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御曹司は昼行灯(ひるあんどん)
9.裕太、上間(うえま)勉(つとむ)を招待する(2)
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At Naha City, Okinawa; November 25, 1999.
The narrator of this story is Yuta Terukina.
そんな僕を真正面から見据え、上間先生はこう切り出した。
「アプローチもしない前から、逃げてどうするの?」
思いがけないストレートボールに、僕はうろたえた。何を言っていいのかわからなかった。
「彼女、年上で、背丈も僕とほとんど一緒です」
「だから? それで、逃げるの? 自分に嘘つくの?」
「……自信がないんです」
僕はうつむいた。胸が息苦しい。
そうなのだ。上間先生が言うとおり、僕は現実から逃げ出したいだけだ。
自分の不甲斐なさに情けなく思う僕に、上間先生は優しく語りかけた。
「照喜名。自信はつけるものだよ、逃げてたら、一生、つかないよ」
「そうですよね」
頷く僕に、上間先生はイタズラっぽく笑いかけた。
「教えてあげようか? 粟国里香の落とし方」
え? ええっ?
「あ、あるんですか?」
僕は思わず大声で問いかけてしまった。
「なくは、ない。多恵子を巻き込めばね」
「本当に?」
全然、見当もつかなかった。そんな方法が本当にあるのだろうか?
「まず、俺と、多恵子と、粟国さんを、ここに呼ぶ。もっと呼んでもいいけど、人数的に少ないほうがいいよな?」
「ええ」
「で、粟国さんが好きそうな話題に持っていく。アロマセラピーの話とか、イギリスの話とか。彼女、イギリス留学を希望しているからね」
え、彼女もイギリスが好きなの? 思わず口が動いた。
「イギリスなら、住んでたことがあります」
上間先生は狐につままれたような表情になった。
「え、住んでた? イギリスに、住んでた?」
「ええ。父がイギリスで医療研修受けるんで、母と生まれたばかりの僕を連れてイギリスへ渡ったんです。弟二人は向こうで生まれて、二重国籍だったんですけど、一人はイギリス国籍になりました」
すると彼は指をパチンと鳴らし、僕を指差した。
「バッチリじゃん! それで落とせ!」
「そんな簡単に?」
「お前さんが本気だったら、粟国さんの方から落ちるよ」
「そうかな?」
「やってみる? やってみてから、考えたら?」
この言葉は、まるで悪魔のささやきのように僕の耳の中をぐるぐると回った。
もう、悪魔で天使でもいい。僕は満面の笑みを浮かべるこの人についていくしかないのだ。僕はこくんと頷いた。
「では、いつ決行しますか? 照喜名先生?」
え、ええっ?
「そ、そんな急に言われても」
うろたえる僕に対し、悪魔か天使かわからない男は、相変わらず満面の笑顔で脅した。
「早いほうがいいと思いますよー。彼氏できたら、どうするんですかー?」
「あ、あ、こ、今年中、ですか?」
僕はやっと悟った。
悪魔だ。この男は、絶対、悪魔だ。だから耳がほら、こんなにでかいんだ。
両耳を団扇みたいにぶんぶん振り回し、満面の笑みに脅しを込めて、色白の悪魔は僕に言い寄り続ける。
「だから、早いほうが、いいですってば!」
よどみなく攻め続ける悪魔に、僕はついに消え入りそうな声でこう答えざるを得なかった。
「じゃあ、クリスマス前くらいに」
すると、悪魔はにっこり笑ってこう言った。
「多恵子に、話回しといてもいい? 悪いようにはしないよ」
「よ、よろしくお願いします」
僕はただ頭を下げるしかなかった。金髪の悪魔は僕の顔を覗きこんだ。
「セッションは、またの機会にしようね?」
悪魔とのセッションか。これは普通の曲じゃ無理だよ。そう考える僕に、悪魔はこんなことを言い出した。
「ところで、キープレフトの法則は知ってるよな?」
「なんですかそれ?」
「おいおい、そんなことも知らんのか? 照喜名、お前、右利きだろ?」
「はい、右です」
悪魔は熱弁を振るった。
「立ち位置は好きな女の左側を常に確保しろってことだよ。その方が、肩抱けるでしょ? 女口説くなら常識だぞ!」
そうか。なるほど。キープレフト、ね。僕は口の中でその言葉を何度か繰り返した。後から人づてに、左の耳に愛を語りかけると感情中枢の右脳が反応するから落としやすい、というカラクリを聞いた。
「俺も便乗しようかなー」
悪魔が人間の顔に戻って、ぼそっとつぶやく。ほらね。結局、ご自分が多恵子さんといい雰囲気になりたいわけで。僕はその理由付けにしか過ぎないんだ。
「最初から、そのおつもりでしょ?」
僕がツッコミを入れると、すっかり普通の人間に戻った上間先生はひたすら苦笑いした。
数日後、僕は上間先生からメールを受け取った。多恵子さんに了解を取って日程を調整中との由。粟国さんとどう会話を進めるのか、頭の中で何度もシミュレーションをしておくようにと書かれていた。
僕は必死で粟国さんとの会話を思い描いた。玄関から案内して、カウンセリング室へ行くまでの間、カウンセリング室での会話。それから……できれば、僕の部屋へ来て欲しい。スコットランド時代のアルバムやおもちゃ達が飾ってあるのだ。じゃ、何を準備しようか?
僕は何度も思い返し、彼女の興味を引きそうな小道具を揃えた。小学校時代の遠足の前日のように、それはとても楽しい作業だった。僕は元の明朗さを取り戻しつつあった。
そうそう。僕が悪魔、じゃなかった、上間先生と最初にセッションしたのは年末だったけど、曲はABBAの“Thank you for the music”だった。僕もそうだけど彼も洋楽好きらしい。サンシンを弾く人だから意外に思ったけど、上間先生とは共通点が結構多いみたいです。
御曹司は昼行灯(ひるあんどん):FIN
というわけで、続編「悪魔が連れてきた天使」へTo be continued.
The narrator of this story is Yuta Terukina.
そんな僕を真正面から見据え、上間先生はこう切り出した。
「アプローチもしない前から、逃げてどうするの?」
思いがけないストレートボールに、僕はうろたえた。何を言っていいのかわからなかった。
「彼女、年上で、背丈も僕とほとんど一緒です」
「だから? それで、逃げるの? 自分に嘘つくの?」
「……自信がないんです」
僕はうつむいた。胸が息苦しい。
そうなのだ。上間先生が言うとおり、僕は現実から逃げ出したいだけだ。
自分の不甲斐なさに情けなく思う僕に、上間先生は優しく語りかけた。
「照喜名。自信はつけるものだよ、逃げてたら、一生、つかないよ」
「そうですよね」
頷く僕に、上間先生はイタズラっぽく笑いかけた。
「教えてあげようか? 粟国里香の落とし方」
え? ええっ?
「あ、あるんですか?」
僕は思わず大声で問いかけてしまった。
「なくは、ない。多恵子を巻き込めばね」
「本当に?」
全然、見当もつかなかった。そんな方法が本当にあるのだろうか?
「まず、俺と、多恵子と、粟国さんを、ここに呼ぶ。もっと呼んでもいいけど、人数的に少ないほうがいいよな?」
「ええ」
「で、粟国さんが好きそうな話題に持っていく。アロマセラピーの話とか、イギリスの話とか。彼女、イギリス留学を希望しているからね」
え、彼女もイギリスが好きなの? 思わず口が動いた。
「イギリスなら、住んでたことがあります」
上間先生は狐につままれたような表情になった。
「え、住んでた? イギリスに、住んでた?」
「ええ。父がイギリスで医療研修受けるんで、母と生まれたばかりの僕を連れてイギリスへ渡ったんです。弟二人は向こうで生まれて、二重国籍だったんですけど、一人はイギリス国籍になりました」
すると彼は指をパチンと鳴らし、僕を指差した。
「バッチリじゃん! それで落とせ!」
「そんな簡単に?」
「お前さんが本気だったら、粟国さんの方から落ちるよ」
「そうかな?」
「やってみる? やってみてから、考えたら?」
この言葉は、まるで悪魔のささやきのように僕の耳の中をぐるぐると回った。
もう、悪魔で天使でもいい。僕は満面の笑みを浮かべるこの人についていくしかないのだ。僕はこくんと頷いた。
「では、いつ決行しますか? 照喜名先生?」
え、ええっ?
「そ、そんな急に言われても」
うろたえる僕に対し、悪魔か天使かわからない男は、相変わらず満面の笑顔で脅した。
「早いほうがいいと思いますよー。彼氏できたら、どうするんですかー?」
「あ、あ、こ、今年中、ですか?」
僕はやっと悟った。
悪魔だ。この男は、絶対、悪魔だ。だから耳がほら、こんなにでかいんだ。
両耳を団扇みたいにぶんぶん振り回し、満面の笑みに脅しを込めて、色白の悪魔は僕に言い寄り続ける。
「だから、早いほうが、いいですってば!」
よどみなく攻め続ける悪魔に、僕はついに消え入りそうな声でこう答えざるを得なかった。
「じゃあ、クリスマス前くらいに」
すると、悪魔はにっこり笑ってこう言った。
「多恵子に、話回しといてもいい? 悪いようにはしないよ」
「よ、よろしくお願いします」
僕はただ頭を下げるしかなかった。金髪の悪魔は僕の顔を覗きこんだ。
「セッションは、またの機会にしようね?」
悪魔とのセッションか。これは普通の曲じゃ無理だよ。そう考える僕に、悪魔はこんなことを言い出した。
「ところで、キープレフトの法則は知ってるよな?」
「なんですかそれ?」
「おいおい、そんなことも知らんのか? 照喜名、お前、右利きだろ?」
「はい、右です」
悪魔は熱弁を振るった。
「立ち位置は好きな女の左側を常に確保しろってことだよ。その方が、肩抱けるでしょ? 女口説くなら常識だぞ!」
そうか。なるほど。キープレフト、ね。僕は口の中でその言葉を何度か繰り返した。後から人づてに、左の耳に愛を語りかけると感情中枢の右脳が反応するから落としやすい、というカラクリを聞いた。
「俺も便乗しようかなー」
悪魔が人間の顔に戻って、ぼそっとつぶやく。ほらね。結局、ご自分が多恵子さんといい雰囲気になりたいわけで。僕はその理由付けにしか過ぎないんだ。
「最初から、そのおつもりでしょ?」
僕がツッコミを入れると、すっかり普通の人間に戻った上間先生はひたすら苦笑いした。
数日後、僕は上間先生からメールを受け取った。多恵子さんに了解を取って日程を調整中との由。粟国さんとどう会話を進めるのか、頭の中で何度もシミュレーションをしておくようにと書かれていた。
僕は必死で粟国さんとの会話を思い描いた。玄関から案内して、カウンセリング室へ行くまでの間、カウンセリング室での会話。それから……できれば、僕の部屋へ来て欲しい。スコットランド時代のアルバムやおもちゃ達が飾ってあるのだ。じゃ、何を準備しようか?
僕は何度も思い返し、彼女の興味を引きそうな小道具を揃えた。小学校時代の遠足の前日のように、それはとても楽しい作業だった。僕は元の明朗さを取り戻しつつあった。
そうそう。僕が悪魔、じゃなかった、上間先生と最初にセッションしたのは年末だったけど、曲はABBAの“Thank you for the music”だった。僕もそうだけど彼も洋楽好きらしい。サンシンを弾く人だから意外に思ったけど、上間先生とは共通点が結構多いみたいです。
御曹司は昼行灯(ひるあんどん):FIN
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