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肩車
3.壮宏(たけひろ)、父親に肩車される
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At Nakijin Village, Okinawa; February, 2011 and 2022.
The narrator of this story is Takehiro Kochinda.
島袋さんが理那を肩車したまま、父の右隣にやってきた。
「理那ちゃーん、お父さんの肩に移れるかなー?」
「うん!」
何も知らない理那は元気よくうなずき、父の頭に両手を掛ける。実に危なっかしい。僕はハラハラしたが、理那はなんとか父の首に両足を掛け、父のおでこを両手で抱えた。
「うわー、さっきより、高ーい!」
理那がきゃっきゃとはしゃぐ。母と島袋さんが、両側から父を支えている。な、なんかお父さん、安定感がイマイチなんですけど。それなのに、理那は陽気にこう叫んだのだ。
「おもしろーい! ねーねー、お父さん。歩こう!」
……あのね、君。そんな無茶なこと、言うもんじゃないよ?
お父さん、お前を肩車しているだけで、大変なんだよ?
それなのに、ああ、それなのに。なんと父は同意したのです。
「よーし、歩くか! 理那、しっかりつかまってろよ!」
お、お父さん、マジっすか?
「しゅっぱーつ、進行!」
理那が大声を上げた。母が声を掛ける。
「じゃ、左足からねー。いっち、に、いっち、に、……」
そろりそろりと、大人三人組プラス一人娘はゆっくり前に進んでいる。というより、にじり寄っている。
「わーい、わーい!」
理那はずっと喜んでいたけど、父の松葉杖を抱えたまま僕は気が気じゃなかった。はっきり言って、この団体、すっげー変です。運動会の騎馬戦じゃないんですからね?
こうして二十歩ぐらい歩いただろうか。
「じゃ、理那ちゃん。おじさんところに戻っておいで」
理那が島袋さんの肩へと戻った。と、島袋さんは理那を担いだまま走り出し、その場に立ち止まって理那を左右にぶんぶん振り回している。理那がきゃっきゃとはしゃぐ声が城中に反響した。
「あー、面白かったー!」
僕のそばにやってくると、理那が満足げにつぶやいて島袋さんの肩から降りてきた。すると、島袋さんの声がした。
「じゃ、次、壮宏君ね?」
え、え、え? うっそ! だってぼく、20㎏超えてるよ?
でも、そんなことはお構いなしだったみたいだ。すぐさま理那が僕の手から父の松葉杖を奪い取って(理那も母に似て力持ちなんです)、気がつくと僕は高く持ち上げられ、島袋さんの肩に乗っていた。
大人の肩の上は、思っていたよりもずっと高くて、広々としてて、遠くでちょこちょこピンク色の花をつけ始めた桜の木まできれいに見渡せた。しかもその視界のまま、ぐんぐん父と母に近づいていく。
「上間、次は、壮宏君なー?」
「よし、壮宏、こっちおいで」
「壮宏、気ぃつけてよ?」
母の右手が、僕のお尻のあたりにあてがわれている。そして、見覚えのある金髪頭が僕のすぐ左側にあった。僕はよろよろしながら半分立ち上がるような感じで身を浮かせ、父の左肩に左足を掛けた。ちょっと、怖かった。
「よいしょっと。壮宏、お前、重くなったなー?」
父の声が明るく響く。ごめんね。足、きっと大変だよね?
でも、父の金髪頭からの眺めは最高だった。ちょうどメジロが、‘ケッキョー’とウグイスっぽく鳴きながら、近くの木の枝から僕らのすぐ横を掠めてきた。メジロの羽ばたきを、軽く頬に感じた。
そうなんだ。飛ぶ鳥と同じ高さに、僕は、いるんだ!
「じゃ、左足からねー。いっち、に、いっち、に、……」
母の掛け声に合わせて、そろりそろりと、大人三人組プラス僕はゆっくり前に進む。宙に浮いたような、奇妙な感覚。何かの絵本で象に乗った王様の絵があったけど、こんな気分だったのかな?
妹と同じく二十歩ほど歩き、僕は再び島袋さんに肩車され、左右にぶんぶん振り回された。
「うわあーあー!」
目の前の景色が左右にざーっと流れる中、父と母と妹の笑い声が聞こえる。肩から降りてきた僕に、理那が意地悪そうに言った。
「お兄ちゃん、弱虫!」
ち、ちがうよ。願い事がいくつもいっぺんに叶ったから、ちょっと驚いただけだってば。
あれから、もう十年以上経つんだな。
僕は今、あの時と同じ場所に立って桜を眺めている。十八歳になった僕の身長は178㎝。父より3センチも高くなった。
僕は、持ってきた一眼レフを肩から外すと、咲きほころんだ桜をとらえ、シャッターを切った。
カシャッと、鋭く乾いた音が、僕の手の中で響いた。
(肩車 FIN)
---
サザン・ホスピタル短編集、これにてひとまず連載終了となります。ご愛読ありがとうございました。
The narrator of this story is Takehiro Kochinda.
島袋さんが理那を肩車したまま、父の右隣にやってきた。
「理那ちゃーん、お父さんの肩に移れるかなー?」
「うん!」
何も知らない理那は元気よくうなずき、父の頭に両手を掛ける。実に危なっかしい。僕はハラハラしたが、理那はなんとか父の首に両足を掛け、父のおでこを両手で抱えた。
「うわー、さっきより、高ーい!」
理那がきゃっきゃとはしゃぐ。母と島袋さんが、両側から父を支えている。な、なんかお父さん、安定感がイマイチなんですけど。それなのに、理那は陽気にこう叫んだのだ。
「おもしろーい! ねーねー、お父さん。歩こう!」
……あのね、君。そんな無茶なこと、言うもんじゃないよ?
お父さん、お前を肩車しているだけで、大変なんだよ?
それなのに、ああ、それなのに。なんと父は同意したのです。
「よーし、歩くか! 理那、しっかりつかまってろよ!」
お、お父さん、マジっすか?
「しゅっぱーつ、進行!」
理那が大声を上げた。母が声を掛ける。
「じゃ、左足からねー。いっち、に、いっち、に、……」
そろりそろりと、大人三人組プラス一人娘はゆっくり前に進んでいる。というより、にじり寄っている。
「わーい、わーい!」
理那はずっと喜んでいたけど、父の松葉杖を抱えたまま僕は気が気じゃなかった。はっきり言って、この団体、すっげー変です。運動会の騎馬戦じゃないんですからね?
こうして二十歩ぐらい歩いただろうか。
「じゃ、理那ちゃん。おじさんところに戻っておいで」
理那が島袋さんの肩へと戻った。と、島袋さんは理那を担いだまま走り出し、その場に立ち止まって理那を左右にぶんぶん振り回している。理那がきゃっきゃとはしゃぐ声が城中に反響した。
「あー、面白かったー!」
僕のそばにやってくると、理那が満足げにつぶやいて島袋さんの肩から降りてきた。すると、島袋さんの声がした。
「じゃ、次、壮宏君ね?」
え、え、え? うっそ! だってぼく、20㎏超えてるよ?
でも、そんなことはお構いなしだったみたいだ。すぐさま理那が僕の手から父の松葉杖を奪い取って(理那も母に似て力持ちなんです)、気がつくと僕は高く持ち上げられ、島袋さんの肩に乗っていた。
大人の肩の上は、思っていたよりもずっと高くて、広々としてて、遠くでちょこちょこピンク色の花をつけ始めた桜の木まできれいに見渡せた。しかもその視界のまま、ぐんぐん父と母に近づいていく。
「上間、次は、壮宏君なー?」
「よし、壮宏、こっちおいで」
「壮宏、気ぃつけてよ?」
母の右手が、僕のお尻のあたりにあてがわれている。そして、見覚えのある金髪頭が僕のすぐ左側にあった。僕はよろよろしながら半分立ち上がるような感じで身を浮かせ、父の左肩に左足を掛けた。ちょっと、怖かった。
「よいしょっと。壮宏、お前、重くなったなー?」
父の声が明るく響く。ごめんね。足、きっと大変だよね?
でも、父の金髪頭からの眺めは最高だった。ちょうどメジロが、‘ケッキョー’とウグイスっぽく鳴きながら、近くの木の枝から僕らのすぐ横を掠めてきた。メジロの羽ばたきを、軽く頬に感じた。
そうなんだ。飛ぶ鳥と同じ高さに、僕は、いるんだ!
「じゃ、左足からねー。いっち、に、いっち、に、……」
母の掛け声に合わせて、そろりそろりと、大人三人組プラス僕はゆっくり前に進む。宙に浮いたような、奇妙な感覚。何かの絵本で象に乗った王様の絵があったけど、こんな気分だったのかな?
妹と同じく二十歩ほど歩き、僕は再び島袋さんに肩車され、左右にぶんぶん振り回された。
「うわあーあー!」
目の前の景色が左右にざーっと流れる中、父と母と妹の笑い声が聞こえる。肩から降りてきた僕に、理那が意地悪そうに言った。
「お兄ちゃん、弱虫!」
ち、ちがうよ。願い事がいくつもいっぺんに叶ったから、ちょっと驚いただけだってば。
あれから、もう十年以上経つんだな。
僕は今、あの時と同じ場所に立って桜を眺めている。十八歳になった僕の身長は178㎝。父より3センチも高くなった。
僕は、持ってきた一眼レフを肩から外すと、咲きほころんだ桜をとらえ、シャッターを切った。
カシャッと、鋭く乾いた音が、僕の手の中で響いた。
(肩車 FIN)
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サザン・ホスピタル短編集、これにてひとまず連載終了となります。ご愛読ありがとうございました。
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