78 / 102
カレー戦争の真実
2.勉、カレーを平らげる
しおりを挟む
At Urasoe City, Okinawa; May 7,2003.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.
あたしは彼のLexusに乗った。
沖縄ではありふれた光景だが、うちには車が二台ある。白のMira Parcoと、シルバーカラーのLexus。Lexusは新古車を手に入れて、愛知県のとある自動車工場でアクセルペダルを身障者用にカスタマイズしてもらった。右足側と左足側、両方にアクセルペダルがついていて、スイッチ一つで利用できるペダルが入れ替わるのだ。これなら右足の不自由な勉でも運転できる。
三十分後、浦添の港川外人住宅街にある小さなカレー屋さんに車を停めた。粟国里香に紹介してもらったんだ。ここのカレーが大好きで、里香や仲間たちと看護学校時代からちょくちょく通っていた。サザン・ホスピタルへ転勤してからというもの足が遠のいてしまったが、たまにここのシーフードカレーがすっごーく食べたくなる。でも、勉はカレー苦手なので誘うのもはばかられ、結婚して以来一度も食べたことがなかった。ここは駐車場が手狭だ。車から松葉杖を取り出し、足元に注意しながら勉を案内する。ドアを開けた。
「いらっしゃーい。あれ、多恵子ちゃん? お久しぶりだねー」
店のオーナーがご機嫌な声を掛けた。あたしはぴょこんとお辞儀をした。
「お久しぶりです。今日は、夫を連れてきました」
「あれ、しばらく見えないねーと思ったら、結婚したの?」
オーナーはそういってドアを振り返った。勉が松葉杖を片手に笑っている。
「外国人?」
「いえ、日本人です」
勉はそういってにっこり微笑む。そうなんだよねー。勉を紹介したら、最初はみーんな驚いちゃうんだよねー。外見はまったく白人そのもの、中味はしっかり沖縄人。サンシン弾いて沖縄口しゃべるって言ったら目を回すだろうな。
「あー、びっくりしたよー。外人住宅街だけど英語メニューは置いてないからさー」
笑いながらオーナーが席を勧め、勉が松葉杖を壁に立てかけて注意深く座った。テーブルにあるメニューを手に取っている。
「ここ、本当にカレー専門店なんだな?」
彼がちょっと顔をしかめたようにみえた。だから言ったでしょう。無理だって。
「すみません、一番シンプルなメニューはどれでしょうか」
勉の質問にオーナーの奥さんがにこやかに答えた。
「ビーフカレーかしら。ビーフとカレーソースだけだし。味付けはヨーロピアン風で食べやすいですよ。それに、ライスとルーは別々で出ますから、ご自分で調節できますよ」
「じゃ、それ、お願いします。辛さは控えめで、一番小さいサイズで」
「あたしは、シーフード中辛。大盛にしてもらえますか?」
やがて、いい香りがしてカレーが運ばれてきた。あたしはお皿に飛びついた。うーん、やっぱりここのシーフードカレーは最高だ! 何度食べても舌が喜ぶのが判る。三口ほどせっせと口に運んで幸せ気分を味わい、脳みそを落ち着かせたあたしは、ようやく向かいに座る勉を見る余裕ができた。
食べてる。勉が、カレーを、食べている。
ハンカチを左手に持って、時々こめかみの辺りに吹き出る汗を押さえながら、右手でカレーのルーをちょこちょこライスにかけて、黙々と口に運んでいる。
……うそみたい。信じられない!
カレーを食べて暑いのだろう。左頬の赤あざがさらに赤みを増している。半分ほど食べて、勉が何度も頷きながら言った。
「うん、おいしいよ。悪くない」
いや、この店のだから、おいしいのは当たり前だけど、なんで今までカレー食べなかったの?
ひょっとして、すごくまずいカレー、食べちゃったりしたの?
あたしの杞憂はどこへやら、勉は全部、平らげた。
「あら、二人ともキレイに食べてくれたねー?」
奥さんがグラスに水を注いでくれる。
「おいしかったです。ごちそうさま」
そう言って水を飲む勉をあたしは指差した。
「この人、カレー大嫌いで、今まで全然、食べなかったんですよ?」
「へえ、そんな人がうちのカレー、こんなにキレイに食べちゃったのね?」
「二十五年ぶりですかね。本当においしかったです」
勉は終始にこにこしていた。
The narrator of this story is Taeko Kochinda.
あたしは彼のLexusに乗った。
沖縄ではありふれた光景だが、うちには車が二台ある。白のMira Parcoと、シルバーカラーのLexus。Lexusは新古車を手に入れて、愛知県のとある自動車工場でアクセルペダルを身障者用にカスタマイズしてもらった。右足側と左足側、両方にアクセルペダルがついていて、スイッチ一つで利用できるペダルが入れ替わるのだ。これなら右足の不自由な勉でも運転できる。
三十分後、浦添の港川外人住宅街にある小さなカレー屋さんに車を停めた。粟国里香に紹介してもらったんだ。ここのカレーが大好きで、里香や仲間たちと看護学校時代からちょくちょく通っていた。サザン・ホスピタルへ転勤してからというもの足が遠のいてしまったが、たまにここのシーフードカレーがすっごーく食べたくなる。でも、勉はカレー苦手なので誘うのもはばかられ、結婚して以来一度も食べたことがなかった。ここは駐車場が手狭だ。車から松葉杖を取り出し、足元に注意しながら勉を案内する。ドアを開けた。
「いらっしゃーい。あれ、多恵子ちゃん? お久しぶりだねー」
店のオーナーがご機嫌な声を掛けた。あたしはぴょこんとお辞儀をした。
「お久しぶりです。今日は、夫を連れてきました」
「あれ、しばらく見えないねーと思ったら、結婚したの?」
オーナーはそういってドアを振り返った。勉が松葉杖を片手に笑っている。
「外国人?」
「いえ、日本人です」
勉はそういってにっこり微笑む。そうなんだよねー。勉を紹介したら、最初はみーんな驚いちゃうんだよねー。外見はまったく白人そのもの、中味はしっかり沖縄人。サンシン弾いて沖縄口しゃべるって言ったら目を回すだろうな。
「あー、びっくりしたよー。外人住宅街だけど英語メニューは置いてないからさー」
笑いながらオーナーが席を勧め、勉が松葉杖を壁に立てかけて注意深く座った。テーブルにあるメニューを手に取っている。
「ここ、本当にカレー専門店なんだな?」
彼がちょっと顔をしかめたようにみえた。だから言ったでしょう。無理だって。
「すみません、一番シンプルなメニューはどれでしょうか」
勉の質問にオーナーの奥さんがにこやかに答えた。
「ビーフカレーかしら。ビーフとカレーソースだけだし。味付けはヨーロピアン風で食べやすいですよ。それに、ライスとルーは別々で出ますから、ご自分で調節できますよ」
「じゃ、それ、お願いします。辛さは控えめで、一番小さいサイズで」
「あたしは、シーフード中辛。大盛にしてもらえますか?」
やがて、いい香りがしてカレーが運ばれてきた。あたしはお皿に飛びついた。うーん、やっぱりここのシーフードカレーは最高だ! 何度食べても舌が喜ぶのが判る。三口ほどせっせと口に運んで幸せ気分を味わい、脳みそを落ち着かせたあたしは、ようやく向かいに座る勉を見る余裕ができた。
食べてる。勉が、カレーを、食べている。
ハンカチを左手に持って、時々こめかみの辺りに吹き出る汗を押さえながら、右手でカレーのルーをちょこちょこライスにかけて、黙々と口に運んでいる。
……うそみたい。信じられない!
カレーを食べて暑いのだろう。左頬の赤あざがさらに赤みを増している。半分ほど食べて、勉が何度も頷きながら言った。
「うん、おいしいよ。悪くない」
いや、この店のだから、おいしいのは当たり前だけど、なんで今までカレー食べなかったの?
ひょっとして、すごくまずいカレー、食べちゃったりしたの?
あたしの杞憂はどこへやら、勉は全部、平らげた。
「あら、二人ともキレイに食べてくれたねー?」
奥さんがグラスに水を注いでくれる。
「おいしかったです。ごちそうさま」
そう言って水を飲む勉をあたしは指差した。
「この人、カレー大嫌いで、今まで全然、食べなかったんですよ?」
「へえ、そんな人がうちのカレー、こんなにキレイに食べちゃったのね?」
「二十五年ぶりですかね。本当においしかったです」
勉は終始にこにこしていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
乙男女じぇねれーしょん
ムラハチ
青春
見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。
小説家になろうは現在休止中。
サザン・ホスピタル byうるかみるく
くるみあるく
恋愛
1980年代〜2000年あたりの現代沖縄、後半部はロサンゼルスを交えた舞台に展開する青春ドラマです。最初の作品発表は2005年(当時アルファポリスに外部URL登録していました)。現在、ノベルアップ+に連載している内容をこちらへ再収録します。
糸満市生まれの上間(うえま・つとむ)はアメリカ白人系クォーター。西原町へ引っ越した後も、金髪で色白な容姿を理由に同級生らからイジメの対象になってます。
ある日、勉はいじめっ子たちから万引きするよう脅迫され、近所の商店からチョコレートを盗み出そうとして店主にとがめられ、警察へ突き出されそうになります。窮地を救ったのは同級生である東風平多恵子(こちんだ・たえこ)の父親、長助でした。長助はチョコレート代金を払って勉を連れ出すと、近くの公園でサンシンを演奏しはじめます。サンシンの音色に心を動かされた勉は以後、多恵子に内緒で長助からサンシンを習い始めます。
演奏の上達とともに自分に自信をつけ始めた勉はもともと頭が良かったこともあり、席次はつねにトップ。中学では級長に選ばれるまでになりましたが、多恵子にはサンシンの件をずっと内緒にしつづけます。
人命救助に当たったことをきっかけに、勉は医者になりたいと願うように。ちょうどその頃、第二アメリカ海軍病院であるサザン・ホスピタルが優秀な人材を確保するため奨学生の募集を始めた、という情報を耳にします。母親が夜逃げするという事態が起きた後も、長助夫婦らは彼をサポートしつづけるのでした。
やがて勉は国立大学医学科に合格し、サザン・ホスピタルの奨学生として奨学金をうけながら医師国家試験の合格を目指します。一方、東風平夫妻の一人娘である多恵子は看護師として働き始めました。勉が研修医としてサザン・ホスピタルに勤め始めたのをきっかけに、多恵子もまた自らのステップアップのためサザン・ホスピタルへ転職します。
多恵子のことを今までウーマクー(わんぱく、おてんば)な幼馴染としか思っていなかった勉でしたが、同僚としての彼女は想像以上に優秀な看護師でした。やがて勉は多恵子を意識するようになりますが、天然な多恵子は全然気にする様子がありません。はてしてこの二人、どうなっていくのやら……?
沖縄那覇方言/日本語/英語を使用し、爽やかさ全開トリリンガルにお届け。
ペア
koikoiSS
青春
中学生の桜庭瞬(さくらばしゅん)は所属する強豪サッカー部でエースとして活躍していた。
しかし中学最後の大会で「負けたら終わり」というプレッシャーに圧し潰され、チャンスをことごとく外してしまいチームも敗北。チームメイトからは「お前のせいで負けた」と言われ、その試合がトラウマとなり高校でサッカーを続けることを断念した。
高校入学式の日の朝、瞬は目覚まし時計の電池切れという災難で寝坊してしまい学校まで全力疾走することになる。すると同じく遅刻をしかけて走ってきた瀬尾春人(せおはると)(ハル)と遭遇し、学校まで競争する羽目に。その出来事がきっかけでハルとはすぐに仲よくなり、ハルの誘いもあって瞬はテニス部へ入部することになる。そんなハルは練習初日に、「なにがなんでも全国大会へ行きます」と監督の前で豪語する。というのもハルにはある〝約束〟があった。
友との絆、好きなことへ注ぐ情熱、甘酸っぱい恋。青春の全てが詰まった高校3年間が、今、始まる。
※他サイトでも掲載しております。
一人用声劇台本
ふゎ
恋愛
一人用声劇台本です。
男性向け女性用シチュエーションです。
私自身声の仕事をしており、
自分の好きな台本を書いてみようという気持ちで書いたものなので自己満のものになります。
ご使用したい方がいましたらお気軽にどうぞ
深海の星空
柴野日向
青春
「あなたが、少しでも笑っていてくれるなら、ぼくはもう、何もいらないんです」
ひねくれた孤高の少女と、真面目すぎる新聞配達の少年は、深い海の底で出会った。誰にも言えない秘密を抱え、塞がらない傷を見せ合い、ただ求めるのは、歩む深海に差し込む光。
少しずつ縮まる距離の中、明らかになるのは、少女の最も嫌う人間と、望まれなかった少年との残酷な繋がり。
やがて立ち塞がる絶望に、一縷の希望を見出す二人は、再び手を繋ぐことができるのか。
世界の片隅で、小さな幸福へと手を伸ばす、少年少女の物語。
プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜
三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。
父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です
*進行速度遅めですがご了承ください
*この作品はカクヨムでも投稿しております
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる