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037・Brothers ORIGIN 1
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向島真吾、その一番古い記憶。
「真吾、おまえはお兄ちゃんになるんだぞ!」
(弟が生まれる!)
男か女かまだどちらかわかるはずもない。だが、真吾は弟であると確信する。
そしてそれがわかると、真吾は狂喜乱舞し、その日が来るのを心待ちにしていた。
買ってもらった真新しいサッカーボールで、身重の母の周りを奔り回る。
たしなめようとする父に、『まあいいじゃないですか』と母は言った。そして、それに呼応するかのように、胎児は胎内で鼓動を開始する。
その日が来ると、真吾は生まれたばかりの弟に、自分のサッカーボールをプレゼントした。
(早く大きくなって一緒にサッカーしよう!)
真吾は、最近父からサッカーの手ほどきを受けていた。幼稚園児とは思えないボールスキルにかけっこの速さ。将来の片鱗をもうすでに見せていた。
父からしても、贔屓目になるが、後継者として申し分ない。この弟はどうなるであろう。
日一日と大きくなっていく大吾は、真吾の楽しみだった。大吾の成長。それは真吾にとって特別だったはずだ。
大吾が歩ける前から、真吾はその周りをからかうかのようにドリブルする。大吾が歩けるようになると、一緒にドリブルする。さらに、今度は一対一ができるようになった。
ふたりのフィールドは最初は家の廊下。リビングを経るころには家のものを壊すためサッカー禁止令が出されたほどだ。
父は一件家を買った。
庭先にコートがある、広々とした家。それだけでは物足りず、祖父母が休耕にしていた田んぼでも遊ぶようになった。凸凹した田んぼが、ふたりのスキルをさらに上乗せさせる。
小学4年生になる頃には、真吾にかなうものは小学校内には居なくなった。ただひとり、小学1年生の大吾を除いて。
ふたりは有名であった。
『向島博の遺伝子を受け継いだ、2世フットボーラー!』
その肩書はときにポジティブな印象を相手に与えない。だが、ふたりは結果を出して周りを黙らせてきた。
(自分と同格なのは、大吾くらいかな)
真吾はそう認識していた。
そして、
(弟よりも一歩先を行く兄貴でありたい)
その長男という立場が、真吾の向上心をさらに刺激したのだ。
真吾はアンダー代表に選ばれる。
「さすが私たちの息子だ!」
両親はそう喜んでくれた。
「僕もすぐ追いつくからね!」
大吾はそう言い、発奮しているようであった
真吾は、チーム練習の前にも個人練習を欠かさない。そしてチーム練習の後にも家に帰って、父とともにサッカーに明け暮れた。
そんな真吾の努力を家族は『やって当然』という認識を持つようになる。アンダー代表に呼ばれるのは日常と化し、いちいち誰も驚かなくなっていった。そんな折に大吾がアンダー代表として選出された。
「おめでとう、大!」
家族は真吾の誕生日のときよりも大きなケーキを買って祝った。
思えばそのときなのだろう。
真吾は大吾に対して、違和感を感じるようになった。
守るべき存在から攻められる。
飼い犬に手を噛まれる。
下に思っていたものが自分を追い抜く。
他に形容しがたい感覚。
向島真吾という人間は愛憎深い人間だ。
誰かを愛する愛情が深いあまり、その逆となると憎しみが激しくなる。
大吾という存在の認識を、真吾は改めざるを得ない。
※※※※※
「お父さんはやっぱりすごい!」
大吾はそんな真吾の想いを知ることはない。無邪気に、父・博の現役時代の動画を見ていた。
――並の選手なら、プレー動画を作られることさえないはずだ
大吾の憧れは、そんな父になった。
敵をぶっちぎるスピード。追いつかれて、ユニフォームを引っ張られても逆に吹っ飛ばすパワー。そして、そのフィジカルを裏打ちにするテクニック。
父は日本人としては、規格からかけ離れていた。
しかし、そのフィジカルに体そのものがついていかず、早い引退を強いられた。
その瞬発力や跳躍力に、彼の元来持つ靭帯、ハムストリングが付いていけなかったのだ。
『向島博がもっと長く現役を続けられていれば……』
日本のサッカー界におけるひとつの『IF』である。
「そうだな。お父さんは当時としては高身長だったし、パワーとスピードもあった。日本のロナウド、日本人で一番バロンドールに近い男……そう言われていた時代もあった……」
「バロンドール? ぼくもお父さんみたいになれる?」
後ろから父は大吾の頭を撫でながら言った。
愛しい息子に憧れられているのだ。悪い気はしない。
「どうせサッカーやるならお父さんを越えないとな。ブラジルのロナウドとか、そういうサッカー界の偉人たちのビデオを見ると良いだろう。おまえもお父さんの息子だからな。名前のとおり、大きく育てよ!」
バロンドールはまあ日本人には無理だがな、と博は付け加えることを忘れなかった。
その日から大吾は、ロナウドやティエリ・アンリ、ズラタン・イブラヒモビッチなどのスピードやパワーを武器とした選手の動画を見るようになった。
そして彼らのようなオールマイティな何でもできる、体格・パワー・スピードを兼ね備えた選手がいつしか憧れと化していた。
しかし大吾が究極的に目標に掲げるのは父親の技を受け継ぎ、そして向島の名を引き継ぐことだ。越えるべき存在として『向島博』の名前は大吾の脳裏に刻まれていく。
大吾の身長が止まった。
サッカー選手としての伸びしろではない。物理的な身長が伸びなくなっていた。小学6年の身体測定で、身長が1ミリも伸びていなかった。
「そういうときもあるさ」
と、父母は言う。
そうしているうちに、自分より背の低いものがどんどん大吾を追い抜いていく。
大吾のフィジカルを売りにした突破も、平凡な物へと成り下がっていく。
大吾の心が揺らぎ、サッカーへのモチベーションの低下を感じずにはいられない。
家族は慌てて、心のケアをする。
だがそれは真吾の高校受験シーズンと重なっていた。落ちるはずのない受験である。しかし真吾は神経を尖らせていた。
それでも家族は、真吾の精神よりも大吾の物理を優先した。
兄弟ふたりの中の、見えない何かが、音を立てて崩れていく。
中学1年の身体測定。やはりまた大吾は身長が伸びていなかった。
「私が169あるのに、なんで大ちゃんは私より小さいんだろう……可哀そうな大ちゃん……」
母がそう父にこぼすのを大吾は偶然聞いてしまった。
――可哀そう? この俺が?
今までエリートであったはずだ。その言葉が、大吾の心を絞めつける。
中学進学を機に、大きめの詰襟学生服を新調した。だが、それはいつまで経ってもブカブカで、大吾の身体はその大きさに追いつこうすらとしない。
大吾はプレースタイルを変えることなく、センターフォワードとしてジュニア・ユースの試合に出場し続ける。依然としてフィジカルに任せたプレイを大吾は未だ続けていた。
しかし、大吾のスピードは一つ上のレベルに行くともう標準レベルである。大吾のパワーは標準より下である。大吾の身長はもはや低い部類に入ってきたのだった。
キッカケはある試合だった。
大吾はいつものように試合に臨んだ。背が伸びないことを隠すかのように、今までの『余裕たっぷりな向島大吾』で居るために。
――パワーとスピードで相手を翻弄するのだ!
大吾にボールが渡る。大吾の不器用なフィジカル任せのドリブルはもはや同年代にも通用するものではなくなり、すぐに追いつかれ、カットされ、トランジションの発端となる。
『向島! 自分勝手なプレイばかりしてるんじゃねえよ!おまえのフィジカルじゃ上には通用しないことはもう解っただろう?』
『期待の大型新人が聴いて呆れるぜ』
『真吾さんの弟だから大目に見てやってたが、おまえは兄貴とは月とスッポンだよ!』
大吾はそれでも虚弱なフィジカルに任せたプレイを続けた。しかし自分のイメージしている自分と、実際のプレイ内容はもう同期することはない。
大吾がフィジカルに任せたプレイをするなら、相手もやり返すまでである。それは怪我を誘発するだけの無謀なプレイと化す。
大吾は、ボールを受け取るとすぐにドリブルを開始した。基礎的な技術をおざなりにしてきた大吾のドリブルはもはや通用するはずがない。よりフィジカルに優れたディフェンダーたちの恰好の餌食となる。
大吾は激しいチャージを受けた。それでも大吾は自分のプレーを曲げない。
「俺は、俺はこんなところで終わるような選手じゃない……!」
大吾のひとりよがりなプレーは続いた。
味方は大吾にロングボールを入れる。
競合い、得意であったはずのポストプレーをしようとするが、上の世代に紛れ込んでは大吾はいとも簡単に弾かれ、吹っ飛ばされる。
大吾が今まで確信していたことは雲散霧消し、大吾は己の存在と共にプレースタイルを見失っていった。
大吾は怪我をした。
心の怪我だ。
それは大吾が文字通り、骨を折ったのと同時であった。
大吾はYouTubeでロナウド、ジダン、クリスティアーノ・ロナウド、イブラヒモビッチなどのいつも見ている動画を眺めていた。
「俺も、俺もこんな風になりたかったんだ……」
過去形で語る大吾はあふれる涙を止めることなく、PCの前から離れようとしない。
「俺は、もうこんなプレイは一生できないんだな……」
「俺はもう、自分が理想としていた自分になれないんだ」
大吾は絶望した。
エリートであったはずだ。挫折をしらなかったこそ、折れやすいそのハート。
今まで背の高さを互いに競い合ってきたチームメートであり、友人である瀬棚勇也はもう優に180㎝を越えている。
大吾は焦燥を募らせていった。
大吾はYouTubeで相も変わらず今まで憧れていた選手の動画を見ていた。
「俺は父さんや、兄ちゃんにはもうなれないんだ……」
大吾の頬を涙がつたい、一滴、また一滴と大吾の太ももを濡らす。
大吾はサッカーを辞めてしまった。おそらく、怪我自体は1ヶ月もすれば治るであろう。
深刻なのはメンタルであった。
今まで、情熱をすべてサッカーに注いできた。目標を見失い、その反動がやって来たのだ。サッカー以外に関心がなかった12歳の少年にとって、他のものは何でも魅惑的に思えたのだ。
大吾の怪我はサッカーへの情熱、サッカー仲間との友情を失わせ、代わりに解放感を大吾に与えてしまった。
「真吾、おまえはお兄ちゃんになるんだぞ!」
(弟が生まれる!)
男か女かまだどちらかわかるはずもない。だが、真吾は弟であると確信する。
そしてそれがわかると、真吾は狂喜乱舞し、その日が来るのを心待ちにしていた。
買ってもらった真新しいサッカーボールで、身重の母の周りを奔り回る。
たしなめようとする父に、『まあいいじゃないですか』と母は言った。そして、それに呼応するかのように、胎児は胎内で鼓動を開始する。
その日が来ると、真吾は生まれたばかりの弟に、自分のサッカーボールをプレゼントした。
(早く大きくなって一緒にサッカーしよう!)
真吾は、最近父からサッカーの手ほどきを受けていた。幼稚園児とは思えないボールスキルにかけっこの速さ。将来の片鱗をもうすでに見せていた。
父からしても、贔屓目になるが、後継者として申し分ない。この弟はどうなるであろう。
日一日と大きくなっていく大吾は、真吾の楽しみだった。大吾の成長。それは真吾にとって特別だったはずだ。
大吾が歩ける前から、真吾はその周りをからかうかのようにドリブルする。大吾が歩けるようになると、一緒にドリブルする。さらに、今度は一対一ができるようになった。
ふたりのフィールドは最初は家の廊下。リビングを経るころには家のものを壊すためサッカー禁止令が出されたほどだ。
父は一件家を買った。
庭先にコートがある、広々とした家。それだけでは物足りず、祖父母が休耕にしていた田んぼでも遊ぶようになった。凸凹した田んぼが、ふたりのスキルをさらに上乗せさせる。
小学4年生になる頃には、真吾にかなうものは小学校内には居なくなった。ただひとり、小学1年生の大吾を除いて。
ふたりは有名であった。
『向島博の遺伝子を受け継いだ、2世フットボーラー!』
その肩書はときにポジティブな印象を相手に与えない。だが、ふたりは結果を出して周りを黙らせてきた。
(自分と同格なのは、大吾くらいかな)
真吾はそう認識していた。
そして、
(弟よりも一歩先を行く兄貴でありたい)
その長男という立場が、真吾の向上心をさらに刺激したのだ。
真吾はアンダー代表に選ばれる。
「さすが私たちの息子だ!」
両親はそう喜んでくれた。
「僕もすぐ追いつくからね!」
大吾はそう言い、発奮しているようであった
真吾は、チーム練習の前にも個人練習を欠かさない。そしてチーム練習の後にも家に帰って、父とともにサッカーに明け暮れた。
そんな真吾の努力を家族は『やって当然』という認識を持つようになる。アンダー代表に呼ばれるのは日常と化し、いちいち誰も驚かなくなっていった。そんな折に大吾がアンダー代表として選出された。
「おめでとう、大!」
家族は真吾の誕生日のときよりも大きなケーキを買って祝った。
思えばそのときなのだろう。
真吾は大吾に対して、違和感を感じるようになった。
守るべき存在から攻められる。
飼い犬に手を噛まれる。
下に思っていたものが自分を追い抜く。
他に形容しがたい感覚。
向島真吾という人間は愛憎深い人間だ。
誰かを愛する愛情が深いあまり、その逆となると憎しみが激しくなる。
大吾という存在の認識を、真吾は改めざるを得ない。
※※※※※
「お父さんはやっぱりすごい!」
大吾はそんな真吾の想いを知ることはない。無邪気に、父・博の現役時代の動画を見ていた。
――並の選手なら、プレー動画を作られることさえないはずだ
大吾の憧れは、そんな父になった。
敵をぶっちぎるスピード。追いつかれて、ユニフォームを引っ張られても逆に吹っ飛ばすパワー。そして、そのフィジカルを裏打ちにするテクニック。
父は日本人としては、規格からかけ離れていた。
しかし、そのフィジカルに体そのものがついていかず、早い引退を強いられた。
その瞬発力や跳躍力に、彼の元来持つ靭帯、ハムストリングが付いていけなかったのだ。
『向島博がもっと長く現役を続けられていれば……』
日本のサッカー界におけるひとつの『IF』である。
「そうだな。お父さんは当時としては高身長だったし、パワーとスピードもあった。日本のロナウド、日本人で一番バロンドールに近い男……そう言われていた時代もあった……」
「バロンドール? ぼくもお父さんみたいになれる?」
後ろから父は大吾の頭を撫でながら言った。
愛しい息子に憧れられているのだ。悪い気はしない。
「どうせサッカーやるならお父さんを越えないとな。ブラジルのロナウドとか、そういうサッカー界の偉人たちのビデオを見ると良いだろう。おまえもお父さんの息子だからな。名前のとおり、大きく育てよ!」
バロンドールはまあ日本人には無理だがな、と博は付け加えることを忘れなかった。
その日から大吾は、ロナウドやティエリ・アンリ、ズラタン・イブラヒモビッチなどのスピードやパワーを武器とした選手の動画を見るようになった。
そして彼らのようなオールマイティな何でもできる、体格・パワー・スピードを兼ね備えた選手がいつしか憧れと化していた。
しかし大吾が究極的に目標に掲げるのは父親の技を受け継ぎ、そして向島の名を引き継ぐことだ。越えるべき存在として『向島博』の名前は大吾の脳裏に刻まれていく。
大吾の身長が止まった。
サッカー選手としての伸びしろではない。物理的な身長が伸びなくなっていた。小学6年の身体測定で、身長が1ミリも伸びていなかった。
「そういうときもあるさ」
と、父母は言う。
そうしているうちに、自分より背の低いものがどんどん大吾を追い抜いていく。
大吾のフィジカルを売りにした突破も、平凡な物へと成り下がっていく。
大吾の心が揺らぎ、サッカーへのモチベーションの低下を感じずにはいられない。
家族は慌てて、心のケアをする。
だがそれは真吾の高校受験シーズンと重なっていた。落ちるはずのない受験である。しかし真吾は神経を尖らせていた。
それでも家族は、真吾の精神よりも大吾の物理を優先した。
兄弟ふたりの中の、見えない何かが、音を立てて崩れていく。
中学1年の身体測定。やはりまた大吾は身長が伸びていなかった。
「私が169あるのに、なんで大ちゃんは私より小さいんだろう……可哀そうな大ちゃん……」
母がそう父にこぼすのを大吾は偶然聞いてしまった。
――可哀そう? この俺が?
今までエリートであったはずだ。その言葉が、大吾の心を絞めつける。
中学進学を機に、大きめの詰襟学生服を新調した。だが、それはいつまで経ってもブカブカで、大吾の身体はその大きさに追いつこうすらとしない。
大吾はプレースタイルを変えることなく、センターフォワードとしてジュニア・ユースの試合に出場し続ける。依然としてフィジカルに任せたプレイを大吾は未だ続けていた。
しかし、大吾のスピードは一つ上のレベルに行くともう標準レベルである。大吾のパワーは標準より下である。大吾の身長はもはや低い部類に入ってきたのだった。
キッカケはある試合だった。
大吾はいつものように試合に臨んだ。背が伸びないことを隠すかのように、今までの『余裕たっぷりな向島大吾』で居るために。
――パワーとスピードで相手を翻弄するのだ!
大吾にボールが渡る。大吾の不器用なフィジカル任せのドリブルはもはや同年代にも通用するものではなくなり、すぐに追いつかれ、カットされ、トランジションの発端となる。
『向島! 自分勝手なプレイばかりしてるんじゃねえよ!おまえのフィジカルじゃ上には通用しないことはもう解っただろう?』
『期待の大型新人が聴いて呆れるぜ』
『真吾さんの弟だから大目に見てやってたが、おまえは兄貴とは月とスッポンだよ!』
大吾はそれでも虚弱なフィジカルに任せたプレイを続けた。しかし自分のイメージしている自分と、実際のプレイ内容はもう同期することはない。
大吾がフィジカルに任せたプレイをするなら、相手もやり返すまでである。それは怪我を誘発するだけの無謀なプレイと化す。
大吾は、ボールを受け取るとすぐにドリブルを開始した。基礎的な技術をおざなりにしてきた大吾のドリブルはもはや通用するはずがない。よりフィジカルに優れたディフェンダーたちの恰好の餌食となる。
大吾は激しいチャージを受けた。それでも大吾は自分のプレーを曲げない。
「俺は、俺はこんなところで終わるような選手じゃない……!」
大吾のひとりよがりなプレーは続いた。
味方は大吾にロングボールを入れる。
競合い、得意であったはずのポストプレーをしようとするが、上の世代に紛れ込んでは大吾はいとも簡単に弾かれ、吹っ飛ばされる。
大吾が今まで確信していたことは雲散霧消し、大吾は己の存在と共にプレースタイルを見失っていった。
大吾は怪我をした。
心の怪我だ。
それは大吾が文字通り、骨を折ったのと同時であった。
大吾はYouTubeでロナウド、ジダン、クリスティアーノ・ロナウド、イブラヒモビッチなどのいつも見ている動画を眺めていた。
「俺も、俺もこんな風になりたかったんだ……」
過去形で語る大吾はあふれる涙を止めることなく、PCの前から離れようとしない。
「俺は、もうこんなプレイは一生できないんだな……」
「俺はもう、自分が理想としていた自分になれないんだ」
大吾は絶望した。
エリートであったはずだ。挫折をしらなかったこそ、折れやすいそのハート。
今まで背の高さを互いに競い合ってきたチームメートであり、友人である瀬棚勇也はもう優に180㎝を越えている。
大吾は焦燥を募らせていった。
大吾はYouTubeで相も変わらず今まで憧れていた選手の動画を見ていた。
「俺は父さんや、兄ちゃんにはもうなれないんだ……」
大吾の頬を涙がつたい、一滴、また一滴と大吾の太ももを濡らす。
大吾はサッカーを辞めてしまった。おそらく、怪我自体は1ヶ月もすれば治るであろう。
深刻なのはメンタルであった。
今まで、情熱をすべてサッカーに注いできた。目標を見失い、その反動がやって来たのだ。サッカー以外に関心がなかった12歳の少年にとって、他のものは何でも魅惑的に思えたのだ。
大吾の怪我はサッカーへの情熱、サッカー仲間との友情を失わせ、代わりに解放感を大吾に与えてしまった。
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