サザン・ホスピタル 短編集

くるみあるく

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御曹司は昼行灯(ひるあんどん)

4.裕太、サザン・ホスピタルの研修医になる

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At Nihsihara Town and Naha City,Okinawa; 1998.
At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; from April to June, 1999.
The narrator of this story is Yuta Terukina.

やがて、僕らもポリクリのかたわら医師国家試験の勉強をするようになった。仲間たちの話題は当然、研修医としての未来についてのことが多くなった。琉海大の大学病院でそのまま残留し博士を狙うという同級生が大多数だった。
でも僕は、自分が大学病院で残留することにどうしても乗り気になれなかった。レールに乗せられて進む自分の人生に、嫌気が差し始めていた。

どうせ、照喜名てるきな医院を継ぐのだ。ならば、もうちょっと違う世界を見てみたい。

僕は家族に素直にこの悩みを打ち明けた。すると父は、国家試験を終えた後にでも外国の医学部へ編入あるいは海外研修に出てみてはどうかと提案した。自身もスコットランドのダンディ大学で医療研修の経験があったことに加え、既に息子が一人イングランドに住んでいることもあり、むしろ僕を外へ出すことには賛成だった。
ところが、祖母と母が反対した。特に祖母は、お気に入りでしかも照喜名てるきな家の跡継ぎである僕を手放したがらなかった。母と二人で口を揃えて、沖縄で医者になってほしいと言い出したのだ。
僕は迷った。祖母を悲しませたくなかった。祖父は既に亡くなっていて、僕までが彼女の目の前からいなくなることが良い判断だとは、どうしても思えなかったのだ。

ふと思い出した。沖縄には、サザン・ホスピタルがある。そこなら世界中から人材を登用しているし、外国の医学部へ行くのと同じとまでは行かないだろうが、似たような環境といえるだろう。そして、琉海大の医局からの派遣実績もあった。そう。サザン・ホスピタルには上間勉先輩がいる。
僕は家族みんなにサザン行きを打診した。非常勤という形ではあったが、サザンの医局に父の知人が何名か在籍していたこともあって話は僕の思惑通りに進んだ。大学の担当教官にサザン行きを申し出るとさすがにびっくりした顔をされたが、父が賛成したことを告げると、もう何もおっしゃらなかった。

こうして僕は一九九九年の四月から、サザン・ホスピタルの研修医となった。
サザンの臨床医研修プログラムは、まず十五ヶ月間、専門各科についてひととおりスーパーローテーションを通した後、残りの九ヶ月間を新人専門医として訓練を行うというシステムだ。もちろん当直制度があり、先輩専門医の指導の下で救急診療にもあたることが義務付けられた。
内科研修がスタートした。僕の希望は内科だったし、先輩医師について仕事を覚えようと毎日必死だった。幸い、僕は手先が器用で注射が得意だった。すぐに入院患者さんの簡単な処置を任されるようになった。

六月も終わりに近づいたある日、僕は朝一番に指導医から呼び出された。この指導医から僕はかなり目をかけられていた。
「今日はCaldwell部長の回診がある。一緒に来なさい」
すぐに僕は内科の外国人病棟に向かった。サザンの内科は日本人病棟と外国人病棟に分かれていて、スタッフも別々になっていた。だが今日は部長回診ということで、ほとんど全てのスタッフが外国人病棟に集まっていた。
緊張する僕の前を、一人のナースが通り過ぎた。身長は僕とほぼ同じ165㎝くらいで、長い黒髪を後ろに一つ結びにしていた。二重まぶたに、目鼻立ちがくっきりとして、口元がきりっと締まっていた。

きれいな人だな。
そう思った矢先、彼女はにっこりと微笑み、軽く会釈をした。
ボタンを押したストップウォッチみたいに、僕は動けなくなった。

部長回診の内容なんて全然覚えていない。とにかくその晩から毎日、夢にその女性が現れ、僕に微笑みかけた。
それまで僕は、特定の誰かを好きになったことがなかった。いや、ずっと、そうなることを意識的に避けていた。僕は照喜名てるきな家の財産を守る人間として育てられたし、むやみに人を信用するなと教えられてきたのだ。僕は必ず、一定の距離をとって人付き合いに臨んでいた。
何度も忘れようと思った。でも、無駄だった。それどころか、彼女は日増しに僕の中で輝き始め、鮮やかさを増した。
彼女の姿を内科病棟で見かけたのは、この一回限りだ。すぐに別の病棟へ配置換えになったらしい。僕が覚えていたのは、胸元のネームプレートにあった“R.Aguni”の文字。それだけが手がかりだった。
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