辺境の賢者バルルーフ

sho

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【1章】

【第六話】旧友

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話に聞くエイスタットという国、とりわけその中心都市は、とても栄えているらしい。
今いる場所もエイスタットに含まれる地域のようだが、周囲は山に囲まれており、都市とのつながりは微塵みじんも感じられない。
この地が俗世ぞくせと離れた場所であることがわかる。
それでもバルルーフを求めて人は訪ねてくる。
今日もマルコはバルルーフに付きまとっている。
そこにまた別の客人が現れた。
「これはロラン様!お久しぶりでございます。」
マルコは客人にいち早く気づくと深々とお辞儀をした。
「久しぶり、マルコくん。相変わらず熱心だな。」
「ロラン様ほどではありません。先日も悪名高い領主にしいたげられるたみを解放したとか。」
「何、苦しむ民を救うのは当然のこと。そなたの師がしたようにな。」
ロランはマルコと話しながら、バルルーフの方に視線を向けた。
「おっ新顔だな。」
ロランは近くにいた私に気が付き、声を掛けてきた。
「カナタと申します。」
私もマルコのように深々とお辞儀じぎをした。
「バルルーフよ、着実に信者を増やしているではないか。」
信者とは、私のことを指しているのだと思った。
「人をイカサマ教の宗主みたいに言うな。」
バルルーフは否定した。
「本当か?来るときにそなえ、同志をつのきたえる。良い策じゃないか。」
「そんな作戦は立てていない。来るときも来ない。」
バルルーフは首を横に振って再度否定した。
「来るときとは?」
私は隣にいたカルティアに尋ねた。
「戦争のことだ。簡単に言えば、今のエイスタットは、貴族・市民・宗教の3つの立場が主権を争っておるのだ。」
ここでもカルティアは見つからないよう私の後ろに隠れて小声で教えてくれた。
しかし間もなく、ロランの目に留まった。
「お久しぶりでございます、悪夢から目覚められたカルティア元陛下へいか。まだ、お元気でしたか。」
嫌味いやみったらしい。私は初めから悪夢など見ておらん。」
「ではバルルーフのおかげで正気を取り戻した愚王ぐおう。」
「…。」
いつもおだやかな農夫は無言を貫いていた。
しかしその表情をうかがうと、眉間みけんにはしわが寄せ、顔面を紅潮させていた。
「止さぬかロラン。」
バルルーフが仲裁ちゅうさいする。
「それより今日は何をしに来た?お前の活躍は、この辺境へんきょうの地にまで十分届いているぞ。」
「それなら話は早い。単刀直入たんとうちょくにゅうに申し上げる。再び民のため、共に立ち上がろうではないか!」
「それはできない。」
バルルーフすみやかに断った。
「なぜ?お前とて、このままでよいはずがない。」
そこからロランはバルルーフを説得するため熱弁ねつべんふるった。
「私だけでは、貴族を抑えるのに手一杯だ。それに加えて教皇国きょうこうこくたたくためにはお前の力が必要なのだ。」
「ロランわかってくれ。私は戦うつもりはない。」
バルルーフはこうべれた。
それでもロランは語り掛ける。
「貴族から汚名おめいを着せられたままでいいのか?!」
「あいにく名誉には興味がない。」
「誤った道徳が蔓延まんえんしようとしている!」
「いつの時代も、正しい道を知る者が必ず出てくる。」
「正しい道を知っているお前の言葉が、民には必要だ!」
「私の歩む道が正しいというのなら、我が隠遁いんとん生活も受け入れてくれよう。」
「本当にいいんだな?」
「ああ。疑うことは得意だ。常に自身すら疑って生きている。」
あの手この手を尽くしても、ロランの熱意がバルルーフの決意を揺るがすことは無かった。
「はぁ。この熱意が伝わらないとは、随分ずいぶん白状はくじょうになったものだ。」
あきれたロランは冗談を言った。
「熱意はひしひしと伝わっている。同時に旧友きゅうゆうの期待に応えられないことが苦しい。」
「はぁ。お前を口説き落とす弱点がどこかに落ちてないものか。」
ロランは思わずため息をついていた。
「ロランよ、むしろ私と共に、いや自然と共に生きないか?」
今度はバルルーフがロランに提案をした。
「お前の頼みでも今それはできない。」
ロランもまたバルルーフの提案を断った。
翌朝、寂しい笑みを浮かべながら同志を集める旅を再開させるロラン。
バルルーフもまた寂しそうに彼を見送った。

才能を駆使くしして信念を叶えんとする者。
才能を隠して信念を曲げまいとする者。

二人の理想は近いところにあるらしい。
二人の強い信念と信念の衝突を前に、私は自分が介入する余地がないことを理解した。
二人が尊い存在に思えて、目の前にいるのに絵の中の人を遠くから見ているような感覚におちいった。
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