上 下
43 / 51
三章

双子の姉

しおりを挟む
 新緑がいよいよ濃く色づき、夏野菜や果物が市場に並び、鮮やかな花が咲き誇る浮き立つような夏の気配に合わせて、街頭では祭りの準備が盛り上がっていた。
 商店の店先や家々の軒先には、黒龍を象った紙のハリボテが人形が長々と吊るされ、それは色とりどりの花や飾り物で彩られている。それ以外にも、素朴な黒龍の人形は街のいたるところで飾られた。
 この半年、にわかに様々な色の目と髪の人々が入り乱れるようになった王都だったが、黒龍と王を祝う今日ばかりは多くの人が黒で揃えている。
 肉屋の親父も、八百屋の女将も、そこらを走り回る元気な子どももみな黒髪だ。茶色い者の方が少ないぐらいだ。
 そんな賑やかな通りを馬車で通り抜けながら、トーマとコレットはようやくゴダール城に到着した。
 一旦帰って、子どもたちを連れて再び祭りに繰り出そうというわけだ。祭りは三日三晩続く。

「ああ、楽しみだわ。子ども達は朝から準備で大騒ぎなのよ。すごい人出だから迷子にならなければいいけど」
「僕も一緒に行くから大丈夫さ」
「ありがとう、トーマ。あなたには本当にお世話になって……」
「なに急に改まって。僕は何もしてないよ」
「そんなことないわ。あなたがいたから治療院で仕事がもらえたし、子どもたちもまとめて王宮に住むなんて、夢みたいな生活ができてる」
「いやいや、君が努力してるからだよ! それに、それを全部提供してくれたのはラウル王だ」
「そうだけど、でも……」
「ほら、着いたよ」

 トーマがコレットのお礼に照れて、逃げるように城の正面玄関に到着した馬車から降りようとした。

「トーマ!」

 馬車の扉を開いたとたんに声をかけられた。

「ね、姉さん!?」

 明るい茶色の目をした綺麗な女性が、馬車を下りたトーマにいきなり抱きついた。

「わっ」
「あんた、突然家を出ちゃうから心配しちゃうじゃない! でも、元気そうでよかった」
「なんでここに?」

 ジルベールが二人のそんな様子をみながら、「おかえりなさい」と穏やかに笑った。そしてそつなく、トーマの次に馬車から降りようとしているコレットに手を貸しながら言った。

「昼過ぎにこの方が君の手紙を持って訪ねて来られて、さっきまで城をご案内していたんだ」

 トーマが欲しいものを届けてくれるよう頼んだ手紙が、姉の身分を証明したのだろう。

「それはどうもお世話になりました。というか、僕は小包で送ってくれと言ったんだ」
「直接持ってきた方が早くて確実だわ。それに、あんたの顔も見たかったのよ」
「ごめん、心配かけて……」
「あの、トーマさんのお姉さまですか……?」

 コレットが遠慮がちに言った。

「ああ、ごめんなさい、ご挨拶が遅れてしまって。初めまして。トーマの姉のクレーネと言います。いつも弟がお世話になってます。あなたがコレットさんね。弟の手紙にはあなたのことばかりだわ」
「ね、姉さん!」
「なによ」

 トーマが真っ赤になっている。

「初めまして。コレットです。苦情の手紙じゃなければいいんですが……」

 謙遜するコレットに、クレーネが声を上げた。

「苦情なんてとんでもない! この子ったらあなたがいかに優秀で有能でどれほど働き者で気が利いてチャーミングかばっかり……」
「わ、わあああ、姉さん! それより、来るなら手紙くれればよかったのに!」

 これ以上恥をかかされまいとトーマは必死だ。

「手紙より早く着いちゃったのよ」
「相変わらずせっかちだな」
「クレーネさんもくすしなんですか?」
「ええ、治療院に出るのは私の方が多いんですよ。この子はどちらかと言えば研究者で……」
「へえ、そうなんですか。ごきょうだいですごいんですね」

 そこへ蹄の音がして、トーマ達の乗った馬車のすぐそばに、空からもう一頭漆黒の馬が舞い降り、相変わらず平民服の王が降りてきた。

「おう、おまえ達、今日は祭りで城下が……」

 王はそう言ったきり、クレーネの顔を見て愕然と固まってしまった。

「ケリー……」

 そう言い終わる前に、ラウル王はクレーネをいきなりぎゅっと強く抱きしめた。
 挨拶をしようと、スカートの裾をつまんで膝を折ろうとしていたクレーネは、突然のことに目を白黒させた。

「むぎゃーー!!」

 クレーネが驚いて王の広い胸の中でジタバタもがいている。

「わあ、へ、陛下! ラウル王!! そ、それは僕の姉です!! ララ王女じゃありません! びっくりしてます! 放してやってください!」
「え……?」

 王が目が覚めたような顔で胸の中のクレーネを見た。
 クレーネは王の腕が緩んだその隙に、慌ててトーマの背中に隠れた。

「あ、ああ……そうか。トーマの姉……?」

 王がクレーネから目が離せないというように呆然と聞いた。

「そうです。双子の姉でクレーネと言います。頼んでいたものを届けに来てくれました」
「つ、ついでに、お祭りの見物も……」

 トーマの背中から、用心深くクレーネが答えた。

「双子? あまり似てないが……?」
「男女の双子は普通の兄弟と同じですから、瓜二つというわけではないんです」
「よくわからないが、そうなのか。驚かせてすまなかった」
「私、そんなにシンの女王陛下に似てますか?」
「ああ、まだ王になる前の彼女にそっくりで、つい……。考えてみれば年齢だって違うのに、本当にすまなかった……」
「……ん? 陛下はララ女王だと言った? ケリーって言ったような……」

 コレットがトーマの横でぶつぶつと呟くのを聞いてトーマが慌てて言った。

「あー、陛下、お待ちかねの目薬と髪染めです! 姉が持ってきてくれました!」
「おお! 本当か!? どこのくすり屋に行ってもこの色だけがなくて……」

 ラウルがパッと顔を輝かせ、早速紙袋の中身を確かめている。

「ああ、茶色に代わる目薬と髪染めですか?」

 コレットが聞くと、フレーネが付け加えた。

「王族にしか売れないから作る数も少ないし、シンから直接取り寄せるしかないのよね。私は今シンの大学で働いてるから」
「ああ、なるほど。ちなみに、茶色の目薬と髪染めはいかほど?」
「髪染めは普通の染粉と同じなんだけど、目薬は王族価格で約20倍」
「あはは、王族価格ですか。シンの製薬問屋はしたたかですね」
「したたかなのはシンのお家芸よ」

 ちなみに、龍王色の目薬は定食屋のランチ一食分ぐらいの値段である。
 ラウルが早速クレーネが持ってきた目薬を自分の右目に注すと、その仕上がりをトーマに聞いている。

「どうだ? 俺の目は茶色になってるか?」
「ああ、なってます。茶色です」
「ホントか?」

 次にジルベールに見せている。

「本当ですよ、父上」

 ラウルは次にきょろきょろとあたりを見渡すと、庭の隅にある水盤まで走って行った。そして、そこに自分の顔を映し「おお!!」と感嘆の声を上げている。
 そして、残った左目にも目薬を注すと、走ってこちらに戻ってきた。

「どうだ、庶民に見えるか?」
「そうですね、陛下」

 トーマが困っていると、クレーネが冷静に言った。

「でも、髪がまだ黒ですから」
「ああ、そうか」

 言うなりラウルは紙袋を持ったまま城の中に駆け込むと、フォレスを大声で呼んでいる。

「フォレス!! フォレスはおらぬか!? 手伝ってくれ!!」

 そんなラウルの様子を見てクレーネがひとこと言った。

「まるで子供ね」

 黒馬のゴダールが、自分を置き去りに行ってしまったラウルの後をついて城に入って行こうとしたので、トーマがなんとなくゴダールの背中をポンポンと叩くと、ゴダールはびゅるっと小さな竜巻になって、たちまち神器の黒剣に姿を変えてトーマの手の中にガチャリと落ちた。

「わあっ」

 トーマが落としそうになってわたわたとやっと捕まえた。

「びっくりした」
「ひえー、ゴダールってそんなになっちゃうの?」

 コレットが驚くと、ジルベールがやれやれとため息をついてトーマから剣を受け取った。

「興奮して神剣を忘れる王なんて……」
「ふふ、じゃあ、トーマ、私はこれで……」
「え、泊まっていかないの?」
「寄るところがあるのよ」
「そっか」

 クレーネの言葉に、ジルベールが声をかける。

「ああ、じゃあ今馬車を」
「いいんです。通りに出て辻馬車を拾います。色々とご親切にありがとうございました、ジルベール殿下。じゃ、トーマ、あとでね!」

 そう言って、フレーネは弟に手を振って風のように去っていった。






しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

獣人専門弁護士の憂鬱

豆丸
恋愛
獣人と弁護士、よくある番ものの話。  ムーンライト様で日刊総合2位になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...