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「おい、リーフェン、お前同期殺す気か?あれ当たってたらダルクの頭串刺しだったぞ!訓練では相手を殺さない程度に痛ぶる、これ鉄則!あとなぁ、この木刀!!これ一本いくらすると思ってんだ!あと俺に当たりそうになったし!
後日お前ん家に請求書送りつけるからな!まったく…、大怪我くらいなら万々歳だが死人がでたら俺の立場が危うくなるだろうが……」


ガミガミとところどころ的外れな指導をする教官に連れられていったアスラルは終始腑に落ちていない顔で甘んじて説教を受けながら木刀を破壊した罰則で当面模擬試合への参加禁止を言い渡されて、そこで初めて少しショックを受けたような顔をしていた。

いや、そこじゃないだろアスラルさんや…。

呆れながら深くため息を吐いて、ダルクの様子でも見に行くかと振り返ると微妙な顔をした友人たちが俺の方を見ていた。

え?何その顔。

不思議に思いながら皆んなに近づこうと一歩を踏み出すと、皆んなも同じ分だけ後退る。


「………うん?」


もう一歩、もう一歩と踏み出していくが距離は一向に縮まらない。


「………み、みんな…?」

「…シュリ、お前いつの間にあのバケモン手懐けたんだ…?」

「バケモン?」

「リーフェンだよ…!さっきお前んとこに嬉しそうに勝った報告しに行ってただろ!!」

「ええっ?いや、あれは…」

「お前まさかリーフェンを操って俺らを皆殺しにしようとしてるのか!そうなのか?!」

「いや、そんなわけないだろ!なんで皆殺し?!そんなん考えつきもしないわっ!!怖っ!!」

「だ、だってぇ……!!」



プルプルと震えながら俺の背後を指差す友人に恐る恐る振り返ると、いつの間に教官から解放されていたのか無表情で威圧的なオーラを醸し出すアスラルが俺の背後にぴっとりとくっついて皆んなの方を見ていた。

え?!こわい!何その顔!!

明らかに緊張してる感じとは違う面持ちに俺も皆んな同様ビビっていると、ゆっくり動いた視線が俺を捉える。


「教官に呼ばれたから少し席を外す。すぐに戻ってくるからここにいろ」


「………おう。いってらっしゃい……」



なんか…蛇に睨まれた蛙って…こういう気持ちなんだな……。

竦み上がって顔を引き攣らせていると、アスラルは再び皆んなの方に一瞬だけ視線を送り教官に連れられて訓練場を出て行った。



「………こ、こわいんだけど、あいつ……俺、なんかした…?」


震えながら皆んなの方を振り返ると全員緊張から解き放たれて「ぶはぁー……」とため息を吐くばかりで誰も俺の疑問には答えてくれない。

その中から満身創痍のダルクがフラフラと出てきて俺に近づくと、あの綺麗な金髪を疲れたように乱れさせたまま俺に向かってははっ…と乾いた笑いこぼした。


「お前、だいぶやばい犬に懐かれたな……」


ぽん、と両肩を叩かれたまま固まっていると俺を憐れみの表情で見てくる周囲の視線に困惑する。

いや、え?
待って待って、皆んななんで離れていくわけ?!
俺なんにもしてなくない?!
俺も皆んなと同じ気持ちだと思うんです!!!
アスラルってちょっと怖いよね!そうだよね?!!

ま、待って、なんでちょっとずつ離れていくんだ!
おいそこ!あからさまに目を逸らすな!!


待ってよ皆んなぁっ…!!!


俺は無言のうちにどんどん開いていく友人たちとの心の距離にアスラルが帰ってくるまで一人寂しくベンチでぐすぐすと啜り泣いていた。












「……お前さぁ、もうちょっと手加減とか覚えたほうがいいんじゃないかな…」
「訓練で手加減をしていると咄嗟に全力を出せなくなる。目の前の敵は容赦なく叩き潰せと父上に教えられた」
「お前んとこの教育方針ほんと物騒…」


英雄様はこいつを敵と見たら全て殲滅する意思持たぬ殺戮バーサーカーにでも仕立て上げるつもりなんだろうか…。

あの問題の模擬試合のあとアスラルを叱って戻ってきた教官により敗者へのスパルタ訓練が始まって、勝った奴らはみんな各々その辺で休んだり解散したりしている。
移動する気も失せて同期との心の距離に一人泣いていた俺がベンチで座っている間もアスラルは俺の傍に立ったまま離れようとはしない。
今日の一件で周りからは更に遠巻きにされてるし、誰かが少しでも物理的に近づいて来ようもんなら静かに威圧していくもんだから、もうほぼ壁である。俺と皆んなとの間を塞ぐ壁。


「なんで俺とはちゃんと会話できるのに他の奴威嚇するんだよ…。そんなんだと一生俺以外に友達できないぞ………」
「別にもう、それでいい」
「はあ?友達いらないの?」
「シュリがいる」
「いや、だから俺以外の友達の話」


「……俺は、シュリだけでいい」


「…………」



……っぶはぁっ!!!


ちょっと俺!!
何、きゅんっ…とかしちゃってんの!
尻いじられすぎて気が狂ったのか?!
それともついさっき友人たちに距離を置かれたせいで心が弱ってるのか?!
しっかりしろぉ!目を覚ませっ!!!

頭をブルブル振って胸の中に芽生えた感情を振り払おうとしているとアスラルに訝しむような表情で見られてハッとする。
ゴホンと咳払いをして誤魔化してみるが顔に集まった熱はなかなか引いていかなかった。
それを隠すためにアスラルから顔を背けて俯いていると、手で無理やりグイッと頭を持ち上げられて咄嗟に両手で顔を覆う。


「具合でも悪いのか。顔色がおかしい」
「…大丈夫だからほっといて」
「熱があるなら医務室に連れて行く。この後の勤務に支障をきたすのは良くない。熱を測るから手を退かせ」
「い、いやだ。具合なんて悪くないってば」
「じゃあどうして耳まで真っ赤になってる。明らかに異常だ」


耳っ?
俺耳まで赤くなってんの?!
だめだ、耳までは隠しきれないぞ…!

ううっ…!
アスラルが無理矢理手を剥がそうとしてくる。
だ、だめだ…っ、俺には木刀を破壊するようなバケモノ級の馬鹿力に抗える余力はないっ!!


………べりっ。


「ああっ!」


明るくなった俺の視界いっぱいに映しだされたアスラルは顕になった俺の顔をまじまじと見てピシッと固まった。
そんなに変な顔してるのか俺…!
てか人の顔見て固まるってちょっと酷くない?
誰のせいでこんなことになってると思ってんだよ。


そうだ、元はと言えば、


「お…………お前が恥ずかしいこと言うからだろ、ボケぇっ!!」


訓練場に響き渡るような声で怒鳴った俺に、その場にいた全員の視線が注がれる。そのなかには一足早くノルマを終えて水分補給をしながら友人と話すダルクもいた。


俺。


なにやってんのまじでーー!!!


カアァッ、とさらに顔に集まる熱に、訓練の時には発揮されたことのないくらいの力でふんっとアスラルの手を振り解き、一目散に訓練所を後にする。
追ってくるような気配がしたけど機動力だけなら俺の方が数倍上だ!
全速力で迷路のように長く続く廊下を走って曲がって曲がってその先にあった講義室に駆け込んでガチャっ!と鍵をかけた。


「はあっ……は……」


上がった息を整えながらずりずりと壁にもたれて蹲る。


………同期に、それも俺の尻の拡張に毎日勤しんでる変態に!加えて言うと俺が孤立しそうになってる元凶にっ!!
何ときめいてるんだよ俺ぇっ。
でも、
だ、だって、誰だってあんな一見硬派なイケメンに俺だけでいいとか、あんないじけた顔で言われたら…っなるだろ!!仕方ないだろ!!


だめだっ……、俺、ホモになんかなりたくないのに……!
尻を弄られた弊害がこんなところに潜んでいるなんて…。



このまま本当に尻と一緒に心まで新たな扉を開くことになってしまったらどうしようと頭を抱えていると、教室の外から扉を開けようとする音がガタッと響く。
もちろん鍵を掛けたので開くことはないが、もう見つかったのかと焦っているとこちらに呼びかける声にビクリと肩が鳴った。

 
「……シュリ、ここにいるんだろう。開けてくれ」


嫌に決まってんだろ!!
今の俺の顔はさっきより数倍変な感じになってる自信があるんだ!
ぜっっったいに開けない!!


無視してしらばっくれてやろうと黙っていると、アスラルは再び数回扉を開けようとしてカチャカチャとドアノブを動かしている。
軽くホラーだが、これに反応したらここにいるのが完全にバレてしまうので蹲ったままジッと扉の方を見ていたら再びアスラルが口を開いた。


「…勝ったらご褒美をくれると言ったじゃないか。あれは嘘だったのか…?」



…………な、なんだ、次は幻聴か…?
犬が悲しそうにクゥンクゥン鳴いてるみたいな声が聞こえてくる………。

…いやいや、しっかりしろ、今この場に犬なんていないし。
今扉の向こうにいるの俺より遥かに逞しい人間バズーカだし。

悲しそうな声なんて……。


「シュリ、開けてくれ…」


………アスラルお前、その巨体のどこからそんな声出してんだよ…。



「…………はぁぁ……」



俺は重たい体を持ち上げて立ち上がると、今俺とアスラルを隔てるたった一枚の扉の鍵に手をかける。

…俺、なんだかんだ言ってずっとこいつの言う通りになってないか?
これ開けたらまた調子に乗って次はとんでもない要求をしてくるんじゃ…。
ていうかご褒美のこと完全に忘れてた。


ガチャっ。


無意識のうちに回していた手が扉の鍵を開き、向こう側からドアノブが動かされる。
ゆっくり開いた扉にサッと俯くとアスラルは教室内に入って再び扉の鍵を閉めた。


………え?鍵?


その疑問を口に出す暇もなく正面から腰に両手を回されて、アスラルの方へぐいっと引き寄せられて、逞しい胸板に強かに鼻をぶつけた。


「いったぁ…」


痛みに鼻を摩っていると腰に回されたアスラルの手がやわやわと尻を揉み出してひゅうっと喉が引き攣る。


「お、おい?アスラル、なんで尻を…」
「ご褒美をくれ、シュリ。俺は勝っただろう」
「そうですけどその前に尻を揉むのをやめてもらっていいですか……」
「……?こうすると気持ちいいはずだが」
「…………」



冗談を言ってないっぽいのが逆に辛い…っ!!


アスラルの手によって着々と作り替えられている俺の身体をアスラルは俺より知り尽くしている。
一度でも「気持ちいい」と口走ってしまった場所は毎日毎日触られて最初は言わされていただけでも最近では本当に気持ちいいと思ってしまえるようになっていた。

尻を揉むのだって、アスラルの指を入れられながら揉まれた時に思わず反応してしまってからずっと、飽きずにもみもみやわやわ揉んでくるものだから、嫌でも思い出してしまう。…あの指の感触を。


「……っ、ん、やめろ。揉むなっ」
「シュリ、顔を見せてくれ。さっきすごく、可愛い顔をしていただろう。もう一度見たい…」
「や、やだ!絶対いや!!てか可愛いってなんだ!バカにしてんのか!」
「馬鹿になんてしていない。あれは俺のせいだとシュリは言っただろう?なら俺がしっかり見ておきたい」


片手が尻から離れて、その手に顎を掬われる。
抵抗することもせずにそのままアスラルを見上げると、顔を少しだけ赤らめたアスラルが熱い吐息を漏らしながら俺の顔をじっくりと見下ろしてきた。



「頬が桃みたいだな」
「……お前やっぱりちょっと馬鹿にしてるだろ。さっきも俺の変な顔見て固まってたし。…なんで俺ばっかりこんなに恥ずかしい思いしなきゃいけないんだ…。友達もみんな近づいてこなくなったし………。はぁ……。全部お前のせいだ…」
「馬鹿にしてない。あれはシュリが見たことのない顔をしていたから少し驚いただけだ。恥ずかしがることはない。変ではないし、むしろすごく可愛い」
「…………その、可愛いって言うのやめろ。お前にその気がなくてもなんか馬鹿にされてる気分になるから…」
「わかった」


素直に頷いたアスラルは長い指先で俺の瞼や頬をすりすりと撫でて、馬鹿にされていたわけではないとわかった俺は少しだけ気が抜けて目を細めながらアスラルの指の動きに気持ちよさを感じ始めていた。

頬の肉を捏ねられて、気づいたときにはアスラルの指は唇まで到達していた。
ふにふにと指の間で揉まれて咄嗟に顔を逸らそうとするけどそれは許さないとばかりに顔を掴まれ引き戻される。

なんだよ…。
もう十分俺の顔は見ただろ…?
そろそろ解放してくれたっていいんじゃないか?


「なあそろそろ……」
「ご褒美がまだだ」
「ああ…ご褒美ね…何?掃除当番代われって?それとも木刀の弁償代とか?…あ~、あとはなんだ……」
「そんなものは必要ない」
「…じゃあなにあげればいいの?」


投げやりな気持ちになりながら、とりあえず俺のポケットマネーが足りますようにと祈っていたら、アスラルの口からとんでもない要望が飛び出した。




「キスさせてくれ。シュリとキスがしたい」



キス……、きす…、kiss………??
お、俺と……?
へ…?



「……………そ、れは…キスって…」

「唇と唇を合わせる行為だ。気持ちいいと聞いた。シュリにもしてやりたいし、して欲しい。だめか?」


だめか?

でやっていいものじゃないと思うんだけどなぁ……。
それやっちゃったら何かを失ってしまう気がするんだよ。すでに尻に指入れられてる俺だけどさ…。

というかそれ、そこら辺の知識、一体誰から得てくるんだこの男。


「ご褒美はキスがいい」


熱っぽい瞳を艶めかせて切なそうな表情をしながらそう告げてきたアスラルに、俺はたじろぎながら視線を彷徨わせる。


いやぁ~…。
流石にそれはだめだろう…。
だって、キスだよ?
キスって…、気持ちよくなるためにするっていうか、恋人同士でやるやつじゃん…?
尻に指入れられてる時点で俺はそれをどうこう言えた立場ではないけど、なんかそれって本当に恋人みたいになっちゃわない?


考えあぐねる俺に、アスラルの瞳が不安げに揺れ出す。


「……………………っ~~~~!!あー!わかった!!わかった!!!やるから!そんな目で俺を見るなぁっ!!」



また流されてしまった……!!



















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