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8.帰郷
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クリスマスムード一色の那覇空港に降り立つと、母と兄が出迎えてくれた。
「アメリカから長旅だったねー。疲れたでしょ? 大丈夫ね?」
母はそう言うと、あたしの頭をよしよしと撫でた。兄は黙ってあたしの手からトランクを奪って、駐車場へと引っ張った。
「赤ちゃんは何ヶ月なるの? つわりはない?」
驚いたことに、母は全然怒っていなかった。ごめんねと謝ると、あたしの顔を覗き込んで笑った。
「本当に好きな人との赤ちゃんだよね?だったら、いいさー」
兄が運転する車の中。後部座席に隣り合った母が言った。
「お母さんね、壮宏と理那生む前に、流産したことがあるんだよ。知ってた?」
驚いて首を振ると、母は懐かしそうにこう語りだした。
ある冬の朝、ロサンゼルスで働く婚約中の父に冗談半分で電話を掛けたら、あの父がホームシックを起こして、電話口で泣きじゃくっていたそうだ
「なあ多恵子、我ね、サンシン弾からんなたさ! なー、もう、だめだ。助けてくれ、多恵子!」
それを聞いた母は電話を切るや否や、すぐさまハンドバックとパスポートと空のスーツケースを二つも持って家を飛び出した。沖縄の特産品を山のように詰め込み、那覇空港から本土行きの飛行機をつかまえ、そのまま成田からロサンゼルスへ旅立ったという!
唖然とするあたしに、母はこう語りかけた。
「人間、本気で人を好きになったら、その人のためになんでもしようって思うものだよ。あんたも私の娘だったら、何か仕出かしても決しておかしくはない、そう思ったわけさ。
でもね、理那。お母さんはロサンゼルスで一週間暮らして、お父さんの子を身ごもって帰ってきたけど、それが分かったとき……ちょうど今頃だけど、お父さんが車の事故を起こしてしまったわけ。
右足はもう動かない、だから、医者の仕事を続けられないかもしれない、って書かれた手紙もらってね、お母さん、お父さんの分まで働こうと思った。みんなから結婚を反対されても、お金を稼げば、お父さんの足をリハビリしながら赤ちゃんと三人で暮らせる。そう思って、妊娠したことみんなに黙って、ずっと働いた。そしたら、流産してしまったわけさー」
母は車の窓から外を眺めて、ため息をついた。
「流産して、お母さん、いっぱい泣いたよ。帰ってきたお父さんと、二人で抱き合って泣いたさ。とっても悲しかった。自分のせいで、せっかくの命が消えてなくなってしまったって、幾回も幾回も肝病でぃ、自分を責めたよ。だからね、神様が授けてくれた命は、大事に大事にしないと。わかった?」
あたしはうなずいて、母にもたれかかった。
この子を守ろう、守り抜いて、産もう。頬を涙で濡らしながら、そう決意した。
車が着いた先は、西原にある母の実家だった。祖母は、あたしの大好きなアーサのおつゆとソーミンチャンプルーを用意して待っててくれていた。
仏壇に線香を供えて、妊娠の報告をした。相手が黒人だと告げるとさすがに祖父母はびっくりした様子だった。が、トランペットを吹く人だよと言ったら、祖母は
「おじいもサンシン弾くし、多恵子もサンシン弾ちゃーつかまえたし、やっぱり血筋は争えないねー」
と言って、笑った。それを聞いた祖父は、ただ
「はーっしぇ」
とだけつぶやくと、ニワトリの餌をやる、と言って、ぷいと席を立った。
あたしはそのまま、祖父母の家に泊まることになった。父が激怒して、あたしを宜野湾の家には上げるなと言ったらしい。
「いいよ。お父さんは頑固だけど、いつか、ちゃんとわかってくれるよ。あんたは、おなかの子供のことだけ考えなさい」
母はそう言って、兄と帰っていった。(9.へつづく)
「アメリカから長旅だったねー。疲れたでしょ? 大丈夫ね?」
母はそう言うと、あたしの頭をよしよしと撫でた。兄は黙ってあたしの手からトランクを奪って、駐車場へと引っ張った。
「赤ちゃんは何ヶ月なるの? つわりはない?」
驚いたことに、母は全然怒っていなかった。ごめんねと謝ると、あたしの顔を覗き込んで笑った。
「本当に好きな人との赤ちゃんだよね?だったら、いいさー」
兄が運転する車の中。後部座席に隣り合った母が言った。
「お母さんね、壮宏と理那生む前に、流産したことがあるんだよ。知ってた?」
驚いて首を振ると、母は懐かしそうにこう語りだした。
ある冬の朝、ロサンゼルスで働く婚約中の父に冗談半分で電話を掛けたら、あの父がホームシックを起こして、電話口で泣きじゃくっていたそうだ
「なあ多恵子、我ね、サンシン弾からんなたさ! なー、もう、だめだ。助けてくれ、多恵子!」
それを聞いた母は電話を切るや否や、すぐさまハンドバックとパスポートと空のスーツケースを二つも持って家を飛び出した。沖縄の特産品を山のように詰め込み、那覇空港から本土行きの飛行機をつかまえ、そのまま成田からロサンゼルスへ旅立ったという!
唖然とするあたしに、母はこう語りかけた。
「人間、本気で人を好きになったら、その人のためになんでもしようって思うものだよ。あんたも私の娘だったら、何か仕出かしても決しておかしくはない、そう思ったわけさ。
でもね、理那。お母さんはロサンゼルスで一週間暮らして、お父さんの子を身ごもって帰ってきたけど、それが分かったとき……ちょうど今頃だけど、お父さんが車の事故を起こしてしまったわけ。
右足はもう動かない、だから、医者の仕事を続けられないかもしれない、って書かれた手紙もらってね、お母さん、お父さんの分まで働こうと思った。みんなから結婚を反対されても、お金を稼げば、お父さんの足をリハビリしながら赤ちゃんと三人で暮らせる。そう思って、妊娠したことみんなに黙って、ずっと働いた。そしたら、流産してしまったわけさー」
母は車の窓から外を眺めて、ため息をついた。
「流産して、お母さん、いっぱい泣いたよ。帰ってきたお父さんと、二人で抱き合って泣いたさ。とっても悲しかった。自分のせいで、せっかくの命が消えてなくなってしまったって、幾回も幾回も肝病でぃ、自分を責めたよ。だからね、神様が授けてくれた命は、大事に大事にしないと。わかった?」
あたしはうなずいて、母にもたれかかった。
この子を守ろう、守り抜いて、産もう。頬を涙で濡らしながら、そう決意した。
車が着いた先は、西原にある母の実家だった。祖母は、あたしの大好きなアーサのおつゆとソーミンチャンプルーを用意して待っててくれていた。
仏壇に線香を供えて、妊娠の報告をした。相手が黒人だと告げるとさすがに祖父母はびっくりした様子だった。が、トランペットを吹く人だよと言ったら、祖母は
「おじいもサンシン弾くし、多恵子もサンシン弾ちゃーつかまえたし、やっぱり血筋は争えないねー」
と言って、笑った。それを聞いた祖父は、ただ
「はーっしぇ」
とだけつぶやくと、ニワトリの餌をやる、と言って、ぷいと席を立った。
あたしはそのまま、祖父母の家に泊まることになった。父が激怒して、あたしを宜野湾の家には上げるなと言ったらしい。
「いいよ。お父さんは頑固だけど、いつか、ちゃんとわかってくれるよ。あんたは、おなかの子供のことだけ考えなさい」
母はそう言って、兄と帰っていった。(9.へつづく)
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