上 下
27 / 51
二章

婚礼衣装

しおりを挟む
 女官が五人がかりでララに群がっている。ラウルの歓迎式典の女王の衣装の着付けをしているのだ。ララの銀髪を結いながら、一際ブツブツ文句を言っているのがレイチェルだ。 

「陛下、果汁と砂糖では髪型が保ちませんよ。すぐに崩れてしまいます」
「いいんだ。式の間だけ保てばいいんだから。油を使うと洗い流すのが大変だろ? それよりも、前から思ってたんだが、なんでこんな白塗りこってりのひどい化粧なんだ?」

 一番年長の女官が、パタパタとララの顔に白粉を塗りたくりながら言った。

「カリア様が、偽名を三つも使って各国王宮でくすしとして働いておられたものですから、顔がバレると困ると仰って、女王対応のときはいつもこの化粧と髪型で対応されていたんです」
「ははぁ、なるほど。これなら素顔がわからんものな」
「一見、おふざけになっているように見えて、意外と考え抜かれている装束なのでございます。えー、様々な効能がございまして……」

 年長の女官が講釈を垂れる。

「何枚も内かけを重ねて高下駄まで履いて、背の高さや体型まで覆ってしまえば、多少顔かたちや性別が違ったところで誰でも影武者になれまする」

 なるほどーとみなが口を揃える。

「我が国の大臣が皆、そろって口髭をたっぷりと蓄えている理由を?」

 みなが顔を見合わせながら、知らないと口を揃えた。

「髭のない大臣は、みなこの影武者を務めらさせられるからです」
「「「えええ!!」」」

 その意外な話に、みな思わず大臣たちの厳つい顔を思い出して笑い声をあげた。

「それに辟易とした大臣たちが、髭を生やして外交に望んで対外的に顔を売り、髭がないと人相が変わりますのでといって逃れたのが始まりです。さすがに髭は化粧ではどうにもなりません。忌々しい」
「あはははは!!」

 明るく笑う若い女官に、「歴代一番お似合いだったのは、大蔵大臣のコルド様でした」と年配の女官が澄ました顔で言うものだから、みな笑いが止まらなくなってしまった。一番の強面なのだ。

 カリアは忙しい王だったので、臣下は誰もが一度は影武者を押し付けられたらしい。滅多にはなかったが、その姿で外国へも行かされたというのだから呆れたものである。

「カリア様の髪でカツラを作って、この髪型と化粧のインパクトで強引に目の色を誤魔化してしまうんです。一度もばれたことがありません」
「あはははは」
「身代わりを何度かやらされた臣下は、そのうち辟易としてしまって、誰も王の立場を簒奪する気がなくなってしまうんですわ」

 その冗談にみな笑ったが、カリアは案外本気でそれを狙ったかもしれない。王の立場などいつでもくれてやるつもりのカリアだったが、既得権益に溺れるよりもまず、国政を死ぬ気で考えろと。いつでも代わってやるからやってみせよと。己にかしずく者の数が、己の肩に背負わなければならない者の数なのだと。
 王とは孤独なものなのだ。

「そういえばカリア様は、ずっと目の色を変える目薬の研究をしておられました」

 ふと、ひとりの若い侍女が言った。

「え? 初耳だ」
「そうですか? まだお元気だったころ、たまたまお茶をもって研究室に行ったら、目薬を差して何色に見えるって、私に」
「瞳の色が?」
「そうです。グレーの目が若干暗く見えますって言いました」
「ホントに?」
「ええ、色が少し濃くなってるように見えたんです」
「へえ」
「でも、どうもそれではご満足ではなかったようで、まだまだだなと言いながら難しい顔で何か考え込まれていました」
「へえ、今度探してみよう」

 カリアの研究レポートは、研究室の引き出しにみんな入っているはずだ。今度調べてみようとララは心に書き留めた。

「さ、殿下、今度はこちらに集中してくださいませ」

 この化粧に加えてさらに厚手のヴェールが顔にかけられた。なんというか、これほど大勢の大衆の前に顔を晒しながら、化粧や衣装の影でしっかり隠れているというのはなかなかに痛快だった。自分の横にいるラウルでさえ、ララが誰なのかわかっていない。

 ラウル……随分痩せた―――

 今、ララの横にあれほど焦がれたラウルがいるが、表情のない痩せた顔で、不機嫌に始終黙りこくっている。それは、兵や村人の前で快活に笑い、自分をからかったラウルとは別人のようだった。
 昨夜遅く、海を渡ってシンにやってきたラウルは、ゴダール王家の者にガッチリ囲われ、取りつく島もない。ラウル自身も、与えられた部屋に閉じこもったまま誰とも接触を持とうとしなかった。この婚礼に戸惑い、用心深く周囲を観察してはいるが、自分が誰と結婚しようがまるで興味がないのだ。

 ラウル………

 ララがヴェールをとった。
 さすがにこれから花嫁になろうとする女がどういう顔なのか気になるのだろう。ラウルが初めてこちらを見た。
 ララはニッコリと微笑んでみせた。唇の端を引きつらせたラウルの笑顔を見て、吹き出しそうになってしまった。まだララが誰かわからないようだ。
 しかも、さっきからララにうるさく纏わりつく羽虫を、ラウルが思わず払ってくれた。

 ぷ。ハ、ハエが……

 甘い匂いを放つ髪に、ハエが次々に寄ってくる。レイチェルが盛大に顔をしかめた。

 ハ、ハエにたかられているのか、私は……。

 ララは笑いを堪えて肩を震わせた。
 高下駄を履いて歩くのは至難の技で、重い衣装のせいで動きも自由にならないし、ガクッとよろけたところをラウルが支えてくれた。ラウルは相変わらず表情をなくしているし、主賓なのにハエにたかられているが、ラウルにこの化粧の効能を早く話して聞かせてやりたい。
 クックと笑いをこらえるララを、レイチェルが叱り飛ばしている。それを見て、ラウルがなんとも言えない顔で戸惑っている。

 あははは……もうだめだ。

 控え室に戻ったところですかさず衣装を脱ぎ捨て、髪を洗って化粧を落としの油を塗った。ラウルはわけがわからないというように戸惑ったままだ。まだララが誰かがわからないらしい。顔を洗って服を着替え、窓の外に待機しているシンを確認すると、窓枠に足をかけ、サッとその背中に飛び乗った。

「うわああ!!」

 ラウルの悲鳴が聞こえた。
 そしてラウルは、シンの背中にまたがったララを見て愕然と目を見張っている。どうやら龍を見るのは初めてらしい。黒龍は本当にどうしてしまったのだろう。

「ケリー……」

 よかった。髪と目の色が違っても、素顔を見れば私が誰かはわかったらしい。

「ララだ。私の本当の名前はララ・フォーサイス・シン。行こう、ラウル」

 ララが手を差し出すと、ラウルが吸い込まれるようにその手を取った。そしてこわごわシンの背中に乗ると、ララの腰に捕まった。

「行け、シン!」

 シンがその合図で、ドッと空高く舞い上がった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

獣人専門弁護士の憂鬱

豆丸
恋愛
獣人と弁護士、よくある番ものの話。  ムーンライト様で日刊総合2位になりました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...