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野球帽の少年
2.兄の話
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At Nishihara Town, Okinawa; August 10 and 18, 1979.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.
家に帰ってすぐ、お母は仏壇にお供え物をした。実は、あたしには兄がいたらしいが生まれてすぐに亡くなったそうだ。そして、今日はその兄の命日だ。
御香に火をともし、あたしとお母は仏壇に手を合わせた。そして、お母は裏座(夫婦の寝室)からアルバムを持ってきた。うちのお父はカメラ好きで、なにかあるたびにカメラを構えている。ほとんどがあたしの写真だが、一枚だけ違う赤ちゃんの白黒写真が挟まれていた。病院で撮ったのだろう。ベビーベッドの中に横たわる赤ちゃんには鼻に酸素を通すチューブがつけられていて、小さな腕に二本も点滴が刺さっていた。
「あんたのお兄ちゃんは勝って名前で、さっきの童みたいに色が白くて、左のほっぺたに赤いあざがあったんだよ。今日は勝の命日だから、神様が逢わせてくれたのかもしれないね」
お母は小さくつぶやいた。
夕方になって、お父がタクシーの仕事から帰って来た。あたしはお父に抱きついた。
「お父さん、今日ね、金髪の男の子を見たよ!」
「金髪? アメリカーか?」
「わからんけど、ほっぺたに赤い模様があったよ? お母さんが、お兄ちゃんかも知れないって」
「はあ? 何んでぃ言ちょーが?」
お父は仏壇に手を合わせて後も、お母となにやら話をしていた。でも、方言だらけで、あたしにはさっぱりわからなかった。
それから一週間が過ぎ、あたしは、兄に似た男の子のことなんてすっかり忘れていた。
八月も終盤に近づいた夕方。空手道場の帰りに、あの公園を通りがかった。
びっくりした。また、いたのだ。水呑場に。今度はグレーの野球帽に緑色のポロシャツ姿だった。
「お兄ちゃん?」
思わず叫んじゃった。そんなはずないのに。第一、幽霊が着替えをするとは思えない。
男の子はあたしをちらっと見ると、前回と同様、ぷいっと横を向いて走り去っていった。
追いかけようとして、あたしは足を止めた。地面に何かキラキラ光る物がある。拾い上げてみた。鍵だ。先っぽに鉛色をした飛行機のキーホルダーがついている。アルファベットで何かが書かれてるが、あたしにはさっぱり読めなかった。
落し物に気づいたのだろう。男の子が戻ってきた。あたしと目が合った。
“Hello ?”
知っている唯一の英語の挨拶をあたしは口にした。右手を高く掲げ拾った鍵を示す。
「えっと、あのー」
なんと言えば判らずに、あたしは鍵を振り続けた。男の子が近づいてきた。じっとあたしの顔を眺めていたが、素早く鍵を奪い取って何も言わずに走り去っていった。
この時、あたしは決心した。英語をしゃべれるようになろう。この子と友達になろう、って。
家に帰ると、誕生日プレゼントにもらったアルファベットの絵本を開いた。あまり会話は載ってなかったけど、あたしは必死で書かれている言葉を一人でぶつぶつ繰り返した。
The narrator of this story is Taeko Kochinda.
家に帰ってすぐ、お母は仏壇にお供え物をした。実は、あたしには兄がいたらしいが生まれてすぐに亡くなったそうだ。そして、今日はその兄の命日だ。
御香に火をともし、あたしとお母は仏壇に手を合わせた。そして、お母は裏座(夫婦の寝室)からアルバムを持ってきた。うちのお父はカメラ好きで、なにかあるたびにカメラを構えている。ほとんどがあたしの写真だが、一枚だけ違う赤ちゃんの白黒写真が挟まれていた。病院で撮ったのだろう。ベビーベッドの中に横たわる赤ちゃんには鼻に酸素を通すチューブがつけられていて、小さな腕に二本も点滴が刺さっていた。
「あんたのお兄ちゃんは勝って名前で、さっきの童みたいに色が白くて、左のほっぺたに赤いあざがあったんだよ。今日は勝の命日だから、神様が逢わせてくれたのかもしれないね」
お母は小さくつぶやいた。
夕方になって、お父がタクシーの仕事から帰って来た。あたしはお父に抱きついた。
「お父さん、今日ね、金髪の男の子を見たよ!」
「金髪? アメリカーか?」
「わからんけど、ほっぺたに赤い模様があったよ? お母さんが、お兄ちゃんかも知れないって」
「はあ? 何んでぃ言ちょーが?」
お父は仏壇に手を合わせて後も、お母となにやら話をしていた。でも、方言だらけで、あたしにはさっぱりわからなかった。
それから一週間が過ぎ、あたしは、兄に似た男の子のことなんてすっかり忘れていた。
八月も終盤に近づいた夕方。空手道場の帰りに、あの公園を通りがかった。
びっくりした。また、いたのだ。水呑場に。今度はグレーの野球帽に緑色のポロシャツ姿だった。
「お兄ちゃん?」
思わず叫んじゃった。そんなはずないのに。第一、幽霊が着替えをするとは思えない。
男の子はあたしをちらっと見ると、前回と同様、ぷいっと横を向いて走り去っていった。
追いかけようとして、あたしは足を止めた。地面に何かキラキラ光る物がある。拾い上げてみた。鍵だ。先っぽに鉛色をした飛行機のキーホルダーがついている。アルファベットで何かが書かれてるが、あたしにはさっぱり読めなかった。
落し物に気づいたのだろう。男の子が戻ってきた。あたしと目が合った。
“Hello ?”
知っている唯一の英語の挨拶をあたしは口にした。右手を高く掲げ拾った鍵を示す。
「えっと、あのー」
なんと言えば判らずに、あたしは鍵を振り続けた。男の子が近づいてきた。じっとあたしの顔を眺めていたが、素早く鍵を奪い取って何も言わずに走り去っていった。
この時、あたしは決心した。英語をしゃべれるようになろう。この子と友達になろう、って。
家に帰ると、誕生日プレゼントにもらったアルファベットの絵本を開いた。あまり会話は載ってなかったけど、あたしは必死で書かれている言葉を一人でぶつぶつ繰り返した。
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