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カレー戦争の真実

2.勉、カレーを平らげる

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At Urasoe City, Okinawa; May 7,2003.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.

あたしは彼のLexusに乗った。
沖縄ではありふれた光景だが、うちには車が二台ある。白のMira Parcoと、シルバーカラーのLexus。Lexusは新古車を手に入れて、愛知県のとある自動車工場でアクセルペダルを身障者用にカスタマイズしてもらった。右足側と左足側、両方にアクセルペダルがついていて、スイッチ一つで利用できるペダルが入れ替わるのだ。これなら右足の不自由な勉でも運転できる。

三十分後、浦添の港川外人住宅街にある小さなカレー屋さんに車を停めた。粟国あぐに里香に紹介してもらったんだ。ここのカレーが大好きで、里香や仲間たちと看護学校時代からちょくちょく通っていた。サザン・ホスピタルへ転勤してからというもの足が遠のいてしまったが、たまにここのシーフードカレーがすっごーく食べたくなる。でも、勉はカレー苦手なので誘うのもはばかられ、結婚して以来一度も食べたことがなかった。ここは駐車場が手狭だ。車から松葉杖を取り出し、足元に注意しながら勉を案内する。ドアを開けた。
「いらっしゃーい。あれ、多恵子ちゃん? お久しぶりだねー」
店のオーナーがご機嫌な声を掛けた。あたしはぴょこんとお辞儀をした。
「お久しぶりです。今日は、夫を連れてきました」
「あれ、しばらく見えないねーと思ったら、結婚したの?」
オーナーはそういってドアを振り返った。勉が松葉杖を片手に笑っている。
「外国人?」
「いえ、日本人です」
勉はそういってにっこり微笑む。そうなんだよねー。勉を紹介したら、最初はみーんな驚いちゃうんだよねー。外見はまったく白人そのもの、中味はしっかり沖縄人うちなーんちゅ。サンシン弾いて沖縄口うちなーぐちしゃべるって言ったら目を回すだろうな。
「あー、びっくりしたよー。外人住宅街だけど英語メニューは置いてないからさー」
笑いながらオーナーが席を勧め、勉が松葉杖を壁に立てかけて注意深く座った。テーブルにあるメニューを手に取っている。
「ここ、本当にカレー専門店なんだな?」
彼がちょっと顔をしかめたようにみえた。だから言ったでしょう。無理だって。
「すみません、一番シンプルなメニューはどれでしょうか」
勉の質問にオーナーの奥さんがにこやかに答えた。
「ビーフカレーかしら。ビーフとカレーソースだけだし。味付けはヨーロピアン風で食べやすいですよ。それに、ライスとルーは別々で出ますから、ご自分で調節できますよ」
「じゃ、それ、お願いします。辛さは控えめで、一番小さいサイズで」
「あたしは、シーフード中辛。大盛にしてもらえますか?」

やがて、いい香りがしてカレーが運ばれてきた。あたしはお皿に飛びついた。うーん、やっぱりここのシーフードカレーは最高だ! 何度食べても舌が喜ぶのが判る。三口ほどせっせと口に運んで幸せ気分を味わい、脳みそを落ち着かせたあたしは、ようやく向かいに座る勉を見る余裕ができた。

食べてる。勉が、カレーを、食べている。
ハンカチを左手に持って、時々こめかみの辺りに吹き出る汗を押さえながら、右手でカレーのルーをちょこちょこライスにかけて、黙々と口に運んでいる。

……うそみたい。信じられない!

カレーを食べて暑いのだろう。左頬の赤あざがさらに赤みを増している。半分ほど食べて、勉が何度も頷きながら言った。
「うん、おいしいよ。悪くない」
いや、この店のだから、おいしいのは当たり前だけど、なんで今までカレー食べなかったの?
ひょっとして、すごくまずいカレー、食べちゃったりしたの?

あたしの杞憂はどこへやら、勉は全部、平らげた。
「あら、二人ともキレイに食べてくれたねー?」
奥さんがグラスに水を注いでくれる。
「おいしかったです。ごちそうさま」
そう言って水を飲む勉をあたしは指差した。
「この人、カレー大嫌いで、今まで全然、食べなかったんですよ?」
「へえ、そんな人がうちのカレー、こんなにキレイに食べちゃったのね?」
「二十五年ぶりですかね。本当においしかったです」
勉は終始にこにこしていた。
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