前途多難な白黒龍王婚【R 18】

天花粉

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一章

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 フォレスに手伝ってもらいながら身支度を整え謁見の間に行くと、玉座には冷ややかに自分を見下ろす王がいた。無駄なあがきと知りつつ睨め付けずにはいられない。
 そしてなぜか、ラウルは自分と同じ年頃の同じ龍王色を持つ王族の青年数人に混じって席につかされた。

 ふん、なるほどな──。

 このさもしい王家の策略にラウルは皮肉な笑みを漏らさずにはおれなかった。
 シンの使者がラウルをこのうちの誰かと見間違えるなら、そのまま押し通すつもりというわけだ。
 ラウルのように胡乱な者を送り込むより、しっかり抱き込んだ忠実な一族の方がいいに決まっている。小国といえども相手は王家だ。
 ラウルを他王家に送り込むこの縁談はゴダール王家にとって諸刃の剣なのだ。
 だが、ラウルはそれでも構わない。両国の関係などどうなっても知ったことではない。そこで黙ってなすがままに控えていた。

 そこへ数人の従者を従えて恰幅のいい五十男が入ってきた。謁見の挨拶もそこそこに、明るい茶色の瞳は迷うことなくラウルをまっすぐ見つめると快活に言った。

「おお、ラウル殿下であられますな。噂通り、なんとご立派で美麗な方か! 私めはシンの国務大臣のポルドと申します。以後お見知り置きを」

 そう言って、慇懃に頭を下げるポルドを見て思わず笑い出しそうになってしまった。
 王の歯噛みがここまで聞こえてきそうだ。これで王の謀略は瞬時に潰えたというわけだ。
 だがそれはそれとして、ラウルはこの状況に全くピンとこないのも変わらない。
 
「シンの女王陛下がなぜ私を……?」
「はい、我が女王は以前お見かけしたあなた様と是非とも生涯を共にしたいと」

 質問の答えになっていない。

「どこかでお会いしたことが? 私には覚えがないのだが……」

 会っているなら分かる。王族は目立つ。

「はい、我が君は兼ねてより、お忍び旅行がお好きでしてな。その際にお見かけしたと申されておいででしたが、私にも詳しいことは……。我が君も恥ずかしがって詳しいことは申さぬのです。我々臣下も女王の突然の申し出に困惑しております」
「そうでしょうとも」
「あ、いや、これは失礼いたしました。私も今日この場でラウル殿下にお目にかかり、我が君の心眼も確かなものだと確信いたしました!」

 そんな子供騙しを信じられるかという言葉を飲み込んで、ラウルはここは様子を見ようと思った。
 そして、王は謁見を早々に切り上げてポルド一行を下がらせると、急いで部屋を変えて閣僚会議に入った。龍王色の青年たちはゾロゾロと帰っていく。
 会議のもっぱらのテーマは、シンとの国交による有益性だ。
 シンはこの縁談を持ち込むに当たって数々の進物を寄越した。
 その内容が実に豪奢なものだったが、ゴダールが目をつけたのはそこではなかった。
 数々の宝物の中に、実に興味深い創薬レシピ・・・・・があったのである。見たこともない新薬だ。

 王族は総じて頑健だが、ゴダールには王家特有の持病があった。それは、心臓や脳の血管が梗塞を起こしやすいのである。多くは加齢によりもたらされるので、避けようもなく致し方ないものとしてこれまで見過ごされてきたが、稀に若いうちに発症してしまうこともあった。
 シンが寄越した進物の中に、さりげなく、この病の予防薬のレシピとその現物が入っていたのだ。これには王家が色めき立った。
 レシピの中には見たことも聞いたこともない原料が含まれていたが、シンと国交が開けば解決するだろう。
 そして、どうやら医療大国らしいシンと繋がりを持てば、我が国の医療も飛躍的に進歩すると見たのだ。
 健康は金になる。

 これにはラウルでさえ唸った。この治療薬は庶民にも効果を期待できると専門家が言うのだ。
 何気なく窓を見上げたとき、晴れた空に閃く一瞬の稲妻を見た。

 ──行けということかクロウ。

「ラウルさま……」

 いつの間に入ってきたのか、他の女官とともにフォレスが茶器をラウルの前に置きながらそっと囁いた。そして、小さく折りたたんだ手紙をラウルの手に押し付けた。

「シェリル様の秘密が書かれています。あなた様のこの縁談がなければ、墓場まで持って行くつもりでした。そして、こうすることが正しいかどうかわからない。あなた様をもっと苦しめるかもしれない。でも、ラウル様、どうか、どうか生きてください。あなた様にはどうしても倒さなければならない敵がいる」

 ラウルの耳元で素早く囁くと、フォレスは逃げるように去って行った。
 その日の夜中、やっと閣議をまとめた王がラウルに笑顔で言った。

「——…というわけでラウル、シンへ行け。そして、シンの内情を報告することでお前の罪は不問といたそう。ところで、おまえを手厚く育てたベンジャミン・トゥルース伯爵は健勝か?」

 ――今度は叔父が人質というわけか。

 王の厚顔無恥なその笑顔を見て、ラウルは心の底まで凍りついた。

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