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探偵ごっこ
1.探偵、物的証拠を捜索する
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At Nishihara Town and Ginowan City, Okinawa; July, 2010.
The narrator of this story is Takehiro Kochinda.
ギーッと音を立てて小さな小屋の戸を開けると、むっとした匂いが立ち込める。あたりにはポリバケツやペンキ缶、古い農耕具、おばぁの足踏みミシン、高校時代まで使われていた父の青い自転車などが所狭しと並べられている。
ここは、西原にある母の実家。裏庭の物置小屋だ。
トタン屋根の隙間から、きらきらと青空が覗く。あわてて下をみるとびしょびしょに濡れてる。ああ、この間の台風でまた雨漏りしちゃったんだな? 早く直すように、おじぃに言わなくっちゃ。
先週、近くの海で拾ったやどかりを入れた佃煮のビンを置き、僕は雑巾を広げて床を拭く。そして汚れた手を洗って、探しものをする。何を隠そう、ここは、僕の秘密基地なのだ。僕がそう決めた。家のすぐそばだから誰にも怒られないし、僕と違って活発な理那はすぐ外に出て行くから、邪魔が入ることも少ない。たまーに犬のゴンゾーが来るけど、奴は大人しいし秘密をしゃべったりしないから大丈夫。
棚の奥から自分の箱を取り出す。箱は全部で十近くあるんだ。たいてい、お中元やお歳暮でもらうクッキー類のキレイな缶を使っている。ふつうなら女の子が好きそうなんだけど、理那は全然興味がないみたいだ。
箱を次々と棚から下ろしていく。今日探しているのは、たしかケルドセンのバタークッキー缶に入れたんじゃなったっけ? あ、あった。蓋がきっちり閉まってて、いつも開けにくいんだよなー。十円玉でこじ開けるぞ。よいしょっと。
ペコーンという金属音がして、円形の蓋が床をなぞるようにツツーッと転がると、ビョビョビョーンと音を響かせながら、その場でぐるぐる軌跡を描きながら平たくなって倒れていく。いいや、後で拾おう。
僕はバタークッキーの缶を覗き込んだ。中には、光石(石英を含んだ石)、ビー玉、父からもらった古いノートパソコンのメモリ。壊れた電子体温計は母がサザンから持ってきたんだっけ。あと、アルファベットのTとKの形をした消しゴムと、そして、……あった。これだな。例のMDとかいう奴は。
表面をチェックする。理那が言っていた通り、ラベルに小さなハートのシールが貼られている。
「お父さん、浮気してるのかな?」
一昨日、理那がとんでもないことを口にした。
「何言ってんだよ? そんなこと、あるわけないじゃん!」
バカバカしくって、最初は僕も信じなかった。でも、理那は力説したのだ。
「お父さん、パソコンになにか隠しているみたいだよ。女の人の声がしたよ」
理那が言うところによると、父は自分の部屋のパソコンをいじって、なにやらファイルをクリックしていたのだという。理那が部屋のドアから覗いたとき女性らしき声が流れてて、それを聞く父の横顔はニコニコしていたそうだ。
「絶対ヘンだよ! 昔のMDとかいうものかな? パソコンの画面にこんな写真があった」
そういって理那は、母が開けた化粧品の説明書の余白にボールペンで絵を描いた。理那は絵をかくのがうまい。父に似たのかもしれない。
「こんなのをクリックしてたわけさ。だって、文字が何も書いてなくって、ただハートがついてるんだよ? 絶対、怪しいよ!」
僕は自分の手元のMDをしげしげと眺めた。
「これ、壮宏の宝箱に預かってもらえる?」
一週間前、家族揃って海に出かける前に父が僕にそう言ってこのMDを渡したのだ。
「中のデータはパソコンに移してバックアップ取ったけど、壮宏に預かってもらおうかなと思って。いいかな?」
きっと、大事な物なのだろう。父の様子からそう察して、僕は何も聞かずにコクンと頷いた。そして、ケルドセンの缶にそっと収めたのだった。
僕はMDを取り出し、缶をほかの箱とともに棚へ戻すと、片手にやどかりのビンを持って、みんなに気づかれる前にさっさと秘密基地から抜け出した。
さて、どうしよう? 中のファイルをどうやって開いたらいいんだ?
The narrator of this story is Takehiro Kochinda.
ギーッと音を立てて小さな小屋の戸を開けると、むっとした匂いが立ち込める。あたりにはポリバケツやペンキ缶、古い農耕具、おばぁの足踏みミシン、高校時代まで使われていた父の青い自転車などが所狭しと並べられている。
ここは、西原にある母の実家。裏庭の物置小屋だ。
トタン屋根の隙間から、きらきらと青空が覗く。あわてて下をみるとびしょびしょに濡れてる。ああ、この間の台風でまた雨漏りしちゃったんだな? 早く直すように、おじぃに言わなくっちゃ。
先週、近くの海で拾ったやどかりを入れた佃煮のビンを置き、僕は雑巾を広げて床を拭く。そして汚れた手を洗って、探しものをする。何を隠そう、ここは、僕の秘密基地なのだ。僕がそう決めた。家のすぐそばだから誰にも怒られないし、僕と違って活発な理那はすぐ外に出て行くから、邪魔が入ることも少ない。たまーに犬のゴンゾーが来るけど、奴は大人しいし秘密をしゃべったりしないから大丈夫。
棚の奥から自分の箱を取り出す。箱は全部で十近くあるんだ。たいてい、お中元やお歳暮でもらうクッキー類のキレイな缶を使っている。ふつうなら女の子が好きそうなんだけど、理那は全然興味がないみたいだ。
箱を次々と棚から下ろしていく。今日探しているのは、たしかケルドセンのバタークッキー缶に入れたんじゃなったっけ? あ、あった。蓋がきっちり閉まってて、いつも開けにくいんだよなー。十円玉でこじ開けるぞ。よいしょっと。
ペコーンという金属音がして、円形の蓋が床をなぞるようにツツーッと転がると、ビョビョビョーンと音を響かせながら、その場でぐるぐる軌跡を描きながら平たくなって倒れていく。いいや、後で拾おう。
僕はバタークッキーの缶を覗き込んだ。中には、光石(石英を含んだ石)、ビー玉、父からもらった古いノートパソコンのメモリ。壊れた電子体温計は母がサザンから持ってきたんだっけ。あと、アルファベットのTとKの形をした消しゴムと、そして、……あった。これだな。例のMDとかいう奴は。
表面をチェックする。理那が言っていた通り、ラベルに小さなハートのシールが貼られている。
「お父さん、浮気してるのかな?」
一昨日、理那がとんでもないことを口にした。
「何言ってんだよ? そんなこと、あるわけないじゃん!」
バカバカしくって、最初は僕も信じなかった。でも、理那は力説したのだ。
「お父さん、パソコンになにか隠しているみたいだよ。女の人の声がしたよ」
理那が言うところによると、父は自分の部屋のパソコンをいじって、なにやらファイルをクリックしていたのだという。理那が部屋のドアから覗いたとき女性らしき声が流れてて、それを聞く父の横顔はニコニコしていたそうだ。
「絶対ヘンだよ! 昔のMDとかいうものかな? パソコンの画面にこんな写真があった」
そういって理那は、母が開けた化粧品の説明書の余白にボールペンで絵を描いた。理那は絵をかくのがうまい。父に似たのかもしれない。
「こんなのをクリックしてたわけさ。だって、文字が何も書いてなくって、ただハートがついてるんだよ? 絶対、怪しいよ!」
僕は自分の手元のMDをしげしげと眺めた。
「これ、壮宏の宝箱に預かってもらえる?」
一週間前、家族揃って海に出かける前に父が僕にそう言ってこのMDを渡したのだ。
「中のデータはパソコンに移してバックアップ取ったけど、壮宏に預かってもらおうかなと思って。いいかな?」
きっと、大事な物なのだろう。父の様子からそう察して、僕は何も聞かずにコクンと頷いた。そして、ケルドセンの缶にそっと収めたのだった。
僕はMDを取り出し、缶をほかの箱とともに棚へ戻すと、片手にやどかりのビンを持って、みんなに気づかれる前にさっさと秘密基地から抜け出した。
さて、どうしよう? 中のファイルをどうやって開いたらいいんだ?
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