84 / 102
リストカット
3.入院風景 二日目昼
しおりを挟む
At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; from February 15, 2003.
The narrator of this story is Akane Sato.
どうやら、この部屋は二人部屋のようだ。隣のベッドは空らしい。それで先生が横になっていたわけね。ふーん。
やがて、看護助手のおばちゃんがお絞りを持ってきてくれた。ここへきて、初めて顔を拭く。ふう、さっぱりした。
紙コップにお茶をもらう。これは、ほうじ茶かな? あったかい。
「あとで、売店さんが回るから、茶碗買いなさいね」
おばちゃんの言葉に無言で頷いた。
看護師さんが来て点滴が外れる。体温と脈拍を測り、左腕は三角巾で固定。
「ちょっと微熱がありますね。一応、このフロアだけなら出歩けますよ」
要するに、まだ監視されてるってわけだ。
朝食が終わり、やることもなく窓を眺める。あー、歯磨きしたい。気持ち悪い。
そういえば、テレビがある。これ、カード式みたいだ。カード買えってか?
このフロアだけなら歩いていいそうなので、財布を片手に、早速、起きて出歩くことにする。
まず洗面所へ行き、置かれている石鹸で、右手で顔を洗い、簡単に口をすすぐ。
ちゃんとした洗顔料を使いたいのは山々だが、なにもしないよりはずっとましだ。けど、化粧水と乳液が欲しい。
廊下をふらふらと歩くと、ナースステーションに突き当たる。
ちょっとした交差点っぽくなっていて、左側がロビー。右側をちょっと歩くと公衆電話。その側に、テレビ用カードの自販機がある。
なになに、千円で十二時間? 財布の中を覗き込んで思案する。茶碗と、歯磨きセットと、化粧水と、乳液その他の購入費用を考え合わせると、……うーん、ちょっと、高いな。
「お姉ちゃん、カード要るね?」
歩行器を押しながら男性のお年寄りがやってきた。腰にコルセットを巻いている。
「うり。我や今日、退院やくとぅ」
そういって、まっさらなカードをくれた。ラッキー!
「ありがとうございます」
お礼を述べると、お年寄りは肩から三角巾で吊り下げられたあたしの左腕をしげしげと眺めた。
「お姉ちゃん、怪我したのねー?」
「ええ、まあ」
まさか自殺しようとしたとは言えず、あいまいに頷いた。
「気をつけないといけないよー。頑張りなさいねー」
何を頑張るのかはよくわからなかったが、あたしはもう一度頷いて、病室へ帰り支度に戻るお年寄りを見送った。
部屋に戻り、カードを入れてテレビをつける。お、CSが入るんだ。
ミュージックチャンネルに合わせ、しばしチャート番組を楽しむ。
これが昨日、死のうとしてた人間のやることかよ? ま、いいか。
十一時前。売店のおばちゃんが巡ってくる。いろいろ買い込んで二千円近く飛んでしまった。
ああ、お金がなくなっちゃうよ。
そういえば、あいつに預金通帳、持っていかれたんだった。もう引き出されちゃっただろうな。
この先どうしよう。どうしたらいいだろう。
お昼ごはんがきた。カレーライスだ。とりあえず食べる。朝ごはん、食パン1枚に野菜ジュース1パックだったもんね。ようやくお腹が膨れた気がする。
コツコツコツ。病室のドアを叩く音がする。
「よう、調子はどう?」
あー、上間先生だよ。あたしのカレーライスを見て顔をしかめている。
「うわっ、カレーだ」
あまりにも渋い表情に思わず聞いてしまった。
「お嫌いなんですか?」
「嫌いというより、苦手」
本当に嫌そうだ。しきりに首を振っている。
「半分も食べたのか。それだけ食べれるんなら、すぐに退院できそうですね」
そうつぶやく先生に、思わず叫んだ。
「でも先生、あたし、お金ないよ?」
「お金?」
仕方がない。あたしは先生に話した。全部。
去年、ダイビングが好きだという男に出会ったこと。
一緒に沖縄でダイビングショップを持とうという話になったこと。
務めていた会社を辞め、両親の反対を押し切って、沖縄に来たこと。
だけどその男に昨日、有り金を全部奪われて去られたこと。
話していて、涙が溢れてきた。
悔しくて、悲しくて、自分がこの上なく哀れに思えてきた。
あたしは、右手でシーツをぐしゃぐしゃに丸めて、顔を押し付けて泣いた。
先生は最後まで黙って聞いてくれた。やがて、先生はあたしの肩を優しく叩いた。
「心配しなくていいよ。ソーシャルワーカーさん、呼んであげるから。相談してごらん?」
The narrator of this story is Akane Sato.
どうやら、この部屋は二人部屋のようだ。隣のベッドは空らしい。それで先生が横になっていたわけね。ふーん。
やがて、看護助手のおばちゃんがお絞りを持ってきてくれた。ここへきて、初めて顔を拭く。ふう、さっぱりした。
紙コップにお茶をもらう。これは、ほうじ茶かな? あったかい。
「あとで、売店さんが回るから、茶碗買いなさいね」
おばちゃんの言葉に無言で頷いた。
看護師さんが来て点滴が外れる。体温と脈拍を測り、左腕は三角巾で固定。
「ちょっと微熱がありますね。一応、このフロアだけなら出歩けますよ」
要するに、まだ監視されてるってわけだ。
朝食が終わり、やることもなく窓を眺める。あー、歯磨きしたい。気持ち悪い。
そういえば、テレビがある。これ、カード式みたいだ。カード買えってか?
このフロアだけなら歩いていいそうなので、財布を片手に、早速、起きて出歩くことにする。
まず洗面所へ行き、置かれている石鹸で、右手で顔を洗い、簡単に口をすすぐ。
ちゃんとした洗顔料を使いたいのは山々だが、なにもしないよりはずっとましだ。けど、化粧水と乳液が欲しい。
廊下をふらふらと歩くと、ナースステーションに突き当たる。
ちょっとした交差点っぽくなっていて、左側がロビー。右側をちょっと歩くと公衆電話。その側に、テレビ用カードの自販機がある。
なになに、千円で十二時間? 財布の中を覗き込んで思案する。茶碗と、歯磨きセットと、化粧水と、乳液その他の購入費用を考え合わせると、……うーん、ちょっと、高いな。
「お姉ちゃん、カード要るね?」
歩行器を押しながら男性のお年寄りがやってきた。腰にコルセットを巻いている。
「うり。我や今日、退院やくとぅ」
そういって、まっさらなカードをくれた。ラッキー!
「ありがとうございます」
お礼を述べると、お年寄りは肩から三角巾で吊り下げられたあたしの左腕をしげしげと眺めた。
「お姉ちゃん、怪我したのねー?」
「ええ、まあ」
まさか自殺しようとしたとは言えず、あいまいに頷いた。
「気をつけないといけないよー。頑張りなさいねー」
何を頑張るのかはよくわからなかったが、あたしはもう一度頷いて、病室へ帰り支度に戻るお年寄りを見送った。
部屋に戻り、カードを入れてテレビをつける。お、CSが入るんだ。
ミュージックチャンネルに合わせ、しばしチャート番組を楽しむ。
これが昨日、死のうとしてた人間のやることかよ? ま、いいか。
十一時前。売店のおばちゃんが巡ってくる。いろいろ買い込んで二千円近く飛んでしまった。
ああ、お金がなくなっちゃうよ。
そういえば、あいつに預金通帳、持っていかれたんだった。もう引き出されちゃっただろうな。
この先どうしよう。どうしたらいいだろう。
お昼ごはんがきた。カレーライスだ。とりあえず食べる。朝ごはん、食パン1枚に野菜ジュース1パックだったもんね。ようやくお腹が膨れた気がする。
コツコツコツ。病室のドアを叩く音がする。
「よう、調子はどう?」
あー、上間先生だよ。あたしのカレーライスを見て顔をしかめている。
「うわっ、カレーだ」
あまりにも渋い表情に思わず聞いてしまった。
「お嫌いなんですか?」
「嫌いというより、苦手」
本当に嫌そうだ。しきりに首を振っている。
「半分も食べたのか。それだけ食べれるんなら、すぐに退院できそうですね」
そうつぶやく先生に、思わず叫んだ。
「でも先生、あたし、お金ないよ?」
「お金?」
仕方がない。あたしは先生に話した。全部。
去年、ダイビングが好きだという男に出会ったこと。
一緒に沖縄でダイビングショップを持とうという話になったこと。
務めていた会社を辞め、両親の反対を押し切って、沖縄に来たこと。
だけどその男に昨日、有り金を全部奪われて去られたこと。
話していて、涙が溢れてきた。
悔しくて、悲しくて、自分がこの上なく哀れに思えてきた。
あたしは、右手でシーツをぐしゃぐしゃに丸めて、顔を押し付けて泣いた。
先生は最後まで黙って聞いてくれた。やがて、先生はあたしの肩を優しく叩いた。
「心配しなくていいよ。ソーシャルワーカーさん、呼んであげるから。相談してごらん?」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
先生、それ、事件じゃありません
菱沼あゆ
ミステリー
女子高生の夏巳(なつみ)が道で出会ったイケメン探偵、蒲生桂(がもう かつら)。
探偵として実績を上げないとクビになるという桂は、なんでもかんでも事件にしようとするが……。
長閑な萩の町で、桂と夏巳が日常の謎(?)を解決する。
ご当地ミステリー。
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
挫折した私でもやり直せるかな?
ブレイブ
青春
高校生して天才と呼ばれたリブートという名前のバンドがあった。リブートの一人に、茅名レナという少女がいた。レナはバンド内でギターとボーカルをしていた、ある時、バンド内に乱れが現れ、そのまま解散した。レナは高校を卒業し、今は社会人になっているが、突然、幼なじみから音楽を教えてほしいと頼まれ、最初は断っていたが、ある事があり、教える事にした。この出逢いが、レナを変える事になる
オニが出るよ 番外編
つぐみもり
青春
『オニが出るよ』の番外編。ショートショート集。
あの長く恐ろしい夜の出来事から生還し、普通の生活を始めた桂吾と雪比古の話。
学校生活での出来事、すれ違いと友情の再確認。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
あの夏の歌を、もう一度
浅羽ふゆ
青春
中学二年生の朝丘蛍は、ある日父親から転勤でこの町を引っ越さなければ鳴らない事を告げられる。
引っ越し先は「ど」が付く程田舎の村で、家は平屋。
何故か意気揚々と荷物を開ける父をよそに蛍は何とも言えない居心地の悪さを感じていた。
一学年一クラスという小さな学校だったが、転校初日からやたらと絡んで来る隣の席のカズや、その幼なじみのユキを初め、過干渉なクラスメイトのおかげで変に外れる事無く、すんなり馴染む事が出来た。
そうして都会と田舎の違いにカルチャーショックを受けながらも何とか毎日を過ごしていた蛍は八月の終わりに村を上げてのお祭りがある事。そして、蛍の学年はそこで伝統の合唱を披露する事を知る。
クラスで唯一ピアノを弾ける蛍は伴奏に抜擢され、カズは指揮者に抜擢されるがーーーー?
―ーーー失ったものをとりもどすための夏が、今はじまる。
狭間の島
千石杏香
ホラー
「きっと、千石さんに話すために取ってあったんですね。」
令和四年・五月――千石杏香は奇妙な話を聴いた。それは、ある社会問題に関わる知人の証言だった。今から二十年前――平成十五年――沖縄県の大学に彼女は通っていた。そこで出会った知人たちと共に、水没したという島の伝承を調べるために離島を訪れたのだ。そこで目にしたものは、異様で異常な出来事の連続だった。
届かない
@esdur
青春
私の10か月間
笹山望愛…合唱祭実行委員、吹奏楽部所属。
高田彰人…体育祭実行委員、水泳部所属。主人公の好きな人。
優とふみ…望愛と同じクラスの活発女子
読んでくださった皆様本当にありがとうございます!これはほぼ私の体験談で書いている間も恥ずかしすぎて吐きそうだったのですが、ここで昇華させられてよかったです。そして皆様のおかげで成仏できます。本当にありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる