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しおりを挟む扉が開いた音に心臓が勢いよく跳ねた。
沈みかけていた意識が一気に覚醒して、ソファーから飛び起きて扉の方を見てみると、
そこには信じられないくらい冷たい顔をした、ガルがいた。
……え?あれ?なんで?
心臓の音がけたたましく鳴り響き、咄嗟に部屋の隅に逃げると、部屋に入って来たガルがガチャリと音を立てて扉を閉めた。
なんでガルがここにいるの?
なんで鍵をしめるの?
なんで?なんでなんでなんで。
「え…、ガ、ル…?」
「よぉ」
打って変わって見たことないくらいの笑顔で話しかけてくるガルに、ますます困惑して震えていると、小屋の真ん中にある小さなテーブルに置いていた僕のリュックサックを持ち上げて、中身を見る。
「なんだ、これ」
「あ…あの」
「なんだって聞いてんだろ、答えろよ」
「……っ、」
ガルが本気で怒ったことが過去一回だけあった。
あれはなんで怒られたんだったか。
確かそのときも、今みたいにニコニコしていて、それがひどく恐ろしくて、僕はぶるぶる震えることしかできなかった。
声を出すこともできずにぱくぱくと口を開け閉めしながら壁に背を引っ付けていると、ゆっくりとした足取りでガルがこちらに近付いてくる。
「答えろ」
あっという間に目の前にやって来たガルの赤い双眸に捕えられて、壁に張り付けられたみたいに身動きが取れない。
ーーそれは、ここから逃げるときに必要な道具。
そう言ってしまえば、ガルはどうするんだろう。
僕のことが嫌いならこのまま止めないでいてくれる?
それともまだいじめ足りないんだろうか。
ーー嘘をつかなきゃ。
19年生きて来て、初めて咄嗟にそう思った。
「…そ、れは、父さんの薬草採取に、っ行く時の、道具で」
「へぇ、やけに重たいな」
「…っ…」
「ロープは何に使う」
「この食糧はなんだ?」
「お前は、なんでこんな夜中にここにいる」
畳み掛けるように尋ねられて、言葉に詰まっている僕を、ガルは面白そうに見下ろしてきた。
何か言わなきゃ、逃げようとしてたのがバレたら多分きっと、大変なことになる。
「ユパ、お前今、俺に嘘ついたな」
見上げる位置にあるガルの顔は、いつのまにか再び温度を失っていて、僕の体の芯もサァッと冷えていく。
「ひっ…」
事態が飲み込めないまま、凄い力で首を掴まれ、足先が浮いた。
息が掛かるくらい近くにガルの整った顔がある。
息が苦しくて、カリカリと首に回されたガルの手を引っ掻くも、びくともしなかった。
「なあ、手紙、お前の家のドアに挟まってたやつ。あれなんだ?あ?教えろよ。お前、何しようとしてた?次は、嘘をつかずに、俺の目を見て答えろ」
「…っ、くるし、っ…!」
「関係ないこと喋んなよ。今聞いてんのはお前が何をしようとしてたかだ」
「…ぁう、離し、はなして…」
「ほんっと、頭悪いなぁお前。聞かれてることも理解できねぇとか」
首を掴まれたままソファーに放り投げられて、体が勢いよく沈み込む。
積もっていた埃が舞い上がって一瞬息ができなかった。
ゲホゲホと喉を摩りながら見上げると、ガルが僕に覆い被さるようにソファーに乗り上げてくる。
ギラギラした瞳がこちらを見下ろしていた。
「なぁ、嘘ついちゃったな、ユパ。お前もう誇れるもんないなぁ。嘘つかないとこがお前の唯一の長所だったのに」
「愚図で、ノロマで、嘘つきの木偶の坊。ダメっダメだな。19にもなって仕事もまともにできなくて、それなのに一人で生きていこうとか考えてたわけ?」
「それとも自分にも生きていけるだけの力があるとか思ってた?何勘違いしてんだよ。お前に何ができるんだ?おら、黙ってないでなんか言ってみろよ」
街の女の子たちが綺麗だと持て囃していた金髪が窓から入った月の光に照らされて、側から見ればまるで物語に出てくる王子様みたいなのに、その形の良い口から囁かれるのは優しい愛の言葉なんかじゃなく、心を蝕む猛毒だ。
声を発することもできず、ハッハッと浅く呼吸を繰り返すだけの僕にガルの口元がさらに歪む。
「勉強も運動もできない」
「任された仕事もまともにこなせない」
「ぶっさいくで、友達もいなけりゃ自分を信じてくれる親もいない」
「なーんもないなぁ、お前」
心底嬉しそうに笑う幼馴染に、僕は息をすることもできずに固まっていた。
なんもない。
そうだよ、僕にはなんにもない。
ガルの言った通りだよ。
でも、全部、全部全部君のせいじゃないか。
僕が一人になったのも、みんなが僕を嘘つきだって言い出したのも、全部、全部。
「君の、せいだろ」
ポツリと呟いた言葉と一緒にポロポロと目から涙が溢れていく。
堰を切ったように溢れてくる僕の涙を、ガルは瞳を細めながら冷たい指先で拭った。
「俺のせい?」
「そ、そうだ…っぐす、君のせいだろ…!全部全部!!」
「一人になっちゃったのも?」
「君が、君のせいで、っ父さんも、母さんも、みんな、みんな僕を…」
「そうだな、みーんなお前のこと嘘つきだって言ってたな。本当にユパはなんにも悪いことはしてないのに」
「……っ…」
わかってたならなんでやめてくれなかったんだ。
そんなに僕のことが嫌いなのか。
僕は君に何かした?
そんなに嫌われるようなことをしたのかな?
「可哀想だなぁ、ユパ」
「……へ…」
「俺はユパのこと大好きだよ。幼馴染だもん」
「は…?」
ガルが何を言っているのか理解できない。
大好き?
君が?僕を?
「愚図でノロマで、なーんにも持ってないユパのこと、好きになるのなんて、きっと俺くらいだよな。なぁ?ユパ」
「お前が嘘をつかない限り、俺はお前のことを嘘つきだなんて言わないよ。今までだって言ったことなかっただろう?」
そうだっただろうか。
…そうだったかもしれない。
確かにガルに嘘つき呼ばわりされたのは、さっきが初めてだった。
…あれ?じゃあ、僕を信じてくれてたのって、ガルだけなのかな?
街で万引きがあったとき、八百屋のおじさんと学校の先生はすぐさま僕を疑った。「嘘つきだから」って。
父さんも母さんも、僕が犯人なんだろうって。
学校のみんなも僕のこと、泥棒だって言ってきた。
だけど、ガルは?
「俺だけだよ、お前を信じて、愛してるのは」
耳元で囁かれた呪詛のような言葉に、心臓が大きく脈打った。
ガルだけ?
そっか、ガルだけなんだ。
一人じゃ何にもできない愚図でノロマな、良いとこなんてなんもないこんな僕を信じてくれるのも、
愛してくれるのも。
そっかぁ…。
縋る先がはっきりわかってしまうと、あとはもう、堪えきれなかった気持ちが溢れてダメだった。
「…みんな、みんな僕のこと、嫌いなんだよ。ねぇ、ガルは…僕のこと、嫌い?嘘ついたから、もう好きじゃないっ…?」
僕の頬を包み込んで涙を拭うガルの手に縋るように擦り寄ると、ガルの瞳が優しく細められる。
真っ赤で綺麗なガルの瞳。
そういえばガルってこんなにかっこよかったっけ。
こんな顔なら街の女の子たちが騒ぎ立てていたのも頷ける。
そのなかでも金色の睫毛に縁取られた赤の瞳。これが一番綺麗だと思う。
ああ、思い出した。
僕とガルが初めて会ったとき、僕はその時も同じことを思ったんだ。
柱の向こうから不安げに見てくる幼い瞳に、声をかけずにはいられなかった。
『僕、ユパって言うんだ。君の目、すっごく綺麗だね。宝石みたい』
幼い頃の記憶が蘇るにつれて、何かに吸い込まれるように意識がふわふわとして来て、気がついたら僕はそのまま気を失っていた。
◇
ぐちぐちと、粘着質な音が聞こえる。
何かが僕の体に入り込んで、動き回っている。
くぽっ、くぽっ。
誰にも、自分でも触れたことのないその場所を出たり入ったりしていたそれは、ナカのある場所を執拗に掠めていった。
動きが止まったかと思えば、背中を辿っていくように腰から首筋まで温かい何かが這う刺激に喉が震える。
「くっ、ん…」
気持ちがいい。
なんだかぬるま湯に浸かっているみたいだ。
だけどなんかお腹の辺りが苦しい。
「なあ、ユパ。まだ起きねぇの?」
起きない?
なんの話だろう。
この声、聞き覚えがあるなあ。
低くて、ちょっと掠れたような僕とは違う男らしい声。
「起きねぇなぁ。ちょっと強く掛けすぎたかな。…まあいいか。死ぬわけじゃないし」
死ぬ?
なんでそんな物騒な話になるんだろう。
頭上から降ってくる男の話し声に疑問を抱いていると、体内のものが再び動き出した。
くにくにと何かを塗り込むように内側を擦られて、むず痒いような刺激に顔を顰める。
かゆい、そこじゃない、もっと、奥のほう。
「っは、腰揺れてる。寝てんのに欲張りだなあユパ」
「あ゙っ」
男の笑い声と一緒のタイミングでぐちゅっと勢いよく入って来た刺激に、声が漏れる。
これ、僕の声?
あれ?
僕、なにしてたんだっけ…。
「ぁ、……う…?」
「あ、起きた」
ぼんやりとしていた視界と頭が、徐々にはっきりとしていく。
うつ伏せになった状態で、腹の下には僕のリュックサック。
お尻を高く上げたような体制で、尻には何かが、というか明らかに自分のものでない指が入っていた。
慌てて振り返ると、ガルが呑気に「おはよう」なんて言ってくる。
「………えっ?」
「え、じゃないだろ。なにお前、寝ぼけてんの?それとも覚えてないの?」
「覚え…って」
「覚えてないんだな。はぁ~…まじでちょっとやりすぎたかな。加減覚えないと。…で、どこまで記憶あんの?」
「僕が、泣いて、ガルが僕に、愛してるって…言ってた、ような…」
「そこから先は記憶なし?」
「………」
沈黙を肯定と受け止めたらしいガルは、大きくため息を吐いて僕の尻に入れていた指をくちゅんと抜き去った。
「ぁんっ…」
漏れてしまった声が恥ずかしくて慌てて口元を手で押さえる僕を、ガルは腕を掴んで抱き起こし、向かい合わせになるように膝の上に乗せた。
下半身はいつのまに脱がされたのか、靴下以外当たり前のように素っ裸だ。
顎のあたりまで捲り上がっていたシャツを慌てて下ろして軽く立ち上がってしまっていた局部を隠す。
「俺はお前のこと愛してる」
真顔でそう告げてくるガルに耐えきれず、顔が変なふうに歪んでいく。
なんだこれ、むず痒い。すごく。
「……う、」
「なんだその顔、馬鹿にしてんのか」
「し、してない。してないよ」
首を振って否定するとガルは僕の腰に手を沿わせ、下から見上げるみたいにこちらを見つめて来た。
顔のいいイケメンがそんなことをすれば、老若男女大体の人間が恋に落ちてしまうだろう。それくらいの威力がある。
「ユパは?俺のこと好き?」
「……ん、ぅん……」
「頷くだけじゃなくて言葉で言え」
「す、好き…」
「誰のことが」
「ガル、ガルのことが好き」
促されるまま言葉を紡いだ僕に、ガルは満足したようにチュッと啄むようなキスをして来た。
唇に残る柔らかな感触に、一気に顔が熱くなる。
「俺はお前のこと好きで、お前も俺のこと好きなんだろ?」
「う…うん」
「じゃあ、俺はお前のもんだし、お前は俺のもんだよな」
「う?うん…?」
多分、全然筋は通っていないのに、僕の頭は馬鹿になったみたいにガルの話を飲み込んでいく。
どうしちゃったんだろう僕。
僕ってこんなにガルのことが好きだったっけ。
「なら、ユパは俺のお嫁さんになる?」
「…………」
「おい、ユパ?」
「へっ…?」
「俺の嫁になるかって聞いてんだよ」
「よめ」
「…さらに馬鹿になったか?嫁だよ、よーめー!俺と夫婦になるかって聞いてんの」
よめ?ふうふ?
誰と誰が?
「早く答えろよ愚図」
「っ…」
腰に添えられていたガルの手が、無防備に曝け出されていた僕の尻に爪を立てた。
先程の優しげな空気はなりを顰めたように、今のガルが纏う空気は鋭い。
突き刺すような鋭い視線に身を引こうとしたけどガルがそれを許してくれなかった。
「何逃げようとしてんの?お前、俺のこと好きなんだよな?」
「……っ、す、好き、好きです」
「じゃあ結婚する?」
「け、っこんは…」
なんでだ?
僕はガルのことが好きで、ガルはどうしようもない愚図でノロマの僕を愛してくれる、唯一の人だ。
それなら結婚したらいいじゃないか。
いやいやいや、僕とガルが結婚?
男同士だろ、無理だよ。
でも僕はガルのことが好きだから関係ないのかな?
あれ、僕はなんでガルのことが好きなんだっけ?
……おかしいな、頭がモヤモヤして、考えがまとまらない。
「なに迷ってんだよ、さっさと答えろ」
「け、っこ、けっこん…」
「すんの?しないの?」
「……」
「…するだろ。するって言え」
「あっ、ひ…!?」
先程まで尻に爪を立てていた指が尻の間の窄まりからぐぷっと侵入してきて、喉が仰反る。
なぜかスムーズに人の指を飲み込んでしまっている事実にカァっと顔に熱が集まった。
「な、なんっ…」
「ああ~、あったけぇ。お前のナカ、女のマンコみたいにうねってる。立派な性器だな」
「やっ…手、止めてっ」
「じゃあ俺のお嫁さんになるって言って」
「っ、ふ、ぅ…っ」
「言えよ!」
「あ゙うっ」
コリコリとした場所をピンポイントで抉られて、バランスを崩した身体はガルにもたれ掛かるように倒れ込む。
「…さっきは上手く行ったのに。あー、でも記憶ないと意味ねぇしなあ…」
そう呟いたガルの声がハッキリと耳に届いた。
「や、抜いて、ガル、ぅっ…!」
骨張ったガルの指が、腸壁を擦るたびに、触ってもいない陰茎がピクピクと跳ね上がって先走りが白いシャツに染みを作っていく。
ーーさっきってなに?
上手く行ったって、何が?
記憶って、意味がないって。
ーー気持ちいい。気持ちいい。
腹の奥がじくじくと熱を孕み始めて、抑え込もうとすればするほど、自然と腰が揺れてしまう。
聞きたいことは山ほど溢れてくるのに、それと同じくらい次から次に快感を与えられて、浮かび上がった疑問も丁寧に快感に塗りつぶされていった。
「ユパ、顔上げてこっち見ろ」
ぐちゅぐちゅとナカをかき混ぜられたままガルの肩に震えながら額を押し付けていると、耳の近くで低い声が僕を呼ぶ。
そんなことにもいちいちビクビクと肌を粟立たせていたら、ガルが呆れたようにため息を吐いた。
呆れられた。
ガルしか僕を愛してくれないのに。
いやだいやだ、ガルに嫌われたくない!
嫌われたと思った瞬間、どうしようもなく悲しくなって涙やら鼻水やらが溢れて来るまま、慌てて顔を上げる。
ガルの綺麗な赤い瞳がジッとこちらを見つめていた。
「ぐすっ、ご、ごめんなさ、ガル、ガルぅ…ひくっ、嫌わないで、ぁ…うっ、」
「泣くか喋るかどっちかにしろよ。汚ねぇ顔だな」
「や、っ嫌わないでぇ…!好き、ガルのこと好き、愛してる、からっ…」
「じゃあ結婚する?」
「ゔんっ」
「俺のお嫁さんになる?」
「ゔ、んっ」
「じゃあ自分の口で言って、俺と結婚するって」
「わ、わかった、ゆう…!言うから、指、止めてっ」
つぽん、と抜けていった指にぎゅっと目を瞑って快感を逃す。
僕、身体がおかしくなってしまったのかもしれない。
お尻に指を入れられて、こんなに気持ち良くなってしまうなんて普通じゃないだろう。
いや、男同士で結婚も大分普通じゃないけれど。
僕は、乱れた息を整えて、泣いたせいで上がってきたしゃっくりを数回やり過ごし、しっかりと顔を上げてガルと視線を合わせる。
ああ、本当に綺麗な瞳の色だなあ。
「…ぼ、くはっ、」
「ん」
「僕は、ガルと、け、」
「け?」
本当に口に出してしまっていいんだろうか。
僕の心の奥底にある本能が「やめろ」と叫んでいるような気もする。
でも、結婚しないとガルは僕を嫌いになってしまうし。
それはいやだ。
じゃあ言うしかないんだろう。
「ぼ、僕はっ、ガルと、結婚しますっ…!」
言い終わった途端、バチン、と頭の中が何かに突き刺されたような痛みに襲われた。
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