前途多難な白黒龍王婚【R 18】

天花粉

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二章

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 男っ気のないままララが二十歳を超えた頃から、カリアはめっきり旅に同行することが少なくなってしまった。
 シンをララに貸し出し――と言うか、シンはカリアかララ以外の人間を背中に乗せることを嫌うので、最近はもっぱらひとり旅だ。
 現地に着いてからは白馬の姿に変身してくれるのだが、目立たず旅ができるかと言うとそうでもなく、一言で言ってララが乗るにはシンの白馬は立派すぎるのである。
 実際、何度か馬を狙う盗賊に襲われた。
 幼い頃から仕込まれた体術とナイフ術でなんとか凌いだが、それでもダメならシンの出番となるわけで、そうなるとシンは尻尾のひと薙ぎか、鋭い蹄――こういう時はナイフのように鋭く尖った鉤爪になっている――で皆殺しにしてしまうので、これはできるだけ避けたい。
 その遺体の有様たるや、惨憺たるものなのである。

 大体、シンの変身は案外雑で、よく見ると胴体のところどころが鱗になっているし、尻尾が龍のままになっていることもある。
 稀に耳の後ろにはさりげなくツノが付いていたりするので誤魔化すのが大変だ。
 カリアと一緒の時は完璧なのに、自分の時はどうも気を抜いているらしい。
 次期王候補なのに、舐められたものである。
 シンに文句を言ってもどこ吹く風なので、もう諦めた。
 胴体の鱗や尻尾は鞍の下に粗末な布をかけたりして、なんとか誤魔化しながら旅をしている始末だ。
 ツノを見咎められた時は「おもしろい仮装でしょう? 子供が喜ぶんですよ」と笑って誤魔化すことにしている。
 まさか目の前の馬が神龍とは誰も思わないので、わりとみんなアッサリ騙された。

 そんなわけで、最近では白馬のシンに乗るのは避けているのだが、それだとカリアが旅を許してくれないので、もっぱら上空で待機させている。
 シンの白銀の鱗は周囲の景色を写し撮り、空にうまく紛れてしまうのだ。
 だけど今回の旅だけは、本当に共のない一人旅だ。カリアの具合がいよいよ悪くシンが側を離れない。
 本当は自分もそばに居たかったが、カリアの弱った心臓に効く薬草が、ゴダールの外れにあるタリサ村でしか採れないので、無理やり出かけることにした。

「どうしたの、ケリー、浮かない顔して? 何か心配事?」

 仲良くなったローラという村娘だ。ララより2歳年上で、結婚して今はお腹に赤ちゃんがいる大事な時期だ。
 ララが来るといつもこの家のご厄介になっている。

「ああ、なんでもない。天気が悪くなってきたから、薬草採りはここらで切り上げようかと考えてた」
「そう? 帰る?」
「うん、行こう。雨になりそうだ。手伝ってくれてありがとう」
「いいのよ、いつも村のみんながお世話になってるもの」

 ローラと二人、薬草の入った籠を持って村に引き上げた。
 おばあさまの死期が近づいている。神龍の加護を持つと言えども王は不死ではない。わかってはいたが辛い。
 
 夜半から降り続いた雨は、明け方にタリサ村の西外れで土砂崩れを起こし、午後遅く、黒髪の美しい王子を連れてきた。
 王都から遠く離れた僻地での遠征に駆り出されるぐらいなのだから、それほど王に近くないのかもしれない。
 王に近ければ近いほど龍王色がよく現れるが、稀に遠縁でもポツンと生まれることがあるし、近くとも一般庶民の茶髪に茶色の目ということもあるので一概には言えない。
 でもまぁ、そんなことより今は、目の前で起きたことに激怒し、騒ぎを起こして王子に囚われてしまったことの方が問題だ。
 あの場では、ローラのために膝に乗せようとしたとしか言わなかったが、あのアベリとかいうケダモノは、あろうことか嫌がるローラのスカートの中に手を入れ、汚らわしい手で執拗にまさぐっていたのだ。
 それを見た瞬間、激しい嫌悪と怒りで全身が総毛立った。考える前に身体が動いていた。怒りに我を忘れ、広間にいたゴダール兵士全員を敵に回すつもりになっていた。いざとなったらシンで皆殺しだと思ったのだ。
 いい加減にしろと王子に止められて、やっとシンがそばにいないことを思い出した。
 我ながらどうかしていると言わざるを得ない。

 何をやっているんだ私は――

 黒髪の王子に言われるままに一仕事させられて、部屋に戻ってきて寝台に倒れ込んで眠ってしまった。
 ここ最近、レイチェルに私たちがいるから大丈夫だと言われているのに、おばあさまの傍につききりで寝不足が続いていたのだ。
 久しぶりに懐かしい夢を見た、
 黒髪黒目の幼い少年とシン王宮の庭で遊んでいる夢。幼い頃から何度も見る夢だ。必ず覚えていようと思うのに、目がさめるといつも忘れてしまう。
 この子は同じ寝台で眠る時はララの寝間着のどこかをぎゅっと掴んで眠る。首のところに怪我をしているけれど、あどけない寝顔がかわいい。

 誰なんだろう。

 今考えてみればゴダール王族に違いないが、幼い頃の自分にはわからなかった。
 初めて外国に行ったのは12の時だった。赤い髪に紅い目の赤龍の王族を見た時は随分驚いた。
 ゴダールに行ったのは13かそこらだったと思う。今の自分に神龍色は珍しくもないが、久しぶりにこの夢を見たのは、同じ黒髪黒目のあのラウルとかいう王子のせいだと思う。
 妙な気配を感じてハッと目を覚ますと、一瞬、その少年が突然大人の男になって自分の体をまさぐっているのかと思った。
 胸を掴んで手のひらで感触を確かめるように揉んでくる。

「な、なななな何をするっ!」
「何って、男と女のすることなど決まっているだろう?」

 戸惑っているうちに、キスされてさらに身体を撫でられ、剥き出しにされた胸を柔らかい舌が這う。

「――…っ!?」

 痺れるようなその快感に、下腹部がズキッと疼くのを感じた。身体が熱くなる。
 男のもたらす刺激にそんな風に反応してしまう自分が嫌だった。

「いやっ!」

 思わず頬を叩いていた。
 でも結局、王子は嫌だといえば楽しそうに笑ってそれ以上のことはしなかった。
 心底ほっとした。



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