前途多難な白黒龍王婚【R 18】

天花粉

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二章

シンの背中

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 ラウルが、ララと二人で白龍の背中にまたがりすごい速さで空をけている。

「どこへ行くのだ?」
「ゴダールへ。今なら主だったものはみんな王についてうちに来ているはずだから、王宮の警護が手薄だろう? その間に神龍のいる王宮奥の神殿に行って黒龍に謁見したい。ゴダールだけは一度も会ったことがないんだ。黒龍はどんな神龍だ?」
「どんなって、俺は本物の黒龍など見たことがないぞ」
「え?」
「黒龍は王だけにしかその姿を見せないと言われている。大昔は大勢の前にも頻繁に姿を見せていたらしいが」
「なぜ?」
「なぜって、そんなもの、俺にわかるわけがない。そもそも俺は神龍など興味がない。すまん、役に立てそうにないな」
「でも神殿の場所ぐらいはわかるだろ?」
「まぁ」
「じゃあ、そこへ案内してくれればいい。あとはシンに任せよう」
「シンに?」
「うん、神龍同士は気配が探れるんだ。そうだろう、シン?」
〈ああ。近くまで行けばおそらく〉
「……っ!? 神龍が喋った!!」
「聞こえるのか!?」

 今度はララが驚く番だった。

「え?」
「神龍の言葉が聞こえる者は珍しい。前王のおばあさまでも稀にだったし、私も普通に話ができるようになったのは、聖婚をすませてからだ」
「……そうなのか?」

 だがそんなことより、ラウルは少し前まで牢獄にいて、さもしい王の策略で無理やりシンまで連れてこられ、今、ここでこうしてララといることがまだ信じられない。

「ララ…ララ…、おまえはケリーではなくララというのだな」

 自分の目の前にいる白銀の髪を持つ美しい女は、あれほど恋焦がれた女なのだ。それが自分の花嫁だという。
 ほんの昨日まで生きる気力を失い、人生に絶望していたというのにそれがどうだ。今や一転して天にも舞い上がる気持ちだ。

「……ラウル」
「ん?」
「実はひとつだけ言っておかなければならないことがあるんだ」
「なんだ?」
「……私は子どもが産めない。シンの王になるとはそういうことなんだ」
「え?」
「もしそれが嫌なら、私と無理に一緒になる必要はない。でも、おまえがゴダールに帰るのは無理だろうから、そしたら、当たり前の普通の娘と一緒になって、シンで好きに暮らしてくれればいいんだ」

 ララは早口で一気にそう言った。

「ララ」
「……い、今まで黙ってて済まない。でも、おまえをゴダールの牢獄から救うにはこの方法しかなくて……。あ、あの、それに、ゴダールの王家を騙すにももってこいの方法だと思わないか?」
「ララ……」
「そ、それに、私もラウルの嫁になる夢が、一度は見たかった……」

 最後は消え入りそうな声で真っ赤になってそういうララを、ラウルが背中からギュッと抱きしめた。

「……っ」
「ララ……」

 情感の篭った声でラウルに耳元で囁かれ、ララは胸の中がカッと熱くなった。
 ラウルはララの髪に顔を埋め、思い切りその甘い匂いを胸に吸い込んだ。

「ラ、ラウル……」
「……ずっと逢いたかった。あの泉での一夜を、何度も何度も夢に見た。俺がどれほど必死におまえの行方を追っていたかわかるか。愛してる。俺にはもうおまえしかいなかったんだ」

 ラウルの手がララの顔をこちらに向かせ、背中からララの唇に唇を重ねた。
 ララの心臓がぎゅっと掴まれて息が苦しい。
 恋い焦がれたラウルの黒い瞳が、ララを熱く見下ろしている。
 全身の血が沸騰しそうだ。

「ラウル……、本当にいいの?」
「おまえさえいれば俺には十分だ」
 
 白銀に輝くシンの巨躯が、夕日を反射しながら海を渡り大地を翔けた。
 大小二つの影を乗せた神秘的な巨大な生き物の影が、同じ速さで地上を流れて行く。
 ララはゆっくりと、ここまでのことをラウルに話して聞かせた。
 自分がシンの王宮で暮らすことになった経緯や、神龍ゴダールに関する不穏な噂、二人が幼い頃、ほんの短い間一緒に暮らしたシンの王宮のことや前女王カリアのこと。
 ここ近年、ゴダールの鉱山の産出量が著しく落ちているという話以外、ラウルにはどれも初めて聞く話ばかりだった。
 ララの話に熱心に耳を傾けながら、ラウルの脳裏に突然、様々な映像が稲妻のように一気パパッと駆け巡った。

 血まみれの母との間にサッと立ちはだかった白髪の小柄な老婆──

 自分を見つめる大きくて真っ白な美しい龍──

 自分の膝で丸くなる猫──

 犬とポニーは仲良しだった──

 ぐにゃりと手の中で蠢く大きなカエルは気味が悪かった──

 白髪の老婆はいつも、変わった道具や薬草がたくさん乗った大きな机の前にいて、分厚い本を片手に幼い少女相手に熱心に何かを教えていた──

 時々、忙しい仕事の合間を縫ってやってきたお腹の出た男は、自分を肩車しながら散歩してくれた。その男の横でニコニコと見守る茶色い髪の女性は、男のことをなんと呼んでいたっけ──…

「ポルド……」
「え?」
「俺をゴダールに迎えに来てくれた大臣のポルドは、俺をよく肩車してくれた」
「ああ、そうだな。私も小さい頃はよく遊んでもらった。思い出したのか?」

 雑草だらけの広い庭で、泥まみれで駆け回る少女の明るい瞳は、色こそ違うが今目の前にいる愛おしい女と重なった──

「……俺は毎晩、おまえの寝間着のどこかを掴み、髪の匂いを嗅ぎながら眠った」
「うん……」
「トトと呼ばれていた」
「……うん」
「ララ……」
「うん?」

 ラウルの頬に温かい涙が伝った。

「俺はなんで今まで、あんなにも幸せだった時間を忘れていたんだろう……」
「ラウル……」

 ララの肩に額を乗せるラウルの頭をララが優しく抱えた。

「これからはずっと一緒だ」
「ああ。夢みたいだ……」

 ラウルは今度こそ、何度も夢見た世界に行けるのだ。

 そしてまもなく、ゴダールの広大な王宮が眼下に見えてきた──

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