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野良猫との遭遇

2.事件の真相

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 At Nishihara Town, Okinawa; summer, 1986 and 2012.
 The narrator of this story is Takehiro Kochinda 

事の顛末はこうだ。
中学生だった真夏のある日。サンシンの稽古のあと、祖母が父にマグロとイラブチャー(アオブダイ)の刺身を出してくれたそうだ。
当時、父はかなり貧乏だったから二年間くらい刺身というものを口にしていなかった。食べ盛りでもあった父は、何度もご飯をおかわりしながら刺身を味わっていた。外科医になってからはそうでもなくなったが、当時の父は、一番大好きなものを食事の最後に取っておく人だった。
当時の東風平こちんだ家には、まだクーラーがなかった。サンシンはクーラーと相性が悪い。乾燥した冷たい空気で蛇皮が破れてしまうのだ。
夏場で、玄関を開けっ放しにしていたのがいけなかった。そう、父が大事に食べようとした最後のひとかけらのマグロを、玄関から進入した野良猫が持って行ったのだ。一瞬の出来事だった。

「やな、餓鬼猫がちまやーひゃー!」
食べ物の恨みは恐ろしい。あの温厚な父が珍しく怒り狂い、本気で野良猫を追いかけ始めた。足が速いから、とっ捕まえるつもりだったのだ。
猫は、父が食事をしていた居間から台所を通り抜け、風呂場まで逃走すると、父の左ひざに猛アタックし爪を立てた。あまりの痛さに父はうずくまったが、また起き上がると再び全速力で猫を追いかけた。
猫は再び台所をタタタッと駆け抜け、玄関から車庫へと出て行った。どうしても許せなかったのだろう。なんと父は猫の後を追って車庫に出ると、祖父の個人タクシーの下にうずくまっている猫をにらみつけた。
人間が入って来れないと判っていたのか、猫はくわえていた刺身を一旦地面に吐き出すと、ぺろぺろと舐め始めた。



……普通なら、ここで、諦めますよね? 奪われた刺身はどっちみち、食えた状態じゃないんですから。
ところが、刺身をうまそうに舐める猫の姿に、父の怒りはさらに増幅した。やめておけばいいものを、父は側に立てかけてあった竹箒を持ち、車の下にもぐりこませ、
「シッ、シッ!」
と、思い切り猫を突いたのだ。猫はギャーと叫び声を上げ、竹箒を持った無防備な父の腕にガブリと噛み付いた。
「あがー!」
そう、夏場なので、父は見事に半袖だった。その後は本気の取っ組み合いが続いた。

約一分後。父の両腕のあちこちに無数の歯形と爪あとを残し、野良猫は去っていった。そしてその模様は祖父の手によって、一枚の写真にきっちり収められたのだった。

「お父さん、ヤナワラバーだったんだね?」
理那りなが無邪気に笑った。
「そーだねー?」
理那に同意する母の意地悪そうな声が響く。自分だけがウーマクーじゃないと言いたげだ。
「……はーっしぇ」
気の抜けた声とともに、左手で左頬の赤あざをぽりぽり掻きながら、父はひたすら苦笑いしていた。大きな両耳が、真っ赤に染まっていた。
(野良猫との遭遇  FIN)
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