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三章
双子の姉
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新緑がいよいよ濃く色づき、夏野菜や果物が市場に並び、鮮やかな花が咲き誇る浮き立つような夏の気配に合わせて、街頭では祭りの準備が盛り上がっていた。
商店の店先や家々の軒先には、黒龍を象った紙のハリボテが人形が長々と吊るされ、それは色とりどりの花や飾り物で彩られている。それ以外にも、素朴な黒龍の人形は街のいたるところで飾られた。
この半年、にわかに様々な色の目と髪の人々が入り乱れるようになった王都だったが、黒龍と王を祝う今日ばかりは多くの人が黒で揃えている。
肉屋の親父も、八百屋の女将も、そこらを走り回る元気な子どももみな黒髪だ。茶色い者の方が少ないぐらいだ。
そんな賑やかな通りを馬車で通り抜けながら、トーマとコレットはようやくゴダール城に到着した。
一旦帰って、子どもたちを連れて再び祭りに繰り出そうというわけだ。祭りは三日三晩続く。
「ああ、楽しみだわ。子ども達は朝から準備で大騒ぎなのよ。すごい人出だから迷子にならなければいいけど」
「僕も一緒に行くから大丈夫さ」
「ありがとう、トーマ。あなたには本当にお世話になって……」
「なに急に改まって。僕は何もしてないよ」
「そんなことないわ。あなたがいたから治療院で仕事がもらえたし、子どもたちもまとめて王宮に住むなんて、夢みたいな生活ができてる」
「いやいや、君が努力してるからだよ! それに、それを全部提供してくれたのはラウル王だ」
「そうだけど、でも……」
「ほら、着いたよ」
トーマがコレットのお礼に照れて、逃げるように城の正面玄関に到着した馬車から降りようとした。
「トーマ!」
馬車の扉を開いたとたんに声をかけられた。
「ね、姉さん!?」
明るい茶色の目をした綺麗な女性が、馬車を下りたトーマにいきなり抱きついた。
「わっ」
「あんた、突然家を出ちゃうから心配しちゃうじゃない! でも、元気そうでよかった」
「なんでここに?」
ジルベールが二人のそんな様子をみながら、「おかえりなさい」と穏やかに笑った。そしてそつなく、トーマの次に馬車から降りようとしているコレットに手を貸しながら言った。
「昼過ぎにこの方が君の手紙を持って訪ねて来られて、さっきまで城をご案内していたんだ」
トーマが欲しいものを届けてくれるよう頼んだ手紙が、姉の身分を証明したのだろう。
「それはどうもお世話になりました。というか、僕は小包で送ってくれと言ったんだ」
「直接持ってきた方が早くて確実だわ。それに、あんたの顔も見たかったのよ」
「ごめん、心配かけて……」
「あの、トーマさんのお姉さまですか……?」
コレットが遠慮がちに言った。
「ああ、ごめんなさい、ご挨拶が遅れてしまって。初めまして。トーマの姉のクレーネと言います。いつも弟がお世話になってます。あなたがコレットさんね。弟の手紙にはあなたのことばかりだわ」
「ね、姉さん!」
「なによ」
トーマが真っ赤になっている。
「初めまして。コレットです。苦情の手紙じゃなければいいんですが……」
謙遜するコレットに、クレーネが声を上げた。
「苦情なんてとんでもない! この子ったらあなたがいかに優秀で有能でどれほど働き者で気が利いてチャーミングかばっかり……」
「わ、わあああ、姉さん! それより、来るなら手紙くれればよかったのに!」
これ以上恥をかかされまいとトーマは必死だ。
「手紙より早く着いちゃったのよ」
「相変わらずせっかちだな」
「クレーネさんもくすしなんですか?」
「ええ、治療院に出るのは私の方が多いんですよ。この子はどちらかと言えば研究者で……」
「へえ、そうなんですか。ごきょうだいですごいんですね」
そこへ蹄の音がして、トーマ達の乗った馬車のすぐそばに、空からもう一頭漆黒の馬が舞い降り、相変わらず平民服の王が降りてきた。
「おう、おまえ達、今日は祭りで城下が……」
王はそう言ったきり、クレーネの顔を見て愕然と固まってしまった。
「ケリー……」
そう言い終わる前に、ラウル王はクレーネをいきなりぎゅっと強く抱きしめた。
挨拶をしようと、スカートの裾をつまんで膝を折ろうとしていたクレーネは、突然のことに目を白黒させた。
「むぎゃーー!!」
クレーネが驚いて王の広い胸の中でジタバタもがいている。
「わあ、へ、陛下! ラウル王!! そ、それは僕の姉です!! ララ王女じゃありません! びっくりしてます! 放してやってください!」
「え……?」
王が目が覚めたような顔で胸の中のクレーネを見た。
クレーネは王の腕が緩んだその隙に、慌ててトーマの背中に隠れた。
「あ、ああ……そうか。トーマの姉……?」
王がクレーネから目が離せないというように呆然と聞いた。
「そうです。双子の姉でクレーネと言います。頼んでいたものを届けに来てくれました」
「つ、ついでに、お祭りの見物も……」
トーマの背中から、用心深くクレーネが答えた。
「双子? あまり似てないが……?」
「男女の双子は普通の兄弟と同じですから、瓜二つというわけではないんです」
「よくわからないが、そうなのか。驚かせてすまなかった」
「私、そんなにシンの女王陛下に似てますか?」
「ああ、まだ王になる前の彼女にそっくりで、つい……。考えてみれば年齢だって違うのに、本当にすまなかった……」
「……ん? 陛下はララ女王だと言った? ケリーって言ったような……」
コレットがトーマの横でぶつぶつと呟くのを聞いてトーマが慌てて言った。
「あー、陛下、お待ちかねの目薬と髪染めです! 姉が持ってきてくれました!」
「おお! 本当か!? どこのくすり屋に行ってもこの色だけがなくて……」
ラウルがパッと顔を輝かせ、早速紙袋の中身を確かめている。
「ああ、茶色に代わる目薬と髪染めですか?」
コレットが聞くと、フレーネが付け加えた。
「王族にしか売れないから作る数も少ないし、シンから直接取り寄せるしかないのよね。私は今シンの大学で働いてるから」
「ああ、なるほど。ちなみに、茶色の目薬と髪染めはいかほど?」
「髪染めは普通の染粉と同じなんだけど、目薬は王族価格で約20倍」
「あはは、王族価格ですか。シンの製薬問屋はしたたかですね」
「したたかなのはシンのお家芸よ」
ちなみに、龍王色の目薬は定食屋のランチ一食分ぐらいの値段である。
ラウルが早速クレーネが持ってきた目薬を自分の右目に注すと、その仕上がりをトーマに聞いている。
「どうだ? 俺の目は茶色になってるか?」
「ああ、なってます。茶色です」
「ホントか?」
次にジルベールに見せている。
「本当ですよ、父上」
ラウルは次にきょろきょろとあたりを見渡すと、庭の隅にある水盤まで走って行った。そして、そこに自分の顔を映し「おお!!」と感嘆の声を上げている。
そして、残った左目にも目薬を注すと、走ってこちらに戻ってきた。
「どうだ、庶民に見えるか?」
「そうですね、陛下」
トーマが困っていると、クレーネが冷静に言った。
「でも、髪がまだ黒ですから」
「ああ、そうか」
言うなりラウルは紙袋を持ったまま城の中に駆け込むと、フォレスを大声で呼んでいる。
「フォレス!! フォレスはおらぬか!? 手伝ってくれ!!」
そんなラウルの様子を見てクレーネがひとこと言った。
「まるで子供ね」
黒馬のゴダールが、自分を置き去りに行ってしまったラウルの後をついて城に入って行こうとしたので、トーマがなんとなくゴダールの背中をポンポンと叩くと、ゴダールはびゅるっと小さな竜巻になって、たちまち神器の黒剣に姿を変えてトーマの手の中にガチャリと落ちた。
「わあっ」
トーマが落としそうになってわたわたとやっと捕まえた。
「びっくりした」
「ひえー、ゴダールってそんなになっちゃうの?」
コレットが驚くと、ジルベールがやれやれとため息をついてトーマから剣を受け取った。
「興奮して神剣を忘れる王なんて……」
「ふふ、じゃあ、トーマ、私はこれで……」
「え、泊まっていかないの?」
「寄るところがあるのよ」
「そっか」
クレーネの言葉に、ジルベールが声をかける。
「ああ、じゃあ今馬車を」
「いいんです。通りに出て辻馬車を拾います。色々とご親切にありがとうございました、ジルベール殿下。じゃ、トーマ、あとでね!」
そう言って、フレーネは弟に手を振って風のように去っていった。
商店の店先や家々の軒先には、黒龍を象った紙のハリボテが人形が長々と吊るされ、それは色とりどりの花や飾り物で彩られている。それ以外にも、素朴な黒龍の人形は街のいたるところで飾られた。
この半年、にわかに様々な色の目と髪の人々が入り乱れるようになった王都だったが、黒龍と王を祝う今日ばかりは多くの人が黒で揃えている。
肉屋の親父も、八百屋の女将も、そこらを走り回る元気な子どももみな黒髪だ。茶色い者の方が少ないぐらいだ。
そんな賑やかな通りを馬車で通り抜けながら、トーマとコレットはようやくゴダール城に到着した。
一旦帰って、子どもたちを連れて再び祭りに繰り出そうというわけだ。祭りは三日三晩続く。
「ああ、楽しみだわ。子ども達は朝から準備で大騒ぎなのよ。すごい人出だから迷子にならなければいいけど」
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「そうだけど、でも……」
「ほら、着いたよ」
トーマがコレットのお礼に照れて、逃げるように城の正面玄関に到着した馬車から降りようとした。
「トーマ!」
馬車の扉を開いたとたんに声をかけられた。
「ね、姉さん!?」
明るい茶色の目をした綺麗な女性が、馬車を下りたトーマにいきなり抱きついた。
「わっ」
「あんた、突然家を出ちゃうから心配しちゃうじゃない! でも、元気そうでよかった」
「なんでここに?」
ジルベールが二人のそんな様子をみながら、「おかえりなさい」と穏やかに笑った。そしてそつなく、トーマの次に馬車から降りようとしているコレットに手を貸しながら言った。
「昼過ぎにこの方が君の手紙を持って訪ねて来られて、さっきまで城をご案内していたんだ」
トーマが欲しいものを届けてくれるよう頼んだ手紙が、姉の身分を証明したのだろう。
「それはどうもお世話になりました。というか、僕は小包で送ってくれと言ったんだ」
「直接持ってきた方が早くて確実だわ。それに、あんたの顔も見たかったのよ」
「ごめん、心配かけて……」
「あの、トーマさんのお姉さまですか……?」
コレットが遠慮がちに言った。
「ああ、ごめんなさい、ご挨拶が遅れてしまって。初めまして。トーマの姉のクレーネと言います。いつも弟がお世話になってます。あなたがコレットさんね。弟の手紙にはあなたのことばかりだわ」
「ね、姉さん!」
「なによ」
トーマが真っ赤になっている。
「初めまして。コレットです。苦情の手紙じゃなければいいんですが……」
謙遜するコレットに、クレーネが声を上げた。
「苦情なんてとんでもない! この子ったらあなたがいかに優秀で有能でどれほど働き者で気が利いてチャーミングかばっかり……」
「わ、わあああ、姉さん! それより、来るなら手紙くれればよかったのに!」
これ以上恥をかかされまいとトーマは必死だ。
「手紙より早く着いちゃったのよ」
「相変わらずせっかちだな」
「クレーネさんもくすしなんですか?」
「ええ、治療院に出るのは私の方が多いんですよ。この子はどちらかと言えば研究者で……」
「へえ、そうなんですか。ごきょうだいですごいんですね」
そこへ蹄の音がして、トーマ達の乗った馬車のすぐそばに、空からもう一頭漆黒の馬が舞い降り、相変わらず平民服の王が降りてきた。
「おう、おまえ達、今日は祭りで城下が……」
王はそう言ったきり、クレーネの顔を見て愕然と固まってしまった。
「ケリー……」
そう言い終わる前に、ラウル王はクレーネをいきなりぎゅっと強く抱きしめた。
挨拶をしようと、スカートの裾をつまんで膝を折ろうとしていたクレーネは、突然のことに目を白黒させた。
「むぎゃーー!!」
クレーネが驚いて王の広い胸の中でジタバタもがいている。
「わあ、へ、陛下! ラウル王!! そ、それは僕の姉です!! ララ王女じゃありません! びっくりしてます! 放してやってください!」
「え……?」
王が目が覚めたような顔で胸の中のクレーネを見た。
クレーネは王の腕が緩んだその隙に、慌ててトーマの背中に隠れた。
「あ、ああ……そうか。トーマの姉……?」
王がクレーネから目が離せないというように呆然と聞いた。
「そうです。双子の姉でクレーネと言います。頼んでいたものを届けに来てくれました」
「つ、ついでに、お祭りの見物も……」
トーマの背中から、用心深くクレーネが答えた。
「双子? あまり似てないが……?」
「男女の双子は普通の兄弟と同じですから、瓜二つというわけではないんです」
「よくわからないが、そうなのか。驚かせてすまなかった」
「私、そんなにシンの女王陛下に似てますか?」
「ああ、まだ王になる前の彼女にそっくりで、つい……。考えてみれば年齢だって違うのに、本当にすまなかった……」
「……ん? 陛下はララ女王だと言った? ケリーって言ったような……」
コレットがトーマの横でぶつぶつと呟くのを聞いてトーマが慌てて言った。
「あー、陛下、お待ちかねの目薬と髪染めです! 姉が持ってきてくれました!」
「おお! 本当か!? どこのくすり屋に行ってもこの色だけがなくて……」
ラウルがパッと顔を輝かせ、早速紙袋の中身を確かめている。
「ああ、茶色に代わる目薬と髪染めですか?」
コレットが聞くと、フレーネが付け加えた。
「王族にしか売れないから作る数も少ないし、シンから直接取り寄せるしかないのよね。私は今シンの大学で働いてるから」
「ああ、なるほど。ちなみに、茶色の目薬と髪染めはいかほど?」
「髪染めは普通の染粉と同じなんだけど、目薬は王族価格で約20倍」
「あはは、王族価格ですか。シンの製薬問屋はしたたかですね」
「したたかなのはシンのお家芸よ」
ちなみに、龍王色の目薬は定食屋のランチ一食分ぐらいの値段である。
ラウルが早速クレーネが持ってきた目薬を自分の右目に注すと、その仕上がりをトーマに聞いている。
「どうだ? 俺の目は茶色になってるか?」
「ああ、なってます。茶色です」
「ホントか?」
次にジルベールに見せている。
「本当ですよ、父上」
ラウルは次にきょろきょろとあたりを見渡すと、庭の隅にある水盤まで走って行った。そして、そこに自分の顔を映し「おお!!」と感嘆の声を上げている。
そして、残った左目にも目薬を注すと、走ってこちらに戻ってきた。
「どうだ、庶民に見えるか?」
「そうですね、陛下」
トーマが困っていると、クレーネが冷静に言った。
「でも、髪がまだ黒ですから」
「ああ、そうか」
言うなりラウルは紙袋を持ったまま城の中に駆け込むと、フォレスを大声で呼んでいる。
「フォレス!! フォレスはおらぬか!? 手伝ってくれ!!」
そんなラウルの様子を見てクレーネがひとこと言った。
「まるで子供ね」
黒馬のゴダールが、自分を置き去りに行ってしまったラウルの後をついて城に入って行こうとしたので、トーマがなんとなくゴダールの背中をポンポンと叩くと、ゴダールはびゅるっと小さな竜巻になって、たちまち神器の黒剣に姿を変えてトーマの手の中にガチャリと落ちた。
「わあっ」
トーマが落としそうになってわたわたとやっと捕まえた。
「びっくりした」
「ひえー、ゴダールってそんなになっちゃうの?」
コレットが驚くと、ジルベールがやれやれとため息をついてトーマから剣を受け取った。
「興奮して神剣を忘れる王なんて……」
「ふふ、じゃあ、トーマ、私はこれで……」
「え、泊まっていかないの?」
「寄るところがあるのよ」
「そっか」
クレーネの言葉に、ジルベールが声をかける。
「ああ、じゃあ今馬車を」
「いいんです。通りに出て辻馬車を拾います。色々とご親切にありがとうございました、ジルベール殿下。じゃ、トーマ、あとでね!」
そう言って、フレーネは弟に手を振って風のように去っていった。
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