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慰霊の日に
2.封印していたこと
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At Ginowan City, Okinawa; June 23, 2001.
The narrator of this story is Tsutomu Kochinda(Uema).
僕がアメリカ白人の流れをくむクォーターであることは、幾度も述べてきた。
僕の母方の祖父が、アメリカの白人兵だったのだ。間違いなく、彼はあの地上戦で闘っていたはずだ。そして、僕の祖母と出会い、結果として母が生まれた。
でも、僕の中にはずっと疑問が残っている。なぜなら僕は、この祖父の名前を知らないし、何の手がかりも持ってない。そして、祖父に関する話一つ、知らない。
祖父は祖母を愛していたのだろうか? それとも?
どこにも確証はない。現実を直視するのが怖くて、僕は結局、この疑問を誰にも告げずに、今まで生きてきた。
無国籍児の母は満足な教育を受けることなく、どこかの酒場で漁師である父と出会ったらしい。その結果として、僕がいる。
父は糸満の海で遭難し、母はある冬の日、僕を置いてどこかへ行ってしまった。
もしも、ある犯罪の結果、この世に誕生した命を受け継いだ、その現在形が僕だとしたら?
父親を亡くし、母親にさえ置いていかれた僕に、生きる意味があるのだろうか?
それより以前に、僕はこの世界に生きていてもいいのだろうか?
多恵子は僕の側で、最後まで辛抱強く話を聞いてくれた。
「ありがとう。やっと、話してくれたね?」
彼女は左手で僕の手を握り、右手で僕の髪をなで上げた。
「あんたは時々一人で遠くを見ているから、何かあるんだろうなーとは思ってたよ」
そして僕を見て、にっこり微笑んだ。
「大丈夫。勉がどんな生まれであっても、あたしは、変わらないよ? だって、勉がどんな人間であるか、あたしはずーっと、側で見てきたんだからね?
あんたは不自由な足を引きずってでも患者さんのために駆け回る人間だし、沖縄の志情をサンシンにのせて歌うのが、何よりも大好きって人なんだから。だから、何も引け目に思うことなんて、ないんだよ?」
そして、僕の鼻をつまみ、軽く左右に揺すりながらこう言った。
「第一、汝が、今言ちゃる通いぬ フラー男やれー、如何っし我が、汝隣居てぃ、鼻吹ち(いびきをかいて)寝んらりーが?」
……そうか、思い出した。そういえば昨夜、君は僕の隣で、すごいいびきをかいて寝てたっけな?
僕は多恵子を揺り起こして散々苦情を述べたのだけど、今度は苦情を受けた彼女が、こうして僕を慰めてくれている。
「まだ三時前だよ。もうちょっと、寝たら?」
明日は六時起きで、九時からオペ開始だ。多恵子の言葉に、僕は頷いて横になった。
「おやすみ。あとでね」
多恵子が部屋を出て行き、僕は再び一人になった。でも、もう大丈夫。多恵子は手術室でも、プライベートでも、僕の優秀な助手でいてくれる。だから、彼女とならきっと、どんな困難も乗り越えられる。
僕は深呼吸をして目を閉じた。
多恵子さん、おやすみなさい。明日からも、ずっと、よろしくね。
(FIN)
The narrator of this story is Tsutomu Kochinda(Uema).
僕がアメリカ白人の流れをくむクォーターであることは、幾度も述べてきた。
僕の母方の祖父が、アメリカの白人兵だったのだ。間違いなく、彼はあの地上戦で闘っていたはずだ。そして、僕の祖母と出会い、結果として母が生まれた。
でも、僕の中にはずっと疑問が残っている。なぜなら僕は、この祖父の名前を知らないし、何の手がかりも持ってない。そして、祖父に関する話一つ、知らない。
祖父は祖母を愛していたのだろうか? それとも?
どこにも確証はない。現実を直視するのが怖くて、僕は結局、この疑問を誰にも告げずに、今まで生きてきた。
無国籍児の母は満足な教育を受けることなく、どこかの酒場で漁師である父と出会ったらしい。その結果として、僕がいる。
父は糸満の海で遭難し、母はある冬の日、僕を置いてどこかへ行ってしまった。
もしも、ある犯罪の結果、この世に誕生した命を受け継いだ、その現在形が僕だとしたら?
父親を亡くし、母親にさえ置いていかれた僕に、生きる意味があるのだろうか?
それより以前に、僕はこの世界に生きていてもいいのだろうか?
多恵子は僕の側で、最後まで辛抱強く話を聞いてくれた。
「ありがとう。やっと、話してくれたね?」
彼女は左手で僕の手を握り、右手で僕の髪をなで上げた。
「あんたは時々一人で遠くを見ているから、何かあるんだろうなーとは思ってたよ」
そして僕を見て、にっこり微笑んだ。
「大丈夫。勉がどんな生まれであっても、あたしは、変わらないよ? だって、勉がどんな人間であるか、あたしはずーっと、側で見てきたんだからね?
あんたは不自由な足を引きずってでも患者さんのために駆け回る人間だし、沖縄の志情をサンシンにのせて歌うのが、何よりも大好きって人なんだから。だから、何も引け目に思うことなんて、ないんだよ?」
そして、僕の鼻をつまみ、軽く左右に揺すりながらこう言った。
「第一、汝が、今言ちゃる通いぬ フラー男やれー、如何っし我が、汝隣居てぃ、鼻吹ち(いびきをかいて)寝んらりーが?」
……そうか、思い出した。そういえば昨夜、君は僕の隣で、すごいいびきをかいて寝てたっけな?
僕は多恵子を揺り起こして散々苦情を述べたのだけど、今度は苦情を受けた彼女が、こうして僕を慰めてくれている。
「まだ三時前だよ。もうちょっと、寝たら?」
明日は六時起きで、九時からオペ開始だ。多恵子の言葉に、僕は頷いて横になった。
「おやすみ。あとでね」
多恵子が部屋を出て行き、僕は再び一人になった。でも、もう大丈夫。多恵子は手術室でも、プライベートでも、僕の優秀な助手でいてくれる。だから、彼女とならきっと、どんな困難も乗り越えられる。
僕は深呼吸をして目を閉じた。
多恵子さん、おやすみなさい。明日からも、ずっと、よろしくね。
(FIN)
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