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御曹司は昼行灯(ひるあんどん)
2.照喜名(てるきな)裕太(ゆうた)、学生時代を語る
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At Kyushu Area; from April1987 to March, 1993.
At Naha City, Okinawa, Scotland, and England; 1993 and 1994.
The narrator of this story is Yuta Terukina.
僕は九州のとある有名男子校を受験し、中学高校の六年間をそこで過ごした。確実に医者になるためには、大学受験に勝たなければならなかったからだ。でも、厳格な祖父母の下から離れられて正直ほっとした。
寮生活を始めるに当たって、僕はどうすれば自分への風当たりがもっとも弱くなるのかを考えた。本当は吹奏楽部あたりでのんびりクラリネットを吹きたかったが、寮の役員をやっている上級生が剣道部に所属していることがわかった。だから、僕も剣道を始めた。
スコットランドの冬を経験していたとはいえ、沖縄の暖かい冬に慣れはじめた体には朝の寒稽古は本当に堪えた。僕ら新人は、稽古の前に道場の掃除をしなくてはならない。僕は寒さでがちがちに震えながら、毎朝雑巾掛けをした。先輩の目を盗んで、床に掃除機を当てるフリをしながら掃除機の排気口に手をかざして温めたものだ。
目立たないように振舞い、やるべきことはこなし、押さえるべき勉強のポイントは押さえた。たまに帰省をすると、年を取った祖父母が一時期に比べたら別人のように人格が丸くなっていることに気がついた。特に祖母は僕を猫かわいがりして、よく小遣いをくれた。おまけに、困ったことがあったら遠慮なく言えとまでいうようになっていた。
父は本土の医科大へ僕を進学させたがったようだが、祖母が僕と暮らすことを切望したため、僕は地元の琉海大学の医学科を受験し現役合格した。
大学時代は悪くなかった。一年生の夏休みには十数年ぶりにスコットランドを訪れ、僕は胸いっぱいに懐かしい空気を吸った。そして冬休みにはスコットランドだけでなく、イングランドやウェールズにも足を伸ばし満喫した。
僕はイギリス全土が、そしてスコットランド大好きだ。背は低いけど、着るものも食べるものもイギリスのものの方が体にフィットする気がする。グレートブリテンの空気は僕に活力をもたらし、いつも変わらぬ勇気を僕に恵んでくれる。パブに溢れるすこし訛りの強いスコットランド言葉と鼻腔を刺激する強烈なスコッチウイスキーの香りは、僕の心をほぐし明朗だった幼い日々を思い出させる。
僕はすぐ下の弟を尋ね、そこで一週間ほどすごした。彼はイングランドの高校へ留学中で、そのまま、イギリスのどこかの大学の法学部へ進学する準備をしていた。次男である彼は、医者になる必要がなかったのだ。
イギリスに生まれた者には無条件にイギリスの国籍が与えられる。しばらくは自国との二重国籍状態となるが、二十二歳までに自らの意志で選択すればいい。そして、彼はもうイギリス人になるつもりでいた。
「俺、財産なんかいらないから。照喜名の家のことは、兄貴にまかせたよ」
そういって、彼はにっこり微笑んだ。
僕だって、沖縄へは帰りたくなかった。大人になった僕は、自分の身にのしかかる重責を知っていたのだ。
どうして僕は長男に生まれてしまったのだろう?
どうして僕は照喜名の家を守らなくてはならないのだろう?
重責を負わなくていい、イギリス人になれる弟がうらやましかった。
やがて、医者として専門の勉強が始まるにつれ、僕は外科に興味を持つようになった。それも整形外科に。内科や小児科の授業も面白かったけど、骨や筋肉組織をつないで元に戻して打ちひしがれていた患者さんが見違えるように誇らしげに歩きまわる様子は、まるで手品を見ているようだった。特に、患者さんとともにリハビリに励む理学療法士さんの仕事を見たとき、僕が本当にやりたい仕事はこれではないかと思うようになった。
わかっている。僕は照喜名内科小児科医院を継ぐ人間。道を外れることは許されないって。
僕は天を仰いだ。僕にのしかかる重責を恨んだ。
At Naha City, Okinawa, Scotland, and England; 1993 and 1994.
The narrator of this story is Yuta Terukina.
僕は九州のとある有名男子校を受験し、中学高校の六年間をそこで過ごした。確実に医者になるためには、大学受験に勝たなければならなかったからだ。でも、厳格な祖父母の下から離れられて正直ほっとした。
寮生活を始めるに当たって、僕はどうすれば自分への風当たりがもっとも弱くなるのかを考えた。本当は吹奏楽部あたりでのんびりクラリネットを吹きたかったが、寮の役員をやっている上級生が剣道部に所属していることがわかった。だから、僕も剣道を始めた。
スコットランドの冬を経験していたとはいえ、沖縄の暖かい冬に慣れはじめた体には朝の寒稽古は本当に堪えた。僕ら新人は、稽古の前に道場の掃除をしなくてはならない。僕は寒さでがちがちに震えながら、毎朝雑巾掛けをした。先輩の目を盗んで、床に掃除機を当てるフリをしながら掃除機の排気口に手をかざして温めたものだ。
目立たないように振舞い、やるべきことはこなし、押さえるべき勉強のポイントは押さえた。たまに帰省をすると、年を取った祖父母が一時期に比べたら別人のように人格が丸くなっていることに気がついた。特に祖母は僕を猫かわいがりして、よく小遣いをくれた。おまけに、困ったことがあったら遠慮なく言えとまでいうようになっていた。
父は本土の医科大へ僕を進学させたがったようだが、祖母が僕と暮らすことを切望したため、僕は地元の琉海大学の医学科を受験し現役合格した。
大学時代は悪くなかった。一年生の夏休みには十数年ぶりにスコットランドを訪れ、僕は胸いっぱいに懐かしい空気を吸った。そして冬休みにはスコットランドだけでなく、イングランドやウェールズにも足を伸ばし満喫した。
僕はイギリス全土が、そしてスコットランド大好きだ。背は低いけど、着るものも食べるものもイギリスのものの方が体にフィットする気がする。グレートブリテンの空気は僕に活力をもたらし、いつも変わらぬ勇気を僕に恵んでくれる。パブに溢れるすこし訛りの強いスコットランド言葉と鼻腔を刺激する強烈なスコッチウイスキーの香りは、僕の心をほぐし明朗だった幼い日々を思い出させる。
僕はすぐ下の弟を尋ね、そこで一週間ほどすごした。彼はイングランドの高校へ留学中で、そのまま、イギリスのどこかの大学の法学部へ進学する準備をしていた。次男である彼は、医者になる必要がなかったのだ。
イギリスに生まれた者には無条件にイギリスの国籍が与えられる。しばらくは自国との二重国籍状態となるが、二十二歳までに自らの意志で選択すればいい。そして、彼はもうイギリス人になるつもりでいた。
「俺、財産なんかいらないから。照喜名の家のことは、兄貴にまかせたよ」
そういって、彼はにっこり微笑んだ。
僕だって、沖縄へは帰りたくなかった。大人になった僕は、自分の身にのしかかる重責を知っていたのだ。
どうして僕は長男に生まれてしまったのだろう?
どうして僕は照喜名の家を守らなくてはならないのだろう?
重責を負わなくていい、イギリス人になれる弟がうらやましかった。
やがて、医者として専門の勉強が始まるにつれ、僕は外科に興味を持つようになった。それも整形外科に。内科や小児科の授業も面白かったけど、骨や筋肉組織をつないで元に戻して打ちひしがれていた患者さんが見違えるように誇らしげに歩きまわる様子は、まるで手品を見ているようだった。特に、患者さんとともにリハビリに励む理学療法士さんの仕事を見たとき、僕が本当にやりたい仕事はこれではないかと思うようになった。
わかっている。僕は照喜名内科小児科医院を継ぐ人間。道を外れることは許されないって。
僕は天を仰いだ。僕にのしかかる重責を恨んだ。
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