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一章
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ケリーを探し始めて3か月ほど経った頃、ラウルが庭に生えているクローバーを見ながら不意に言った。
「……クロウ、母上の事件から後の一年半、記憶を失った俺はどこでどうしていた?」
クロウはラウルのその質問に狼狽えた。
「なんですと? なぜそのようなことを……」
「ケリーと一緒にいたとき、なぜか俺はあの時のことを唐突に思い出したのだ。血まみれの母上が俺を殺そうとした日の記憶だ」
クロウが苦虫をかみつぶしたような顔で眉をひそめた。
「殿下、その時のことはもう思い出されない方が……」
「いや、そうじゃない。俺はぽっかりと空いたその後の一年半のことを聞いている。今まで改めて聞いたことがなかったが、もしかして、ケリーと一緒にいたのではないかと……」
「なんと、それはまことですか!?」
目を見張るクロウにラウルは曖昧に答えた。
都合のいい思い込みかもしれない。だが可能性はゼロではない。
あの泉のほとりで、断片的な記憶のカケラを思いつくままにそばにいたケリーに話した。するとケリーは、置き土産のように花冠を残していなくなった。だがラウルはあの時四葉のクローバーの話をしたか?
いや、していない。
なぜならケリーがラウルの髪に四葉のクローバーを結んで消えたことで、後から思い出したのだから。幸運のお守りだと言って、四葉のクローバーを髪に結んでくれた少女がいたことを。
一度その考えに取り憑かれると、それ以外考えられなくなってしまった。あの時、自分のそばにいたのは幼いケリーだったのではないか、と。
「うーむ、それだけではなんとも……。シロツメグサの花冠を作っていて、偶然四つ葉を見つけて殿下に置き土産にしたということも……」
「まぁ、そうだな。だが、なんでもいい。手がかりが欲しい。あの時のことを詳しく聞かせてくれ、クロウ」
「……すみません、殿下。実は我々にもあの時のことはよくわかっておらんのです」
「なんだと?」
しょげ返るクロウの様子を見る限り、嘘をついているようには見えなかった。
クロウによると、あの事件の直後ラウル自体が行方不明になっていたというのだ。
事件のあった王宮の前王の部屋から忽然と姿を消したのだ。そして一年半後に、同じ部屋にまた唐突に現れたという。事件後、忌み部屋としてずっと使われないまま放置されており、誰もその場にいなかったということがまた真実をわかりにくくした。
もちろん周囲はこの間、上を下への大騒ぎだ。王家もラウルの生家であるトゥルース伯爵家も躍起になってラウルの行方を捜したし、当時のクロウはそれはもう憐れなものだった。ラウルが見つかったという知らせを受けた時、安堵のあまり卒倒したほどだ。
ラウルが行方不明になった後も現れた直後も、白い大きな光を見ただの、怪しい人物がいただのという、曖昧な目撃証言はあったがそれだけだった。そして、肝心のラウル本人が何も覚えていないのだから、真相は今もまだ藪の中だ。
「我々は、殿下がご無事であっただけで良しとしました。あまり深く幼い殿下を問いただしても、思い出さなくて良いことまで思い出されてしまうのが怖くて……」
「………」
「逆にお尋ねしたい。あの時の記憶が戻っているのですか、殿下」
クロウの真剣な眼差しに、今度はラウルが目を伏せる番だった。思い出せたことはあまりにもわずかで断片的で、空白を埋めるにはあまりにも心もとなかった。
「万事休すか……」
毎晩酒を飲んで荒れるラウルの嘆きを聴きながら、クロウも己の無力に落ち込んだ。
ラウルはずっと気づかないふりをしているが、ラウルがケリーの居所を知らなくともケリーは知っている。それなのに、いくら待ってもケリーが現れないということは、そういうことなのだ。
その現実が一層ラウルを落ち込ませた。
そんな時、ラウルにさらに追い討ちがかかった。
母親のシェリルが亡くなったのである。
「……クロウ、母上の事件から後の一年半、記憶を失った俺はどこでどうしていた?」
クロウはラウルのその質問に狼狽えた。
「なんですと? なぜそのようなことを……」
「ケリーと一緒にいたとき、なぜか俺はあの時のことを唐突に思い出したのだ。血まみれの母上が俺を殺そうとした日の記憶だ」
クロウが苦虫をかみつぶしたような顔で眉をひそめた。
「殿下、その時のことはもう思い出されない方が……」
「いや、そうじゃない。俺はぽっかりと空いたその後の一年半のことを聞いている。今まで改めて聞いたことがなかったが、もしかして、ケリーと一緒にいたのではないかと……」
「なんと、それはまことですか!?」
目を見張るクロウにラウルは曖昧に答えた。
都合のいい思い込みかもしれない。だが可能性はゼロではない。
あの泉のほとりで、断片的な記憶のカケラを思いつくままにそばにいたケリーに話した。するとケリーは、置き土産のように花冠を残していなくなった。だがラウルはあの時四葉のクローバーの話をしたか?
いや、していない。
なぜならケリーがラウルの髪に四葉のクローバーを結んで消えたことで、後から思い出したのだから。幸運のお守りだと言って、四葉のクローバーを髪に結んでくれた少女がいたことを。
一度その考えに取り憑かれると、それ以外考えられなくなってしまった。あの時、自分のそばにいたのは幼いケリーだったのではないか、と。
「うーむ、それだけではなんとも……。シロツメグサの花冠を作っていて、偶然四つ葉を見つけて殿下に置き土産にしたということも……」
「まぁ、そうだな。だが、なんでもいい。手がかりが欲しい。あの時のことを詳しく聞かせてくれ、クロウ」
「……すみません、殿下。実は我々にもあの時のことはよくわかっておらんのです」
「なんだと?」
しょげ返るクロウの様子を見る限り、嘘をついているようには見えなかった。
クロウによると、あの事件の直後ラウル自体が行方不明になっていたというのだ。
事件のあった王宮の前王の部屋から忽然と姿を消したのだ。そして一年半後に、同じ部屋にまた唐突に現れたという。事件後、忌み部屋としてずっと使われないまま放置されており、誰もその場にいなかったということがまた真実をわかりにくくした。
もちろん周囲はこの間、上を下への大騒ぎだ。王家もラウルの生家であるトゥルース伯爵家も躍起になってラウルの行方を捜したし、当時のクロウはそれはもう憐れなものだった。ラウルが見つかったという知らせを受けた時、安堵のあまり卒倒したほどだ。
ラウルが行方不明になった後も現れた直後も、白い大きな光を見ただの、怪しい人物がいただのという、曖昧な目撃証言はあったがそれだけだった。そして、肝心のラウル本人が何も覚えていないのだから、真相は今もまだ藪の中だ。
「我々は、殿下がご無事であっただけで良しとしました。あまり深く幼い殿下を問いただしても、思い出さなくて良いことまで思い出されてしまうのが怖くて……」
「………」
「逆にお尋ねしたい。あの時の記憶が戻っているのですか、殿下」
クロウの真剣な眼差しに、今度はラウルが目を伏せる番だった。思い出せたことはあまりにもわずかで断片的で、空白を埋めるにはあまりにも心もとなかった。
「万事休すか……」
毎晩酒を飲んで荒れるラウルの嘆きを聴きながら、クロウも己の無力に落ち込んだ。
ラウルはずっと気づかないふりをしているが、ラウルがケリーの居所を知らなくともケリーは知っている。それなのに、いくら待ってもケリーが現れないということは、そういうことなのだ。
その現実が一層ラウルを落ち込ませた。
そんな時、ラウルにさらに追い討ちがかかった。
母親のシェリルが亡くなったのである。
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