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探偵ごっこ
2.証拠品が示した真相
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At Nishihara Town and Ginowan City, Okinawa; July, 2010.
The narrator of this story is Takehiro Kochinda.
僕は外から戻ってきた理那にMDを見せた。
「そう、これ、これだよ、お兄ちゃん!」
理那はそう叫ぶと、一目散に東風平家の階段を駆け上った。
台所のテーブルにやどかりのビンをそっと置き、急いで追いかけると、理那は勝手にドアを開いて昔の母の部屋へ入っていく。黄色い小物入れの引き出しから何やらコード類を引っ張り、手のひらサイズの機械を取り出した。
「これ、二十世紀のMDプレーヤーって言うんだよ。お母さんが使ってたって。たぶん、まだ壊れてないはずよ?」
理那はMDプレーヤーをコンセントに繋いだ。ランプが点いた。確かにまだ使えそうだ。僕は恐る恐る手元のMDを入れた。
理那が再生ボタンを押す。どきどきしながらボリュームを上げると、プレーヤーから聞きなれた声がした。
「上間です。ただいま出かけています。ピーという発信音の後に、お名前とご用件をお願いいたします」
若い父の声。留守番電話みたいだ。ピーッという高い音が一秒くらい響いて、こんな声が聞こえてきた。
「こんにちは、東風平多恵子です。」
はい? お、お母さん?
思わず、僕と理那は顔を見合わせた。若くてトーンが高めだけど、たしかに母の声だ。
「今日は、いろいろ励ましていただいて、ありがとうございました。さっきマギー師長から連絡が入って、明日から出勤できることになりました。これからもよろしくお願いします。お疲れ様でした。おやすみなさい」
ガチャリという音、そして、ツーツーと電話が切れる音がした。
「今の、お母さん、だよね?」
「こちんだたえこって言ってたよね?」
僕たちがささやくと、またMDから声がした。
「東風平多恵子です。今日は、ごめんなさい。あなたが父にお金を借りていて、ちゃんと返済したという事を、母から聞きました。あなたのことを誤解して、本当にすみませんでした。おやすみなさい」
「ちょっと、あんたたち、人の部屋で何やってるの?」
突然、現在の母の声が響いた。僕らはびくっとして顔を上げた。アイロン仕事を終えたのだろう。額に汗をかきながら母はプリプリ怒っている。
「あい、壮宏? お母さんの部屋のを勝手にいじくらないでって、言ったばかりでしょう?」
「ごめんなさい」
悪いのは理那なんだけど、とりあえず謝っておく。言い訳したらもっと怒られるからだ。そうしたら、MDからまた若い母の声がした。
「勉ー、気をつけてアメリカ行っといでねー。言っとくけど、浮気したら、すぐ殴るよ!」
「あー! ちょっと、やめて!」
今の母が真っ赤になりながら大声で叫び、MDプレーヤーを止めた。肩で息をしながらMDを取り出している。
「あんたたち、これ、どこから?」
「どこからって、お父さんが、預かっててって……」
「ごめんなさい。あたし、お父さんがてっきり、浮気、してると、……ひっく! うわーん!」
理那がそう言ってわっと泣き出した。
「浮気? お父さんが?」
お母さんが理那の顔を覗き込む。理那が鼻をすすりながら続けた。
「お父さんの、パソコン、から、ひっく!……女の人、ひっく! の声が聞こえ、ひっく! た、から、てっきり、ひっく!……うわーん!」
「理那、あんた、何言ってるの?」
母は呆れて目をぱちくりさせているだけだった。
外でゴンゾーがワオーンと吠えている。続いて、車の音。
「ただいまー」
父の声だ。僕らは急ぎ足で階下へ降りた。見ると祖父母も一緒だ。
「おかえりなさーい」
「おかえりー、早かったね?」
「おかえ、ひっく! り、なさい、ひっく! えーん!」
「……理那?」
「あい、理那、如何さが?」
「なんで泣くねー、理那?」
不自由な右足を引きずっている父や祖父母らが不思議そうに理那の顔を見ると、理那は再び、
「お父さん、ごめんなさーい! うわーん!」
と父に抱きついて大泣きした。大声の振動にびっくりしたのか、台所のビンの中で、やどかりが貝殻に引っ込んでひっくり返っていた。
宜野湾の家に帰ってから、二人で父の部屋へ行った。父はパソコンの画面から例のファイルをクリックした。
「こんにちは、東風平多恵子です。今日は……」
スピーカーの調子が悪いのだろう。パソコンからの母の声が、ちょっとひずんで聞こえる。理那が他の女性と思い込んだのも無理はない。
「MDの音をこっちに移して、雑音を取って編集してたんだよ。ほら」
父はそういって音の波形を見せてくれた。高い部分のノイズが消えているのが判る。
「アメリカにいたときはまだ電話料金が高くてねー。時差もあるし、お母さんの声を聞きたくてもなかなか聞けなかったから、毎日このMDの声を聞いてたんだ。だから、そのMDは大事な宝物なんだよ」
「ふーん」
頷く僕らに父は真新しいディスクを示した。
「ノイズをとった音を、こっちに焼いたんだ。コンポで再生してごらん」
僕らは、父のコンポにそのディスクを差し込んだ。
「こんにちは、東風平多恵子です。今日は……」
先ほどとは打って変わった鮮やかな声がする。
「ほんとだ、お母さんだ!」
理那はそう叫んで、にっこりした。
ほら見ろ。お父さんが浮気するわけ、ないじゃないか?
そう言いたい気持ちを、僕は寸前でかみ殺した。なぜなら、僕だって本当はちょっと心配してたのだから。
何も知らない父は、母の声を聞いてご機嫌だ。僕は心の中で頭を下げた。
お父さん、疑ってごめんなさい。
(探偵ごっこ FIN)
The narrator of this story is Takehiro Kochinda.
僕は外から戻ってきた理那にMDを見せた。
「そう、これ、これだよ、お兄ちゃん!」
理那はそう叫ぶと、一目散に東風平家の階段を駆け上った。
台所のテーブルにやどかりのビンをそっと置き、急いで追いかけると、理那は勝手にドアを開いて昔の母の部屋へ入っていく。黄色い小物入れの引き出しから何やらコード類を引っ張り、手のひらサイズの機械を取り出した。
「これ、二十世紀のMDプレーヤーって言うんだよ。お母さんが使ってたって。たぶん、まだ壊れてないはずよ?」
理那はMDプレーヤーをコンセントに繋いだ。ランプが点いた。確かにまだ使えそうだ。僕は恐る恐る手元のMDを入れた。
理那が再生ボタンを押す。どきどきしながらボリュームを上げると、プレーヤーから聞きなれた声がした。
「上間です。ただいま出かけています。ピーという発信音の後に、お名前とご用件をお願いいたします」
若い父の声。留守番電話みたいだ。ピーッという高い音が一秒くらい響いて、こんな声が聞こえてきた。
「こんにちは、東風平多恵子です。」
はい? お、お母さん?
思わず、僕と理那は顔を見合わせた。若くてトーンが高めだけど、たしかに母の声だ。
「今日は、いろいろ励ましていただいて、ありがとうございました。さっきマギー師長から連絡が入って、明日から出勤できることになりました。これからもよろしくお願いします。お疲れ様でした。おやすみなさい」
ガチャリという音、そして、ツーツーと電話が切れる音がした。
「今の、お母さん、だよね?」
「こちんだたえこって言ってたよね?」
僕たちがささやくと、またMDから声がした。
「東風平多恵子です。今日は、ごめんなさい。あなたが父にお金を借りていて、ちゃんと返済したという事を、母から聞きました。あなたのことを誤解して、本当にすみませんでした。おやすみなさい」
「ちょっと、あんたたち、人の部屋で何やってるの?」
突然、現在の母の声が響いた。僕らはびくっとして顔を上げた。アイロン仕事を終えたのだろう。額に汗をかきながら母はプリプリ怒っている。
「あい、壮宏? お母さんの部屋のを勝手にいじくらないでって、言ったばかりでしょう?」
「ごめんなさい」
悪いのは理那なんだけど、とりあえず謝っておく。言い訳したらもっと怒られるからだ。そうしたら、MDからまた若い母の声がした。
「勉ー、気をつけてアメリカ行っといでねー。言っとくけど、浮気したら、すぐ殴るよ!」
「あー! ちょっと、やめて!」
今の母が真っ赤になりながら大声で叫び、MDプレーヤーを止めた。肩で息をしながらMDを取り出している。
「あんたたち、これ、どこから?」
「どこからって、お父さんが、預かっててって……」
「ごめんなさい。あたし、お父さんがてっきり、浮気、してると、……ひっく! うわーん!」
理那がそう言ってわっと泣き出した。
「浮気? お父さんが?」
お母さんが理那の顔を覗き込む。理那が鼻をすすりながら続けた。
「お父さんの、パソコン、から、ひっく!……女の人、ひっく! の声が聞こえ、ひっく! た、から、てっきり、ひっく!……うわーん!」
「理那、あんた、何言ってるの?」
母は呆れて目をぱちくりさせているだけだった。
外でゴンゾーがワオーンと吠えている。続いて、車の音。
「ただいまー」
父の声だ。僕らは急ぎ足で階下へ降りた。見ると祖父母も一緒だ。
「おかえりなさーい」
「おかえりー、早かったね?」
「おかえ、ひっく! り、なさい、ひっく! えーん!」
「……理那?」
「あい、理那、如何さが?」
「なんで泣くねー、理那?」
不自由な右足を引きずっている父や祖父母らが不思議そうに理那の顔を見ると、理那は再び、
「お父さん、ごめんなさーい! うわーん!」
と父に抱きついて大泣きした。大声の振動にびっくりしたのか、台所のビンの中で、やどかりが貝殻に引っ込んでひっくり返っていた。
宜野湾の家に帰ってから、二人で父の部屋へ行った。父はパソコンの画面から例のファイルをクリックした。
「こんにちは、東風平多恵子です。今日は……」
スピーカーの調子が悪いのだろう。パソコンからの母の声が、ちょっとひずんで聞こえる。理那が他の女性と思い込んだのも無理はない。
「MDの音をこっちに移して、雑音を取って編集してたんだよ。ほら」
父はそういって音の波形を見せてくれた。高い部分のノイズが消えているのが判る。
「アメリカにいたときはまだ電話料金が高くてねー。時差もあるし、お母さんの声を聞きたくてもなかなか聞けなかったから、毎日このMDの声を聞いてたんだ。だから、そのMDは大事な宝物なんだよ」
「ふーん」
頷く僕らに父は真新しいディスクを示した。
「ノイズをとった音を、こっちに焼いたんだ。コンポで再生してごらん」
僕らは、父のコンポにそのディスクを差し込んだ。
「こんにちは、東風平多恵子です。今日は……」
先ほどとは打って変わった鮮やかな声がする。
「ほんとだ、お母さんだ!」
理那はそう叫んで、にっこりした。
ほら見ろ。お父さんが浮気するわけ、ないじゃないか?
そう言いたい気持ちを、僕は寸前でかみ殺した。なぜなら、僕だって本当はちょっと心配してたのだから。
何も知らない父は、母の声を聞いてご機嫌だ。僕は心の中で頭を下げた。
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