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145・フランス五輪 2 too brilliant
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オリンピック第1戦のエジプト戦が始まった。
GK
1・柾木真司
DF
2・楢沢純
3・高田剰
5・上坂浩平
6・坂本健太朗
MF
4・瀬棚勇也
8・川上スティーヴン
10・小野寺鷹
FW
9・秦ダリオ
11・瀬島恵一
14・向島大吾
日本は4-3-3でスタートした。
大吾がボールを左サイドで受けると、ダリオも左サイドで受け取ろうとポジションが被っていた。
クロスを送るべき中央に誰もいない。
しっかりとした連携がこのふたりにはまだ欠けているようだ。
「秦! おまえはセンターだろうが!」
主将の瀬棚勇也が、そう叫ぶ。
勘違いだろうか。大吾には『秦』と呼ばれたダリオが、少し勇也を睨んだような気がする。
次に大吾が中央でボールを受けたとき、前方にはスペースだけがあり、彼の選択肢は大幅に狭められる。今度も、ダリオは左サイドに張っていて、セントラルでラストパスを受ける人物がいない。
ドリブル・パス・シュートと選択肢が豊富であるからこそ、騙すことができる。
ダリオの選ぶ道は、大吾のチョイスを一方的に決めるものであった。
阿吽の呼吸からはほど遠い、この連携・連動性・流動性。
プレースタイルが似すぎているのだ。
だからこそ、ダリオは大吾に師事したのであろうし、大吾もまたダリオを弟子にすることを認めた。
だが、実際のところふたりは4歳しか離れていない。
代表で同じくプレーするには、もったいない年齢差・世代差だ。
『向島大吾は、アジア人で初のバロンドールを獲得するかもしれない』
その言葉を秦ダリオはどういう心境で聴いているのか、その風景をどういう想いで眺めているのか。
大吾がいなくなった4年後。アメリカ五輪でエースになるはずの男は、その師匠に対し心の根底ではどういう感情を秘めているのであろう。
『師匠がいなければ、俺はA代表の第一選択肢なのに』
そういう屈折した思いがないとは言い切れない。
大吾がボールを受け取って反転した。
しかし、よりにもよってその反転した大吾のドリブルを阻害したのはダリオだった。
大吾の進行方向に、ダリオが鎮座してその行方を遮ったのだ。
日本代表の監督。
虫明清人は、マネジメント能力に欠けている。
そうイレブンは思わざるを得ない。
大吾とダリオのコンビは、かけ算どころか足し算にもならない。
引き算でマイナスになっているかもしれないのだ。
そういうところを調整して、現有戦力を活かすのが監督の力なのだが、虫明は選手たちに一任している。といえば聞こえが良いのだが、実際のところ放置している。
オーバーエイジの選手がいれば、またリーダーシップを取るのであろうが、今回日本はそれを採用していない。
瀬棚勇也が苦悩する一番の問題でもある。
大吾とダリオの本能は一致している。
だからこそ、ボールを受け取ろうとする位置が一緒なのだ。
一方でその後のプレーのビジョンが激しくずれていた。
大吾がいつも5人抜きを繰り出せれば問題はないのだろうが、そううまく行くはずもない。
ダリオはいつもズレていた。
アジア一次予選からこのメンバーで戦っていれば、またその連携もうまくいっていたに違いない。
だが、虫明が選んだのは、戦いながらメンバー選考をする。そして、最後に大吾や勇也など欧州の第一線でしのぎを削っている選手を融合させるという手法であった。
間違いではない方法ではある。
しかし、それが軋轢を生んでいるのも確かだ。
今まで戦ってきたメンバーが、最後に合流した選手によって最終選考から弾き出される。
世界的に見れば普通のことであるが、若い日本の選手たちはそれを受け入れるのに苦労している。
受け入れる側だけではない。
受け入れられる側の方が、人一倍堪忍を強いられていた。
それまで主将を務めていた選手が選考外になり、最終予選からキャプテンに就任した瀬棚勇也。
彼が大吾と坂本に吐く弱音の内容を、年下の者はまったく知らない。
アフリカ一の将来有望選手、モハメド・ガリが日本の隙を縫ってゴールを打ち破った。
日本サポーターは、悲嘆に暮れるかと思えばそうでもない。
『向島大吾と瀬棚勇也がこっちにはいるんだぜ!?』
しかし、肝心のそのふたりが混乱してしまっている。
失点した直後。
ダリオのキックオフのボールが、ボランチの勇也にまで下げられる。
「落ち着け!」
勇也はそう叫んだが、実はそれは自分に向けて言った言葉でもある。
U19まで主将だった勇也でも、コントロールできないことはある。
五輪でこれだけの想いをするのであれば、ワールドカップでは?
鍵井大輔。
4大会で日本代表のキャプテンを務めた男。
彼はどんな想いでそれをやり過ごしてきたのか。
その彼が最後に想いを託したのは大吾だった。
嫉妬しそうにもなるし、納得でもある。
大吾に一目置いているのは彼だけではないからだ。
勇也は右サイドへとボールを回した。
渋滞している左サイドを一旦落ち着かせるためだ。
サイドアタッカーの宿命。
それは逆サイドでボールプレーが行われているときはプレーに関与できないということだ。
だが、それは素人の考えでもある。
ボールがないところでの試合への関与。そういうときのポジショニングであったり、マークの外し方、また指示の出し方。
そういうものが、オフ・ザ・ボールと呼ばれるサッカーの基本中の基本。
あれだけ試合中ドリブルばかりしていたように思えるマラドーナでさえ、ボールを持つ時間はゲーム中に2分。
あとはすべてオフ・ザ・ボールなのだ。
大吾はやや中央にポジショニングした。
日本代表は4-4-2のフラット。
大吾は左サイドと中央を司る、攻撃的ミッドフィルダーになった。それはロイヤル・マドリーの偉大なる先人、ジネディーヌ・ジダンと同様である。
左サイドをロベルト・カルロス代わりの坂本健太朗に任せて、自分は自由に動き回る。
エジプトのマン・マーカーは少しだけ混乱していた。
日本のキーマン、向島大吾。彼を潰せば、日本の攻撃は停滞する。それがわかっている。
もともと大吾はボックス・トゥ・ボックスのハーフである。
スタミナも90分であれば不足することも無くなって来た。延長戦があれば、また別であろうけれども。
ワールドカップのブラジル戦のときと同様、日本のミッドフィルダーのひとりはExtraとなる。
チームのために個人を犠牲にする。
この場合は、弟子が動きやすいように師匠が配慮すると言っても過言ではない。
日本の左サイドはロベルト・カルロス、ジネディーヌ・ジダン、ティエリ・アンリを模造したものたちが躍動しているのだ。
大吾がボールを持つと、左サイドバックの坂本へとパスを出す。
一瞬、エジプトディフェンスが引き付けられたところを、また大吾へ返す。
そして、また坂本が直進してパスを受ける。ダイレクトワンツーによって、エジプトのディフェンスのフォーメーションが崩れかかる。
オーバーラップした坂本は、マイナスのグラウンダークロスを中央へと送った。
大吾はそれを、右足インサイドで前方に直接スルーパスを蹴り込んだ。
鋭いパスに反応する秦ダリオ。
師匠から創り出された絶好の機会。
左サイドから長いストライドで追いついた彼は、そのボールを右足アウトサイドで自分がシュートしやすい場所へとワントラップする。
そしてツータッチ目で、インフロントのスイートスポットでゴールへと流し込んだ。
「さすが師匠! なかなかのパスですね!」
「目上につかう言葉に気を付けろよ? 一応おまえが師事する師匠だぞ!?」
師匠と弟子。
どちらも減らず口を叩き、互いの技量を賞賛し合う。
今の日本五輪代表には少なくとも3人は世界一を公言しているものがいる。
向島大吾、秦ダリオ。そして瀬棚勇也。
その3人目の199cmの巨漢は、そのフィジカルなボディバランスでエジプトの攻撃を摘みまくった。
自分はフィールドの中央に鎮座して、相手ボールを敵ごと跳ね返す。
指示も的確である。サイドにボールが寄れば、指差して味方を操りチェックに向かわせ、自分はそのカバーに回る。
それはまるで、ペルージャ時代に薫陶を受けた元イタリア代表、マッシモ・パンカロのようでもある。
勇也は基礎的な技術はこれ以上上がらないことを受け入れたとも言えるし、バレンシア移籍によって違う意味で向上させたとも言える。
大吾と引き分けたことで、矜持を保った。
それが、彼の自信を引き上げ、プレーに余裕が出てきた。
『ザ・ロック』ことマルセル・デサイー。
『イタリアの心臓』ことアンドレア・ピルロ。
どちらもASミラノで全盛期を迎えた選手。
勇也の日本の秋田時代は前者であり、イタリアに渡ることで後者の役割を求められた。
『狂犬』ことイヴァン・ガットゥーゾ。
この選手のスタミナも備えつつある。
この3者の良いとこどりをしつつあるのが、瀬棚勇也。日本が誇るコンプリート・ミッドフィルダー。ピルロに比べれば、かなり技術的には見劣りはするのだが。
勇也が豊満なフィジカルでモハメド・ガリからボール奪取した。
それを大吾に渡し、彼は緩やかなウェービングから、激しいスラロームへとそのドリブルを変えた。
ギアが上がる。
1速から2速。3速、4速、5速、そして6速へと。
急ストップから急速旋回。
ダブルタッチの勢いを利用して、ルーレット。
激しいボディコントロール。
それでも、大吾のバランスは崩れない。
回転しながらも大吾の視野は周りを捉えている。
ダリオは……大吾の望むべき場所にポジショニングしていない。
またダリオと大吾のポジションは、相性が悪いかのように被っている。
回転軸が止まったとき、大吾が選択したのはシュートだった。彼の右足アウトサイドから放たれたボールはフックがかかり、一度ゴールマウスから外れたものの、その急カーブで再び的を捉え、ゴールネットへとその身を沈めた。
「さっすが、師匠!」
秦ダリオは満足そうである。
自分とポジションが被るとなれば、試合中に修正し、それに見事に適応し、アシストもゴールも重ねる。
「だけど……」
(やや、スマート過ぎる)
ダリオが求めるのは、もっと泥臭く、荒々しく、血生臭いフットボールであった。
向島大吾は彼の師匠だが、プレーが綺麗過ぎる。
泥水を啜るかのような、血潮が溢れるような、身震いするかのような。
そういう生を感じさせるかのような、血の沸き立ち。
向島大吾も、彼は彼で苦労はしてきているのだろう。
だが、自分とは魂の繋がりが無いように最近感じてきている。
『10本のゴールより、1つの華麗なゴールの方が良い』
とは、ティエリ・アンリの言葉だ。
そういう意味では、彼はアンリとはかけ離れている。
数字がものをいうとも思っている。
『9本のスーパーゴールと10本の平凡なゴール。片方を選べというなら、迷わず10本の平凡なゴールを選ぶ』
これは三度のバロンドールに輝いたマルコ・ファン・バステンの言葉だ。
ダリオのメンタリティは、バロンドールに向いていると言えるかもしれない。
日本はエジプトに勝利した。
マン・オブ・ザ・マッチは向島大吾。
『やつが、オーバーエイジでもなく、オリンピック代表なんて反則だ!』
そういう声が、世界中に充満している。
GK
1・柾木真司
DF
2・楢沢純
3・高田剰
5・上坂浩平
6・坂本健太朗
MF
4・瀬棚勇也
8・川上スティーヴン
10・小野寺鷹
FW
9・秦ダリオ
11・瀬島恵一
14・向島大吾
日本は4-3-3でスタートした。
大吾がボールを左サイドで受けると、ダリオも左サイドで受け取ろうとポジションが被っていた。
クロスを送るべき中央に誰もいない。
しっかりとした連携がこのふたりにはまだ欠けているようだ。
「秦! おまえはセンターだろうが!」
主将の瀬棚勇也が、そう叫ぶ。
勘違いだろうか。大吾には『秦』と呼ばれたダリオが、少し勇也を睨んだような気がする。
次に大吾が中央でボールを受けたとき、前方にはスペースだけがあり、彼の選択肢は大幅に狭められる。今度も、ダリオは左サイドに張っていて、セントラルでラストパスを受ける人物がいない。
ドリブル・パス・シュートと選択肢が豊富であるからこそ、騙すことができる。
ダリオの選ぶ道は、大吾のチョイスを一方的に決めるものであった。
阿吽の呼吸からはほど遠い、この連携・連動性・流動性。
プレースタイルが似すぎているのだ。
だからこそ、ダリオは大吾に師事したのであろうし、大吾もまたダリオを弟子にすることを認めた。
だが、実際のところふたりは4歳しか離れていない。
代表で同じくプレーするには、もったいない年齢差・世代差だ。
『向島大吾は、アジア人で初のバロンドールを獲得するかもしれない』
その言葉を秦ダリオはどういう心境で聴いているのか、その風景をどういう想いで眺めているのか。
大吾がいなくなった4年後。アメリカ五輪でエースになるはずの男は、その師匠に対し心の根底ではどういう感情を秘めているのであろう。
『師匠がいなければ、俺はA代表の第一選択肢なのに』
そういう屈折した思いがないとは言い切れない。
大吾がボールを受け取って反転した。
しかし、よりにもよってその反転した大吾のドリブルを阻害したのはダリオだった。
大吾の進行方向に、ダリオが鎮座してその行方を遮ったのだ。
日本代表の監督。
虫明清人は、マネジメント能力に欠けている。
そうイレブンは思わざるを得ない。
大吾とダリオのコンビは、かけ算どころか足し算にもならない。
引き算でマイナスになっているかもしれないのだ。
そういうところを調整して、現有戦力を活かすのが監督の力なのだが、虫明は選手たちに一任している。といえば聞こえが良いのだが、実際のところ放置している。
オーバーエイジの選手がいれば、またリーダーシップを取るのであろうが、今回日本はそれを採用していない。
瀬棚勇也が苦悩する一番の問題でもある。
大吾とダリオの本能は一致している。
だからこそ、ボールを受け取ろうとする位置が一緒なのだ。
一方でその後のプレーのビジョンが激しくずれていた。
大吾がいつも5人抜きを繰り出せれば問題はないのだろうが、そううまく行くはずもない。
ダリオはいつもズレていた。
アジア一次予選からこのメンバーで戦っていれば、またその連携もうまくいっていたに違いない。
だが、虫明が選んだのは、戦いながらメンバー選考をする。そして、最後に大吾や勇也など欧州の第一線でしのぎを削っている選手を融合させるという手法であった。
間違いではない方法ではある。
しかし、それが軋轢を生んでいるのも確かだ。
今まで戦ってきたメンバーが、最後に合流した選手によって最終選考から弾き出される。
世界的に見れば普通のことであるが、若い日本の選手たちはそれを受け入れるのに苦労している。
受け入れる側だけではない。
受け入れられる側の方が、人一倍堪忍を強いられていた。
それまで主将を務めていた選手が選考外になり、最終予選からキャプテンに就任した瀬棚勇也。
彼が大吾と坂本に吐く弱音の内容を、年下の者はまったく知らない。
アフリカ一の将来有望選手、モハメド・ガリが日本の隙を縫ってゴールを打ち破った。
日本サポーターは、悲嘆に暮れるかと思えばそうでもない。
『向島大吾と瀬棚勇也がこっちにはいるんだぜ!?』
しかし、肝心のそのふたりが混乱してしまっている。
失点した直後。
ダリオのキックオフのボールが、ボランチの勇也にまで下げられる。
「落ち着け!」
勇也はそう叫んだが、実はそれは自分に向けて言った言葉でもある。
U19まで主将だった勇也でも、コントロールできないことはある。
五輪でこれだけの想いをするのであれば、ワールドカップでは?
鍵井大輔。
4大会で日本代表のキャプテンを務めた男。
彼はどんな想いでそれをやり過ごしてきたのか。
その彼が最後に想いを託したのは大吾だった。
嫉妬しそうにもなるし、納得でもある。
大吾に一目置いているのは彼だけではないからだ。
勇也は右サイドへとボールを回した。
渋滞している左サイドを一旦落ち着かせるためだ。
サイドアタッカーの宿命。
それは逆サイドでボールプレーが行われているときはプレーに関与できないということだ。
だが、それは素人の考えでもある。
ボールがないところでの試合への関与。そういうときのポジショニングであったり、マークの外し方、また指示の出し方。
そういうものが、オフ・ザ・ボールと呼ばれるサッカーの基本中の基本。
あれだけ試合中ドリブルばかりしていたように思えるマラドーナでさえ、ボールを持つ時間はゲーム中に2分。
あとはすべてオフ・ザ・ボールなのだ。
大吾はやや中央にポジショニングした。
日本代表は4-4-2のフラット。
大吾は左サイドと中央を司る、攻撃的ミッドフィルダーになった。それはロイヤル・マドリーの偉大なる先人、ジネディーヌ・ジダンと同様である。
左サイドをロベルト・カルロス代わりの坂本健太朗に任せて、自分は自由に動き回る。
エジプトのマン・マーカーは少しだけ混乱していた。
日本のキーマン、向島大吾。彼を潰せば、日本の攻撃は停滞する。それがわかっている。
もともと大吾はボックス・トゥ・ボックスのハーフである。
スタミナも90分であれば不足することも無くなって来た。延長戦があれば、また別であろうけれども。
ワールドカップのブラジル戦のときと同様、日本のミッドフィルダーのひとりはExtraとなる。
チームのために個人を犠牲にする。
この場合は、弟子が動きやすいように師匠が配慮すると言っても過言ではない。
日本の左サイドはロベルト・カルロス、ジネディーヌ・ジダン、ティエリ・アンリを模造したものたちが躍動しているのだ。
大吾がボールを持つと、左サイドバックの坂本へとパスを出す。
一瞬、エジプトディフェンスが引き付けられたところを、また大吾へ返す。
そして、また坂本が直進してパスを受ける。ダイレクトワンツーによって、エジプトのディフェンスのフォーメーションが崩れかかる。
オーバーラップした坂本は、マイナスのグラウンダークロスを中央へと送った。
大吾はそれを、右足インサイドで前方に直接スルーパスを蹴り込んだ。
鋭いパスに反応する秦ダリオ。
師匠から創り出された絶好の機会。
左サイドから長いストライドで追いついた彼は、そのボールを右足アウトサイドで自分がシュートしやすい場所へとワントラップする。
そしてツータッチ目で、インフロントのスイートスポットでゴールへと流し込んだ。
「さすが師匠! なかなかのパスですね!」
「目上につかう言葉に気を付けろよ? 一応おまえが師事する師匠だぞ!?」
師匠と弟子。
どちらも減らず口を叩き、互いの技量を賞賛し合う。
今の日本五輪代表には少なくとも3人は世界一を公言しているものがいる。
向島大吾、秦ダリオ。そして瀬棚勇也。
その3人目の199cmの巨漢は、そのフィジカルなボディバランスでエジプトの攻撃を摘みまくった。
自分はフィールドの中央に鎮座して、相手ボールを敵ごと跳ね返す。
指示も的確である。サイドにボールが寄れば、指差して味方を操りチェックに向かわせ、自分はそのカバーに回る。
それはまるで、ペルージャ時代に薫陶を受けた元イタリア代表、マッシモ・パンカロのようでもある。
勇也は基礎的な技術はこれ以上上がらないことを受け入れたとも言えるし、バレンシア移籍によって違う意味で向上させたとも言える。
大吾と引き分けたことで、矜持を保った。
それが、彼の自信を引き上げ、プレーに余裕が出てきた。
『ザ・ロック』ことマルセル・デサイー。
『イタリアの心臓』ことアンドレア・ピルロ。
どちらもASミラノで全盛期を迎えた選手。
勇也の日本の秋田時代は前者であり、イタリアに渡ることで後者の役割を求められた。
『狂犬』ことイヴァン・ガットゥーゾ。
この選手のスタミナも備えつつある。
この3者の良いとこどりをしつつあるのが、瀬棚勇也。日本が誇るコンプリート・ミッドフィルダー。ピルロに比べれば、かなり技術的には見劣りはするのだが。
勇也が豊満なフィジカルでモハメド・ガリからボール奪取した。
それを大吾に渡し、彼は緩やかなウェービングから、激しいスラロームへとそのドリブルを変えた。
ギアが上がる。
1速から2速。3速、4速、5速、そして6速へと。
急ストップから急速旋回。
ダブルタッチの勢いを利用して、ルーレット。
激しいボディコントロール。
それでも、大吾のバランスは崩れない。
回転しながらも大吾の視野は周りを捉えている。
ダリオは……大吾の望むべき場所にポジショニングしていない。
またダリオと大吾のポジションは、相性が悪いかのように被っている。
回転軸が止まったとき、大吾が選択したのはシュートだった。彼の右足アウトサイドから放たれたボールはフックがかかり、一度ゴールマウスから外れたものの、その急カーブで再び的を捉え、ゴールネットへとその身を沈めた。
「さっすが、師匠!」
秦ダリオは満足そうである。
自分とポジションが被るとなれば、試合中に修正し、それに見事に適応し、アシストもゴールも重ねる。
「だけど……」
(やや、スマート過ぎる)
ダリオが求めるのは、もっと泥臭く、荒々しく、血生臭いフットボールであった。
向島大吾は彼の師匠だが、プレーが綺麗過ぎる。
泥水を啜るかのような、血潮が溢れるような、身震いするかのような。
そういう生を感じさせるかのような、血の沸き立ち。
向島大吾も、彼は彼で苦労はしてきているのだろう。
だが、自分とは魂の繋がりが無いように最近感じてきている。
『10本のゴールより、1つの華麗なゴールの方が良い』
とは、ティエリ・アンリの言葉だ。
そういう意味では、彼はアンリとはかけ離れている。
数字がものをいうとも思っている。
『9本のスーパーゴールと10本の平凡なゴール。片方を選べというなら、迷わず10本の平凡なゴールを選ぶ』
これは三度のバロンドールに輝いたマルコ・ファン・バステンの言葉だ。
ダリオのメンタリティは、バロンドールに向いていると言えるかもしれない。
日本はエジプトに勝利した。
マン・オブ・ザ・マッチは向島大吾。
『やつが、オーバーエイジでもなく、オリンピック代表なんて反則だ!』
そういう声が、世界中に充満している。
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