ちょっと待て! 待ってくれ!! それなら年齢がおかしい。おまえ、もうすぐ18だと言ったな? 俺がララと別れたのは、20年前だ。それ以来一度も会っていないんだぞ。ララはどうやって俺の子を身籠もるんだ」
「そこは私が直接説明したほうが良さそうだな」

 そう言って、もうひとり、ケープを被った女がシンの背中から滑り降りてきた。

「出た」

 トーマが言った。

「母親をお化けのように言うな」

 ケープの女が白銀の髪を揺らせながら文句を言った。
 トーマが苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「一緒に来てたのか……」
「シンに働いてもらうから仕方ないわよね。ゴダール城を後にしてからすぐ、母上と待ち合わせの場所に行ったのよ」

 クレーネが言った。

「あんたの居場所もずっと筒抜けよ」
「え、どうやって?」
「あんたの医療道具包んでる袋の紐はシンの髭よ。あれでどこにいてもシンには居場所がすぐわかるの。だからここへもすぐ追ってこられたのよ」
「前は普通の革紐だったぞ? いつの間に……」
「お母様、過保護だから……」

 きょうだいでそんな話をこそこそしている間に、ラウルはこの20年、焦がれに焦がれた人物を目の当たりにしていた。国交で稀に遠く見かけることはあっても、互いに会話は交わさずにきた。

「ララ……」

「久しぶりだな、ラウル」

 白銀の長い髪に灰色の目が、懐かしそうに弧を描きながらラウルを見上げた。
 その姿は20年前と少しも変わらない。娘のクレーネと並ぶと姉妹のように見えた。

「ララ……」
「うん」
「ララ……」
「ああ……」

 ラウルの手が、震えながらララに伸ばされた。
 周囲の人々が、固唾を飲みながら二人を見守った。
 てっきり熱い抱擁が交わされるかと思いきや──…

「ゴダール!」

 ラウルが突然、ララの腕を掴んでゴダールを呼んだ。
 その呼びかけに応じてゴダールの全身がパッと翻った。
 神龍を取り囲んでいた護衛隊たちは、「おおっ」ととっさに体を捻って神龍に道を開けた。
 ゴダールは、サッと馬に変化してラウルの前にやってくると、ラウルがララを強引に背中に押し上げ、自らもその背中に乗るのを大人しく待った。

「え、ちょ…」
「行け!」

 王の短い命令に、漆黒の神龍は二人を背中に乗せて、あっという間に廃工場を飛び出してしまった。
 残された人々は、ただただあっけにとられるだけある。

「ちょ、お母様!!」
 
 クレーネが驚いて呼びかけた時には、ゴダールは空を翔け上がっていた。

「おまえたちは白龍に乗って後から来ればいい……」

 ラウルの勝手な言伝は、語尾がすでに遠く消えかかっている。
 
「何よあれ!?」

 呆れたクレーネが声を上げたが、誰もが同じ気持ちである。

「とりあえず、僕たちも城に帰ろう……」
「はーもー、しょうがないわね! シン!」

 クレーネが手を上げると、白龍がおっとりと巨体をその前に差し出した。

「っていうか、あんた、お母さまの神龍の癖に、ゴダールにまかしちゃっていいの!?」

 呆れたようにクレーネが神龍に文句を言うと、シンの黄金の巨大な眼が笑っているように弧を描いた。

「もう、しょうがないわね、あんたまで。……さ、みんな乗って」

 どうやらクレーネはしっかり者であるらしい。
 トーマが先に乗ってコレットに手を差し出すと、コレットは目を見開いて、口だけをパクパクさせながら「ムリムリムリムリ」と手を顔の前で振っている。
 トーマが苦笑しながら無理やり手を引くと、ようやくこわごわシンの背中に乗った。
 
 そして残された護衛隊は、こうしちゃいられないと、罪人をひったてようやくそこを後にした。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

獣人専門弁護士の憂鬱

豆丸
恋愛
獣人と弁護士、よくある番ものの話。  ムーンライト様で日刊総合2位になりました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...