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071・Olympic Games Final 2 Scourge
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「いつもの日本代表戦だったら、スタジアムが蒼に染まるんだがなあ」
円陣を組んだ日本イレブンの片隅で、オーバーエイジの司令塔、山南が言う。
「サッカー一辺倒じゃないオリンピックの決勝だから、みんな日本代表のユニフォームを必ずしも持っているというわけではなさそうだ」
「でもあっちでは発煙筒が焚かれていますよ? クロアチアのユニフォームを着ている日本人もいるみたいです」
大吾が指さした先では煙が充満し、日本のサムライブルーと、クロアチアの紅白が見てとれる。
「国際試合ならではの和洋折衷……五輪蹴球折衷とでもいうのかな?」
円陣を組み終えた日本代表イレブンは、それぞれに笑いを立てる。
「俺たちが今なんて言われているか知っていますか?」
勇也が声をかける。
「ミスリル世代です。黄金世代・プラチナ世代を越えてです」
「ミスリルってファンタジーの世界のものじゃないのか?」
利根の言葉に勇也は、
「だから『この世のモノではない』という意味ですよ!」
と言い返し、ほぉーっと一同声をあげる。
「史上最弱世代って言われてたはず……なんですけどね」
ボランチの横溝が苦笑交じりにそう言った。
彼はアジア予選で敗退した当時の五輪代表の数少ない生き残りであるはずだった。
まさか、最悪の世代と呼ばれた日本五輪代表がここまで勝ち残るとは、自分でも思いもしていなかったのだ。
「それじゃあ」
利根は言う。
「家族の前で、良いとこ見せなきゃな……」
利根は左の掌に右の拳を打ち付ける。
大吾は周囲を見渡した。
背番号14。自分のシャツを身に付けているものが多数見られる。
自分が、日本で、イタリアで、そしてオリンピックで残してきた結果が、その自分のシャツを身に纏ってくれている人たちの存在だ。
一方でクロアチアの10番のユニフォームを、身に着けているものも見られる。
日本人でありながらそれをすることは顰蹙を買うかもしれない。
だが、国籍も国境をも越える存在。
それが、世界最優秀選手を争うフットボーラーなのだ。
日本。
真吾の代わりのフォワード、亀岡のキックオフでオリンピック・ファイナル・ゲームが始まった。
日本のシステムは4-5-1。
GK
成田誠也
DF
左から
中元大地
瀬棚勇也
利根亮平
巽圭一
MF
ボランチに
横溝孝
山南浩
左
向島大吾
右
酒井班奈
トップ下
葛城哲人
FW
亀岡正男
亀岡はトップ下の葛城へとボールを返し、葛城は更にボランチの山南へと下げる。
山南は左サイドハーフの大吾へと、緩やかなグラウンダーパスを渡す。
――90分間、よろしく。この試合ではなるべく嫌われないようにするよ……
大吾は丁寧にファーストタッチをコントロールし、逆サイドへとサイドチェンジを施工した。
ロングボールは声高らかに宙を舞い、右サイドの酒井へと渡る。
酒井はそこからシザース・フェイントを繰り出し、クロアチアの左サイドハーフのマークを一瞬ずらすことに成功した。
そして縦へとボールごと推進し、葛城とのワンツーで左サイドバックを翻弄し、センタリング・エリアへと侵入する。
中を見ることなく、いつもの感覚で酒井は中央へとボールを上げてしまった。
「しまった!」
酒井が上げたセンタリングは、亀岡にはまったくもって合わない。
いつものように真吾に合わせてしまった高さのクロスは、クロアチア・ゴールキーパーに軽くキャッチされる。
「ヘイ!」
ルカ・ボバンが右手を挙げる。
ゴールキーパーは、右サイドへ陣取ったルカ・ボバンへと、ボールを思い切り矢のようなスローイングを行った。
「くっ……」
それを止めようと、マークに付くのは大吾。トラップの瞬間を狙ってチャージに行く。
逆にルカはボールが足元に吸い付く、観客の目がどうしてもそこに向かう瞬間に、大吾に向ってやんわりと肘打ちを行う。
大吾は倒れかかった。
ビデオ・アシスタント・レフェリーを使っても、大吾がひとりすっ転んだかのようにしか見えないであろう。
ルカはドリブルを開始しようとする。
そこへボランチ・横溝がプレスに行った。
ルカは前面にボールを蹴りだし、ヨーイドンで勝負にかける。
待っているのは左サイドバック・中元。
しかしボールはちょうど横溝と中元の中間で止まるようにコントロールされ、ルカは完全にフリーになる。
そこへバランスを取り戻した大吾が追いついた。
気負いすぎた大吾は、不得手な守備をもこの試合だけで克服しようとしている。
守備は経験則が第一。直近のバロンドール候補、ルカ・ボバンを相手にするほどには、その経験値はまだ大吾は備えていなかった。
大吾が不用意に出した足にルカはみずから飛び込み、右のセンタリングエリアやや後方で、クロアチアはフリーキックをゲットした。
「大丈夫、大丈夫! 切り替えろ、切り替えろ!」
利根が両手の平を打ち鳴らす。冷静さを取り戻させようとするそのクラップは、空砲に終わった。
なぜならフリーキッカーはルカ・ボバン。半年前に日本をボコボコにした張本人なのだ。
それに相対するは2枚の壁。
「直接来るぞ! もっと壁を増やせ!」
ゴールキーパー・成田の指示に、慌てて2名が付け加わりルカ・ボバンの行く手を遮る。
ルカの右足が虚空を舞う。
放たれたボールは意外にも、味方への優しいクロス。
202cmのクロアチア・フォワード、カラッチが頭を一閃するも、成田が大きくその右手で弾いた。
「セカンド・ボール!」
利根がそう叫んだが、ボールの行く先へと一番最初に辿り着いていたのはクロアチアのエース。
彼の右足がうなり声をあげる。
立ち上がった成田が今度は左手の指先を伸ばして軌道を変えるも、悲鳴をあげながらボールは日本ゴールへと吸い込まれていった。
「ナリ! 大丈夫か!?」
利根が成田に駆け寄り、手首を握って声を荒げる。
成田の腕はルカのシュートによって裂傷し、フィールドには赤い鮮血が滴っていた。
※※※※※
「まさか、開始5分でゴールキーパーを交代させるわけにはいかんでしょう」
ジーコさんが山口監督に進言する。
医療班が手を顔の上に挙げ、〇の合図が出ると同時に、
「んっ」
っと、ピッチのすぐ外で状況を見極めていた山口荒生は踵を返し、自分の席へと戻り納まる。
日本はパス回しを開始する。
山南、葛城、大吾の三銃士がダイレクトパスを多用し、だんだんとクロアチア・ゴールへと迫る。
見事なミッドフィルダーによるボールポゼッション。ここからフォワードに繋いで得点を挙げることができれば、それはそれはオリンピックの歴史に残る美しいゴールであろう。
だが哀しいことに、チームジャパンは最後にパスを受ける人物の質が変わっている。
『カメ・ジョンナム』というあだ名がサッカーファンの間では有名な亀岡正男は、決して悪いフォワードではなかった。
だが、前任者が前任者なのだ。真吾と比べると、サイズ・パワー・スピード、そして決定力が著しく劣ると言わざるを得ない。
大吾が左サイドでボールをもらい、御膳立てとも言えるような鋭い斜めのスルーパスを出すも、亀岡はそれに反応できず、ゴールキーパーの飛び出しの格好の餌食となってしまった。
キーパーのロブ・パントキックはそのままルカ・ボバンをとらえる。
流れ落ちる水を掬うようにトラップしたルカは、日本の右サイドでドリブルを開始する。
そこへ日本の右サイドバック巽と、ボランチ横溝が2対1を挑む。
ふたりはジリジリと間合いを詰めるが、それ以上はどうしてもルカの間合いに入ってしまい飛び込めない。
ルカは右足でボールをひっかけ、前方へとドリブルを再開する。
日本のふたりも追いかけ、追いつく。
「追いついたんじゃないよ……追いつかせたのさ!」
ルカは右足アウトサイドで、意表を突いたパスを送る。
その行く先は、巽の右腕。
ピーーーーーーーーーーーー!
審判が笛を鳴らしながら駆け寄ってくる。
クロアチアのPK。
利根を中心とし、日本勢はイタリア人審判に詰め寄るが、審判がカードに手をかけようとした。日本は無駄なカードを防ぐため、抗議を諦めざるを得ない。
キッカーはルカ・ボバン。
ゴールキーパーの成田は左腕を怪我している。
ならば当然、ルカが狙う場所は……
ルカは右下を狙って蹴る。
成田も反応して左腕を伸ばす。
コースはやや甘い。
ひょっとすると、わざと左腕を使わざるを得ないところにシュートしたのだろうか?
ボールをゴールキーパーが捕獲しようとしたとき、ボールは引きちぎるかのような勢いで左腕を破壊してネットを突き破らんばかりに吸い込まれた。
ゴールを告げる笛の音と同時に、医療班がゴール前へと駆け寄る。
今度は×が頭の上に掲げられる。
歓声がスタジアムを包み込む。
『そうだよ、ルカ・ボバンのこれが見たかったんだ!』
わざわざクロアチアのユニフォームを着ている日本の観客は、成田の腕から滴り落ちる血を見てそう言った。
前半30分、日本はゴールキーパーを交代せざるを得なくなった。
「ヨースケっ! 頼んだぞ!」
「ナリさんが来るまでは、俺が正キーパーだったんですよ!?」
ジーコさんの期待と不安を込めたひとことに、背番号16・花山陽介は軽口を叩いてフィールドへと踏み出した。
「さあっ、まずは1点だ! 1点返そう!」
最後尾から、花山は叱咤激励を開始した。
日本代表もまだまだ意気消沈とは行かない。
前半ロスタイム。
葛城が亀岡仕様にしたスルーパスを左足から放つ。
だが、その亀岡に合わせたボールはこの場にふさわしいレベルのパスではなく、簡単にカットされてしまった。
前線に放たれたボールは、ルカ・ボバンの胸へと不時着する。
「俺がドリブルを遅らせる! みんなパスコースを消せ!」
勇也の声がスタジアム中に響く。彼はカバーシャドウしてパスコースを消しながら、ルカの前に立ちはだかった。
「ルカ・ボバンのフェイントのキレは、あいつとそうは変わらない!」
(あいつといつも練習している俺ならば……)
だが、ただ単純にリーチが違う!
大吾との練習に慣れすぎたために、逆に勇也は目測を誤ってしまったのだ。
勇也がシザースフェイントによって、少し体の中心のバランスが右へ傾いたとき、その横をルカ・ボバンが通り抜ける。
勇也の指示によって、日本代表は散らばってしまっている。
ルカはドリブル突破を開始し、ペナルティエリアへと進撃する。
「ヨースケさんっ!」
願いを込めて、日本イレブンは花山に後を託す。
花山は横に倒れながら、ルカの突進を阻む。
ルカは右足アウトサイドでボールを浮かして、倒れ込んだ花山の上をチップキックで射抜いた。
勢いを衰えさせず、ボールは在るべき処へと帰り、人心地をつく。
0-3!
あるものはため息をつき、あるものは腰に手を当てて下を向き、あるものはそこへ座り込んだ。
そして前半終了の笛が鳴った。
円陣を組んだ日本イレブンの片隅で、オーバーエイジの司令塔、山南が言う。
「サッカー一辺倒じゃないオリンピックの決勝だから、みんな日本代表のユニフォームを必ずしも持っているというわけではなさそうだ」
「でもあっちでは発煙筒が焚かれていますよ? クロアチアのユニフォームを着ている日本人もいるみたいです」
大吾が指さした先では煙が充満し、日本のサムライブルーと、クロアチアの紅白が見てとれる。
「国際試合ならではの和洋折衷……五輪蹴球折衷とでもいうのかな?」
円陣を組み終えた日本代表イレブンは、それぞれに笑いを立てる。
「俺たちが今なんて言われているか知っていますか?」
勇也が声をかける。
「ミスリル世代です。黄金世代・プラチナ世代を越えてです」
「ミスリルってファンタジーの世界のものじゃないのか?」
利根の言葉に勇也は、
「だから『この世のモノではない』という意味ですよ!」
と言い返し、ほぉーっと一同声をあげる。
「史上最弱世代って言われてたはず……なんですけどね」
ボランチの横溝が苦笑交じりにそう言った。
彼はアジア予選で敗退した当時の五輪代表の数少ない生き残りであるはずだった。
まさか、最悪の世代と呼ばれた日本五輪代表がここまで勝ち残るとは、自分でも思いもしていなかったのだ。
「それじゃあ」
利根は言う。
「家族の前で、良いとこ見せなきゃな……」
利根は左の掌に右の拳を打ち付ける。
大吾は周囲を見渡した。
背番号14。自分のシャツを身に付けているものが多数見られる。
自分が、日本で、イタリアで、そしてオリンピックで残してきた結果が、その自分のシャツを身に纏ってくれている人たちの存在だ。
一方でクロアチアの10番のユニフォームを、身に着けているものも見られる。
日本人でありながらそれをすることは顰蹙を買うかもしれない。
だが、国籍も国境をも越える存在。
それが、世界最優秀選手を争うフットボーラーなのだ。
日本。
真吾の代わりのフォワード、亀岡のキックオフでオリンピック・ファイナル・ゲームが始まった。
日本のシステムは4-5-1。
GK
成田誠也
DF
左から
中元大地
瀬棚勇也
利根亮平
巽圭一
MF
ボランチに
横溝孝
山南浩
左
向島大吾
右
酒井班奈
トップ下
葛城哲人
FW
亀岡正男
亀岡はトップ下の葛城へとボールを返し、葛城は更にボランチの山南へと下げる。
山南は左サイドハーフの大吾へと、緩やかなグラウンダーパスを渡す。
――90分間、よろしく。この試合ではなるべく嫌われないようにするよ……
大吾は丁寧にファーストタッチをコントロールし、逆サイドへとサイドチェンジを施工した。
ロングボールは声高らかに宙を舞い、右サイドの酒井へと渡る。
酒井はそこからシザース・フェイントを繰り出し、クロアチアの左サイドハーフのマークを一瞬ずらすことに成功した。
そして縦へとボールごと推進し、葛城とのワンツーで左サイドバックを翻弄し、センタリング・エリアへと侵入する。
中を見ることなく、いつもの感覚で酒井は中央へとボールを上げてしまった。
「しまった!」
酒井が上げたセンタリングは、亀岡にはまったくもって合わない。
いつものように真吾に合わせてしまった高さのクロスは、クロアチア・ゴールキーパーに軽くキャッチされる。
「ヘイ!」
ルカ・ボバンが右手を挙げる。
ゴールキーパーは、右サイドへ陣取ったルカ・ボバンへと、ボールを思い切り矢のようなスローイングを行った。
「くっ……」
それを止めようと、マークに付くのは大吾。トラップの瞬間を狙ってチャージに行く。
逆にルカはボールが足元に吸い付く、観客の目がどうしてもそこに向かう瞬間に、大吾に向ってやんわりと肘打ちを行う。
大吾は倒れかかった。
ビデオ・アシスタント・レフェリーを使っても、大吾がひとりすっ転んだかのようにしか見えないであろう。
ルカはドリブルを開始しようとする。
そこへボランチ・横溝がプレスに行った。
ルカは前面にボールを蹴りだし、ヨーイドンで勝負にかける。
待っているのは左サイドバック・中元。
しかしボールはちょうど横溝と中元の中間で止まるようにコントロールされ、ルカは完全にフリーになる。
そこへバランスを取り戻した大吾が追いついた。
気負いすぎた大吾は、不得手な守備をもこの試合だけで克服しようとしている。
守備は経験則が第一。直近のバロンドール候補、ルカ・ボバンを相手にするほどには、その経験値はまだ大吾は備えていなかった。
大吾が不用意に出した足にルカはみずから飛び込み、右のセンタリングエリアやや後方で、クロアチアはフリーキックをゲットした。
「大丈夫、大丈夫! 切り替えろ、切り替えろ!」
利根が両手の平を打ち鳴らす。冷静さを取り戻させようとするそのクラップは、空砲に終わった。
なぜならフリーキッカーはルカ・ボバン。半年前に日本をボコボコにした張本人なのだ。
それに相対するは2枚の壁。
「直接来るぞ! もっと壁を増やせ!」
ゴールキーパー・成田の指示に、慌てて2名が付け加わりルカ・ボバンの行く手を遮る。
ルカの右足が虚空を舞う。
放たれたボールは意外にも、味方への優しいクロス。
202cmのクロアチア・フォワード、カラッチが頭を一閃するも、成田が大きくその右手で弾いた。
「セカンド・ボール!」
利根がそう叫んだが、ボールの行く先へと一番最初に辿り着いていたのはクロアチアのエース。
彼の右足がうなり声をあげる。
立ち上がった成田が今度は左手の指先を伸ばして軌道を変えるも、悲鳴をあげながらボールは日本ゴールへと吸い込まれていった。
「ナリ! 大丈夫か!?」
利根が成田に駆け寄り、手首を握って声を荒げる。
成田の腕はルカのシュートによって裂傷し、フィールドには赤い鮮血が滴っていた。
※※※※※
「まさか、開始5分でゴールキーパーを交代させるわけにはいかんでしょう」
ジーコさんが山口監督に進言する。
医療班が手を顔の上に挙げ、〇の合図が出ると同時に、
「んっ」
っと、ピッチのすぐ外で状況を見極めていた山口荒生は踵を返し、自分の席へと戻り納まる。
日本はパス回しを開始する。
山南、葛城、大吾の三銃士がダイレクトパスを多用し、だんだんとクロアチア・ゴールへと迫る。
見事なミッドフィルダーによるボールポゼッション。ここからフォワードに繋いで得点を挙げることができれば、それはそれはオリンピックの歴史に残る美しいゴールであろう。
だが哀しいことに、チームジャパンは最後にパスを受ける人物の質が変わっている。
『カメ・ジョンナム』というあだ名がサッカーファンの間では有名な亀岡正男は、決して悪いフォワードではなかった。
だが、前任者が前任者なのだ。真吾と比べると、サイズ・パワー・スピード、そして決定力が著しく劣ると言わざるを得ない。
大吾が左サイドでボールをもらい、御膳立てとも言えるような鋭い斜めのスルーパスを出すも、亀岡はそれに反応できず、ゴールキーパーの飛び出しの格好の餌食となってしまった。
キーパーのロブ・パントキックはそのままルカ・ボバンをとらえる。
流れ落ちる水を掬うようにトラップしたルカは、日本の右サイドでドリブルを開始する。
そこへ日本の右サイドバック巽と、ボランチ横溝が2対1を挑む。
ふたりはジリジリと間合いを詰めるが、それ以上はどうしてもルカの間合いに入ってしまい飛び込めない。
ルカは右足でボールをひっかけ、前方へとドリブルを再開する。
日本のふたりも追いかけ、追いつく。
「追いついたんじゃないよ……追いつかせたのさ!」
ルカは右足アウトサイドで、意表を突いたパスを送る。
その行く先は、巽の右腕。
ピーーーーーーーーーーーー!
審判が笛を鳴らしながら駆け寄ってくる。
クロアチアのPK。
利根を中心とし、日本勢はイタリア人審判に詰め寄るが、審判がカードに手をかけようとした。日本は無駄なカードを防ぐため、抗議を諦めざるを得ない。
キッカーはルカ・ボバン。
ゴールキーパーの成田は左腕を怪我している。
ならば当然、ルカが狙う場所は……
ルカは右下を狙って蹴る。
成田も反応して左腕を伸ばす。
コースはやや甘い。
ひょっとすると、わざと左腕を使わざるを得ないところにシュートしたのだろうか?
ボールをゴールキーパーが捕獲しようとしたとき、ボールは引きちぎるかのような勢いで左腕を破壊してネットを突き破らんばかりに吸い込まれた。
ゴールを告げる笛の音と同時に、医療班がゴール前へと駆け寄る。
今度は×が頭の上に掲げられる。
歓声がスタジアムを包み込む。
『そうだよ、ルカ・ボバンのこれが見たかったんだ!』
わざわざクロアチアのユニフォームを着ている日本の観客は、成田の腕から滴り落ちる血を見てそう言った。
前半30分、日本はゴールキーパーを交代せざるを得なくなった。
「ヨースケっ! 頼んだぞ!」
「ナリさんが来るまでは、俺が正キーパーだったんですよ!?」
ジーコさんの期待と不安を込めたひとことに、背番号16・花山陽介は軽口を叩いてフィールドへと踏み出した。
「さあっ、まずは1点だ! 1点返そう!」
最後尾から、花山は叱咤激励を開始した。
日本代表もまだまだ意気消沈とは行かない。
前半ロスタイム。
葛城が亀岡仕様にしたスルーパスを左足から放つ。
だが、その亀岡に合わせたボールはこの場にふさわしいレベルのパスではなく、簡単にカットされてしまった。
前線に放たれたボールは、ルカ・ボバンの胸へと不時着する。
「俺がドリブルを遅らせる! みんなパスコースを消せ!」
勇也の声がスタジアム中に響く。彼はカバーシャドウしてパスコースを消しながら、ルカの前に立ちはだかった。
「ルカ・ボバンのフェイントのキレは、あいつとそうは変わらない!」
(あいつといつも練習している俺ならば……)
だが、ただ単純にリーチが違う!
大吾との練習に慣れすぎたために、逆に勇也は目測を誤ってしまったのだ。
勇也がシザースフェイントによって、少し体の中心のバランスが右へ傾いたとき、その横をルカ・ボバンが通り抜ける。
勇也の指示によって、日本代表は散らばってしまっている。
ルカはドリブル突破を開始し、ペナルティエリアへと進撃する。
「ヨースケさんっ!」
願いを込めて、日本イレブンは花山に後を託す。
花山は横に倒れながら、ルカの突進を阻む。
ルカは右足アウトサイドでボールを浮かして、倒れ込んだ花山の上をチップキックで射抜いた。
勢いを衰えさせず、ボールは在るべき処へと帰り、人心地をつく。
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